選ぶ人、選ばれる人
 人間には選ばれる側と選ぶ側がいる。


 僕の場合、学校に居るときは選ばれる側だけど、商店街に一歩脚を踏み込むと途端に選ぶ側に回る。
 しかし、恋愛における立場はどちらでもない。
 その点、陸は常に選ばれる側だ。
 仕事も恋も全てにおいて選ばれている。
 逆に零くんは、選ぶ側だ。
 仕事も選んだし、恋も選んだ。
 この違いはどこから来るんだろう?


「性格だね。」
 僕の仮説を待たずに、夾ちゃんが一刀両断にしてくれた。
「待って待って待って!僕にも考えってものが、」
「そんなこと考えてないで、受験勉強に精を出す!」
 そうなんだよね、僕の志望校は少し、手が届かないところにある。
「諦めて東京の大学にしたらどうなんだ?」
「…願書は出した。」
「そうか。でもどうしても京都に行きたいわけね?」
「うん。」
 少し離れて、じっくり考えたい。
「もしも、京都が落ちて東京が受かったら?」
 その仮説に対しては初めから想定外だ。
「その時は…バイト代もかなり貯まったから一人暮らししようかな。」
「うちに来たら?」
「うち?」
「うん、ここ。」
 夾ちゃんの部屋で?
「俺、来年実家に戻ろうと思うんだ。だから代わりにここに住んだらいいよ。」
 …怪しい…夾ちゃんはここが学校から近く便利だからって住んでいるのに…何があったんだろう?
「恩師に呼ばれたんだ。だから大学を変わる。ここから遠くなるんだ。」
 そういうことか。
「あっちに行ったら、都竹くんも行き難くなっちゃうね。」
「それは大丈夫だよ、僕の部屋、入り口が別になっている。そうしてもらったから。」
 …用意周到。
「あーあ、夾ちゃんも零くんも成績いいのにどうして僕は出来ないんだろうなぁ?」
「それは集中力の違いだと思うけどな。それと雑念が多い。」
「夾ちゃんに言われたくない。」
「じゃあ、どうしてここに来て勉強してるんだよ。」
 どうして?
「それは…家だと誰も教えてくれないから、夾ちゃんに色々聞こうと思って。」
 夾ちゃんの手が、僕の頭をガシッと掴んだ。
「ウソつき。隼に会いに来るんだろ?いい加減、二人とも観念したらどうなんだ?」
「観念するのは夾ちゃんの方じゃないの?隼くんのこと、好きなんでしょ?」
 すると、夾ちゃんが突然笑い出した。
「やっぱりそれを疑っていたのか。ないない、絶対にない。隼だって聖に会いに来てるんだって。」
 僕に?ウソ…。
「だったら夏休みのこと、どうやって説明する?」
「それは…そうだけど…」
 まいったなぁ…こんな時だけ、予感が的中するんだ。


「え?そうなの?」
 家に帰ってリビングでくつろいでいたら、陸が帰ってきた。今日は零くんとは別々の仕事だったようだ。
 早速、夾ちゃんが大学を変わる話をしたら、ビックリしていた。…ということは、僕以外誰も知らない話なのだろうか?
「でも、恩師に着いて行く…っていうのは、よく有るみたいだけどね。夾ちゃんは、研究職だもんね。」
「それより、陸は高校どうなったの?」
「行ってるよ。」
 キッチンで、コーヒーメーカーをセットしながら、当然のように返事が返ってきた。
「通信制だけど、今はインターネットを介してスクーリングを行うんだ。後は終業式に一回行くだけ。この時に試験をやって、後から回答が送られてくる。」
「それ、僕も受けたいな。便利だね。」
 通信制って完全にフリーだよね。
「その代わり、全て自主的に勉強をしないと単位が取れない。」
 あ、陸は高校を「選んだ」んだね。
「聖は高校で有意義な時間を過ごした方がいいと思うけどな。」
「もうすぐ卒業だから、大丈夫だよ。」
「卒業と言ったら、大学だけど、聖が行きたがっていた学部ってやっぱり西日本に多いみたいなんだけど、学科で絞ると経済学部でもいいみたい。そうするとかなり東京に該当が出てくるんだけど…一人暮らししたいの?」
 陸からストレートパンチを繰り出された。
「うーん、一番行きたいっていう大学があるわけじゃないから、何を基準にするかってことなんだけど、東京を離れると、商店街からも一度離れてしまうことになるんじゃないかと気づいたんだ。」
 そう、僕はやっぱり選ぶ側の人間なんだ。だから生まれ育った街を選ぶ。
「聖が納得する答えを見つけたらいい。大学を卒業するまでの援助は惜しまないからね。その代わり、大学を卒業したら独立する権利を与えてあげる…それまでは、僕の我が儘を聞いて欲しい…ってダメかな?」
「あの…僕が陸の頼みを断れないって、分かって言ってるよね?」
「うん」
 悪い親だ。
「じゃあ…僕の学力の範囲で、ここから通える大学を選ぶ。浪人したら責任とってね。」
「了解っ。」
 陸が、嬉しそう笑うと、僕の決意はくじけてしまう。仕方ない、あと四年はここにいよう。


「そっか、駒場の大学にしたか…って、おいおいっ、そんな簡単に行けるのか?」
 夾ちゃんが珍しく乗り突っ込みをしてくれた。
「うん。第一志望はそこで、第二志望が三田の大学。行けなかったら陸のお言葉に甘えて、浪人するかな。卒業したら、一回イベント会社に就職しようと考えているんだ。それから、裕二パパの会社に入れてもらって、色々イベントやら、企画をやっていきたい。」
 実は、本命は違う大学なんだ。推薦枠が取れたので、多分ここに行く。
 でも、夾ちゃんに今まで勉強をみてもらっていたので、申し訳なくて言いだせなかった。


「進路、決めたんだって?」
 今日は零くんが家にいた。
「うん。渋谷の大学。推薦で。」
「推薦、取れたんだ。良かったな。」
 零くんは進学に関しては、全て僕に任せてくれた。
「零くん、今回はありがとう。僕の行きたいところを選ばせてくれて。」
 すると、零くんはうーん…と唸った。
「それは、違うと思うよ。聖は大学に選ばれたんだと思う。そうじゃなかったら、落ちてる。」
 …確かに。
「だけど、聖がやりたいことを見付けて、そこへ向かって努力しているから、僕は応援する。応援するだけ。あとは聖に任せた。」
 零くんは、僕の後ろで背中を押してくれる。陸は、僕の前でオロオロしながら、その内手を引いて導いてくれる。二人とも、僕のことを信頼してくれているんだと、最近やっと分かった。
「零くんはさ、初めから音楽がやりたかったの?」
 零くんは少し考えて、
「音楽がやりたかった訳じゃない、本当は、普通のことをしたかったかな。食品会社の企画とか、自動車メーカーの営業とか。」
 え?似合わない。
「いま、似合わないって、思っただろ?まあ、確かに似合わないよなあ。でもさ、僕はACTIVEの五人で作り上げる世界が好き。この五人で作り上げる世界が好き。だから、後悔はしていない。」
 そうか、後悔しない仕事を選ぶのが大事なんだね。
「学校もだけど、仕事も選んでいるようで実は選ばれているのかもしれないな。だって、ACTIVEの初期は全然ウケないし、玄人には鼻であしらわれてて、もうダメだなーって思ったから、涼ちゃんに助けて貰った。その後も僕の勝手で、涼ちゃんの所属していた事務所を出ちゃって、今度は裕二さんに助けてもらった。これは十分、選ばれていると思うけどな。」
 選ぶ、選ばれるっていうのは、自分の気持ち次第だってことなのかな?
 なんか、分かるような分からないような、もやもやした気持ちがあることは確かだ。
「ま、段々、分かるようになるよ。」
 零くんは不敵な笑みを浮かべて、自室へ消えていった…って、晩御飯、僕が作るのか?


「ただいまー」
 零くんが部屋に消えてから一時間後、陸が帰ってきた。
「おっ、珍しいね、聖がご飯の支度をしている。」
「零くんに逃げられた。」
「あ、零は仕事。今年30周年になる大御所バンドの新曲を作っているはずだけど…どこにいるの?」
「寝室」
「…怪しいな」
 陸はそう言うと寝室へ向かった。
 5分後、キッチンに戻ってきた陸が、
「ちゃんと仕事していたよ。珍しいね。」
と、今日2度目の珍しいを口にした。
「何かあった?…あっ、聖、大学、推薦で決まったんだって?おめでとう。」
「うん。陸の言葉に甘えて、もう少しここにいることにしたよ。」
 すると、陸は満面の笑みで僕を抱きしめた。
「良かった良かった。これで僕はもう少し、至福の時間を堪能できるんだね。」
「陸は…」
 口に仕掛けて、躊躇う。
「何?」
「うん…陸は、どうしてそんなに僕にこだわるの?」
「え?何で?単純に大好きだからだよ?聖は、子供の頃の僕を救ってくれた、天使だからね。」
 それはまた、大袈裟な。
「学校で嫌なことがあっても、聖がいたから乗り越えられたんだ。」
 僕がほんの小さな頃の話しだと思うけど、記憶にないんだよね。
「助けてくれた人は大抵覚えていないものなんだよね。僕は、そんな人間になりたい。他人に対して優しい人になりたい。」
 そう言って、抱き寄せられた。
「陸、」
「なに?」
「僕の家族になってくれてありがとう。」
「何を今更。僕はこれからもずっーと、聖の家族でありたいし、あるつもり。だから、何にでも口出しするからね。」
 耳元に、ふっと笑んだ気配がした。
「僕は思うんだけどさ、選んだわけでも選ばれたわけでも無い、僕達は望まれて生まれてきたんだから、もっと堂々と歩んだら良い。日本では競走馬のことを生産動物って言うけど、確かに血統を調べてこれとひれを掛け合わせてってするんだけど、それはその二頭の子供を選んだわけだよね。昔の日本だって、戦国時代に同じことをしている、この国と婚姻関係話結べば、有利になるとか。でもそれだって、生まれてくる子供たちは、望まれて生まれてくるんだ。何一つ卑下することはない。そして、本当に望まれるべき人と巡り会う、そんな日が必ずくる。それを見逃したらいけない…って、ことだと思うよ。ほら、チャンスの神様は前髪しか生えていないから、後ろから掴まえられないって言うでしょ?でも、髪じゃ無くて、腕でも足でも、がむしゃらに掴みに行けば良いんだよ。だって、チャンスだから。」
 どうしてだろう、僕は陸の言うことには、いちいち納得してしまう。本当に浅はかだ。
 でも、前を見て歩いて行こう。
 僕の、本当の恋人は、どこにいるんだろう?
 もう、隼くんは、解放してあげよう。
 僕は、選ばれなかった方だから。
 僕を選んでくれる人に、会いに行こう。
「陸、」
「ん?」
「やっぱり、陸が好きだな。」
「うん、僕も好きだよ。」
 ちぇっ、陸にはなんでもお見通しなんだな。