刹那と永劫
 人を恋うるのは、心に余裕があるときだ。
 中学生の頃、好きになる人が男だと気付いた。
 男は女を好きになるのが通常のあり方のようなんだが、何故か僕は男だった。
 別にヘンだとは思っていなかったのだが、本人に告げたら「気持ち悪っ」と、一蹴された。
 そうか、気持ち悪いのか、なら今後は告げない方が良いんだと悟った。
 それから暫くして、中学の卒業を控えたある日、同級生から告白された。男だった。
 同性に恋をすると、知られているのかな?と、思いながら話を聞いた。
 同じクラスになったことはなかったので、よく知らなかったのだが、勇気を出して告白してくれたのだろうと、「まずは友達から」と言って、一緒に帰る約束をした。
 その帰り道、強姦された。
 強姦したのは、前に「気持ち悪っ」と言った男だった。
「どうだ?恋しい男に抱いてもらって嬉しいだろう?気持ちいいか?どうなんだよ?」と、ずっとしゃべりっぱなしで腰を振っていた。
 その時はもう好きではなかったので、嬉しくもなんともなかったけど、意外にもきちんと解してくれたので、痛くはなかったし、気持ちいいのは確かだった。喘ぎ声が漏れそうになるのを辛うじて堪えた。
 告白してきた男は、僕を誘えと言われただけだった。暴力に屈したらしい。これも「気持ち悪」い男が、腰を振りながら言っていた。
 心に余裕がなくなり、僕は人を恋うるのを止めた。
 高校では、人との関わりを断った。
 なのでいつも一人だった。
 別に気にはならなかったが、机の中にはいつもゴミが詰め込まれていた。そのゴミに使い終わったコンドームが入っていたのには、参った。
 普通に捨てたら、自分が犯人になってしまう気がして、他の人の机の下に捨てた。
 ギャーギャー騒いでいた。
 あぁ、これは所謂いじめというヤツか…と、気付いた。
 それならもっと目立たないようにひっそり生きようと、決めた夜のことだった。
 ラジオから、男の声で、男同士で結婚しましたという報告が流れていた。
 気になって食いついて聞いていた。



 僕も、男の人を好きになってしまいます。
 でも受け入れてもらえないで、いじめられます。
 もう、疲れました。




「なに?この手紙…」
 ディレクターを問い詰めると、一ヶ月くらい前に届いたらしい。
「この手紙、僕が個人的に預かっても良いですか?」
 正確に言うと、メールを印刷したものだ。
「え?あ…良いよ。」
「ちょっと席外します。」
 これから、零のラジオ番組が始まるけど、僕の出番はまだなので、手紙の主に電話をした。
「夜分遅くに申し訳ないです。野原陸と申しますが、錦之輔さんのお電話でしょうか?」
『はい…って、ホンモノですか?え?本当に?』
「生きていたんですね、良かった。」
『あ、ラジオ番組に出したメールのことですね?』
 苅田錦之輔という名前の男は、確信犯かと思ったが、違うようだ。
『野原さんは、虐められませんでしたか?』
「虐められましたけど、兄達が助けてくれました。素敵な兄弟なんです。」
『兄弟で、恋人になったんですよね?そして結婚。どうしたら好きな人に受け入れて貰えるんですか?』
 僕には、答えられない。
「人は人と支え合いながら生きて行く…と、聞きました。でも、それは対等な関係でないと難しいと思うんです。私たちの場合、一緒に仕事を始めたことが対等な関係になれたのではないかと推測します。あなたは、好意を抱いた人に受け入れて貰う努力をしましたか?いきなり気持ちをぶつけたら、相手も引いてしまうのです。まず、話をして、あなたという人間を知ってもらってください。」
 解ってくれたかな?
『僕という人間はどういう人間なのでしょうか?』
 あ、重傷だ。
「実は明日、仕事が夕方からなので、その前にお目にかかれないでしょうか?直接会ってお話したいです。」
『あの、良いのでしょうか?』
「はい。」


「母は、僕がいると家が暗くなると言います。けど、外に居ても家に居てもそれ自体は変わりません。」
 直接会って話をして、彼は人との関わりが得意で無いのだと気付いた。
「好きだった彼とはどんな風に接してたの?」
 電話と口調を変えてみた。
「えっと、特に関わりとかは無かった…です。ただ単に同じクラスだったってくらいで。話をしたこともないかも。」
「それで、どうして好きだと思ったの?」
「え?あ…顔、かな?」
「えーと、アイドルだったらそれでもいいけど、恋愛対象ならある程度、互いに認識し合っていないと、愛情にはならないんだよね。恋は知らなくても出来るけど、愛は知らないと出来ない物なんだよ?」
「あ…そんなものなんですね。うん、あ、なんとなくわかるかも。」
 母親が暗いというのもわかる。
「まず、外へ出て働く。その時、笑うんじゃなくて、笑顔で人と接する。積極的に会話をする。会話はまず自分の自己紹介から入って、あとは相手の話を聞く。そうしたら返す言葉も自然と生まれる。ね?」


「まーた、余計なことしてきたな?」
 曲作りの打ち合わせで、零が僕の顔を見るなり言った。
「だってさ、自殺しそうな高校生を放っておける?高校生だよ?聖と同年代だよ?」
 そう畳みかけると、返答に困ったようだ、黙ってしまった。
「この間、ラジオ局に手紙が届いていたんだよ、その子に会った。」
「え?あ、もしかして告白してレイプされた子?」
「うん」
「あれ、多分嘘だよ。」
「嘘でもいいよ、行動に移せたんだから。引き篭もり気味なんだ。」
「そっか。」
「おはようございます」
 折角零がノってきたのに、今回の曲作りのクライアントがやって来た。
 彼は元アイドルグループの一員で、一昨年グループは解散した。俳優でやっていく予定だったけど、思ったほど視聴率も客足も伸びなかったので、ソロデビューすることになったので、僕らに白羽の矢が立てられた…と言うところ。
「それでですね、」
 マネージャーよりも饒舌な彼は、今回のコンセプトは、友人関係で成り立っているので、僕らと彼は旧知の仲であるとして欲しいと告げられた。
「それは構わないのですが、それにはプライベートで何か話題を共有しないといけませんね?僕の友人は大抵ウチに来てますので、一度遊びにいらっしゃいませんか?僕らでおもてなししますよ?」
 零は、僕らを強調した。
「了解です、是非伺わせてください。」
 ニッコリ、微笑んだ。


『えっ?僕が、ですか?』
「うん、おいで。」
 クライアントの輪田縞啓士(わだじまけいじ)、通称けいくんを招いてACTIVEでおもてなしをするのに、助っ人で錦之輔くんも呼んだ。
「アイドルグループにいたけいくんって、知ってる?」
『あ、はい。』
 ACTIVEは知らないけどサンダーは知ってるのか。
「スタッフとして手伝って欲しいんだけど。」
『ありがとうございます、宜しくお願いします。』
 彼が嘘を言っているかどうか、この時確かめるつもり。


「陸、どーすんだよ?」
「どーするって言っても…お互い子供じゃないし…」
 輪田縞啓士くんを招いたパーティーは、つつがなく終了した。
 輪田縞くんが錦之輔くんと意気投合したこと意外は。
「まさか、あんなに仲良くなるなんて思わなかった。」
 錦之輔くんが輪田縞くんの給仕に出たところ、輪田縞くんは錦之輔くんを離さず、ずっと話し込んでいた。
 その時の二人の表情はなんとも楽しそうで、恋の始まりを予感させた。
「まさか、輪田縞くんが錦之輔くんを送っていくなんて言い出すとは思わなかったし。」
 意外な展開になっていた。
「錦之輔に電話!」
 そっか!
 慌てて電話をかけると、輪田縞くんは紳士的にきちんと送り届けていた。
 当然、連絡先は聞かれたらしい。
『野原さん、ありがとうございます。』
「あのさ、友達になるのは良いけど、前のことを忘れずに、ね?」
『あ?ああ、はい。今度は大丈夫です。』
 今度は?
「だから!そうじゃなくて!」
『そうじゃなくて?どういう意味ですか?』
「二人っきりとかで会わないようにね、芸能人は平気で性行為をしようとするから。」
 大袈裟に言うことにした。
『あ、別に平気です、遊ばれても。良い想い出にします、けいくんとなら。』
 あーーーーー!
「錦之輔くん、それはダメだよ、きちんとお付き合いして、それからだからね?」
 ん?僕はきちんとお付き合いしたか?セックスする前に。
 否。
 でも、零のことは昔から知っていたし…違う、今はそんなこと考えている場合じゃない。
 大体、僕は輪田縞くんのことをあまりよく知らないのに、無防備な青年を、狼に会わせてしまった。
 まさか輪田縞くんが…ん?彼、ゲイなの?え?あれれ?
「兎に角、危険だと思ったら逃げるんだからね?」
『はい。』
 ふー。
 大丈夫かな?


「陸さん!ありがとうございました!」
 んん?
「あのあと、何回か刈田さんとお会いして、すっかり意気投合しました。まさか一般の友達が出来るとは思っても居なかったです。この業界長いし、初めからアイドルやってたので、なかなか一般人の友達が出来なかったんですよ。いやー、嬉しいな。」
「…手は、出さないで。」
「はい?」
「彼に手は出さないでね?」
「勿論です、彼ですからね?…あ!そっか、失礼しました、そうか、そうか。」
 …そうかって、まあ、仕方ないか。
「作品は二点、どちらが好みか伺ってから制作に入ります。」


 その夜、輪田縞くんから、両方とも歌いたいと返事があった。


「刈田くん、その後どう?」
 電話でそれとなく話をしてみた。
『はい、最近就活を始めました。輪田縞さんと約束したので。』
 約束?
「輪田縞くんと仲良くして居るみたいだね。この間凄く嬉しそうに話してた。」
『そうなんです、僕も友達が居なかったから嬉しいです。輪田縞さん、グループのメンバーが大好きだったらしくて、解散したのが寂しいみたいなんです。だから、友達が欲しかったって。彼が新しい仕事を始めるので僕も頑張ります。』
「うん、頑張ってね。」
 そうか、彼らは互いに不足しているものを分け合ったんだ。
 刈田くんも、誰彼構わず恋する訳じゃないし、二十歳過ぎた青年だから、これ以上の心配は無用ということか。
 学校や職場で出会った友人関係は意外と簡単に途切れてしまうものらしい。
 二人が、互いに長く続く友人関係を築いていけたらいいな。
 一瞬のことか、永遠のことか。
 それは二人次第。


「で?相も変わらず僕からしたら余計なお世話に見えることをしてきて、成果のほどは?」
 明日、輪田縞くんに会うから、刈田くんとのことが気になるらしい零は、さりげなさを装ってソワソワと聞き出す。
「うん、良い感じみたい。」
「良い感じみたいって?付き合ってんの?」
「何でもかんでも恋人関係にしなくたって良いじゃないか。まずは…っていうか、二人は友達。」
「…ふーん」
 なんだい、途端に詰まらなさそうに。
「輪田縞くんって、彼女がいるんだよ。だから彼氏が出来たら修羅場だなと思ってさ。」
 それは、やな趣味だね、零。
「陸は、刈田くんのメール、どこまで信じてる?」
「強姦の辺りは信じてない。でも、告白して気持ち悪いって言われたのは本当かなって思う。」
「うん、僕もそう思う。」
 二人で、黙り込んでしまった。
 実は、似たような遠い記憶が、僕たちにもあるからだ。
 一緒に遊んでいた僕たちに、近所の女性陣は密着度が気持ち悪いと言った。
「子供が同性同士で遊ぶのは普通だよな?」
「うん。」
 そう答えたけれど、確かに僕たちは常に抱き合っていた。正面からだったり、バックハグだったり、歩いているとき以外は大抵そんな感じ。
「ベタベタしてたからね。」



「結局会えたのは野原陸と輪田縞?」
「うん。肝心の加月聖には会えなかった。何のために加月零のラジオ番組にメールしたと思ってるんだろ?」
「野原って零の嫁だろ?なら阻止するのが普通だろ?」
「そーかーぁ、嫁かぁ。」
「きんちゃんの創作話、信じたんだよな?」
「チョロいよな。」
「え?何これ?エモいとか言いながら?」
「多分。俺、ヨリちゃんに強姦されちゃった。」
「そーだよなー、そーそー。じゃあ、強姦しとくか?」
「ダメだよ、今更。オレら和姦だもん。」
「えー?ラブラブじゃねーの?」
「オレが加月聖を狙ってんのに?」
「別に法律的に問題ないんだから嫁は何人居ても良いんじゃないか?あ、きんちゃんが嫁か。なら旦那?わかんねーや。とりあえず、しよ?」
「ヨリちゃんは三度の飯よりセックスだもんな。」
「そ、きんちゃんとのセックス、止めらんねーよ、気持ち良くて。」
「今度、輪田縞を誘ってみるか?」
「いーねー。」
「ちょっ、ヨリ、がっつくなって…ん…」



「それで?野原陸からは今後も贔屓にして貰えそう?」
「あぁ、野原陸も加月零も大丈夫。今回だって二曲も出してくれた。一般人の暗い青年を紹介されたけど、連絡を絶てばいいから、問題ない。あ、このスマホ解約しておいて。」



 僕が刈田くんと輪田縞くんが、下心満載でいたことを知ったのは、意外と早い段階だった。
 知らせてくれたのは斉木くん。
 偶々輪田縞くんがマネージャーと話をしているところを聞いたらしい。
 それを零に教えてくれた。
 刈田くんは僕が最初にお邪魔した家に、実は住んでいないことが分かった。
 刈田くんに連絡をしようと自宅に電話をしたら、刈田くんのお母さんが出て、全てを話してくれた。


「やっぱり僕のやることは余計なことなんだなぁ。」
「そんなことないよ。陸は今まで通り、正しいと思ったことをやればいい。間違っていないことも、あるからさ。誰もが悪意を持っているわけはない。だから、陸はそのままで良いから。尻拭いは僕がする。」
 ん?今、何て言った?
 …ま、いいか。
「とりあえず、輪田縞くんには報復することにする。」
「だな。」
 当然、提供した曲は二曲とも引き揚げた。


 刹那とは、一瞬でぱっと花開くこと。永劫とは、長く続くこと。
 芸能界にいると、どちらかに限定されることが多い。
 でも、どちらも叶うことも、あるかもしれない。
 それは、運と努力次第。