| その日、夾は自宅で両親を目の前にして正座した。 「ごめんなさい」
 両手をつくと深々と頭を下げた。
 「僕は、零くんのように伴侶を連れてくることが出来そうもないです。」
 それを聞いて涼が聞き返す。
 「敢えて実紅とは言わずに零なのは、夾には好きな人がいるけれど、その人は男性で夾とは心を通わせていない…ということか?」
 夾は涼の鋭さに次の言葉を失った。
 「そうなの?夾」
 あきらが問い詰める。
 「あきら、そんな言い方をしたら夾が言い出しにくい。」
 夾は心のなかで涼も同じだと溜め息をついた。
 「…陸…です。」
 「まあ!」
 「…!」
 夾は何度も諦めようと努力をした。大学の後輩に頼んだり、友人の連れ合いに頼んだりして女の子を紹介してもらった。…それが間違っていることに気付かずに。
 誰と会っていても、ちらつくのは陸の影。
 そこで初めて夾は気付いた。
 「前の家で零くんはいつもここのお隣の男の子の話ばかり僕にしていた。それが羨ましかった。ここに越してきて零くんが小学校を卒業したあとは、僕が彼を守ってきた。だってあんなに綺麗な男の子だから、直ぐに虐められる。なのに、陸が手を握ったのは零くんだった。」
 涼は「手柄の横取り…ってわけか。」と、呟いた。
 「夾、それはきっと私のせいだわ。私が優柔不断だったから、裕ちゃんを傷付け、零を傷付け…涼を傷付けた。陸は、あの子は私に似ている。」
 夾は母親が陸ほど美人ではないことを分かっているけど、敢えて否定はしなかった。陸の容姿は父親の裕二さん似だ。
 「それと、零くんのことなんだけど…」
 両親の驚きは夾のカミングアウト以上だった。
 
 
 「零、お願いだ、仕事を辞めて家に帰ってきなさい。」
 両親は、零の家に駆け込んだ。
 「こんなに近くに住んでいるのに、何言ってんの?」
 零は全く相手にしない。
 「夾だな、余計なことを告げたのは。陸にだって黙っているのに…」
 零はかなり不機嫌な声色だ。
 「悪いけど、家には戻らない。」
 途端に、あきらがものすごい剣幕で怒鳴り付けた。
 「零!一生に1回くらい、親の言うことを聞いたらどうなの?」
 しかし、そんな台詞に動じる零ではなかった。
 「例え明日死ぬって死神に告知されたとしても、僕はここからテコでも動かない。陸の居ない場所は、僕の居場所じゃない。」
 「わかったよ、なら、私たちがここに、」
 「余計なことをしないで!」
 今度は零が怒鳴った。
 「僕は、小さな頃から自分の考えで生きてきた。これからもそれを変える予定はない。それに、僕の運命の伴侶は陸だ。あの子の居ない場所に帰る意味がわからない。」
 「どうして?どうして猫も杓子も陸、陸、陸!ってあの子に夢中なのよ!私の子供で陸を好きにならない子が居ないって、なんなの?なにかの報いなの?」
 その問いに答えたのは、涼だった。
 「それは、僕らが裕二さんを裏切ったからじゃないか?あんなに、あきらだけを愛していた裕二さんを裏切ったから、天罰だよ。」
 零は盛大に溜め息をついた。
 「あのさ、裕二さんはもう、あきらちゃんのことなんてなんとも思ってないよ?だって、あの人には陸が居るじゃないか。実紅も、拓も、実路もいるじゃないか!そんなことを報いだなんて、失礼にも程がある。いつまでもそんなことばかり言っているから、マイナス思考になるんだ。僕は大丈夫だから。夾じゃなくて僕を信じたら、絶対に楽しい老後を送れるよ?」
 「そんなこと、分かってる。」
 涼が口を開く。
 「それでも、心配するのは親だからだ。」
 「ありがとう。でも大丈夫だから。きちんと医師に診てもらっている。いざとなったら諦めることも覚悟している。」
 あきらが膝から崩れ落ちた。
 「あきらちゃん、あなたは涼ちゃんだけ、見ていたらいい。涼ちゃんにだけ、愛を注げばいい。僕は大丈夫。ありがとう。」
 零の手があきらの肩に触れた。
 「涼ちゃん、陸には言わないで。胃を患っていることは。」
 零の抱えている病は、脳でも心臓でもない、胃だったのだ。だからライブの途中で倒れた。
 「悪性じゃないかもしれないんだ。だからまだ心配かけたくない。結果は来週だからさ、きちんと報告するよ。」
 親よりも先にこの世を去るような事態にだけはなりたくないと、零は切に願った。
 
 
 「夾、お前にだけは遺言を残してやる。絶対に僕の一番の宝物は譲らないってな。」
 夾はしれっとして、答える。
 「譲ってくれなくても、この手に落ちてくるよ。」
 「何のこと?」
 無邪気に問い返す陸。
 「あきらちゃんから僕が貰った宝石があるんだ、それをね、夾が欲しがるからさ、聖にやるって…いや、陸にあげよう。それがいい。」
 零が楽しそうに笑う。
 「ところでお前はいつまでも家に居る気だ?早く帰れよ。」
 「なんだよ、つれないなあ、山本先生から診断結果を貰ってきたのに。」
 零の顔色が変わる。
 「どうせ、陸には話していないんだろ?精密検査を受けたこと。良性でも悪性でもないから今後に備えて切除しましょうってさ。」
 「え?」
 そう言ったのは陸。
 「手術?するの?心臓?頭?」
 「…胃」
 「え?あれ?この間は…ん?」
 「胃にポリープがあったんだって。」
 零と陸の話が続くなか、夾が遮る。
 「明後日、入院手続きをしてくれって。明明後日手術しちゃうそうだよ。」
 「待ってよ、夾ちゃん、早くない?そんな、急に…」
 「偶々空いてたんだ、先生が。」
 「夾、入院前の検査が必要だろう?いくら何でも、」
 「だから検査の時に心電図と血液検査、しただろ?山本先生が万が一の場合にって、先に手を回してくれたんだ。忙しいだろうからって。良かったね、大したことなくて。」
 零の表情は強張ったままだ。黙って夾から診断結果を受け取ると、ゆっくりと視線を下げて、書類に目を通した。
 「今はね、昔のドラマみたいに家族を呼んでください、本人にはガンの告知はしません・・・なんてことはしないんだ。本人の意思を尊重してくれる。安心していいよ。」
 やっと、零が安堵の表情になった。
 「…良かった、マジで…気を失ったときには本当に死を覚悟した。」
 「零、当日は僕も一緒に行く。」
 「大丈夫だよ、内視鏡手術だから、当日に帰れる…それと僕は結婚しないことにした。一生誰かを思って生きて行く。」
 夾も、自分に正直に生きることを選んだ。
 「夾ちゃん、でもね、人生って不思議なんだよ。伴侶には突然、出会うことがあるから」
 と、陸が知っている風なことをぽつりと、言った。
 
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