密着取材をやってみた
 おはようございます!聖です。
 今日は零くんと陸の密着取材をお届けします。
 …因みにテレビやラジオ、雑誌に掲載の予定はありません。完全なる僕の趣味です。


 朝。
 最初に起きたのは…零くんです。まさか密着取材をしていることに気づいたのでしょうか?
 サニタリーから出てきて…キッチンに入りました。
 あ、因みに僕は部屋にいます。
 先週、秋葉原でおもしろいものを見つけてきました。早速使用中…と言うわけです。
 ん?おもしろいって何が?防犯用カメラです。流石に二人の寝室とトイレには入れませんがその他なら入り放題の小型ロボットです。
と、説明している間に、零くんは卵を大量に割り始めました。
 そして、砂糖を投入…あ!僕の好きなフレンチトーストを作ってる!いや、作っているようです。嬉しいなぁ。
 卵液にフランスパンだ、フランスパンを浸しています。
 お!箸を使わず手で直接浸すのですね、ファンのお姉さま方に見付かったら奪い合いになること必須の光景です!
 でも世の中の大半の人が食品衛生がどうのこうの言いそうなので、この情報は出さないようにします。
 零くんはホットプレートで焼きます。その方が火の回りが均等なんだそうです。
 くんくん
 部屋のドアからいい匂いがしてきました。
 お腹がフレンチトーストを求めていますのでここからは僕の心の声でお伝えします…ってずっとそうでしたね、失礼。


「おはようっ。あぁ、やっぱり零くんのフレンチトーストだね」
「おはよう」
 零くんは何も知らずに楽しそうに焼いています。
 急いで身支度をしてキッチンに戻ります。
「エスプレッソ、淹れてくれる?」
「はーい」
 …あれ?そういえばいつも早起きの陸がいません。
「陸は?」
「うん」
 零くんの歯切れが悪いです。
 もしかして…。
「具合でも悪いの?」
「いや」
 やっぱり。夕べ無理をさせたんだな。
「じゃあ僕が起こして、」
「いや、時間になれば出てくるから。」
 慌てぶりが怪しい。
 ひたすら無表情で零くんの瞳を見続けます。
「…いや、まぁ…その…陸のね、寝顔を見られるのが嫌だなぁ…って。」
 まだ怪しい。
「本当だって。…わかったよ、起こしてくるよ。」
 えっ、零くんが行っちゃうの?残念。
 黙々とコーヒーを淹れていると、寝ぼけ眼の陸が出てきました。
「おはよう。聖、早いね。」
「おはよう。早くないよ、陸が遅いんだよ。」
「そっか…夕べLIVE DVD観ちゃったんだよね。凄かった〜、カッコよかったよ。」
 えっ、またまた予想外の答え。…まさか零くんの入れ知恵…?
「はっ!」
 聞き逃しません、陸の驚きの声。
「どうしたの?」
 零くんは背後でため息をついています。
「いや…その…聖と一緒に観ようねって言っていた…」
「ええっ、もしかしてVVVVの?」
 …説明しよう、VVVVとはヴィを四つ書いてヴィダブリューヴィと読む、ダンスユニットアイドルグループのことである。
「そう、VVVVの…」
「ずるーいっ、見たかったのにぃっ、日曜日まで我慢していたのにぃっ」
 ズルいズルい、陸はズルい。
 プンプン怒ってみたけど、適当に笑って誤魔化されてしまいました。
「いいもん、今夜観るもん。」
「観よう観よう、今夜観よう。」
 陸が調子よく相槌を打ってきます。
「ダメだよ、陸は一回観たLIVE DVDとか映画とか、全部しゃべるから。だから初めては一緒に観たかったのに。」
「ほーら、僕の言ったとおりだろ?」
 突然零くんが割り込み。どうやらこの状況を予想していたようです。
「聖は陸が内容を話すのが煩いって言っていたよって。」
「解る。解ってます。でもどうしても今夜の仕事に必要だったから。」
「え?今夜仕事なの?」
 確か全日休暇だったはず。
「それがVVVVの大島君と対談…」
「何それ、ずるいっ」
 VVVVは元々僕がファンだったのです。
 それを横から見ていた陸がファンになって、それ以後CDもDVDも陸が買ってくれるけど、内容をばらされるのに腹が立つ…。


 僕ももう子供じゃないからそんなにいつまでも拗ねてはいないけど、陸は気にしていたみたいで、ずっとこれから観ようと言ってくれたけど、
陸が仕事に出掛けてから観るから大丈夫だと伝えたら、なんだか寂しそうにしていたから、逆に僕が罪の意識にとらわれてしまって、損した気分。
 モヤモヤしたまま、零くんのフレンチトーストを口にしたら、一気に気が晴れた。
「片付けは僕がするね。」
 そう言って陸が立ち上がった。
「僕も手伝うよ。」
「ありがとう、でも少ないから平気だよ。」
 陸はまだ気にしていた。
「昨日、届いたんだ。」
 陸がキッチンに行った後、零くんが陸に届いたファンレターを見せてくれた。

零様が結婚していてもいいんです、彼が幸せなら。でも相手が陸っていうのが許せない。
幼なじみ?
仕事仲間?
家が隣同士?
親が共に有名人?
誰もが羨む条件ばかり揃っているんだから何も零様に手を出さなくてもいいんじゃないですか?
別れてください


「なに、これ?」
「そうだろ?聖だってそう思うだろ?なのに陸はどうしたらこの人が納得してくれるか悩んでいるんだ。だから考えないようにと思ってDVDを観るよう
に仕向けた、ごめん。」
 なんだ、そういうことだったんだ。
「分かった。ならもう言わないよ。だけどこの始末をどうしよう?」
「簡単だよ、この人は僕の幸せを願っている。だから僕が陸と一緒に居ることが幸せなんだって理解してくれればいいんだ。」
「なんか、この間結婚したアイドルの…日高清海…だったっけ?あの人と同じだね。」
「あー、あれね。清海ちゃん暴行未遂事件。」
 若干二十歳で結婚したアイドルの日高清海の事務所に、毎日同じ柄の封筒で手紙が届いたんだけど、中身も全部同じで、「僕が居るのにどうし
て?」とゴシック体でプリントされたコピー用紙が一枚。サイズは48ポイント。
 最後に届いた文面だけ「一緒に逝こう」と書かれていた。
 更に一週間後のコンサート会場で、オープニング一発目でいきなり台の上に上がろうとした犯人。
 手にしていたのはツアータオル。それで首を絞めるつもりだったと後に白状した。
「ファン心理は紙一重だからな…」
 零くんが大きく溜め息を吐く。
「零くん、良いこと考えた。」



 その日から、零くん、夾ちゃん、アクティブのメンバー、僕の六人で陸の密着取材を始めた…勝手に僕がやっていたことが現実になってしまった形。
 ま、早く言えば監視なんだけどね。
 相手は女の子…もしくは女性。
 そんなに力業は要らない、と高をくくっていた。


 密着取材を始めて一週間後。
 この日は陸と零くんと三人で、本当に久し振りに近所の洋食屋へ食事に来ていた。
 昔、僕がまだ小学生の頃にはどちらかが連れてきてくれたんだけど、中学生になった頃から来なくなってしまった。
 二人は時々来ていたようだけど。
 何事もなく食事を終えて店を出たときだった。
「やっぱり。オレの睨んだとおりだったな。」
 店の角に狂気を孕んだ目つきの男が立っていた。
 その男は陸を見つめていた。
「野原陸…お前、オンナだろう?」
 …
「は?」
と、声を発したのは…僕だ。
「なんで陸が女の子?」
 再度僕が発すると、陸が僕の前にスッと立ちふさがった。
「キミは早く帰りなさい。」
 そう、僕に告げると、男に対峙した。
「あなたが手紙をくれた方ですね?文字を見たとき男性だろうなと思いました。目的は何ですか?」
「零と別れてオレのオンナになれよ!」
 フッと、陸の唇から笑い声のようなため息が漏れた。
「それは無理です。僕はあなたを知らないし愛していない。第一、男ですから。」
 ポケットの中から紙を一枚取り出すと男に向けて開いた…戸籍抄本?
「ちゃんと書いてあるでしょ?野原陸 長男って。」
「男でも良い、オンナになれよっ!」
「大声出してもダメです、僕は何度も言うけど男ですから。」
 陸はニッコリ、笑った。
「聖、帰るぞ。」
 突然、零くんは僕の手を引いて現場を立ち去ろうと言う、陸を置いて。
「ちょっ、待ってよ、零くん!」
 振り返ったとき、洋食屋で僕たちの隣にいた男性二人組が出てきた。


「聖の尾行が一番下手だったなぁ。次は夾ちゃん。」
「尾行じゃないし。」
 そう、僕は尾行していたんじゃない、密着取材をしていたんだ…けど、同じか。
「うん。ありがとう。」
 陸は自分で解決するつもりで、ボディーガードを雇っていた。でもなかなか現れないので仕事以外で外出する機会を作ったんだそうだ。
 あの後、警察を呼んで現行犯逮捕された。
「僕に実害があったわけではないから、説教される程度で終わりだけどね。」
 なんて、のほほんと言っている。
「だから今度は弁護士に頼んで処理してもらうんだけどさ、いい迷惑だよね。」
と、やっぱりのほほんとしている。
「ま、聖に被害がなくてよかったよ。」
 零くんと陸はニッコリ笑った。
 そっか。
 二人とも自分たちの心配をしていたのではなく、僕のことを心配してくれていたんだ。
「でもさ、ACTIVEのメンバーって人が好過ぎない?陸のことを相談したらすぐに手伝ってくれたよ?」
「あぁ、それは聖がちっちゃいころから皆知っているからさ、聖の言うことは叶えてあげたくなるんだって。」
 なに、それ。
「陸より僕の方が心配かけていたいたんだね。」
「そんなことはないよ。」
 零くんが言う。
「陸も心配だし、聖も心配。」
「うん」
 僕はやっぱり零くんには勝てないし、陸にも勝てないってわかったんだ。
 しばらく大人しくしていようっと。



「今回は大掛かりな仕掛けになっちゃったね。」
 聖が防犯カメラと称した小型ロボットを何に使っているかは大体想像がついていたから、メンバーにも頼んで一芝居打ったんだけどさ…ちょっと面白かった。
「ロボットは玄関に固定しておいた。」
「その方がいいよ、ウロウロされたら気が散るし。」
 零が僕を手招きする。
「これでゆっくり悪戯できるし。」
「悪戯と言えば今回の犯人役、古嶋君がドラマ出ていること、聖が知らなくてよかったよ。パパの知り合いにお願いして良かった。」
「ボディーガード役にさえ気づいていなかったよ。聖はドラマをあんまり見なかったっけ?」
「そんなことないけど。」
「ま、いいか。上手くいったから。」
 そう言って僕たちはベッドに寝転がった。