| 最近うちの事務所からデビューした新人歌手がいる。 彼は都竹くんが最初から担当している。
 歌手志望で入ってきて、自分で歌を作るので一度聞いてみたけど、まあ、素人だからね。僕が言うのもなんだけど。
 都竹くんに頼まれて暫く曲作りのアドバイスとかしていたんだけど…。
 「陸さん、兎くん今度朝ドラに出るんですよ。」
 「へー、彼ドラマもやるんだ。」
 月夜野兎くん。冗談のような芸名。本人が付けてきた。
 「なんでウサギなんだろ?」
 あ、心の声を声にしてしまった。
 「彼の本名、鈴木剛毅なんです。」
 …似合わない。彼は線が細くて柔らかい雰囲気を纏った小動物…
 「あ!そういうことか!」
 また、漏れた。
 「彼の雰囲気が小動物だからだよ、きっと。」
 「月夜野は何だと思いますか?」
 「そっちは聞いたの?」
 「はい」
 あ、補足。
 都竹くんは現在掛け持ちマネージャー。
 ACTIVEのスケジュール管理マネージャーと月夜野くんのマネージャー。
 「高校生の時に部活帰り…部活はテニス部だそうです…に見上げた空に満月が浮かんでいたそうです。それで。」
 「それで?」
 「終わりです。」
 「ん?」
 「それまでそういう詞的な風景を自身の中に捉えたことがなかったので、感動したらしいですよ。」
 あ、そういうこと。なら先にそう言ってよ…は、だだ漏れないようにぐっとお腹に力を入れた。
 「名前は月夜野だから光にしたらと言ったんですけど兎にこだわってるので何かあると思うんですけどね。」
 「こだわりは大事だけど、こだわりすぎるとそれに引っ張られちゃうんだよね。」
 そういう経験は山のようにして来た。
 「また必要があったら呼んでね。いつでも僕でよければ力を貸すから。」
 「はい、ありがとうございます。」
 と、本題。
 「所で。」
 「はい、委員長の家でのことですよね。不注意でした、すみません。」
 「何かあったの?」
 僕が言う前に切り出すということは初めから都竹くんも僕に話をしたかったってことだよね?
 「ばったり、聖くんに会ってしまいました。」
 「それだけ?」
 「はい、それだけ。あ、ついでに勉強を一緒にみました。」
 どうして聖はわざわざ意味深に伝えた?
 「それで…」
 続きがあったようだ。
 「親からですね、結婚しろと言われまして…見合いしました。」
 …は?
 「都竹くん、世間一般でいうところの結婚を、するの?」
 「多分。」
 それも、いいかもしれない。
 聖には諦めがつくのかもしれない。
 「幸せに、なるんだよ?」
 僕から都竹くんに言えることはこれしかない。
 「はい。ありがとうございます。」
 そう言って、都竹くんは僕に向かって頭を下げた。
 
 
 
 あれからずっと考えていたんだけど、月夜だと狼が定番じゃないかと、ふと気付いた。
 なぜ、兎なんだろう…と。
 僕 は自分が作詞した楽曲なら覚えているけど、零が作詞した楽曲に対しては自分が歌うわけではないので、メロディーラインで覚えている程度だ。酷い時にはギターコードでしか覚えていない。
 自宅のリビングでパソコンを叩きながら調べ物をしていたら、風呂上がりの聖が鼻歌を歌っていたのだ、零が作詞して僕が作曲、ACTIVEが編曲。
 「あーっ!」
 「何?どうしたの?」
 聖が慌てて寄ってきた。
 「それだ、それ。」
 「どれ?」
 「月夜野兎」
 「ああ、あの新人歌手の兎くん?」
 「うん、あの名前芸名だから、どこから取ったのかなぁと。」
 「MoonRabbitじゃないの?」
 …聖は気付いていたらしい。都竹くんも気付いていないのに…。
 この歌、タイトルはMOON。歌詞にMoonRabbitが出てくる。
 月の模様が兎に見えるっていうヤツね。
 「兎くんの曲、零くんの曲に雰囲気が似てるから、多分ACTIVEのファンじゃないかなって思っていたんだよね。」
 聖、鋭いっ。
 そうか、彼は零のファンか…。
 「兎くんの話が出てくるってことは、都竹くんの話、聞いたよね?僕大丈夫だからね。どっちにしたって、僕が都竹くんと結婚できるわけじゃないし、だったら隼くんには隼くんの幸せを選んでほしい。
 ちゃんと本人から話は聞いているし、お互いにわだかまりは全然ないんだよ?」
 「聖、解ってる。」
 途中から都竹くんじゃなくて、隼くんになっていたこと、気付いているのかな?
 「僕はさ、零としか付き合ったことがないから、恋愛において別れを経験したことがないんだ。だけど、うちの父親から失恋の辛さは十分、聞かされているから分かっている気ではいるんだ。ただ、
 傷の痛みは人それぞれだから、聖の傷が癒えているのなら、それはそれで構わないよ。」
 「うん。…都竹くんより陸の時の方が痛手は大きかったけどね。」
 え?
 「大丈夫、これもしっかり消化しているから。今はね、学校生活が充実しているし、商店街活動も楽しいから。」
 聖は地元密着型の生活が気に入っている。
 「解ってる。僕は、聖を応援するから。何時だって聖を…二番目に応援するから。」
 「そこは一番でしょ?」
 そう言って、笑った。
 
 
 「陸さん、兎の元ネタ、解りましたよ。」
 都竹くんが顔を合わせるなり得意げに言いだした。
 「MOONでしょ?」
 「え?」
 都竹くんはポカンとしている。
 「月がどうしました?そうじゃなくて、絵本だったんです、彼が子供の頃に好きだった絵本。」
 え?
 「お母さんに読んでもらった思い出の絵本だそうです。」
 へー。
 なんだ。
 お母さんの思い出か…羨ましいな。
 「それより、都竹くん、明日から兎くん専属で良いから。うちには愛着がないみたいだしね。斉木くんに頼んでおくよ。」
 「何ですか?それ。って、どうして僕がACTIVEに愛着がないんですか?愛しか持っていないのに。」
 「ほー、てっきり都竹くんなら直ぐにMOONの歌詞を思い出すと思ったのに。」
 「MOONの歌詞?何のこ…あーっ!」
 都竹くんが頭を抱えて何か呪文のようなことをブツブツ言いだしたから、僕は退散することにした。
 
 
 都竹くん、バイバイ。(笑)
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