内緒の話
 聖には内緒にしていることが、実はたくさんあるんだ。
 まず、商店街の活性化について、商店会会長さんから、報酬を成人したら本人に渡す…ということで約束をしている。本人は嫌がると思うけど。
 次に、都竹くんのこと。
 夏に、聖が海へ行ったとき、都竹くんに着いて行けと言ったのは、零なんだ。
 ちゃんと、気持ちに区切りをつけて、次のステップへ進めるように。
 ま、自主制作映画のお陰で、それどころじゃなかったみたいだけど。
 でも、思い出にはなったようだ。
 他にも、確実にクレームものなことなんだけど…とりあえず言い出せなくて、保留にしている。
 そして。


 まだ年が明ける前のこと。
「聖がどこの大学に行くか、わかった?」
「ああ、渋谷にある大学だって。」
「渋谷って、青山の隣の?」
「うん。」
「芸能人が多い?」
「うん。」
「なんで?」
「さあ?」
 ん?芸能人が多い…。
「よし!決めた!」
「陸、お願いがあるんだけど。」
「なに?」
「うん…」
「えぇっ!」
 これは…ダブルで聖には内緒だな。
 今の時代、大学には推薦枠とは違う、社会人枠とか一芸枠とかが、ある。
 今回、零は社会人枠、僕は一芸入試を予定している。
 つまり。
 聖と同級生になろうとしている。
 僕は、真面目に勉強するつもりだけど、零は何しに行くんだろ?
「暫く活動を縮小しようと思う。」
「なんの?」
「ACTIVE」
 え?
 寝耳に水。
「…って、皆に提案しようと思っているんだ。辞めるんじゃなくて縮小。年にライブはやるけどレコーディングはしない。その代わり個々の活動を充実させて、2年後くらいにそれを持ち寄って再開する。そうすればACTIVEの創作活動がもう少し幅が広がるんじゃないかと、期待しているんだ。」


 で。その零の提案は意外とすんなり通った。
 活動縮小に関しては、大々的に発表はせず、流れ的になんとなく数を減らして行く。
 そして、最大のポイントは元旦ライブは辞めて、事前収録のスタジオライブを、BSでカウントダウンとして放送してもらえないか、掛け合うこととなった。
 これなら、全国津々浦々、どこからでも参加してもらえるからね。
 零が今回の提案をしたのには、ACTIVEの音楽が、マンネリ化していないか、見直す為の時間…という点。
 その為に自分の知識や教養を高めるのも、大事なことなのではないかと。
 そして、大学入試に繋がる。
 僕の場合は、高校から推薦が貰えることとなったので、レポートと面接のみ。
 零は社会人枠で一般教養と面接。
 …一般教養って、何?
「一般的な教養。因みに選択は数学。」
「学科試験!?」
 驚いた。
 だって、零が高校卒業したのって、10年以上前だよ?
 無理だって…。
「高校卒業程度の知識って書いてあったけど?高校卒業してれば、受かるってことじゃないの?」
「だったら世の中の受験生、みんな受かってるって。」
「彼らは現役じゃないか。卒業してない。」
 腰に手を当てて胸を張られてもね…。ま、いいか。
 僕もレポートがあるので、零の勉強に付き合うわけにもいかないからさ。
 そして、聖に内緒の勉強会が毎夜、寝室と防音室で行われた。
 その結果。
「受かったよ?」
と、ケロッとした顔で言われると、腹が立つ。
「学校の勉強なんて授業聞いてたら解るじゃないか。」
と、しれっと言えるあなたがうらやましいです。
 で、僕はと言うと。
「まぁ、ね、推薦だから。」
 お陰様で受かりました。
「じゃあ、身動き取れない段階になったら、聖に白状するか。」


「今、何て言ったの?」
「だから、聖が行く大学に、僕と陸も行くの。」
「何で?なんでよりによって、同じ大学?」
 聖が驚きを通り越した顔で僕たちを見る。
「あのさ、僕は零くんの息子って、世の中の人は知っているんだよ?そして、零くんと陸が恋人だっていうのも知れ渡っている。そこに僕は身を置くの?」
「何か問題あるのか?」
 零は当たり前のような顔で返す。
「聖は、恥ずかしいのか?」
 少し俯き加減で、考える。
「恥ずかしいのかって聞かれたら、違う。けど…僕は真面目に勉強しに行くんだ。だから、」
「僕たちだって、仕事の幅を広げるために行くんだけど?」
 あくまでも零は意思を通すようだ。
「大体、学部が違えば、そうそう会わないから、平気だ。」
そうなの?そんなものなの?僕、知らないよ?
「でも!専攻科目が一緒だったら、授業で会う。」
「大体、聖が芸能人御用達の大学にするのが悪い。」
「じゃあ、京都の大学に行く。」
「浪人するのか?」
「ううん。ちゃんと、受かってる。」
 え?寝耳に水。
「自分の実力がどんなものが知りたかったから、受けた。」
 そうか、今は東京にいても地方の大学を受けられるのか?
「ちゃんと、現地に行ったよ。僕、夾ちゃんの家に泊まるって言って、京都へ行った。」
 すごい、聖がそんなこと出来るなんて。僕としては物凄く褒めたい。
「そっか…」
 しかし、零が本当に寂しそうに俯いたから、事態が変わった。
「零くん?」
「聖が体験することを身近で見てみたかったんだ。それだけ。確かに他の学校でもいいんだし。他をあたってみる。」
 それを見た聖が、口を開いた。
「別に、いいよ。一緒でも。」
「いや、無理はしない方が、」
「嫌じゃない、一緒がいいんだ。」
 聖が零に抱きついた。
「少し、二人が羨ましいときもあった。だから、この歳になっても、それを叶えられるなら、いいよ。」
「本当に?」
「うん。」
「ありがとう」


「チョロいもんだな。」
とは、零の言。
「大体、僕が何部何課でなにを専攻するかも確認してないんだからな。」
 そう、これは僕も騙された。
 零は社会人枠だけど、聴講生の扱い。つまり、好きな授業だけ受けることが可能な枠…というのを取り入れている学校だから、零は選んだのだ。
「それより、僕は文系だから、確実にかち合うんだけどな。」
「陸が一緒になるのは問題ないんだよ、きっと。少し悔しいけどさ。」
 零が苦笑した。
「多分、僕は一年通ったら辞める。」
「え?」
「前から、決めていたんだ。何かを極めるわけではなく、知識を増やしたいだけだから、別に卒業しなくてもいいんだ。だから、ある程度学んだら後は独学で良いかな…って。」
 すると、零が真面目な顔で僕を見た。
「陸が受験したことで、定員オーバーして、選に漏れた高校生…若しくは浪人生がいたはずなんだ。その人達はまた来年、受験するんだろうけど、陸が受けなければ今年、入っていたかもしれないんだ。だから、その人達の為にも、辞めるんだったら、初めからやらない方が良い。受験して合格したのなら、最後まで極めなきゃ。中退は、ずるい。」
 確かに。
「わかった。色々、迷惑掛けるけど、よろしくお願いします。」


「聖、入学式に着る服を買いに行かない?」
 久し振りに聖を誘って、買い物に来た。
「聞いたら入学式にはスーツを着て行くみたいだから。」
 聖と一緒に服を選ぶって、随分昔のように思う。
 実際に、サイズが全然違う。
「聖ってこんなに背が高かったっけ?」
「うん。零くんより高いよ。」
「そうなんだ…ちょっとショック。」
 結局、僕は172センチのままだった。
「大学生になったら、髪を染めるのを止めようと思うんだ。素のままの僕でいようと。」
 ふと、聖が言った言葉は、今まで無理をしていたことを証明している。
「ごめんね、聖に負担ばっかり掛けてて。」
 聖は、髪の色に合わせて、茶系のスーツを選んだ。
「ううん。髪以外は、好き放題してきたから、全然平気だよ。」
 そう言って笑う聖は、子供の頃のまんまだ。
「陸は…入学式には出ないの?」
「うん。迷惑かけるから。」
「大変だね。」
「それが、僕の選んだ道だから。」
「僕は…まだ迷っている。別の道を進みたいと、思っている。」
「別の道って?」
「二人の、側にずっといたいと、願っていること。」
 それは、僕にとってはとっても嬉しいことだけど、聖は幸せになれない道だ。
「四年掛けて、探せばいい。」
 なのに、僕はそう言ってしまう。


 聖には、内緒にしていることが一杯ある。
 僕は、零も、聖も…愛している。
 だから、手を離す、心構えが必要なんだ…。
 いつか、君に伝えなきゃいけない。
 その日が来ないことを願いながら…。