| と言うわけで。 聖がアメリカに行ってしまったので、僕は大学を早期修了しました。
 あ、決して卒業ではありません、悪しからず。
 バンドは活動縮小中、他のメンバーみたいに副業はない。手ぐすね引いてる父は無視。
 完全に引き篭もりになりそうなので、考えたのです、遠くへ行こうと。
 
 
 「函館?良いですね。」
 斉木くんは乗り気だ。
 「むっちゃんだけ着いてきてくれれば良いから。」
 むっちゃんは向原 匡(むかいはらただし)、今の僕のマネージャーだ。
 「私も…と言いたいところですが、都竹か辰美に同行させます。」
 都竹くんも辰美くんも、今は他のタレントの管理部門に居る。
 「忙しいからいいよ。アコギ一本担いで行けば良いんだから。」
 そう、僕はアコースティックギターライブを、ライブハウスでやろうと思う。
 「ついでに観光もしてこようかな?むっちゃんイヤかな?」
 隣でむっちゃんは首を左右に振って否定する。
 「行きたいです!陸さんと二人で旅行!」
 可愛い、聖とあまり歳も変わらないから、余計に可愛く感じるのかな?
 「セットも要らないし、客席も50人くらい入れる程度でいいし。」
 「…そのチケット、幻ですね。」
 「そうかな?」
 そんなこんなで、さらりと告知をしてさらりと現地へ向かうこととなった。
 
 
 行きは新幹線でのんびりと向かってみた。
 北海道新幹線に乗りたかっただけなんだけどね。四時間の新幹線旅はあっという間だ。
 いつもは飛行機で空の上から眺めている景色を、真横から見ることが出来てワクワクした。
 次は盛岡も良いな、八戸も良いな…なんてドンドン行きたいところが増えた。
 新函館北斗駅に着いて、ギターケースを背負い、キャリーケースを引いて歩いていると、むっちゃんがキャリーを持ってくれた。
 「僕はリュック一つなので。」
 「いいよ、大丈夫!」
 「商売道具は大事ですから!」
 と、ギターを気遣ってくれた。
 「ありがとう」
 「ホテルは函館駅の直ぐ近くですから。」
 「会場は?」
 「駅から5分の新しい所です。キャパは50。オールスタンディングでも行けるんですけど、今回は椅子を入れました。」
 今回の選曲は基本バラード。でも客層によってはアップテンポな曲も予定している。
 ACTIVEの曲は演らない。全て今回のためのオリジナル。野原陸の、音楽だ。
 ACTIVEとは違う、僕の好きな音を曲に変えてみた。
 歌詞があるものもあるけど、インストゥルメンタルが大半を占めている。
 僕一人のライブを、受け入れて貰えるだろうか?
 幸いにもチケットは完売している。でもそれは僕ではなく、ACTIVEの陸だから。
 何処まで出来るか、やってみたい。
 
 
 「むっちゃん、五稜郭へ行ってみたい。」
 「いいですね、会場入りまで少し時間があるのでタクシーで行きましょう。」
 本当は市電で行きたいけど、無理だろうな。
 「駅から少し歩くんです。だからタクシーじゃないと入り時間に間に合わなくて。」
 むっちゃんは僕の気持ちを察してくれた。
 「GO太くん、会えるかな?」
 「え?陸さんはご当地キャラ好きですか?」
 「うん。」
 ウチには各地のご当地キャラぬいぐるみがある。
 「僕のライブで行った所で買った子は分けて飾ろうっと。」
 一体一体にそれぞれの想い出があるんだ。
 「ACTIVEで初めてライブツアーしたときから集めてる。」
 最初は聖に買ってあげていた。…と言うのは言い訳で自分が欲しかっただけ。聖は興味を示さなかったから、自然と僕の物になった。
 五稜郭タワーの一階、土産物店を覗くとあるある、では先に土方先生にご挨拶してから吟味しようと、チケット売場へ向かう。
 むっちゃんと二人でエレベーターを待っていたら、後ろで囁き合う声が聞こえた。とりあえず無視。
 だってそうしないと買い物も出来ないよ?
 声を掛けられたらプライベートを指摘する。
 でもね、僕のファンはあまり声を掛けてこない。
 僕が色んなことに興味を持っていることを知っているし、僕の好奇心について大きな心で許容してくれている。
 アーティスト野原陸に会えるのはステージ上だけ、街中の野原陸はただのおじさんだと理解してくれているんだ。
 「むっちゃん、むっちゃん、あそこが五稜郭?」
 展望台に着いて早速窓から外を見る。
 「多分」
 「むっちゃん?」
 「すびばせん、こばいげす」
 ん?
 「高所恐怖症?」
 「あい」
 可愛い。
 「じゃあ、怖くないところで待ってて。」
 僕は景色に背を向けて立つ、土方歳三の像を見に行った。
 僕が子供の頃、父が演じたことのある人だ。
 土方歳三は函館の街を、景色を、実際に見ただろうか?
 父の台詞に函館の街は大きいというのがあった。それは土方が事前に見て回らないと気付かないことだ。
 今は車も電車もあるから見て回ることは簡単だ。
 けど、あの時代に街を歩くことは出来たのだろうか?
 そんなことを考えながら、むっちゃんを回収して、駅まで歩いた。
 「時間ないんですけど!」
 と、怒っていたけど。
 自分の目で、確認したかった。
 「明日、行きたいところがあるんだけど、時間あるかな?」
 むっちゃんは大きく頷いた。
 
 
 ライブハウスは、出来たばかりで明るくピカピカだ。
 アコギ一本で…。
 「あ!」
 「どうしました?」
 「なに、話そう…」
 僕はACTIVEのライブで、無口で通っていた。
 最近はラジオで話したりするので、それなりに参加するけど、一人で話すことはほぼない。
 「今日の話をしても良い?」
 一応、むっちゃんに許可を得た。
 
 
 「むっちゃん!知ってた?」
 「いえ、全く知りませんでした。まさか、」
 「本当、まさかだよ。」
 楽屋を出てステージに上がったら、目の前に零が居たのだ。
 会場に居たお客さんも知っていたらしく、笑いを堪えていた。
 なので、普通は曲から入るのだけれど、突っ込んでみた。
 「何してるの?仕事じゃなかったっけ?」
 「空けた」
 「あ、そう。」
 客席はもう、クスクスと忍び笑いに包まれていた。
 「皆さん、ようこそお越しくださいました。気を取り直して、初単独ライブとなります、函館の夜を少しの間お付き合いください。」
 と、ステージを進行した。
 でも、お陰で緊張はなかった。
 零の計算だとしたら、悔しい。
 「陸、終わった?」
 当然のように零は楽屋にやって来た。
 「むっちゃん、ジンギスカンの予約、三人に変更できる?」
 今回、スタッフは全て会場に依頼した。なので東京からは本当に二人で来ている。
 次の宇都宮は、事務所からスタッフが来る。
 「ホテルは?」
 「取ってない。」
 「僕の部屋、シングルだけど?」
 「平気でしょ?」
 「そういう問題じゃない!」
 もう!零ってば!
 仕方なく僕がホテルに電話して、もう一部屋空いていないか問い合わせたが、今夜は一杯と言われたので、僕の部屋に泊めても良いかと聞いたら、本来はダメですけどと断りを入れられた上で、了承を得た。
 「むっちゃんと別々の部屋だったことを幸いに思ってよね!」
 「当たり前だろ?陸はマネージャーと同じ部屋に泊まるのか?」
 「ん?今までマネージャーと二人になるような仕事が無かったから判らない。」
 僕はこの歳まで随分過保護にされてきた。
 一人の仕事でも、必ずマネージャーや付き人が着いてくる。
 零や父が着いてくることもある。
 「そう言えば裕二さんがいないね?」
 「会長は本業です。」
 ドラマか。
 「それはかなり怒ってたでしょ?」
 「はい、日程を変えろと言ってました。」
 面倒な父親だな、我が事ながら不憫に思う。
 一旦ホテルに荷物を置きに行き、遅い夕飯に出た。
 楽しみにしていたことの一つ、函館のジンギスカンだ。
 常連の多い店だったけど、個室を用意してくれていた。
 真ん中が円形にせり上がった、帽子のような鍋で焼く。帽子のつばに当たる部分で、モヤシにキャベツ、ニンジンにカボチャを焼き、円形部分で肉を焼く。
 「うわぁ、柔らかい!」
 「美味しい!」
 「タレがいいな」
 それぞれに感想がこぼれる。
 ラムにマトンが多いけど、この店にはホゲットがあった。クセが強いけど美味しい。
 野菜がなかなか焼けなくて苦労したけど、全て美味しく頂きました。
 「むっちゃん、お疲れ様でした。また明日ね。」
 「はい、おやすみなさい。」
 僕たちはそれぞれ部屋に戻り、身体を休めることとしたのだが。
 「陸、明日五稜郭行きたい!」
 「残念、今日行ってきた。」
 「えー!」
 「明日は朝市行って海鮮丼。その後有名な坂を見に行くの。もうスケジュールパンパンなんだからね。」
 「んー…それも捨てがたいな。八幡坂でしょ?」
 「それそれ、あと函館山にも登りたい。」
 「あそこは夜景じゃないの?」
 「え?そうなの?」
 
 
 と言うことで、急遽むっちゃんを呼び出し、タクシーで函館山へ向かった。ホテルで聞いたら、この時間なら観光客も少ないとのことだった。
 また、ロープウェイは観光バスで混んでいるかもしれないので、タクシーで往復した方が安心とのアドバイスももらった。
 「すごーい!」
 ありきたりの感想だけど、三人で声を上げてしまうほど綺麗な夜景だった。
 「いつか、長崎の夜景も見に行こうね。」
 ライブツアーであちこち行ったけど、観光はしていない。
 「むっちゃん、明日の帰りの便、夕方に変えられるかな?」
 「多分大丈夫です。ついでに零さんの分も取りますね。」
 「おっ、ありがと。気が利くね。」
 もしかして。
 「取ってないよ?」
 おーいっ!
 
 
 翌日はレンタカーを借りて、市内の観光スポットを見て回った。
 土方歳三最期の地はかなりしんどかったけど、見られて良かった。
 僕はまだ、人の生死に関わったことがない。だから偉人の死もリアルに受け入れてしまう。
 零が運転していたので、最後に当然五稜郭が組み込まれた。
 お陰様で買い忘れていたGO太くんとヒジカタ君のぬいぐるみが買えた上に、ラッキーなことにGO太くん本人にも会えた。ツーショットをむっちゃんに撮って貰った。
 そのまま車で空港へ行き、空港で車を返した。
 「むっちゃん、今回はさ、スタッフ全員外部委託だったけど赤字にならなかった?」
 「はい、経理から聞いていますが、スタッフと言っても、照明はライト一つ定点だし、構成も監督も陸さんだし、セットは椅子一つなので、設営と入場チェック、清掃だけですね。なので、収支は黒になっています。」
 「同じ規模で同じように開催すれば、足は引っ張らないかな?」
 「大丈夫です。」
 ホッとした。
 「あ、イカめしを聖に買って帰…いないんだった。」
 最近こんなことばかりだ。
 「陸さん、僕に買ってください。」
 「オッケー、りょーかいりょーかい!」
 結局三つ買った。
 
 
 「むっちゃん、ありがとねー。」
 零が羽田まで車で来ていたので、むっちゃんを家まで送って帰路に着いた。
 「陸、」
 「ん?」
 「楽しそうだったね、ライブハウス。」
 「うん、楽しかった。」
 「二人で回らないか?」
 「ふたり?」
 僕たちが二人で活動を始めたら、ACTIVEの必要性が…そんなこと無いか。
 五人の時は五人の音、二人の時は二人の音を出せる自信はある。
 「二人だと歌わなくて良いのか…いいね。」
 零が真顔になった。
 「それはだめ。陸の歌が聴きたい。ベッドの上の陸並みにエロくて、官能的だった。」
 エロ?
 「僕に見られて、感じた?」
 「まさか!」
 とも、言い切れないかな。
 「今度は横で挑発するの?」
 「うん」
 それもいいかな。
 「考えておく。」
 そんな時、むっちゃんからメールが来た。
 《陸さん、そう言えば函館で行きたいところがあるって言ってましたよね?何処だったんですか?》
 そっか、そう言ってたか。
 《函館山の麓の公園。タクシーの運転手さんが帰りに説明してくれたところ。》
 そこは、昔、箱館奉行所のあったところだ、五稜郭のまえに。
 アイヌ民族が日本を守ってくれた、場所。ありがとうを伝えたかった。
 いつの間にか家に着いていた。
 「零」
 「宇都宮は一人で行くんだろ?」
 「その次は浜松って思っているんだけど、いいかな?」
 「餃子対決か、いいね。でもその前に、風呂入ろうか。」
 「そうだね。」
 僕たちは昔みたいに毎晩交わることは無い。
 けど、抱き合って眠る。
 その、胸の鼓動を聞くことが、幸せ。
 「陸さん、あの…夕べは我慢したので今夜は、していい?」
 え?!
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