深夜の秘め事
「そこは絶対にゴールド!」
 そう言って零が譲らない。
「でもさ、それじゃお客さんの目が痛いと思うよ?」
「え?」
「だって照明が当たるんだよ?そうしたら反射するじゃん。」
「そっか…」
 僕と隆弘くんから反対されて、零がしょんぼりとする。
「ゴールドが、映えると思うけどなぁ。」
「しつこいっ」
 初ちゃんに一喝される。
「陸のギターと俺のベース、ボディをゴールドってありえないだろ?」
 そうなのだ、次のLIVEに向けて、セットを考えてるのに、初ちゃんと僕の商売道具までセットの一部に使用している零が一名…。
「じゃあド…」
「ドラムもダメっ。」
「えー」
「せめてラメ入りのイエローで…」
と、不用意な隆弘くんの一言。
「バッ」
 剛志くんの制止も間に合わず、
「よし、それで手を打とう!」
と、なったわけで。


 深夜に防音室で友人を囲んで初ちゃんと僕が黙々と色塗りをしている。
「防音にはなってるけど換気はそんなに完全ではないげと平気?」
「換気扇と併用して空気清浄機を動かしてくれればなんとか。」
 工作とか絵とか、苦手だったんだよなぁ…。
「あぁ、野原はそこにある絵具を1対1で混ぜといて。」
 ざっくりとした指示、ありがとう。そして僕に色塗りをさせないという、ナイスな考え。流石です。
 息を詰めて真剣に色塗りをしている。
 初ちゃんも手を止めている。きっと同じように色塗りをして欲しいのだろう。
 …
 …
「あのさ、」
「うん?」
「家に、運んでもいい?」
 やっぱりやり難かったみたいだ。
「でも、それじゃ何も手伝えないよ?」
「いいよ、一人でできる。」
 そうか、邪魔か。
「分かった、じゃあこれから運ぶよ。」
 ということで、僕等の愛器は旅立っていきました。
「…どうする?」
「どうしよう?」
「これ、塗ってみる?」
「うん」
 そう、残された僕等は、こともあろうか暴挙に出たのです。
「お、初ちゃん、いい感じ。」
「美術の成績悪かったけどな。」
 はははと、乾いた笑い。
「初ちゃん、今夜は帰れないってちゃんとまもるちゃんに言って来た?」
「ん?あ!」
「忘れてた?」
「忘れてた。」
「じゃあ、メールしといて良かった。」
「してくれたんだ。サンキュ。」
「うん、多分忘れると思ったから。前にまもるちゃん怒ってたもんね。」
「ついつい忘れちゃうんだよ…って、陸はまもるは平気なんだな。」
「だってまもるちゃんは初ちゃんが大好きだもん。」
 そう、自分と零じゃない誰かを大事に思っている女の人なら、自分に危害を加えられる心配がないので普通に話せる。でも確実に自分の方を見ている女性は苦手だ。それが例えファンの人であっても…だから厄介なんだよな。
「出来るだけ一人にならないようにしているけどね。」
「けどさ、どんな事件に巻き込まれたの?」
 ん?
「女の子に嫌な思いをさせられたって聞いたけど?」
「誰から?」
「誰…誰だろ?」
「僕じゃないから零かな?別に嫌な思いはしていないよ。ただ単に苦手なだけ。上目使いで見られたりすると背中に悪寒が走る。腕なんか握られたりしたら振り払いたくなる。背後から抱き付かれたら背負い投げしそうになる。あと…あっ、バレンタインにチョコレート配ってくれるけど受け取ったことない、直ぐに泣くから。」
 これ位並べたら理解してもらえるかな?
「陸…陸は女心を全く理解していないんだな。そしてどうして男心は理解できるんだ?」
 え?え?え〜!
「陸に近づいてくる女の子はみんな陸に好かれたいと思っているから勇気を出して寄ってくるんだ。決して嫌がらせしているわけじゃないと思うよ。だって今の話だったら全員陸に可愛いって思って欲しい行動じゃないか。」
「可愛いって…そうなの?僕にとっての可愛いは…今の初ちゃんかな?一生懸命僕のために説明してくれるところが可愛いって思うけど。女の子に可愛いって…自分に対する場合に関しては皆無。あ、まもるちゃんは可愛いよね。」
「もうおばちゃんだけどな。」
「え〜っ、その言い方嫌いだな。確かに年齢は重ねたけど初ちゃんとの歴史も積み上げられているじゃないか。初ちゃんのために頑張っているまもるちゃんは可愛いって。」
 何故に僕が必死になる?
「そうだよな、まもるちゃんは可愛いよ、うん。…って何か違うぞ、予定と。」
 う〜…。
「もうっ、どうして零はいつもいつも僕がメンバーと話していると割り込んでくるのさ。今夜は僕、初ちゃんと二人っきりで一晩明かすんだからさ、邪魔しないでよね。」
「物すごーく誤解を招くセリフなんだけど。」
 初ちゃんの言い分は無視。
「あんなことやこんなことしたかったのに。」
「陸は僕に誤解してもらいたいのか?」
「何で?初ちゃんと工作することのどこに誤解を招くの?あ、そこのリモコンとって、エアコンの。」
 急に冷え込んできた。
「何か、手伝おうか?」
「別にいいよ、もう全部お願いしちゃったから。」
「そう言えば即戦力がいないな、工房に帰ったのか?」
「よく分かったね。」
「どうせ二人で手を止めてのぞき込んでいたんだろ?やり難いわ。」
 ビンゴ…。
「そうだ、コーヒー淹れようかって聞きに来たんだった。どうする?」
「いる〜」
「じゃあ、キッチンの方に移動。」
 そっか、ここじゃあ、汚したら大変だもんね。
 僕らはいそいそと移動し…グダグダと時を過ごしてしまったのだった。


 翌朝。
 友人からのメールの着信音で、僕らは我に返った。
「コーヒーだけで夜明かししちゃったよ。」
 慌てて車を出し、友人宅へ受け取りに行った。



「狩野くん、だったっけ?彼。専属でこれからもお願いできないかな?」
 剛志くんがしきりに感心している。
「昔から美術の時間だけは起きてる奴だったんだよね。」
 僕は地元の友人に恵まれている…と言っても、僕から声を掛けることは出来なくて、いつでも彼らが誘ってくれたり、輪の中に入れてくれていた…のは、零と夾ちゃんのお蔭だったことは大人になってから知った。
 それでも彼らは何ら変わらず僕と接してくれる。
 友情って作り上げていくものなんだと実感したことだ。
「俺はさ、今回二人の家に一晩居て、思い知らされたよ。」
「何を?」
「いや…みんなも絶対に二人の家に一人で遊びに行ったら分かるよ。」
 そう言って初ちゃんがニッコリ笑った。
 ま、何となく、想像は着くけどね。


 翌週、二日続きで剛志くんと隆弘くんが遊びに来た。
 やっぱりその時も僕らは夜通し昔話で花を咲かせたのだった。


「初、分かった分かった。」
「だろ?」
「うんっ、零がドSだってこと。」
「だよな?あいつ、陸にどつかれても蹴られても、全然動じないで笑ってんの。」
「あの感じじゃ、刺されたら本望…って思ってるよな?」
「まぁ、最初からあいつは陸にメロメロだったしな。」
「でもずっとだろ?すげーな。」



 こんな会話が三人の間で交わされていたこと、零も陸も知る由もなかった。



「で?結局あの三人は何を確認しに来たんだ?」
 零には全く見当が付かないらしい。
「我が家で深夜に繰り広げられている秘め事…だと思うよ。」
「秘め事?」
「うん」
「何だ?」
「僕が何かしていると、零がちょっかい出してきて進まないこととか、零が何かしているときに僕が必ず話しかけて邪魔するとかね。」
「ふーん…」
 解せないって顔してる。
 そりゃそうだ。
 零は隠しているつもりなんだろうけど、メンバーといるときと、家にいるときの零は違うもん。
 って、僕も違うのかな?
 あっ、もしかして、僕の方だったのかな?


 …斉木くんに探りを入れるか?