楽屋話
 最近、とんとご無沙汰していたテレビ出演。
 久し振りにお声を掛けて頂いたのでメンバー勢揃いです。
「陸…」
 全員が全員、僕の顔を見るなり溜息と一緒に名を呼ばれました。
「なに?」
「今日のトーク、大丈夫?」
 歌番組では大抵、零が話してくれるので僕達は笑って待っていれば良いのだけれど、何で大丈夫?何だろう?
「もしかして、台本見てない?」
「うん」
 台本は当然、トーク担当の零が見るものだと思っていた。
「テーマがメンバーに言いたいことってあるけど。」
 なに?
「でも、零が…って、無理か。」
 全員が無言で頷いた。
「とりあえず全員に質問する感じで、初は零、零は剛志、剛志は隆弘、隆弘は陸、陸は初ってことで、決まったから。」
 うー。
 初ちゃんか。
 初ちゃんに言いたいこと…。
「ないっ!」
 あ。
 声が大きくなってしまった。
「どーせ、何も特徴がないからな。」
 やっぱり拗ねた。
「特徴がないんじゃなくて非がない。クレームもないしさ、面白い逸話もない。普段から完璧だし。」
「確かに、初に言いたいこと…ありがとうとか?」
 初ちゃんって、私生活も謎なんだよね。
「本番前に決めた方がいい?」
「変な内容じゃ無きゃ構わないよ。」
「じゃあ本番までに考えておく。」
 そう言ったものの、大体のことは決めていた。
「そんな堅苦しいことじゃなくていいんだよね?」
「うん、大丈夫だよ。」
「それより陸、昨日いつもの楽器屋へ行ったんだよ。」
「弦?」
「そうそう。」
 弦の話が出来るのは初ちゃんだけだ。
「今まで買っていたヤツ、メーカー廃盤だってさ。」
「えっ?ギターも?」
「うん」
「マジで…参ったなぁ。」
「だよなぁ、だから同レベルでないかって聞いておいた。」
「流石、初ちゃん。で?」
「同レベルだったら赤で良いんじゃない?」
 もうっ、折角初ちゃんと楽しい仕事道具の話していたのにぃ、零ってば、邪魔っ。
「赤じゃダメなんだよぉ。グレーが良かったんだから。」
 因みに赤だグレーだ言っているのは、ケースの色ね。
「メーカーにお願いしてオリジナルで作ってもらったら?それを販売してもらうって手もあるし。」
 隆弘くんが意外な提案をしてくれた。
「ドラムはメーカーから提供してもらってるし、可能なんじゃないかな?」
 ん?提供?
「もらってるの?」
「ううん、提供。スポンサー。壊れたら交換してもらうの、あたらしいのと。」
「知らなかった…」
「だってドラムは嵩張るし、家にはワンセットあったら十分でしょ?だからメーカーと話をしてそう言うことになっているんだよね、大抵のドラマーはそうしてる。」
 へー。この業界長いけど、知らなかった。
「陸だって使わなくなったギターは下取りしてもらってるじゃん。」
「うん、初ちゃんもそうだよね?」
「うん。陸から教えてもらったからそうしてる。そうしないと置く場所に困るからさ。」
「もしかして剛志くんも提供してもらってる?」
「いや。自分で全部購入して自分仕様にしている。」
 そうか、剛志くんの家は楽器にこだわりを持っていたから当然剛志くんもこだわっているんだ。
「キーボードにそんなシステムはないっ。」
 あ、怒ってる。
 LIVEのときはキーボードだけど、レコーディングの時はシンセサイザーを入れるときもある。そんな時はレコーディングスタジオで借りる。ピアノの時もそう。
「衣装は自前だよ。」
 最近はLIVE用は特注が多いから、当たり前だけど、デビュー当時はお金がないから色々な店を回って組み合わせたりしていたなぁ…懐かしい。
「陸は、ペイントとかはお願いしているの?」
「ん?ギター?」
「他は何にペイントするのかな?」
「そっか。それは同級生に工房をやっているヤツがいるからお願いしているんだ。僕の同級生、色々いるんだよ。あ、同級生ってデビュー前の方ね。今の同級生
はまだ子供だから。」
「分かってる。」
 …全員一致で言われてしまった。
「つまんない、つまんない、つまんなーい。」
 はいはい。こんな時にそんなことを言いだすのは一人しかいない。
「零のギターは涼さんに借りてるもんね。」
 あ、脹れっ面で返事しない。
「うちの父親は変わったギターを持っているけど、零のところは堅実だから少数精鋭なんだよね。涼さんもボーカルだったからそんなに数はないんだけど、テクニック
はハンパないんだ。父には教わらなかったけど、涼さんには懇願したもん。」
 当然、パパのヘンテコなギターを持っていったら、拒絶された、そんなので練習したらまともに弾けなくなるって。きちんと弾けるようになったら借りてきなさいって。…
パパのだって知っているところが凄いけど。
「そう言えば、僕にくれるって言っていたキターがいつの間にか陸の所にあったっけ。」
 不機嫌になったものの、誰も慰めてくれないので、自ら話に参加してくるのも零のいつものこと。
「零はボーカルトレーニング的なことはしたの?」
 剛志くんが不思議そうに訊ねた。
「えっと…多分本格的にはないけど、兄弟3人で父親の仕事部屋で音階を耳で聞いて当てるクイズ合戦みたいので、和音を三人で歌ったくらいかな?」
 そっか、昔から三人で色々やってたんだ。羨ましい。
「家は元からピアノをパシパシやらされたからさ、とっても嫌いになっていて、まさか仕事にするなんて当時の自分では全く考えられないことだけどさ。隆弘は何処で練習
していたんだ?」
「俺?隣のお兄さんがドラムやってて、時々教えてもらったりしてその内スタジオを借りたからって一緒にやってた。中古でもらってからはずっと家で叩いていたけど毎日怒
られてたな。」
 僕達の楽屋では、全然仕事に直結しない話をしていることが多い。今、この時間に次の仕事の打ち合わせとかすればいいのに、今日みたいに昔話だったり、昨日のドラマ
の話だったり、まるで井戸端会議のようだ。
「そうだ、陸。」
 そして、この『そうだ』で、話をぶった切るのが初ちゃん。
「レコード会社の新人に曲を提供して欲しいって言われたんだけど、時間あるか?」
「何で僕?」
「春来先生が詞を書いて、歌うのは男性アイドル。だから陸が一番適任だと思うんだけど、どうかな?」
 …確かに、おっしゃる通りです。
「アキオちゃん、男性アイドルにも詞を書けるんだ、知らなかった。」
 春来アキオ先生はもう30年以上女性アイドルにばかり詞を書いていたからてっきり男性には書かないものだと思い込んでいた。
「久し振りに依頼が入ったって喜んでたよ。」
「へー。」
 取りあえずは、先生の出来待ちだな。

「俺から野原に言いたいことはですね、」
 収録が始まって、まずトークから撮り始めた。
 順番に回ってきて、今は隆弘くん。
「皆で出来上がって来た楽曲に編曲するときは自分の思うようにドラムを入れられるんですけど、陸が編曲してくるときもあるんですね、そん時は100%、ドラムの入れ方のハードル
がメッチャ高い。普通はタンタンタンタンのリズムにはン・タン・ン・タンって俺なら入れるんですけど、陸はン・ン・タタンとかなんです。」
 この話は分かる人には笑えるけど、解らな人にはなんのこっちゃだよね…。
 上手くMCの人が回してくれて、次は僕の番。
「僕はリーダーの三澄に言いたいことがあります。」
 目の端にちょっと身構えた初ちゃんが見えた。
「楽屋で馬鹿話しているときに、真面目な話で場をしらけさせないで欲しいんです。さっきも昔話に花を咲かせていたのに仕事の話を振ってくるんです。」
 僕の持論。リーダーは真面目であるべき。…って僕だけかな?
「やっぱりリーダーって常に仕事に意識がいってるんですかね?」
と、MCの人が初ちゃんに振った。
「いや、常にってことはないんですけど、なかなか全員が揃うこともないのでついつい仕事の話をしてしまいがちで。メールでやり取りもしているんですけど直接聞きたいこともあるし…」
 この言い訳が真面目過ぎる…という締めで終わった。

 再び楽屋。
「そっか、初は常に仕事モードになっちゃうのか…かといってリーダーを持ち回りってわけにも行かないしな。役割分担するか?」
 剛志くんが誰に言うでもなく呟いた。
 当然、誰も反応しない。
「いいよ、剛志。皆だってそれぞれ個人の仕事があるしさ、少し位俺が受け持つよ。普段は斉木くんが頑張ってくれてるし…って、そうだ、都竹くん、陸の担当に戻すって、昨日言
われたんだ。」
「え?」
 都竹くんが?
「代わりに辰美くんが新人の方に行って欲しいってことなんだ。」
「えーっ、どうしてですかぁ〜」
 …遠くで叫んでいる、辰美くんの声が聞こえるけど…零に任せた。
 そっか…都竹くんが帰ってくるのか…。
 暫く、聖には黙っていよう。

 僕たちは、収録を終えて家路に着いたのだった。