その先に続くもの
「いい加減、けじめをつけたいんだけど。」
 剛志はそう言うけど、タレントとマネージャーの結婚っていうのは壁が物凄く高いんだ。
「総括マネージャーなんだから、いいじゃないか。」
 でも…。
「言いたいことがあるなら口に出せっ」
「…嫌。」
「もうっ、なら別れるのか?」
 え?
「その選択肢はないのか?」
「ない…。」
 自分のマンションに帰るのは週に2日程度で、あとは、ほぼ、恋人のマンションにいる。
 だったら言われたとおりに一緒に住んでしまえばいいのだが、それにはほんの僅かだが抵抗がある。
 それは…。
「挨拶、いつでも行くけど。」
 それだよ、それ。
「まだ、親に話していない。」
「分かっている。俺だって言ってない。だからけじめって言っているんだよ。来年には祐一も30歳になるだろ?その前にはっきりさせておこう?
ダメならはっきり言ってくれていい、別れるなら早いほうがお互いに傷が浅い。」
 何度も彼の口から「別れる」っていうフレーズが出てくる。
「自分では、未来を何一つ考えていなかった。今が幸せならそれでいいって。どっちにしたって結婚っていう形はとれないのだから、今のまま
恋人として付き合い続けるのが最善の方法だと思っている。別にけじめなんて要らない。今の時代、結婚しない男女だって沢山いる。独身を
謳歌するっていう名目で、付き合い続けていたらいいんじゃないかな…」
 剛志はポカンと口を開けた。そして不意に大笑いした。
「何だ、ちゃんと考えていたんだ、俺とのこと。いいよ、祐一がそれでいいならこのままでいても。じゃあさ、代わりに俺からのプレゼントを受け
取ってくれないか?」
 プレゼント?
「いいよ。」
 返事を待って剛志は立ち上がる。
 寝室の窓のカーテンを開けると、向かいのマンションを指さした。
「あそこに新しいマンションが建っただろ?あの部屋を買おうと思うんだ…っていうかもう買う手続きはしてあるんだ。リビングが20畳で寝室が8
畳、納戸というかクローゼットが6畳。」
 そこまで言うと剛志が大股で戻ってきて、ベッドの上の僕を抱きしめ、口づけた。
 歯列を割って熱い舌が強引に押し入り、口腔を犯す。
 それは愛しいヒトの合図。
 僕は背中に手を回し、行為を受け入れる。
 静かな室内に男の荒い息遣いが二つ、這いずり回っていた。
 既に一回戦は終了しているので、二回戦は抵抗なく受け入れることが出来た。
 この行為の際の自分の声は嫌いだ。
 才能溢れる男を、地の果てに引きずり落としている声に聞こえるからだ。
「んっ」
 深く、深く突き入れられる。
「あはっ…んんっ」
 でも、声が漏れてしまう。
 嫌だ、こんなあさましい自分は嫌だ。
 だけど拒めない。
 声も、我慢できない。
 息遣いに加えて、卑猥な水音が絶え間なく響く。
「ひやっ…」
 自分の口から悲鳴のような音が漏れる。
「まさかずは…ここに、引っ越してきて。」
 え?
「あっち…で、一緒に…いや、半同棲、するから。」
 何で、今?
 摩擦運動が激しくなり、喉の奥からヒューヒュー音がするばかりで、声が出せない。
 剛志も、息も絶え絶えにそれでも動きは止まらない。
 多分、先に果てたのは僕で、剛志は後だと思う。
 既に僕のナカは熱くて燃えていたから、感じ取ることは出来なかったから。
 僕の上に倒れこんだ剛志は、暫くはぁはぁと呼吸を整えながらも何か言っていた。
 僕はぐったりと疲れていて、聞き返すことも出来ないでいた。
 どれくらいの時間、そのままでいたのだろうか?剛志が僕の耳に直接
「これは決定事項」
と、囁き、僕をお姫様抱っこしてバスルームへ移動した。


「い・や・だっ」
 事後、僕はぐったりしてしまって直ぐに眠ってしまった。翌朝開口一番に剛志に行った言葉がこれだった。
「何で?一緒じゃなくて半同棲だぞ?」
 苦笑いしながらも理解してくれる僕の恋人。
「新しいマンションが剛志で僕が古いマンションなんてヤダ。同じマンションに部屋を買う!」
「本当に?」
「うん。」
「良かった。」
 は?
「あのマンション、メゾネットになってて、二世帯住宅だけど完全に別々にすることが可能なんだ。」
「あのさ、こんなことなら零さんと陸さんの話に乗ればよかったのに。」
「確かに。」
 二人に一緒の敷地に住まないかと誘われたんだけど、断ってしまった。
「ACTIVEってきっと音楽活動をやらなくなって、別々の道を歩むことになっても、互いに連絡し合ったり、干渉したりすると思うんだ。だったら
一緒にいてもいいと思うよ?」
 既に遅いけど。
「でも…」
 剛志は言いだしずらそうに俯いた。
「なに?」
「二人だけの時間は、大事にしたいって思わないか?」
 ま、それも一理ある。
「じゃあ、決定ということで。」


 それから少しして、僕たちは引っ越しの準備を始めた。