愛のかたち(後編)
「あぁ、ごめん、どうやら里心がついたらしくて…今日は泊まって行くそうだから。うん、悪いね。」
 遠くでパパの声がする…パパ?僕そんなこと言っていない…帰るよ、零が待ってる…。



「折角帰ってきたのにたった半日で帰るなんて言うからだ。」
 ぼんやりした頭で目を開ける事が出来ないまま僕はされるがままでいる。
 ゆっくりと僕の頭を撫でながらパパが独り言のように続ける。
「俺には陸しかいないのに…」
 寂しげな声が耳元で囁く。
「毎日のように顔を合わせられるようになったのに。」
 僕の身体を抱き上げる。
「陸、ちっとも大きくならないんだな。あの頃のまま何も変わらない…。」
 パパ?
「俺にはもう陸しか愛せない…」
 ちょ…ちょっと。
「…起きてんだろ?」
 えぇっ?
 クスクスっとパパの笑い声、からかわれたらしい。
「今夜は泊まって行け。零君には言ってあるから気にするな。彼も泊まって行くって言っていた。」
「うん…」
 僕はその言葉に安心して再び深い眠りに落ちていた、よっぽど居心地が良かったのかな。


 深夜、目が覚めた。
 恥ずかしいから零にはずっと黙っていたけど、僕は家に居た時一人で自分の部屋で眠りに着けない時はよくこうやってパパのベッドに潜り込んでいた。
 耳元で聞こえるパパの寝息に安心して眠っていた。
 ゆっくりと身体を起こす。
 パパ…ごめん。零の声が聞きたい、零の姿が見たい、零がいないと寂しくて駄目なんだ。
 どうしてこんなに好きなんだろう、どうしてこんなに求めてしまうのだろう。
 零が微笑んでいる時は横にいて誰に向けて微笑んでいるのか確認しないといられないんだ。
 もう嫉妬でぐちゃぐちゃ…こんな僕、嫌いだろうな。
 今零は何を考えているだろう、どんな夢を見ているのだろう…。
 零の未来を全て僕のものにしたいんだ、誰に何て言われたって構わない、愛してる…。
 …なんで僕、ここにいるんだろう?
 帰ろう、1分でも早く零の匂いが染み込んでいるあのベッドにこの身を埋めて眠りたい。
 零の腕の中の心地よさを知るまでは『ここ』が僕の安息の地だった、でも今は違う、ごめんねパパ。
 「パパ…僕、帰る。」
 寝顔に小さく囁いてベッドを降りた。




 ドアをそっと開いた、だってここは僕の部屋で…。
 ん?
 だ・誰だ?
 僕のベッドで誰か寝ている…???
 誰?
 ゆっくり近づいて…毛布をめくった。
「実紅ちゃん?」
 なんでここにいるの?
「…見つかっちゃったのか…」
 背後からパパに抱き締められてびっくりして振り返った。
「な・な・な・な・何なの?」
 声が裏返っちゃって素っ頓狂な声で聞き返した。
「どうして?」
 んー…ってパパが唸って、それから困った様に笑った。
「だから帰れって言ったのに…」
 そう呟いてから、
「あの、な…その…」
 パパがとっても言いづらそうにしていたので僕から聞く事にした。
「付き合ってるの ?実紅ちゃんと。」
 パパが言うには、僕がママの子供だって知った実紅ちゃんがパパに直接聞きにきたそうなんだ。
 で、事実だって知った実紅ちゃんがショックで寝込んじゃったのを可哀想に思ったのがきっかけらしい。
 パパの方が積極的だったっていうのが意外だったなぁ。
 パパはずっとママだけを愛してきて、僕だけに愛情を注いでくれて…やっと巡り会えたんだね?
 そりゃ、実紅ちゃんがママの子供だっていうのは僕にはちょっと引っかかるけど、でもパパが幸せ…って思えるなら良いんだ、実紅ちゃんだって僕の大事なお姉ちゃんだし。
「パパ、良かったね。実紅ちゃんはパパを愛してくれてるんだね?」
 パパの胸に顔を埋めて僕はお祝いの言葉を贈った。
「…陸に捨てられちゃったからな」
 げっ、ごめん。
「でも…パパって言うほどもてないんだ。」
 あーっ、ごめんなさーい、ぶたないでー。
 実紅ちゃんが煩そうに寝返りを打ったのでパパと僕は顔を見合わせ、笑った。
 なんだかんだ言いながらパパは実紅ちゃんとのことを僕に報告したかったらしい。ちょっと安心したような表情で僕を見て、そして蕩けるような瞳で実紅ちゃんを、見た。
 そして起こさない様に気を遣いながら部屋を後にした。

 

「裕二さんと実紅が?」
「なになにー?実紅ちゃんどうしたのー?」
「涼さん何も言って無かった?」
「うん。そーいえば実紅いなかったなぁ。」
「ねぇ、実紅ちゃんどうしたの?」
 帰りの車の中で僕は早速零にご報告。横で聖がよく分からないらしくじたばたと問い掛けてくる。
「あのね聖、僕のパパと実紅ちゃんが結婚するんだよ。」
「えっ、そこまで話が進んでるの?」
 零がびっくりして口をはさんだ。
「うん、そうらしいよ。でね、」
 僕は夕べパパから聞いた意外な事を零に話した。
「そんなこと出来るのかな?」
「知らない、でもパパはやったらしいよ。」
「ふーん」
 よく『父親の分からない』という子はいるけど僕は戸籍上『母親の分からない』ということになっているらしい。
「それって裕二さんと陸は養子縁組になっちゃうんじゃないの?」
「違うみたいだよ。」
 零がなんだか考え込んでいるけど、僕はどうだっていいや。
 だってもしも、もしもだよ、零と戸籍上及び社会的に『結婚』って事が出来るようになるかもしれないから。
 事実は事実だけど紙切れの問題だって僕には重大な事。
 でもだめなら駄目でもいいんだけどね。
 零の戸籍を空けっぱなしにしておくのは大変危険な気がしてきたんだ。
 最近は勝手に籍を入れる輩がいたりするらしいってこの間剛志君に聞いてから(それをやられたアイドルがいるらしい)不安で不安で・・・。
 結局僕は独占欲が強いってことなんだよなぁ。
 零の心も、身体も、戸籍も僕のもの…なんてねぇ。
 だから夕べパパが「陸と零君は戸籍上では兄弟じゃない」って聞かされたとき内心「やったー」って叫びたかったんだから。
 ただ、ちらっと零の表情を見たんだけど(僕は相変わらず後部座席です)僕ほど喜んではいなかった…。
 どうでもいい事なのだろうか、零にとっては。
「ねぇ陸ぅー、実紅ちゃんお嫁さんになるの?」
「うん」
「ドレスかなぁ、着物かなぁ…パパとママは写真も無いんだよ。」
 聖の言う『パパとママ』は涼さんとあきらママのこと。
「だって、2人は駆け落ちみたいにして一緒になったって聞いたから…」
「駆け落ちってなぁに?」
「周りの人達がね結婚しても良いって言ってくれなかったから逃げちゃったんだよ。ってちょっと違うかな?」
「じゃあ零君と陸も駆け落ち?」
 僕は返事に窮した。ねぇ零、僕達って…何?
「聖…」
 零が聖に説明を始めた。
「陸と僕は駆け落ちなんかじゃない、ちゃんと陸のパパにも涼ちゃんにも…あきらちゃんにも報告したし祝福してくれてるって信じている。聖は僕等と一緒にいていやじゃないんだろ?だったら聖も祝福してくれてるって事。ほら、駆け落ちなんかじゃないって。それに…涼ちゃん…パパとママも駆け落ちじゃないよ。だって2人の子供としてこの世の中に僕がいる、そうだろう?」
 ねぇ零、今ここで零を思いっきり抱き締めたい…って思っていたのに駐車場に着いて車を降りた僕を抱き締めに来たのは零だった。
「陸…今年陸の誕生日に…プレゼントをあげる。これ以上は無いって程のプレゼント…。僕の気持ちだから、絶対受け取って欲しい。」
 零、誕生日までまだ5ヶ月もあるよ、なんだろうプレゼントって。



 空っぽの冷蔵庫の前に立ち尽くしている僕の背後で、零が電話を掛けている。出前は嫌いだよ。
 でも買物に行って、っていうのもかったるいし、あと今日も含めて2日しかないお休みを僕達は思いっきりだらだら過ごすことに決めたんだ…昨日の分もね…なーんて。



「陸…実紅のことだけど。」
 深夜、聖が寝てしまって部屋へ運び込んだ後のことだった。
「なぁに?」
 出来るだけ平然としていよう、だってパパが幸せになるためだから。
「ごめん…きっとあいつ裕二さんを利用しているんだと思う。気をつけたほうがいい。」
「零、だめだって、実紅ちゃんを信じてあげて。」
 こういう始まりがあったっていいと思う。僕は『気持ち』を大事にしてあげたいんだ。
 パパも実紅ちゃんも2人ともきっと傷ついて捜し求めて差し伸べられた手に縋りついたのかもしれない。
 …パパを捨てたのは僕だし(でもパパー、いい加減子離れしてよぉ)…実紅ちゃんを傷つけたのは僕だし…何も言えないよ、ごめん。
 陸が信じているなら…そう言って零はその話を止めた。

 

 1月6日。
 僕達は事務所に顔を出した。
 パパが照れくさそうに僕の顔を見て笑った。そして「まだ内緒だぞ」って耳打ちされた。
 遅いよー、もう皆に話しちゃった…てへへ。
 この日零は他に仕事が入ってて僕は一人で家に戻って聖を迎えに行った。

「お帰りなさい。どうだった、仕事は?」
 23時を少し回った時だった、零が音を立てない様に静かにリビングのドアを閉めた。
「んーなんか久しぶりで疲れた。で、どうしたんだ?」
「なにが?」
「なんか元気ないから。」
 お風呂に入るのかと思ってバスタオルを取りに行こうとした僕を、零が引き留めた。
「気のせいだよ、僕も久しぶりに人の中にいたから疲れちゃった…ねぇ…」
 僕は零に思いっきり甘えたかった、そんな心境だった。って何時でも僕が甘えているけどね。
「一緒にお風呂入ってもいい?」
「やだ」
 間髪入れずに拒否された…悔しい。
「陸1回入ったんだろ?ベッド入ってろって言ったじゃないか。風邪ひいたって知らないぞ。」
 ぱふっと抱き締められてその胸に顔を埋めた。
「ねぇ…零…僕のどこが好き?」
 愚問だということは分かっているけど、聞きたかったんだ。
「…いつもは全部好きだけど…言う事聞かないから今は嫌いだな。」
「…意地悪。…僕…子供じゃないもんっ」
 子供…そう僕は零の子供なんかじゃない。
「僕、零の恋人になりたい。伴侶とかじゃなくて、ずっと恋人で居たいんだ。」
 零が困った顔をした。
「なんか、分からないんだけど。どういうことなのかな?」
 零には分からないのか。
「ドキドキしていたいんだ。零にドキドキしていたいんだ、顔見ただけで声聞いただけで…あぁ、その…あのときの顔も声も好きだけど…いつでも零の存在を感じただけでドキドキしていたい。」
 そうしたら零の表情が柔らかく僕の顔を見つめた。
「…僕はいつでもドキドキしてる…誰か他の人に取られるんじゃないかってヒヤヒヤもしてるし。でも今日みたいに待っててくれる陸がいて、なんか家族かなって思えてきたから。」
 そういうと僕の身体を突然引き剥がしてソファに腰掛けさせ、自分はその足元に座り僕の膝の上に頭を乗せて甘えた声で僕に告げた。
「陸を僕だけのものにしたい…だめ?」
 そっとその髪に触れて答えた。
「僕は零だけのものだよ…ずっと…これからも…」
 零の肩を抱き締めた。
「…あのさ、…だめ?」
 零は僕の返事なんかはじめから待つつもりなんか無くって着ている物を簡単に脱がされてしまった。
 お陰様で一緒にお風呂に入ったんだけどね。

 !!・・・
「馬鹿っ、いいよそんな事」
「なんで?僕は陸が喜んでくれると思ったのに。」
 拗ねた零は可愛い、でも…、
「別にいいよ・・・聖が困るでしょ。」
「・・・そうかな?」
納得いかないみたい。
「でも…陸との間に障害が無くなるなんて思ってないけど、『結婚式』しようよ。」
 優しいね、零。
「陸が18歳になったら…ね?」
 馬鹿だなぁ…。
「僕が好きなだけじゃ駄目だって気付いたんだ。涼ちゃんとあきらちゃんの様になにか『証拠』を残しておきたい。陸を縛り付けたい、陸に手を出したらいけないって思い知らせるんだ、皆に。」
 零が唇を重ねに来た。僕は目を閉じる。
「誰にも渡さない…」

 『結婚』が全てじゃない事くらい分かっているつもりだった。
 それでも僕は憧れていた。
 それに零が気付いてくれて実行してくれようとしている。
 どんなに困難があるのかくらい分かっている…けど…。
 それが僕の零だから。
 どんなことがあっても僕の願いを聞いてくれる、そんな優しい零だから、僕は着いて行くよ。
 あぁ、ドキドキしてきた。これがバースディプレゼントなんだろうか…。
 18歳になったら僕は零と結婚式をします。
 それまで…心臓もつかな?

 いつだって、どこにいたって、誰といたって、何をしていたって、あなたのことだけ考えているから。
 僕はこうしてここで零を待っている事が、愛のかたち…。