|  そろそろ冬に足を突っ込みかけた10月。一通のメールが届いた。
 
 「反対」
 零はそう言うとそれきりうんともすんとも言わなくなった。
 これっていつぞやの僕を真似してる?
 「でもさ、ギターの神様からのお誘いなんだもん…断れないよ。」
 「神様?」
 「え?知らない…とか?」
 「とか。」
 え?ええっ!
 「あのさ、零のお父さんギタリストだよね?」
 「いや、ボーカリスト…ごめん、ギター弾きます。」
 少しムカついたから睨んだら認めた。
 「なら三谷邑ケンタロウ、知ってるよね?」
 「あ、みやちゃん?なら知ってる。」
 みや…ちゃん?
 「涼ちゃんの友達。」
 あ、やっぱり。
 「もっと早く聞けば良かったね…」
 そうしたらもっと早く知り合えていたかも知れない。
 「でもさ、それは陸が純粋に選ばれたってことじゃないの?ならその方がいいじゃないか。陸の実力だろ?」
 ま、ま、その辺は…嬉しいけどね。
 「イギリスの古いギタリストが亡くなって50年なんだ。そのコンプリートアルバムを作ろうってなって僕に声をかけてくれたんだ。」
 零はいきなり僕の身体を抱き寄せ、力一杯抱き締めた。
 「おめでとう。」
 「ありがとう。」
 零に言ってもらえる言葉はどれも嬉しい。
 素直に顔がにやけてしまう。
 「裕二さんは俳優さんだからお友達はやっぱり俳優さん?」
 「ううん、学生時代のお友達が多い。あまり俳優仲間とか聞いたことないよ。」
 「そっか。」
 なぜか零は不思議そうに呟いた。
 「なんで?」
 「いや、裕二さんはどうして俳優業を選んだんだろうって…涼ちゃんは音楽が好きで友達とバンド組んでて。でも裕二さんってそんなに
 必死にしがみ付いている感じがないんだよね。」
 「あぁ、それは…」
 ママのためなんだけど…零には言ってはいけないような気がした。
 「お金が欲しかったんだって。」
 「そうなの?陸の家って金持ちなのにね。」
 「そうだね。」
 それだけ、ママのこと本気で愛していたんだろうな。
 「でもさ、もっと不思議なのは裕二さんが楽器を出来るってことなんだよね。涼ちゃんみたいに必死で覚えたのではなくて普通にたしなんで
 いますって雰囲気だからさ。」
 「あ、それね。じいちゃんの会社に居た人で専務さん?だったっけかな?その人が昔グループサウンズ?の全盛期に活躍していたんだって。
 えっと…堺屋正貴さんとか沢泉研二郎さんとかがやってたやつ。バンドブームの先駆けみたいな?」
 さっきから疑問形な話し方になってしまっているけど、本当に詳しいことは分からないんだ。
 「その専務さんから教わったってこと?」
 「うん。」
 簡単に言えば楽器が得意な知り合いに教わったってことなんだけどね。
 「それでも俳優だったんだ。」
 「父は…違う人生を歩みたいんだろうって思う。」
 零が不思議そうに僕を見る。
 「幸せな家庭を夢見て、でもそれとは違う人生…なんだろう?カッコ良かったりカッコ悪かったり、刑事だったり、武士だったり、そんな父の性格
 では絶対に出来ないことをやってみたかったんだと思う。バンドやっても変身は出来ないもん。」
 「うん。陸の言いたいことは分かる。だけど、裕二さんならお父さんの仕事を継ぐことだって可能だし。」
 「零はまだじいちゃんの性格を把握していないね。あの人は優秀な人にしか任せたくないんだ。自分の築いた会社は最高の形で引き継ぎたいんだ。
 だから今はじいちゃんの手を放れている。」
 二人とも天の邪鬼なんだけどさ。
 「僕は、音楽が好きだよ?」
 先制攻撃。
 「うん」
 「だから、神様と一緒に演りたい。」
 「みやちゃんならいいよ。…僕も一緒に行く。」
 あの。零さん、仕事は?
 と思ったけどきっと…僕の予想は当たる。
 
 
 
 「零!三谷邑さんからCDが届いたよ。」
 年が明けて節分も過ぎた頃、宅配便で便りが届いた。
 三谷邑さんの声掛けで集まったミュージシャンプラス、勝手に押し掛けた零と義父の涼さん。
 ボーカルは呼んでないと言われていたけど喜んでいた。
 思わぬ友達の輪的な集まりに参加できて楽しかった。
 出来上がったものは最高に素晴らしいし、良いことしかない仕事だったなぁ。
 また、こんな機会があったら…。
 「次はないからな。」
 あ、釘刺された、残念。
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