大好きを花束に込めて
「赤いバラを28本とピンクのバラを16本、それぞれ花束にしてもらえますか?」
「そっか、もうすぐ聖くんと陸くんの誕生日だもんね。りょーかい」
 花屋のおばちゃんとは小学生のころからの付き合いだ。
「陸くん、28になるの?早いねぇ」
 出来れば口ではなく手を動かしてほしいんだけど…無理だろうな。
「おばちゃん、正確には聖の誕生日はもう終わってるんだ。ゴールデンウィークのどさくさですっかり忘れていた。」
 ゴールデンウィークなんて、別に休みがあるわけでも何でもないけど、芸能活動をしていく上での付き合いってものがあるんだ。
 昔みたいに接待みたいなことが無くなった分、逆に付き合いが増える。
 芝居で舞台に立っている仲間もいるし、映画に出ているのもいる。当然LIVEをやっているのもいるし、提供した曲を披露してくれている場合もある。
 今年は結構忙しく、陸とも一緒に行ったLIVEがあるし、ミュージカルを2本、ストレートプレイを3本、テレビの収録に立ち会ったのが1本。
その度におばちゃんに頼んでスタンドを出してもらっている。
「そうだったわね。今月は配達が多かったものね。」
 赤いバラはゴールドのラッピングだけでシンプルに、ピンクのバラは白のラッピングでリボンを3色使って華やかに仕上がった。
「所でどうして聖くんは16本なの?」
「あと一本はこれ」
「あら可愛い」
 おばちゃんはニッコリ笑って、こっそり花束の中に忍ばせてくれた。


「こんにちは」
「おっ、零くん、来た来た。」
 ケーキ屋のおじさんも小学生の時からの知り合いだ。
 毎年、聖の誕生日はここで誕生日ケーキを用意してもらっている。
「今年は遅かったね。」
「ええ、今年のゴールデンウィークはバタバタしてて…」
「そういえば差し入れ用のチーズケーキ、沢山買ってもらったもんね。」
 LIVEも舞台も、出演者やスタッフが多いから、ホールケーキを差し入れすることが多い。
 その時もここでお世話になっている。
「聖くんも17かぁ…早いねぇ。零くんも今年31?」
「ええ。」
「やだなぁ、年取るわけだよなぁ」
 毎年している会話だ。
「でもさ…」


「ただいまー」
「お帰り」
 聖が学校から帰ってきた。
「すっごくいい匂いがするんだけど、零くん?」
 着替えもせずに聖はキッチンへやって来た。
「あ、当たった!じゃあ今夜はごちそうだね…そっか、誕生日だ。」
「うん、遅くなったけど聖と陸の誕生日。」
「え?僕も?僕はこの間の連休の時にパパとママにお祝いしてもらったけど。」
「じゃあいらない?」
「いる!着替えて来て手伝うね。」
 聖は都合が悪くなるとさっさと話を切り替える…ようになった。
「じゃあ、僕は洗い物するね。陸は何時に帰るの?」
「聖」
「何?」
「商店街の楽器屋でバイトしてるんだって?」
「え?」
「ケーキ屋のおじさんが言ってた。」
「うーん…半分正解で半分不正解。仕事を手伝っているけどお給料はもらってない、代わりにクラシックギターを教えてもらってるんだ。」
 …クラッシックかぁ…誰も手出しができない分野だな。
「この間ね、陸がテレビを見ててクラシックギターが出てきたらじーっと、羨ましそうに見ていたんだ。きっと陸は習ってみたいんだろうけど
時間がないんだろうなって…。だから僕が代わりに習って教えてあげられたらいいなぁって思ったんだけど、難しくてなかなか習得できそう
にないんだよね。」
 聖はせっせと手を動かしながら楽しそうに話す。
「聖は、そんなに陸が好き?」
「うん、大好き。だけど同じくらい零くんも好きだよ?」
「そっか」
 時々、聖が大人なのか子供なのかわからなくなる時がある。
 陸はこれくらいの時、どうだったろうか?
「今、陸と僕を比べたでしょ?」
「え?」
 なんでわかった?
「零くんはね、陸のこと考えてるとき視線が右斜め45度くらいの所を見てるんだよね。で、そのあと僕を見たから何かを比較したなぁ…って。
身長?顔?性格?」
「色気」
「そりゃ…負ける」
 だけど都竹はこの子に色気を感じたんだろうな。
「今度はエロい。」
「聖」
「わかってます、思ったことは口にしません。」
 …何をわかったんだ、言ってくれっ。
「零くんってさ陸と僕はだめなんだね?」
 ん?
「あ、なに考えてるのか分かるってヤツ?あれはさ、はったり。聖と同じ。」
「やっぱり?そうだと思った。」
 なんだよ、なんでそこで笑うんだよ。
 …最近益々聖が判らない。
「…クラシックギターが欲しいんだ。」
 そうきたか。
「誕生日プレゼントでいいか?」
「うん、ありがとう。」
 聖がぎゅっと抱きついてきた。
 そこで気付いた。聖は陸より背が高い。
 背が伸びたことは気づいていたけれど、陸より高くなっていたことは気付かなかった。
「零くん」
「ん?」
「僕ね、恋ってなんだかやっとわかったんだ。」
 全く。こいつはどうしてこんな話ばっかり振ってくる?陸が子供の時はもっと可愛らしい話をしていたのに…って、そうだ、この歳には一緒にいたんだった。
「親よりも大事な存在ってことなんだね。」
 ん?親よりも?
「零くんも陸も振り切って出ていけるようなそんな存在に出会えるってことだよね?」
「多分…」
「え?零くんはわからないの?」
「うん、わからない。ただ、陸を守りたかった。それだけ。」
 聖に、言った方が良いのか…。
「聖、僕は…」
「思い出したんだ。ママのこと。」
 そう、思い出した。
「聖のこと、言えないよな。あきらちゃんとのこと。」
「ううん。零くんにとって、ママはあきらちゃんだもん、僕とは違うよ。」
「聖だって陸じゃないか。」
「そっか。」
 へへっ、と笑ったけど、声が寂しそうだった。
 僕は今一度腕に力を込めて聖を抱き締めた。
「ご飯の支度、早くしないと陸が帰って来ちゃうな。」
「うん。」
そこからは互いにその話には触れないようにした。


「凄いね、二人で作ったの?」
 なんとなく中華な気分だったので、餃子と中華ちまき、卵スープを作ってみた。全体に油っぽいからサラダを聖に作らせた。
「うーん…」
 陸がなんか悩んでいる。
 すると冷凍庫からエビを取り出してレンジで解凍を始めた。
「育ち盛りの聖がいるのに、食物繊維が足りない」
「エビに食物繊維があるの?」
「尻尾」
「うへぇ、僕いつも捨ててるよ。冷凍だと美味しくないしさ。」
「ダメ」
「げーっ」
 そんなことを言いあいながら、聖にはジャスミンティーを、僕たちはビールで乾杯しながら食事を楽しんだ。
 勿論、ケーキ屋のおじさん自慢のケーキも食後に堪能した。
「そう言えばケーキ屋のおじさんが言っていたけど、聖が古本屋さんでバイトしているって。」
「うん」
 え?今度は肯定?しかも僕が聞いた情報と違う。
「そうなのか?」
「古本屋のおばあちゃん、足が悪いから脚立の上に上れなくなっちゃったって言っていたからそれくらいなら僕が手伝うよって言ったら、
なら週に一回手伝ってって。経理的に困るからバイト代を受け取ってくれって言われたんだ。そのお金で本を買って、児童館に寄付しているんだ。」
 児童館では4歳から12歳までの子供たちが夕方までの時間を過ごしている。聖も時々世話になっていた。
 そこに置いてある本が古い…と、聖が言っていたのを思い出した。
「古本でも新しいのが結構あるんだ。」
 聖が喜々として話す。
「僕は零くんと陸が働いてくれるお小遣いがあるからそれで足りるからいいんだ。」
「そう言えば、」
 陸が何か思い出したらしい。
「零はおせんべい屋さんで袋詰めのバイトをしていたよね?」
「…小学校の時にね。」
「ええっ、零くん何か欲しいものでもあったの?」
 陸のおしゃべり…。
「プレゼント。」
「あぁ、クリスマスの?」
「そう。」
 聖はなんでも知っているなぁ。
「聖、欲しいものが有るなら言って。まだ学生なんだし、学業を」
「あのね、僕お金はあるんだ、前にMVの仕事手伝ったから。でもね、僕はこの街で育ってこれからもこの街にいたい。だから誰かの役に立ちたいんだ。」
 聖の目を見ればそんなことはわかる。
「だけど心配なんだ。」
「どうしたの?零くんまで陸みたいなこと言ってる。」
「バカ。僕だって聖のことは考えるんだよ。」
「うん」
 素直に頷かれると戸惑うけどね。
「別にいい成績とって大学行ってとかは言わない、けどやりたいこととか有るなら必ず話して欲しい。」
「わかった、努力する。」
 聖の気持ちはわかる、自分一人で抱えたいこととか、自分一人でやりたいこととかあるはずだから。
 でも…やっぱり僕には聖が…可愛い。
 聖と夾が対決に来たら、夾は手を抜かずに戦うけど、聖だったら多分手加減して…負かす。
 僕にも譲れないものがあるように聖にも譲れないものがある。
「皆さんに迷惑をかけないようにな。」
「ありがと」
 聖は、微笑んだ。


「今日はどうしたの?なんか様子が違うよ?」
「そうかな?」
「うん。」
 陸が台所で食器を片付けながら問う。
「昼過ぎからずっと聖のこと考えてた。」
 うんうんと頷きながら話を聞いてくれる。
「花屋で…あ!花!」
 思い出した!
 慌てて寝室にある洗面台へ向かう。なんとか萎れずにいてくれた。
「はい。お誕生日おめでとう。」
「わーい。ありがとう。」
 帰ってきて洗面所を使った気配があったので、絶対にわかっているはずだが、陸は気遣いの出来る子だから敢えて言いだしたりはしない。
「ばぁちゃんにお願いしてドライフラワーにしてもらおう」
 おや、今年は手の込んだことを思いついたんだな。
「去年までは写真に撮っていたけどさ、立体感が出ないんだよね、僕の腕じゃ。」
 がっくりと肩を落とすところも…可愛いな…って言うと怒るから心の中だけで思うことにしている。
「聖にも渡さないとな。」
「呼んだ?」
「わっ」
 浴室に居るものだとばかり思っていたので、不意に声を掛けられて驚いてしまった。
「はい、お誕生日おめでとう」
「ありがとう…って何か入ってる。」
 早速見つかってしまった。
 造花の形をした小物入れに天然石…聖の誕生石を使った携帯ストラップを入れてある。
「前に、欲しがっていたから。」
「えっ?ほんとに?」
 中からごそごそと取り出すと満面の笑みを浮かべた。
「零くんって聞いて無いようで聞いてるよね…ありがとう。」
 聖はカッコいいものが好き。
 時計は着けないけどブレスレットは高価なものをいくつか持っている。
 聖はまだガラケーを使っている。調べ物は自宅のパソコンを使うからいいと言う。
「それよりさ、この可愛らしい入れ物どうしたの?」
 造花の形をした小物入れの方に興味を持った。
「それは僕が作ったんだ。ネットで見つけて面白いなぁと思ったから。でも茎と葉はオリジナル。」
 陸があっさりと白状した。
「へー、ほんと面白いね。」
 陸と聖は時々女の子のようなものを可愛いと思うようだけど、反応は男の子だ。僕からしたらなんとも難しい感覚だ。
「沢山作ったら文化祭で売れるかな?」
「あ、いいかもしれないね。」
 …話の方向が変わってきた。
 でもさ。僕の大好きな二人は、同じ五月生まれで。とっても仲良しで時々嫉妬するくらい仲良しで。
 だからこそ12年も僕たちは一緒に居られたんだってそう思う。
「零、ありがとうね。」
「零くんありがとう」
「何、どうしたの?」
「何だかうれしそうだったから」
 本当にもう、二人には隠し事も出来ない。
「うん、二人とも大好きだよ。」
「わかってるよ、そんなこと」
「うん、零くんは僕たちのこと大好きだもんね。だからちょっとくらい僕が陸を借りても、怒んないよね。」
「それは別。」
「えーーーーっ」
 でもそれは多分事実。言わないけど、事実。
 僕はこの二人が何か重大な背信行為を犯しても。多分許す。夾の時のように。
 それが正しいのか、正しくないのかなんてどうだっていい。
 僕が二人を大好きだから。
 手放したくないから。
 それだけ。


 翌日。
「ごめん。あんまりにも綺麗だったからバラ風呂にしちゃった。」
 バスルームの中で満面の笑みを浮かべる陸を見ただけで、僕は幸せ。
 お風呂につけようが、食べようが、捨てようが、僕にはどうでもいい。
 ただ、意外だったのは聖の方で、誰かから教わったらしく、風通しのいい部屋にバラの干物が干してあった。
 陸は全部風呂で使ったわけではなく、ポプリにもしたそうだ。
 クローゼットの中で後日再会した。
 …面白いから来年も花にしようかな。
 どんな後日談があるか楽しみだから。
 …っと。
「陸、ちょっと早めに家を出る。クラッシックギターを買いたいんだ。」