決して見せないもの
 俺は俳優だから。
 男でも女でも何でも演じられなければならない…ずっとそう自分に言い聞かせてきた。
 だけど、違うことを知った。


「んっ…ん…」
 静かな部屋の中に、自分のみだらな声が響く。
 隆弘のことを考えていると、下半身が疼く。
 気が付くと手を伸ばし、自ら慰めていることが最近多い。
 きつく目を閉じる。
 隆弘に逢いたい。
 けど、きっと彼には既に恋人がいるはずだ。彼がモテないわけがない。
『どこが、イイの?』
 隆弘の声が耳の奥で囁く。
『もっと、奥?』
 彼ならきっと、こうするだろう…そんなことを考えると、穿たれていない部分がピクピクと収縮を繰り返す。
「あ…イクっ…」
 下着の中に大量に射精し、現実に引き戻され、シャワーを浴びようと目を、開けた。
「可愛い。」
 ベッドの横で、逢いたいと願った人が俺を見つめている。
「な、な、」
「なんでここにいるのって?だって鍵、持っているし。」
 あ。
 暫く距離を置こうと告げた時に、回収するのを忘れていた。
 でも、どれだけの時間が空いたと思っているんだ…。
「…いつから、いたんだよ。」
「馬砂喜がパンツに手を突っ込んだところから。」
「もしかして、」
「『どこが、イイの?』『もっと、奥?』って?」
「はっ倒す!」
「やめて、そんなベタベタな手でぇ触らないでぇ」
 あんなに逢いたいと思ったのに、あんなに我慢していたのに。
「逢いたかった。」
 素直に、なってしまった。


「ふ、深いっ…っ」
 隆弘とセックスしたのはそんなに多くない。片手で数えるほどだ。
 俺が隆弘に挿れたこともある。
 けど。今までで一番気持ちイイ。
「あ…んんっ」
 声が止まらない。
「馬砂喜、キツイって」
 隆弘のエロい顔が見ていたくて、必死で目を開いた。
「食いちぎってやる…んっ」
「やれるもんならやってみろっ」
 部屋の中に響くのは、俺の絶え間ない喘ぎ声と、卑猥な水音と、肉のぶつかる音。
「中に、出したい…」
「ん…出して」
 抽挿の速度がどんどん速くなる。
「やっ、やぁだっ、無理無理っ、出ちゃう、やぁっ」
 隆弘の腕に掴まり、必死に耐える。
「イイ、馬砂喜のその顔、ソソる。」
 首筋を伝う汗は、自分のものか、彼のものか…。
「ん…はっ…ん」
 目を開いているのに、目の前が真っ暗になり、火花が散った。
 これが、噂に聞く、中でイクっていうヤツ?
「馬砂喜、イッたのか?」
 俺は、目を閉じることも、頷くことも出来ずに全身がビクビクと痙攣していた。


「馬砂喜がどんな仕事をしていて、今何をしているかは大体把握していたんだよ。」
 隆弘が種明かしをした。俺の今のマネージャーは以前、隆弘のマネージャーをしていた人で、俺の情報を逐一報告させていたらしい。
「恋人はいなくたって、好きな人はいるかもしれないじゃないか。」
 隆弘は余裕尺尺で微笑んだ。
「だって俺たち、恋人じゃないじゃん。」
 そうなんだよな、恋人じゃない。ただの友達でセフレ。
「恋人じゃなかったら尚更束縛は不愉快だ。」
「じゃあ、片想いって言えばいいのか?」
 え?
「俺は最初に逢った時から、馬砂喜が女だろうが男だろうが関係なく、馬砂喜という人間が好きだった。だから、お前が女の演技に必要だって言うから、
女の部分を発掘してやらなきゃって、必死に思いついたのが…これだっただけで。」
 これとは、きっとセックスを指しているのだろうけど…。
「馬砂喜は始めっから喜んじゃったじゃんか、だからこいつは男としたことあるんだなって…かなりショックだった。なのに翌朝のお前の態度、笑っちゃう
くらい女っぽくて何かつかめたんだなぁって、安心したんだけどな。」
 顔が熱い…。
「俺、きっと素質があるんだと思う。それと…」
 隆弘の胸に顔を埋める。
「好きなタイプじゃなきゃ、声は掛けない。」
「うん、分かってる。…好きだ。今度は恋人になって。」
「うん…俺で良ければ。」
「ここに、越してきていいか?」
「隆弘が、来るの?」
「いや?」
「全然。ただ、狭くないかと思ってさ。」
「あ」
「何?」
「ここじゃ、防音がないか?」
「うん」
「じゃあ、ドラムセットは持ち込めないな、無理じゃん。」
「うん、大抵は、無理だね。」
 結局、俺が隆弘の部屋に引っ越すことになった。


「あ、陸さん。おはようございます。」
「あー、馬砂喜くん、おはよう〜。良かったね、上手くいって。」
 翌日。事務所で偶然陸さんに会った。
 しかし、上手く行ってって…あ!仕事か。
「はい、無事にレギュラーが決まって、今度はお笑い芸人の役です。」
「あ、そうなの?おめでとう。公私ともに絶好調だね。」
 …微妙に食い違っている気がする。
「…隆弘くんに聞いたよ、昇格したって。」
 ええっ、ちょっ、待って、夕べの今日だけど…でも…ええっ。
「あ、混乱させちゃった?隆弘くんがずっとニコニコしているから突っ込んだら白状したよ。」
 な・な・な…恥ずかしいじゃないかぁ〜。
「大丈夫、まだ誰にも話してないから。初ちゃんは雑誌の仕事、剛志くんはショーの打ち合わせ、零はアイドルグループの新曲の打ち合わせ。居合わせたのは
僕だけだから。」
 そうだった、陸さんはこと恋愛に関してだけは嗅覚鋭く首を突っ込んでくるのだった…。
「はい、正式にお付き合いすることにしました。」
「え?隆弘くんは結婚するって言ってたよ?」
「えっ、僕は恋人になってって言われただけで、まだ結婚なんて言ってないです。」
「やった!僕の勝ち。」
 ん?
「ごめん、隆弘くんがどうしても口を割らないから、馬砂喜くんから聞き出そうと…誰にも言わないから、許して。」
 …大失敗。
「いえ、陸さんの性格を知った上での僕の失態ですから…。」
「あーん、ごめん。怒ってるよね?ごめんね。あっ、これからクリームあんみつ食べに行かない?僕おごるから。」
「陸さん、隆弘と掛けていたんですか?」
「ううん、掛けてないよ?僕が一人で勝手に…」
「分かりました、おごってください。行きましょう。」
 俺には、視界の先に零さんが見えてしまったんだ。掛けていたのは隆弘じゃなくて零さんだったんだね。

 結構、前途多難…か?
 ま、それも楽しいかも。