嫁においで
「で?」
 鼻先が着くくらいの至近距離。
「はい?」
 顔が、引けた。
「だから?」
 都竹くんが一歩下がった。
「陸、それくらいにしてやれ。」
 僕の腕を引き、都竹くんから引き剥がすが、零の声はドスが効いてる。
「イギリスへ何をしに行った?」
 今度は零の番。
「あ、その…会長から、聖…くんの、様子を見てきて欲しいと…」
 流石に都竹くんも零には逆らえない。
「それは、この間夾が行ったばかりだ。…聖も『イッた』のか?」
「イッ…た?」
 都竹くんは完全にビビっている。
「聖は、嫁にはやらない。」
 零がハッキリと言った。
 都竹くんの顔色が白くなったり青くなったりしている。
「都竹、お前がウチに嫁に来い。」
「だから、ご挨拶は…え?」
 狐につままれたような顔をしている。
「隼、お前は長男じゃないだろ?陸の時に失敗したからな、聖には次男以降の男を貰う。」
 零はニコリともせずに淡淡と告げる。
「次の休みまでにウチへ越してこい。花嫁修業だ。」
「は?」
「聖の嫁に相応しいか、チェックしてやる。」

「あ、零…んんっ」
 リビングのソファで零に求められた。
 膝の上に乗せられて、背後からユサユサと揺さ振られた。
「零の…今日、大っきい」
「陸も、可愛いよ」
「んっ」
 二人は態とリビングでセックスしている。
 都竹くんに聞こえるように。
 これに耐えられないと、聖の嫁にはなれないのだ。
 着衣のまましていたけど、一枚ずつ脱いでいく。
 互いに裸になったときには、ソファに押し倒されていた。
「れ…いっ…んんっ」
「あ、お取り込み中、失礼します」
 なんと!
 僕たちの横を堂々と通り過ぎて仕事へ向かったのだ。
 僕たちは繋がったまま、大笑いしてしまった。
「流石、都竹くんだ。」
「そうだな。」
 零が呼んだくせにどうでも良いような口振り。
「それより、こっちが大事。」
 零にとっては僕との行為が大事。僕にとっても零との行為が大事。
「陸、好きだよ」


 はぁっ。
 聖に恋したとき、気付いたさ。
 あの人たちが僕で遊ぶことくらい。
 それでも聖が好きなんだ。
 だから耐えられる。
 というより、陸さんのあの時の顔が見られるなら、かなり得した気もする。
 陸さんの上気したピンク色の乳首とか、揺れる×××とか…観察しすぎだ、自分。
「都竹、お前本当に聖くんと結婚するわけ?」
 同期の辰美がまだ誰にも話していないことを聞きに来る。
「あのさ、彼はまだ大学生なんだ。そんなに未来を拘束するようなことはしない。」
「でも、まだ付き合ってたんだ。勇気あるよな。」
 そう言うお前は、新人アイドルのお姉さんに手を着けただろう…知っているんだからな…とは言えない。
「斉木先輩もスゴいけどさ。」
「辰美、聖くんはタレント契約解除したんだ。だからもう商品じゃない。」
「それにしたって零さんの子供だろう?あの人の義理の息子になるんだよ?」
 …そうか。忘れてた。
「零さんが義理の親なら陸さんも。」
「あ、そういうことか。それは羨ましい。」
「辰美、まだ陸さん好きなの?」
「だから、俺はACTIVEの追っかけなんだって。ま、何れにしても頑張れ。」
 所詮お前にとって俺の私生活は他人事だもんな。

「ただいま帰りました」
「お帰りなさい」
 今夜は陸さんの声が出迎えてくれた。
「都竹くん、夾ちゃんのマンションが空いてるんだ。そこを使ってもらってもいいんだよ?その…聖が帰ってきたら二人で暮らしたいでしょ?」
「いえ、零さんと陸さんも一緒に。聖くんが望むようにしてあげたいんです。」
「そっか。…でも、早いよなぁ。二十歳かぁ。」
 不意に、陸さんの腕が伸びてきて、俺の背に回った。
「聖を、誰にも渡したくないって思ってた。でも、聖には幸せになって欲しいとも思ってる。矛盾してるよね。都竹くんで良かった。」
「あの…いつか、私のことも名前で呼んでくれるのでしょうか?」
「隼…?」
 その瞬間、胸を鷲掴みにされたように、痛みが走った。
 とっくの昔に葬り去った想いが、こんな時に現れるなんて。
「仕事の時は今まで通りね?隼くん。」
「いえ、家でも都竹で良いんです、そのまま、」
「ダーメ、隼くんはお嫁に貰うんだもん、せめて家の中では苗字を捨ててくれる?」
 もう名前で定着してしまったようだ。
 そんなタイミングでスマホがメールの到着を告げた。
「今の、会社用じゃないよね?」
 あ、陸さんの小悪魔的笑みが浮かんでる。
 目が、早く確認しろと言っている。
 渋々スマホを取り出し、メールを確認する。
「あ、委員長です。」
 …それは一つ前の着信だ。
「未読がもう一つあるね。」
 …個人情報保護法って、知ってるかな?
「聖…くんですね。」
 陸さんの目が輝く。
 隼くん、引っ越したんだって?
 なら零くんと陸に伝えてくれる?
 隼くんを虐めたら、二度とその家には帰らない。
 じゃーねー

「だ、そうです。」
「聖にはお見通しなんだね。でも、虐めてはないよね?」
 早く着替えてこいと追い出された。
 リビングに戻ると、陸さんお手製の晩御飯が用意されている。
「今夜は生姜焼き。隼くん好きだよね?」
「はい」
 この人は、俺が付いていたときのことをちゃんと覚えてくれている。
 やっぱり、好きだ。
 恋愛感情抜きでも好きだ。
 一生着いていくって決めたんだ。
 ACTIVEが解散するときが来ても、陸さんが進む道を後押ししたい。
 …零さんに邪魔って言われそうだけど。
 そして、今は全く違う仕事になってるけど。

「あ、ごめん」
 風呂場を零さんに覗かれるのは日常茶飯事。
 部屋に避けてある洗濯物を陸さんに洗われてしまうのも日常茶飯事。
 俺のプライベートはほぼ皆無だけど、毎日楽しい。
 聖が家から離れられないのは、何となく分かる気がする。
 二人とも過保護だ。
 ある日、洗面所で髪を乾かしていたら、陸さんがやって来た。
「ごめん、居るのは分かってたんだけど、今必要な物があって…」
 こそこそと棚から小さい箱を持って行った。
 ふと、何かが視界に入ったらしく、二度見の感じで振り返った。
「すごっ」
「はい?」
「隼くんの腹筋。そんなに割れてたんだ。ねぇ、触ってもいい?」
 とても楽しそうな表情だったのでつい、頷いてしまった。
「わぁ、カチカチなんだねー、わぁ。」
 そして「コンドーム」の箱を持って去って行った。
 お陰で、身体が反応してしまった。
 …部屋で抜こう。
 聖は、零さんに顔が似ている。
 でも、陸さんにも似ている。やっぱり兄弟なんだ。
 陸さんの感じてる顔、聖に似てる。
 リビングであんなとこ見させられて、そんな発見をしてしまった。
 これを知っているのは、俺だけなんだと自負している。
 もしも、他の人が知っていたら、その時は聖の貞操を疑う。
 中学生の時から手懐けたのに、他の人と寝てたら、やりきれない。
 イギリスから戻ってきたら、離さない。
「聖」
 部屋に戻って、思わず恋人の名を呟いていた。
 パソコンのメールソフトを開くと、聖から大量のメールが届いていた。
 スマホに送ると零さんと陸さんに見られるからと、聖はいつもこっちに送ってくる。
 イギリスの生活は楽しいようだ。

「隼」
 夕食の片付けが終わり、リビングを通ると、零さんに名を呼ばれる。
「はい」
 ソファにゆったりと座り、俺を見上げる。
「身体、疼かないか?」
「いえ?」
「そうか…僕が相手してやっても良いけど?」
「大丈夫です、部屋で処理してます。」
 零さんが不敵に笑う。
「模範解答以上だ。」
「大体、陸さんなら起ちますけど、零さんには起ちません。」
「まぁ、な。僕に起つのは陸と剛志くらいだ。」
 え?
「陸さんが?」
「そんな日もあるってことだ。」
 そんな日?まさか?
「聖も。」
 ん?
「聖…くんって、性教育はどうなっているんですか?」
「僕は知らない。そっちに関しては陸が手取り足取り教えてたからな。」
 陸さんが?
「あの二人、寝てるんですか?」
「多分。」
 そんな。陸さんが?
「ショック?」
「はい…」
「だよな…僕しか知らないと…いや、いいんだ。」
 零さん?
 陸さんに、昔、何かあった?

「隼、それ、僕だ。」
「え?」
「零が言わないのは僕のことだ。」
 部屋に戻って夾に電話した。
 陸さんが元居た事務所のマネージャーに騙されたことと、夾に襲われたこと。
「零に隠し子騒動があってさ、陸が弱っているところに付け込んで、襲った。」
 どうしよう、心臓がバクバク鳴っている。
 夾との電話を切った後も、目の前がふらふらしている。
 もしかしたら、陸さんと…チャンスがあるのかもしれないと。
 それが、聖を裏切ることと気付いていながらも、妄想が現実に思えてきた。