| お願いだ、夢なら、覚めて。 
 Disとの武道館LIVEは大盛況の中で無事に終わった。
 幕が下り、カーテンコールという時、零が、崩れ落ちた。
 嫌な予感が、当たった。
 カーテンコールはDisに任せて、僕たちは楽屋へ零を担ぎ込んだ。
 「僕は、大丈夫。」
 手が、震えている。
 何故、精密検査を受けさせなかったのか。悔やんでも悔やみきれない。
 「陸!」
 客席にいた聖が、都竹くんに連れられてやって来た。
 「一緒に行ってくれる?聖は、零の家族だから。」
 「なに言ってんの?陸も行くよ。同居家族だから大丈夫。そんなこと、気にしなくていい。」
 こんな時に後悔するんだ、零の戸籍に入れてもらえば良かった。
 養子でもいいじゃないか、家族なら。
 恋人でいたいなんて、言わなきゃ良かった。
 零の家族にならなきゃ、僕は何の資格もないただの同居人だ。
 救急車が到着して、比較的家から近くにある病院に入院が出来た。
 血液検査をして直ぐに判明した病名。
 入院は長引くと、言われた。
 
 「陸、僕は一回家に戻るから、側に居てあげて?」
 「うん、ありがと」
 僕が零の手を離さないから、聖が着替えを取りに家に帰った。義父と母にも伝えてくれるそうだ。
 あの日、あんなにも僕を求めてくれたのは、今日の日を知っていたのではないだろうか?
 なら、どうして病院へ行かなかった?
 一時間後、聖が義父と母を連れて戻ってきた。
 「陸、兎に角…」
 「嫌だ、ここにいる」
 「違うんだ、これ。」
 僕が駄々を捏ねていると、聖が零の健康保険証とお薬手帳を持ってきていた。
 お薬手帳?
 なんで?
 「零くん、知ってたんじゃないの?自分の病気。」
 どうして?
 なら、なんで言わなかった?
 そんなに僕は頼りない?
 あ…だからなの?だから急に聖が隼くんのもとへ行くことを許したの?
 一度にいろんなことが押し寄せてくる。
 「陸、代わるから。パパとママを家に送り届けてくれる?そして家で寝てくること。いいね?」
 聖にそう言われて、渋々病院をあとにした。
 
 二時間くらい眠っただろうか?夜が明ける頃に目覚め、急いで身支度をすると病院へ駆け込んだ。
 「聖、ありがとう。今度は僕が…」
 「おはよ」
 「零!」
 照れ臭そうに、零が笑っていた。
 「陸がいないと言って泣くんだよ、なんだよこいつ。」
 「泣いてもいい、零が…」
 零が目覚めてくれた。
 昨夜、医師に言われたのは、目覚めないかもしれないと言うことだった。
 担当の医師がいないので、精密検査は夜が明けてからと言われたけれど、取り敢えず目覚めてくれて良かった。
 「陸、ごめん。ずっと言えずにいたんだけど、」
 聖の言うとおり、零は自分の病名を知っていた。
 「多分、もうステージには立てない。レコーディングも出来ない。このままずっと、陸のお荷物になっていく。」
 「なに、それ?お荷物って?僕がいつ、零のことそんな風に言った?それに、なんで否定的なの?前向きにはとらえることが出来ないの?」
 「やっぱり、陸だな。」
 零はニコニコしながら僕を見ていた。
 「聖、悪いけどたまには陸の様子を見に帰ってきてくれないか?」
 聖が泣きそうな顔で頷く。
 「なんだよ?聖まで。仕事は表のことだけじゃないだろ?涼ちゃんみたいに裏方の仕事もある。大丈夫、陸を置いて…陸を一人にはしないから。」
 「陸を、陸を置いていったら、僕がもらうから。僕が陸を嫁にする。」
 零が優しく微笑む。
 「それも、いいかな。聖なら陸を幸せに」
 「いい加減にして!言霊って知らないの?そんなこと言ったら本当のことになる!」
 僕はさっきからずっと怒ってるな。
 「だって、陸…もうヤれないかもしれない。」
 「病室でエロ話はやめなさい」
 聖が物凄い勢いで突っ込んだ。
 「あのさ、僕がそんなことのためだけに零と一緒にいると思っているんだったら…ま、一理あるかな。」
 そうだよね、零は今、不安の中にいるんだよね。否定したら弱気になるかもしれない。
 「零がしてくれなくても、他に候補は沢山いるからね。早く元気になって。」
 「うん、陸と出来るように頑張る。」
 目が、笑ってない。
 胸が痛い。
 不摂生していたわけでも、暴飲暴食していたわけでもない。
 なのに、どうして?
 なにがいけなかったのか、わからない。
 「陸、聖、二人にだけ話しておく。多分検査結果は芳しくないと思う。でも、検査が終わったら僕は転院したいんだ、夾のところに。」
 あ。
 だから、夾ちゃんは大学を変わったんだね?
 「夾ちゃんに話しはついてるの?」
 「勿論」
 「なら、直ぐに転院しよう?早い方がいい。」
 「頼める?」
 「当たり前」
 僕は病室を飛び出した。
 「零くん、陸は大丈夫かな?」
 「さあ?」
 
 「本当に?嘘じゃないよね?」
 夾ちゃんが心外とばかりにしかめっ面をした。
 「うちの先生が、どれだけ優秀か、陸は知らないんだな?世界一と言っていい。だから安心しろ。」
 「うん」
 最初の病院では、入院が長くなると言われた。
 しかし、夾ちゃんのところに連れてきたら、二週間くらいの入院で全快すると言われたのだ。
 「だって!」
 「言ったら何だけど、こんなの、僕だってわかる。言っただろ?過激な運動はダメだって。するなら昼間だ、深夜にするな。」
 え?バレてる?
 「零はちょっと心臓に難があるんだ、大したことじゃないけど、用心に越したことはない。それと、頭が悪い。」
 ん?
 「夾、それは悪口と言うヤツだな?」
 「わかるか、やっぱり。良いんだよ、陸を置いて行っても。僕が引き取る。」
 すると横から聖が「あ、大丈夫、陸は僕が嫁にするから。」と、なんだか訳がわからない状態になってきた。
 「夾ちゃん、零の心臓って、大丈夫なの?」
 「まぁ、普通よりはってところではあるけど、70歳くらいになったら危険かな?」
 それは、確かに普通かも。
 「でも、夾ちゃんの専門って、頭じゃないの?」
 「そうだよ。」
 「なら、心臓は?」
 「同期が専門なんだ。」
 「ふーん…ん?零は僕に内緒で夾ちゃんのところに診察に行ってたの?」
 夾ちゃんが一瞬困ったような表情をしたけど、すぐにいつもの夾ちゃんになった。
 「うん。前にね、実家に来たときに零の顔色が悪いと、母が言い出して精密検査を受けろと言ってて。それから年に一回受けさせてる。零が陸には言うなって言うからさ、ごめん。」
 「そっか。ならいいんだ。前から行けって言ってたのに行かないから心配していたんだ。ありがとう。」
 夾ちゃんに頼むって手があったのか。浅慮だったな。
 「今回はね、多分酸欠だと思うんだ、血液検査の結果を見ると。頭の方だから確かだよ。最初の医師が間違えたのは、」
 夾ちゃんは零が口にした病名を告げた。
 間違えやすい病気だそうだ。
 「だから、大丈夫。」
 「うん。ありがとう。」
 すると、夾ちゃんが急に真顔になった。
 「聖が出たあと、そこに僕が行こうかな?そうしたら零がいない時、陸を襲える。」
 すかさず零が「させるか!」と、突っ込んでいた。
 「皆にも伝えてくる。」
 初めちゃんも剛志くんも隆弘くんも心配している。和海くんにも伝えなきゃ。
 零は元気ですって。
 
 
 零は、一週間入院して戻ってきた。
 「陸、心配掛けてごめん。」
 零に抱き寄せられ、力強く打つ心音を耳にし、安心する。
 「零、なんで本当のことを教えてくれないの?」
 「なにが?」
 「どこが悪いの?」
 「それは夾が、」
 「だって、最初にもうステージに立てないとか言ってたじゃないか。なのに、急に…」
 零は申し訳なさそうに話し始めた。
 「陸も見ただろ?お薬手帳。今はさ、ネットで薬がなにに効くのか調べられるんだ。で、処方された薬を調べたら、」
 例の病名に行き当たったということか。
 「で、今回も同じ病名を告げられたから、信じていたってことで…夾に叱られた。どうして聞きに来ないのかって。」
 つまり、同じ薬でも別の病気なこともあるってことか。
 「不整脈の薬らしい。でもそんなに心配しなくても大丈夫なんだ。本当に、大袈裟に伝えて申し訳なかった。」
 それは、いいんだ。
 「零、僕を零の戸籍に入れてくれる?」
 「どうした?藪から棒に。」
 「同居人じゃダメなんだ。家族じゃなきゃ、なにも出来ない。」
 「陸、それは全て聖に伝えてある。何かあったら聖が請け負ってくれって。だから、お願いだ、陸は恋人のままで…籍を入れたら、親子になっちゃうよ?親子でセックスは、良心が痛む。」
 「でも、それだと僕は零との間になにも残らないんだ。」
 「残す必要が、あるのかな?僕たちは二人で愛し合って、愛を交わして、日々を過ごした。それだけでよくないか?二人だけの思い出だけで。」
 どうしたんだろう?零が、変だ。
 「第一、僕らにはACTIVEの音が残っているじゃないか。」
 そうじゃない、そうじゃないんだよ、零。でもそれが零に伝わらない。
 「だから、僕の取り越し苦労だったんだから、」
 「違うんだ、その事を知らなかった、僕が嫌なんだ。どうして気付けなかったのか、それが嫌なんだ。」
 「陸、僕たちは常に一緒にいる訳じゃ、ない。陸は陸の仕事があって、陸の領域がある。僕には僕の仕事があって、やらなければならないこともある。だから、陸が知らなくても仕方ないんだ。」
 あ。
 「零が突然大学を聴講にしたのもそれが原因?」
 「バレたか。あまり時間がないと思ったから回り道していられないなあって。」
 「そんなに前からなの?」
 僕は零に信用されていないのかな。聖には話してあるって…。
 「ごめん、陸に心配かけたくなかっただけなんだ。本当に大丈夫だから。」
 その晩、僕は片時も零から離れないでそばにいた。
 
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