| 初ちゃんから召集がかかり、ACTIVEの五人は久し振りに事務所の会議室に集まった。 「長らくツアーを休んでいたけど、そろそろ始動する…いいかな?」
 初ちゃんは全員の顔を見渡す。
 「いいよ」と、最初に発声したのは零。それを受けて剛志くんが「良いんじゃないか?」と、発する。
 「遅いくらいだよ」とは隆弘くん。最後に僕が「曲は出来てる」と、伝えた。
 「陸、それなんだけど、三枚組のアルバムを出そうかと思うんだけど、何曲ストックがある?」
 「新曲用に作ったのは二曲だけど、アレンジが中途半端なのを含めれば二十くらい。」
 「譜面は?」
 「ある」
 「なら、全員でやれば早いな。他に誰かある?」
 「僕が、十くらい」
 零がポツリと発言した。
 「俺も、五曲くらい。」
 とは、剛志くん。
 「僕も十曲用意がある。なら、」
 「待ってよ!こんなに期間があったんだ、僕も。」
 一同の視線が一点に集中した。
 「二曲だけど。世に出せるか判らないけど。」
 「大丈夫、隆弘の歌、俺は好きだ。」
 初ちゃんが微笑む。
 「じゃあ、坂元さんに連絡する」
 レコード会社の担当者に連絡を入れて、アルバム制作の話をする。
 一も二もなく了解の返事をもらい、曲のコンセプト作りに入る。
 「特に決めずにおもちゃ箱みたいに色々詰まったアルバムはどうだろう?そうすれば全員で持ち寄れる。」
 きっと、初ちゃんは最初から案を練ってきてくれているんだろう、スムーズに進んで行く。
 「じゃあ、テーマソングとしての『おもちゃ箱』を作ってくる。」
 僕が手を上げて発言すると、
 「頼んだ」
 と、初ちゃんから返事が戻ってきた。
 いいな、この感じ。
 ACTIVEにいるって感じ。
 「陸、アコギツアーが順調みたいじゃんか。」
 隆弘くんから不意に言われた。
 「うん、お陰様で毎回SOLD OUTで嬉しい。」
 「それは、陸の人気と実力じゃん?なんてったって、陸を連れてきたときに零は『ギターの天才』って言ったし。」
 「天才だろ?」
 零は机に肘を突き、顎を手のひらに乗せ悪びれもせず言い放つ。
 「まあ、な。」
 「隆弘くん、浜松で餃子食べたことある?」
 「あるけどさ、それよりハンバーグ!さわやかのハンバーグを食べなきゃ!」
 え?なんだって?
 「それ、詳しく教えてくれる?」
 「百聞は一見にしかず!行って食ってこいよ。浜名湖の鰻もな。」
 あー、大変だ!やることが一杯だ。
 楽しーっ!
 
 
 「りーくっ?」
 家に帰ると聖がいる。
 もうすぐ巣立つ、聖がいる。
 「美味しくなかった?」
 「ううん、美味しい。」
 トロトロに溶けたジャガイモと牛肉が食欲を唆るビーフシチュー。
 主食はガーリックトースト。
 「聖がこうしてごはん作ってくれるのも、あと少しだなぁって。」
 「うん、ごめんね。」
 聖は隣に座る隼くんの顔を見ると、嬉しそうに笑った。隼くんは照れくさそうだ。
 「新婚だもんね、仕方ないよね。」
 聖のことはもう吹っ切った。今はアルバムのことだ。
 「新婚…ね…」
 ふむ、良い案かも。
 
 
 「こっちは聖が子供の頃におもちゃ箱をひっくり返して遊んでた頃の歌、こっちは娘を嫁に出す心境の父親、こっちは新婚のいちゃいちゃカップル、こっちは嫁に行く娘の歌。どう?」
 初ちゃんは譜面を手に取る。
 「この曲、アレンジさせてくれる?」
 珍しく初ちゃんが手を挙げた。
 「よろしくお願いします。」
 初ちゃんが手にしたのは、娘を嫁に出す父親の歌だった。
 初ちゃんも思うところがあるに違いない。
 「陸」
 「ん?」
 「聖くんは、嫁をもらう気はないのかな?」
 「え?」
 だって…。
 「うちの娘、聖くんが好きらしいんだ。親バカでごめん。」
 「ううん」
 どうしよう、都竹くんとなんて、言い出しにくくなってしまった。
 助けて、零。
 「ごめん、初。聖は結婚が決まった。」
 「知ってる。だから聞いた。」
 なんで?
 「だから、親バカ。忘れて。」
 そんなことを聞いてしまったら忘れられないよ。
 でも、僕も親バカなんだ、聖の幸せを最優先にしてしまう。
 なのに…。
 
 
 アレンジをして、音を入れて歌を入れてのレコーディングをして、曲を決めて宣伝をしてと、目まぐるしく時は過ぎていき、いよいよ明日はライブツアー初日という時だった。
 「零くん、陸、話がある。」
 聖がかしこまって言うから何事かと思った。
 「隼…都竹くんがね、会社を辞めたんだ。」
 「え?いつ?」
 「今日付。辞表は先月出してある。僕の仕事を手伝ってくれるはずだった。」
 リビングのテーブルに、便箋一枚が置かれた。
 
 楽しい思い出をありがとう。もう、悔いはありません。聖くんに幸あれ。ACTIVE万歳。
 
 「これだけ残して、出て行っちゃった。」
 聖はずっと堪えていたのであろう、両目から涙がボロボロとこぼれ落ちた。
 「あの人は、やっぱり勝てなかったんだ。僕を守ってくれる気なんか、さらさらなかったんだ。もう、いいんだ。解放してあげるんだ。」
 両手をギュッと握りしめて下を向いた。
 拳の上に涙が溜まる。
 「聖、普通はそうだよ。覚悟なんか出来ない。ジェンダーレスの人が自分の性を生き抜くことはホンの一握りだ。ほとんどの人が疑問を抱きながらも生まれ落ちた性を受け入れていく。同性愛者もそうだ。相手が受け入れてくれるかという問題もあるけど、やはり世間の目は厳しい。特に日本人は固定観念に囚われているから、未だに男系社会だ。ジェンダーレスなんか受け入れる気もないだろう。都竹は逃げたんじゃない、聖を守ったんだ、世間の目から。お前が今からやろうとしていることは、古い考えの人間が集う場所に乗り込んでいくんだ。そこに都竹は自分の居場所を見出だせなかったんだろうな。」
 零は、知ったように言うけど、僕には言えなかった。
 …「あ」思わず声が漏れた。二人の視線が痛い。
 「初ちゃんが言ってたヤツ、都竹くん、聞いてたんじゃ?」
 「陸、それは違う」
 零が否定した。
 「あいつがそんなことで身を引くか?」
 「そう、だよね。」
 でも僕の中では否定しきれないものがあった。
 
 
 『もしもし?』
 零が入浴中で、聖は自室に入ったタイミングで、僕は都竹くんに電話を掛けた。
 出ないものと覚悟していたけれど、意外にも都竹くんは出てくれた。
 「あれは、どういう意味?」
 『そのままです。いつまでもイギリスにいられてもACTIVEの活動に支障が生じるので戻ってもらいました。彼が日本にいないと、零さんも陸さんも脱け殻みたいです。三人は三人でいることが大事なんです、だから』
 「分かったようなこと、言うなよ。」
 思わず声を荒げてしまった。
 「それじゃあ、聖はずっと、愛する人とは結ばれないってこと?聖には人を愛することが認められないってこと?違うだろ?聖は、君のことが必要だから帰ってきた、違う?」
 『なら、どうしてイギリスに行ったんですか?僕たちはダメなんです、元々ダメだったんです。僕には彼を守ることも守られることも無理なんです。零さんの足元にも及ばないです。』
 「そこか。」
 やっと、白状したか。やけに饒舌だと思ったんだ、
 「わかった。そこは何とかしよう。マンションにも住まなくていい。二人で、二人だけでやってみていい。明日、聖を迎えに来てやってくれ。分かったね?」
 『でも』
 「聖を不幸せにするヤツは、例え都竹くんでも許さない、いいね?」
 都竹くんが小さく『はい』と、頷いた。
 都竹くんとの通話を終わらせると、そのまま聖にメールを送り、通話記録とメールを削除した。
 
 
 「陸?」
 バスルームから戻った零を、僕は襲った。
 「今夜は、スゴくしたい、酷くして欲しい。」
 ベッドに押し倒すと唇を重ねた。
 「んっ…」
 決して、怒っているのではない、僕は二人のことを許してやって欲しいだけだ。
 「んんっ…ん」
 唇を合わせながら、下半身を擦り付ける。僕のそれはすっかりその気だ。
 零の指がそれを優しく包み込むと、ヤワヤワと揉む。
 「あっ…」
 「挿入れる?」
 「ううん、挿入れて、零ので掻き回して…」
 「やらし」
 「うん」
 耳元で囁き合う。
 「聖には聞かせられないな、傷心なのに」
 「そうだね、んっ」
 つぷっと、指が差し込まれた。
 「僕が風呂に入っている間、準備してたんだ?」
 「う…ん」
 ダメ、頭が働かない、気持ちいい。
 「あんっ」
 ヌプヌプと抜き差しされる。
 「焦らさないでぇ…あんっ」
 「挿入れて、いい?」
 「うん、挿入れて」
 ズクリと、零のペニスを僕のアナルが飲み込む。
 「あ、イイっ」
 零の腹の上で腰を振ると、内壁をズクズクと擦られ、目的を忘れそうだ。
 「あっ、あんっ、ああん」
 「今夜はイイ声で鳴くんだな…健気に」
 え?
 「止まってるよ?いいの?」
 言うとガンガンと下から突き上げられた。
 「あっ、ダメ、ダメダメっ、やんっ、イクッ、イッちゃう」
 「イッていいよ、僕はあの二人を許す気はない。」
 「やっ、ちが、」
 「何が違うの?陸がこんな風に誘ってくるなんて裏かあるに違いないだろ?」
 「ああんっ、イク」
 「んっ」
 僕たちは勝敗を決する前に共に倒れた。
 
 
 「どうして?なんでダメなの?」
 「言っただろう?何度も話し合ったんだ、都竹とは。それでも都竹が幸せになれる要素が見付からないんだ。」
 「そんなこと、零が決めることじゃない!」
 僕らは今、繋がったままの体制です、念のため。
 「僕が決めてやらなかったら誰が決める!」
 「僕のことを勝手に決めようとした人から、零はどうした?」
 あ、と言う顔をした。
 「でしょ?当事者間のことは二人で決めさせてあげて欲しい。」
 「仕方ないな」
 零は僕の腰を引き寄せ、結合を深くした。
 「なに?」
 「陸はいくつになっても可愛い…愛してるよ」
 「僕だって…でも聖も大好きなんだ。」
 「わかってる」
 愛情の向ける方向が間違っていたらいけない。
 「だけどさ、あきらちゃんと涼ちゃんがね…聖だけはまともな結婚をさせたいって必死になっててね…」
 「なら、僕に任せて。聖のことだったらなんでもするから。」
 「都竹の退職は?」
 「別の仕事をしたらいい。そこまで面倒は見ない。」
 零に言われて離れること自体気に入らないんだから、仕事なんか知らない。
 そしてその晩、僕らは平和に安らかな眠りに着いたのだった。
 
 
 「聖の荷物はマンションに送るから。都竹くんの荷物も近いうちに取りにおいで。」
 『処分してくだ』
 「知ってる?所有者のわかっている荷物を勝手に処分すると法律に触れるんだ。」
 そんな法律聞いたことないけどね。
 「取りにおいで」
 『はい』
 「仕事は決まった?」
 『すみません、今、聖くんが始めようとしている事業の基盤固めをしています。』
 「なんだ、別れる気はなかったんだ。」
 少しだけ沈黙があった。
 『聖くんには伝えてありますが、妨害が入ったので同棲は回避し、その代わり私が契約した部屋に遊びに来るようにと。手放せないんです、陸さんが大事にしていた宝物。共に過ごす時間が長くて、失敗しました。』
 「都竹くん、それは僕たちが初めから望んでいたとしたら?初めから仕組んでいたとしたら?」
 『お二人なら、あり得ますよね』
 「うん」
 零が反対していることは永遠に秘密だ。
 「ん?妨害?」
 『はい。』
 
 
 諸悪の根源は、他にいたのだ。
 
 無事に二枚組のアルバム制作と発売が決まり、全国ツアーに向けて大忙しとなった。
 北海道、宮城、長野、愛知、大阪、兵庫、愛媛、福岡、東京の9ヶ所だけど、会場が押さえられれば途中で追加する。
 行くぜ、全国、待っててくれよ…なんてね。
 
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