好きさ好きさ好きさ
 今夜は零の帰りが遅かったから、僕は帰りを待たずにベッドに入った。
 今夜はとてつもなく寝つきが良く、だから零が帰ってきたのも全然気付かなかった。


 突然、胸に圧迫感を感じ、身の危険を察知したのだろう、素早く覚醒した。
 すると、案の定、僕の身体は背後から拘束されていた。
「ただいま」
 耳に直接囁かれた言葉。
「お帰り」
 出来るだけ素っ気なくならないように言ったつもりだった。
 だけど零には冷たく聞こえたらしい。
「陸が冷たい…」
 そう言って背中に頭をこすりつけてきた。
 こんな夜の零は中々に…しつこい。
「一緒にお風呂入りたかったのになぁ。」
「零、呑んでる?」
「ちょっとだけだよ。」
 ふふふと、小さく笑う。
「剛志くん?」
「いや、初。」
「そっか…僕さ、明日早いんだけど。」
 零の行動を牽制するために言った言葉は逆効果だった。
「僕もぉ」
 はい、そうです、明日は一緒にお仕事です。
「じゃあ、このまま寝て、朝シャワー浴びたら?」
「めんどくさい。ねぇ、一緒にはいろ?」
「僕はもう寝ているんだから当然入ったって思考には至らないのかな?」
「いたらないぃっ」
 ダメだ、完全に酔ってる。
「陸」
「ん?」
「すき」
「うん、僕も好きだよ?」
「だーいすき」
「ありがとう」
「じゃ、一緒にお風呂はいろ?」
 なんで今夜は甘えん坊バージョン何だろう…面倒だなぁ。
「そんなに呑んでるのにお風呂入ったら危ないから。」
「へーきだよぉ、陸が一緒だから。」
「うん、一緒に寝ようね?」
「お風呂入るぅ」
「はいはい」
 根負けした僕は、ベッドから出ようと試みたが、零は拘束した腕を放さない。
「お風呂入るんじゃなかったの?」
「ん〜」
 顔が見えないからどうしたいのか読み取ることすらできない。
「りくぅ」
 囁くような声が、背後から聞こえた。
「なぁに?」
「ずっと…一緒にいてね?」
「うん」
 初ちゃんとどんな話をしてきたのだろう?何故か異常に甘えている。
 暫くすると規則正しい寝息が聞こえてきた。
 でも相変わらず僕は拘束されたままだけど、まぁ、眠れないこともないのでそのまま眠ることにした。


 幸い、すんなりと眠りにつくことができ、零もそのまま朝まで熟睡だった。
「いてててててててててて…」
 腕と腰が痛いと騒いでいる。
「なんでこんな格好で寝ているんだろ?」
「さぁ?」
 面倒なことになったら嫌なので、しらばっくれることにした。
「帰ってきてそのまま寝ちゃったんだな。シャワー浴びてこよう。」
 夕べは面倒だと騒いでいたけどね。
 今朝は和食にしようと夕べから仕込んでおいた。
 ご飯はすでに炊けている。
 味噌汁の具は大根と豆腐。保存容器から取り出し、出汁の中に投入する。
 その間に魚焼きグリルで鮭の切り身を三枚並べて焼く。
 朝からご飯の時は当然納豆も欠かせない。僕はこれにウズラの卵を割り入れる。
 キュウリの浅漬けをテーブルに出したところで、鍋に味噌を入れ、味噌汁の完成。
「おはよー!」
 毎回絶妙のタイミングで聖は起きてくる。前のマンションなら見計らってというのも可能だろうけど今度の家はキッチンから聖の部屋は
離れているので、きっと勘なんだろう、そう思っておこう。
「良い匂い」
と、零も戻ってきた。
 鮭をグリルから取り出し皿に盛り付ける。
「できた」
「お疲れ」
「うん」

「美味しー」
 味噌汁を一口飲んで、聖が幸せそうに言う。
「僕さ、零くんのご飯も好きだけど、陸の味噌汁には勝てないと思う。」
「うん、僕もそう思う」
 二人の意見が一致したようだ。
「それは光栄です。ばぁちゃん仕込みだからね。」
「陸はおばあちゃん子だもんね。」
「僕の料理は料理本仕込みだけど」
 零がなんだか拗ねている。
「どこにもママが登場しないって言うのもすごいよね、うちは。」
 今度は聖がなんだか満足げに話す。変な家族。
「聖、噂するとやってくるからやめてくれないかな」
「そうだね、やめよう」
 こらこら、二人して親に向かってなんてことを。
「聖ーっ、いるー?」
「ほら、言わんこっちゃない」
 本当に来たっ。
「いなーいっ、行ってきまーす。」
「ちょっと、何よっ」
 僕達の母は、いつまでも少女のような人だ…とても父親の違う子供を二人も生んでいるとは思えない…。
「昔はさ、あきも可愛かったんだよ。」
 げっ、いつどこからやって来たんだ…というのは父。
「パパ、僕達もう出掛けるんだけど。ママも。」
 テーブルに着いて、聖の食べ残した(多分不本意)朝食を食べているのは母。
「私は聖が出掛けたからもう用事はないけど、可愛い零と陸がいるから残っているわけ。」
「俺は可愛い陸がいるから。」
 …訳が分からない二人だ。
「兎に角、ご飯食べてすぐに出掛けるから帰ってくれる?」
「…はーい…」
 やっと二人を家から放り出した。
 夕べからどうも面倒くさいことに巻き込まれているなぁ。


「え?初ちゃんが?」
 零も夕べは面倒事に巻き込まれていたらしい。
「夫婦喧嘩なんか僕に分かるわけないって言ったんだけどさ、陸と喧嘩したらどうやって仲直りするのか教えろって。」
「仲直りねぇ…」
 喧嘩…
「僕が折れるから」
「僕が謝るから」
 同時に発した言葉が発端だった。


「どうしたんだよ?二人が別々に座っているなんて珍しいな。」
 後から楽屋に入って来た隆弘くんが物珍しそうに僕たちを見ている。
「隆弘くんは斉木くんと喧嘩したらどうする?」
「あ?喧嘩?しないもん。祐一がいつも我慢しているから。」
「僕もいつだって折れてるんだよ?なのに零は自分の方が謝っているって言うんだ。納得いかない。」
「つまり、陸は零が全く我慢していないって言いたいんだ?」
 え?
「いや、そんなことは…ないと…思う…けど。でもやっぱり僕が…が?」
「陸。」
 そこに、零が声を掛けてきた。
「ごめん、考えたけどいつも折れるのはやっぱり陸だ。」
 …
 …
 …
「ズルい」
 …
 …
 …
ドンッ
 楽屋の壁が軋む。
「なんだよ、何がズルいんだよ?」
 零が、キレた。
「ほらっ、そうやってすぐに怒って、強引に身体を開かせて、最後にはずるずるとセックスに持ち込んでなあなあにしちゃうんだ。僕の
気持ちを分かっているから、良いように僕の気持ちを利用するんだ…僕が、零のこと好きな気持ち、変えられないこと分かっているか
ら…」
 うぐっ
「んーーーーーーーーっ」
「馬鹿っ何恥ずかしいこと言ってんだよ。」
 両手で口を押えられて、やっと気づく。
 ここは楽屋。
「ほー。ずるずるとね。参考になったよ。」
 隆弘くんがニヤニヤっと笑う。
「忘れてよ。」
「嫌だね。」
 零と隆弘くんがにやりと、僕を見た。
 もうもうもうもうもうっ、僕の馬鹿。
 零の言うとおり、僕が馬鹿だ。
 そして、喧嘩してもどっちも謝らないで聖に愚痴って終わっているって、気付いた。
 なんだかなぁ、もう。
 ただ赤っ恥掻いただけだった。


「結局さ、」
「ん?」
 無事に仲直りした僕たちは零の運転で帰路につく。
「好きなんだよ。」
 え?
 思わず運転席の零を見た。
「聖も、裕二さんも、あきらちゃんも…僕も。初夫婦もそうだけど、好きだからちょっかいを出すし、話しを聞いて欲しいし、話しを聞きたい。
いつだって触れていたいし、顔が見たい。全て好きだからなんだよね。」
 あ、そっちね。
「うん。好きだから、自分が優位に立つ部分が欲しいって言うのもあると思うんだ。だから喧嘩してどっちが謝るかが気になるんだと思う。
零…」
「好きだよ」
「ずるいっ、僕が先に、」
「いつだって僕が先。生まれたのも、好きになったのも、決心したのも。」
「決心?」
「そう、陸を養っていこうって、僕が陸の人生を背負っていくって。陸は、僕に告って来た時、そこまで考えてないだろ?まだ高校生だったから。
好きだから一緒にいたかっただけだろ?僕は違う。陸を初めて抱いたとき、僕の人生を全て君に捧げようって、真剣に思った。」
 零は、まだ僕を子供扱いする。
 でもね、ここで否定すると、さっきの好きの法則にまた触れてしまうから黙ってる。
 僕は、零に抱かれることができたら、例え何があっても零から離れないって、決めていたんだよ。拒まれたら、零の前から永遠に消えてしま
おうって覚悟をしていたんだよ。…それくらい、ずっと、好きだった。
「じゃあ、僕はいつだって零の倍、好き。零が先を譲らないんだったら、僕は大きさで負けない。」
「うん、それは十分、分かってる。陸の愛情は広くて、大きい。陸に僕はいつだって支えられて、包まれて、守られているって感じる。」
「そんな、大袈裟だよ。」
 車が、駐車場に着いた。
「愛してるよ。」
 零の唇が、僕の唇にそっと触れて、離れていった。