予感
「行ってきまーす!」
 後ろから陸がなんか色々言っているけど、とりあえず夕べも聞いたから手を振ってやり過ごす。
 これから高校の同級生と由比ヶ浜へ行く。
 東京駅からJR横須賀線で鎌倉まで行き、そこから歩いて海岸を目指すんだけど、電車の中でいきなり声を掛けられてしまった。
「ACTIVEのPVに出ていませんか?」
 …しまった、この間発売したアルバムのPVにギャラ目当てで出たんだった。
「…よく似てるって言われます。」
 大抵これで諦めてくれるけど…。
「だって今、『加月』って!」
 致命的欠陥。
「似てるからあだ名です。」
 同級生がフォローしてくれた。
「小学校の時からのあだ名なんで、普通に呼んでるんですけど、なにか?」
 渋々諦めたようだが、それでもじっとこちらを見ている。
「それよか今日の目的を果たさないとな。」
 同級生五人で海に出掛けるのは、ズバリナンパ。
 高校最後の思い出に、女の子とデートがしたい、そんな理由だ。
 一対一でなくても五対五でいいんだ、思い出だけ、作りたい。



 しかし、僕達のそんな可愛らしい願いは、車内の女性たちに邪魔された。
「行き先同じだったんだねー。」
 いや、望んでいません。
「一緒に泳ごうよ。」
 だから、高校生がいいんです。
 目的がありありとしているので、面倒だ。
 しかも、今回僕は何も考えていなかったので、髪を染めていない。
 どうしたものかと思案していたところ、陸からの使者がやって来た。
「申し訳ないのですが、この子たちの学校は不純異性交友禁止なんです。」
 古っ。
 陸からの使者…キ竹くんです。
「はい、全員集まる!」
 教師のように、僕らを仕切る。
「ワゴン車で来ましたので、ロッカー代わりに使ってください。シートは、あそこです。」
 少し先に派手な色合いのパラソルが立っていてそこを指さす。
「あの場所は有料地帯です。」
 あーあ、ナンパは限りなくゼロになってきた。
「同じスペースに地元の高校生グループ3組配置しています。」
 そう言われても、元カレの前ではやりにくい。
「あ、私のことならお構いなく」
「それは無理。」
「困りましたね。…なら…」
「見合い、どうなった?」
「だから、構うなと言っている…」
「バーカ」
 イラついてきたので暴言を吐いてみた。
「馬鹿で結構!言うことを聞かない子にはお仕置き有るのみ!」
 背後から失笑が聞こえた。振り返ると同級生が笑っている。
「キ竹さんって、こいつのことすっごく大事にしてくれているんですね。こいつの家族と同じ位。」
 同級生は気を遣って僕の名前を口にしないで居てくれている。
 そして、僕が年上の人と付き合っているらしい噂は密やかに流れていた…というのを教えてくれた。
 なので、年上の人を見ると色眼鏡で見る。
「だってキ竹くんは言われてここに来ているから。」
「いえ、自主的にですが。大体今日はオフですし。」
 え?
 陸の回し者じゃ無いの?
「電車の中で見かけたので、着いてきました。なにかありそうで面白いかなぁと…。」
 少しだけばつの悪そうな顔をした。
「そう言うわけですから、そろそろ退散します。ヘンな人に引っ掛からないように気を付けてくださいね。」
 頭をポンポンとされて、気付いた。
 キ竹くん…隼くんはもう、僕に何の感情も持ち合わせていない、そしてそれを僕は残念に思っている。
 僕の気持ちは、誰に向いているんだ?
 キ竹くんのことは、本当に好きだったのか?
 今一度、自分の気持ちに向き合ってみよう。
 もしかしたら何か間違っているのかもしれない。
 そうすれば先に進めるかもしれない。



 午後2時。
 陽射しがきつくなってきたし、女の子はナンパ出来なかったので、渋谷に移動しようとなった。
 荷物をまとめ海の家で着替えをしていざ渋谷へ…となった時、
「あの…」
と、女の子の声がした。
 振り返ると制服姿の女の子が五人、立っていた。
「ここの先の高校に通っているんですけど、部活で学校へ行ったら海にうってつけ…いえ、カッコイイ男の子が居ると聞いて、お願いに来ました。」
「お願い?」
「私達、女子校に通っているんですけど、映研でどうしても男の子が必要なんです、五人。それで、出演をお願いできないかと思いまして…。」
 同級生四人は小さくガッツポーズをしているが、僕は困惑した。
 なぜなら僕はマネージメント契約をしているタレントだから。
 高校卒業までは契約期間なんだ。
「僕も…ですよね?」
「はい、五人なんで…」
 同級生は乗り気だった。
 僕はとりあえずキ竹くんに電話をした。
「五分、待ってもらえますか?」
 そう言って電話を切った彼は、五分後にやって来た。…この辺にいたのかよ。
「実は彼はタレント業を行っており…」
 名刺を渡して女子高生に話をしている。
「なんだ、加月は本当にタレントなんだ。」
「うん、小遣い稼ぎでね。」
「稼ぎすぎだろ?」
 そんな話をしながらキ竹くんを待った。
「と言うことで、全くの友情出演とさせて頂くなら、私が付き添うことで解決しますがいかが致しますか?」
 女子高生は納得したらしく都竹くんの同行を承諾した。
「それでは幸いにもレンタカーを停めてあるので、これで移動しましょう。」
 その時、電車内で声を掛けてきた女性陣が(まだ居たことに驚いた)、都竹くんに向かって文句を言っていたが、「我が社の商品を管理するのが私の仕事です」と、何とも僕を軽く扱ってくれたけれどもフォローしてくれたので、ありがたく商品として振る舞うことにした。
 僕達が連れて行かれた場所は、彼女たちが通う高校の近くにある小さな神社。
 ここで僕達がたむろしていると彼女たちが通りかかり「カッコいいねー」と振り返る。
 これがワンカット。
 ツーカット目は主役の子と僕達の誰かを選び目が合う、と言うシーン。
 この目の合う役を誰がやるかで揉めた。
「経験者で良いじゃないのか?」
「あ、契約違反になるから無理。」
 キ竹君より先に僕が答えた。
「それにさ、今日はこの髪色だから、」
と、金髪を指さし、
「夏休み中だから染めてないんだよ。仕事もこの方が便利だから。」
「聖は、」
 普段から僕は名前で呼ばれている。
「芸能人になるのか?」
「ううん、あくまでもバイト。」
「そうだよな、夏休み前に進路指導に大学を調べさせてたもんな。」
 僕達は頼まれた仕事をすっかり忘れて話し込んでしまった。
「うん。自分で調べたんだけどどうしても遠くに行かないとないんだよね。家から離れないとダメみたい。」
「あの…」
 女子高生の一人が誰にするか決まったかと聞いてきた。
「あ、彼でお願いします。」
 僕が勝手に一番背が高い同級生を指名したら意外と上手く演じてて笑った。
「今日のお礼になるか判りませんけど、学園祭で上映しますので是非」と言われてチケットをもらった。
 僕以外の同級生は全員色めき立っていた。
 でも、僕は無意識のうちにずっとキ竹君の行動を監視していたことにその時気付いた。
 その時、何故だろうキ竹君のエロい顔を思い出した。
 僕たちは結構長く付き合っていたけど、セックスしたのは数えるほどだ。
 大人になったら一杯しよう、なんて言っていたくせにその前に別れた。
 僕は、知っていた。
 キ竹君も夾ちゃんも、互いを好きなことに。
 あの二人は僕を介して互いを見ていた。
 そしてそれに気付いていない。
 恋愛ってそんなものかもしれない。
 本当に好きな相手には好きとか嫌いとかの感情を見いだせずに愛している。それは互いの幸せしか、願っていないから。
 もしかしたら二人は気付かないまま、別々の人と結婚して老いていくのかもしれない。
 互いに気持ちを陸に向けていると信じて。
 陸は、僕達の間では同性愛者の鑑なんだ、きっと。
 堂々と兄を愛していると、兄しか愛していないと宣言して生きている。
 今でも零くんを見る瞳はキラキラしている。こっちが恥ずかしくなる。
 そしてそんな陸を零くんは嬉しそうに見る。
 普通に考えたらブラザーコンプレックス以外の何物でもないけど、でもやっぱりここは愛なんだよ。
 人が生まれてきて、誰と対になるかは本当に偶然。
 生まれてくるタイミングもあるし場所もある。
 それが誰かは判らないということは性別も判らないわけだ。
「キ竹君、」
「はい?」
「夾ちゃん、見合いのことをなんて言ってた?」
「特には何も。」
「そっか。」
 てっきり夾ちゃんはキ竹くんに告白するのだと思っていた。
「反応としては二人とも余り変わりません。」
 二人?夾ちゃんと…誰?
「陸?」
「あ、そうですね、陸さんと零さんも似たような感じでした。私は平凡な幸せを求めた方がいいとのことです。」
「平凡って…女性と子作りしろってこと?」
「ストレートですね、まぁそういうことです。」
「都竹くんの子供、可愛いだろうね。」
「平凡ですけどね。聖くんの子供も、きっと可愛いです。」
 そうだった、都竹くんには子供が欲しいって言ったことがあった。
 それって、自業自得だな。
「ひとつだけ、お願いがあるんだけど。」
 返事をせずに首だけこちらを向けた。
「恋、してあげて。」
「はい」
 それで、僕の恋は本当に昇華する…と思う。



 僕たちは、別々に帰路についた。



 結局夏休みも一日海に行っただけで、秋になって女子高の学園祭へ行ったのだけが唯一の息抜きで、僕達高校三年生は一夏の恋も一秋の恋も訪れずに勉学に勤しんだ。



「聖、面白い話聞かせてやろうか?多分、陸も知らない。」
 夾ちゃんの部屋で受験勉強をしていたら、大学の研究室から帰ってくるなり切り出された。
「隼のヤツ、」
 あれ?いつから夾ちゃんはキ竹くんのこと隼って呼んでいるんだろ?
「見合い…いや婚約、破棄されたんだって。」
 え?された?
「女の方が、「身体の相性も大事ですから。」とか言って押し倒されたんだって。」
 …ナンだろう?頭の中でガンガンと鐘の音みたいな音が鳴る。
「そしたら起たなかったんだってさ。何でだと思う?」
 まさかとは思うけど。
 僕は左右に首を振った、振るしかなかった。
「吐き気がして嫌悪感だけしかなかったってさ。」
 僕のせいだ。
「どうする?」
「なにを?」
「アイツの連絡先。」



 僕は家に帰ると自室に籠もりキ竹くんにメールした。


 聖です
 いきなりメールしてごめんなさい。
 話が、したいです。



 予感が、現実になる。