眠い朝には
「おはよう、聖」
 「ん…あと少し…」と言って気付く。
 ここは、隼の部屋だ。
 少しだけ、隼と暮らしてみて、僕の間違った常識を正そうと言うことになった。
 何が間違っているのか、未だにわからない。
「聖、話がある。」
 やっぱり、きたか。


「そう、だよね。」
 零くんの体調があまり良くない。
 夾ちゃんは大丈夫だと言っていたのに、零くんも陸も仕事に来ないらしい。
「隼のところに相談されても困るよね。」
 朝はパン食だから隼でも作れる。
「一度、行ってくるよ。」
「早い方がいい」
「わかった。」
 零くんが、もしも…もしも大変な病気だったら、迷わず僕は家に帰る。
 隼が好き。本当に好き。
 だけど、僕にとって零くんは父親で、陸は母親だ。
 そして、陸は初恋の人だ。
 その人が苦しいときにはそばにいてあげたい。
 出来れば…ううん。今は考えないでおこう。


「で?心配してきたら。どう言うことなのかな?」
 零くんと陸は、裸で抱き合いながら惰眠を貪っていた。
「うーん、少しだけ、疲れちゃったんだ。だから長めの休暇を貰おうかと。で、聖はきっと普通に言っても帰ってこないから、都竹くんにウソをついた。」
 なんか…心配して損した。
「帰らないで。」
 陸が、すがるような目で、訴えた。


「不安なんだ。零にもしものことがあったら、誰を頼ったらいいのか。だから…やっぱり二人でここに住んでくれないかな。僕には聖が必要なんだ。父も義父も母も近くにいるけど、聖が必要なんだ。」
 耳元で囁かれた。ドキドキした。
 陸が僕を頼ってくれるなんて、100年先でもないと思っていた。
 だから、隼に相談もせず決めてしまった。


「いいよ、帰ろうか」
 隼はなんの躊躇いもなく、実家に戻ることを承知してくれた。
「ごめん、我が儘で。」
「いいよ、僕はそんな優しい聖が好きなんだ。」
 僕の仕事を黙って手伝ってくれる人で、自分の仕事もそつなくこなす人で、誰に対しても真摯な人。
「でもさ、あっちだと…うん。」
 実家に戻ると、あまり、その…うん。
「戻るまで、いっぱいしようか?」
 え?
「隼の…えっち」
「どっちが先に言い出したんだよ。」
 言って、抱き寄せられた。
「愛してるよ、聖」
「うん。愛してる。」
 色んな障害を乗り越えて結ばれた人なのに。
 僕は陸の前で簡単に裏切る。
 どうして僕たちは、陸を前にすると獣のように欲情するのか?
 夾ちゃんもそうだ。
「隼…もしも、もしも陸が、」
「言わなくていい。僕は聖を裏切らないから。」
 ボクハセイヲウラギラナイカラ。
 何故か虚しく聞こえた。
 裏切ってもいい、陸が幸せなら。
 陸は魔性より魔性な人間だ。


「帰ってくるな!」
 突然、零くんからそう告げられた。
「陸が何て言ったのか知らないけどさ、僕の病気は夾の大学でちゃんと治して貰ったから大丈夫だ。」
 え?
「でも、陸が疲れたからって…」
「ん?あ、あの日は朝までシタから。」
 しれっとまた、そんなことを。
「聖」
 ふと、名を呼ぶ声が、凄みを増していた。
「死んでも渡さない。聖にも、夾にも。誰にも陸は譲らないよ?だから大人しく都竹とちちくりあってなさい。」
 ちち…!
「そんな言い方…うん、そうするよ。」
 これは、零くんの優しさだ。
「僕は…聖の…いや、わかっている。だから、幸せになれ。」
 何を、分かっているんだろう?何を言いたかったんだろう?
 でも、それを問う勇気がなかった。


「聖、早く帰ってきて!」
 おい!あんたたちは僕をなんだと思ってる?
 帰ってくるなとか、帰ってこいとか。
「いい加減に…え?」
 実家に戻ると、リフォームが完了していた。
 玄関が二つで、地下と一階が零くんと陸のスペース、二階と三階が隼と僕のスペースになっていた。
「これなら、互いにプライバシーは守れる。」
 陸がやったんだろうな。
「リフォームした夾ちゃんのマンションは、売っちゃった。」
 なに?
 あんな特殊な部屋を?
「新婚さんが喜んでたよ」
 奇特な人がいたんだな。
「また、よろしくね?」
 僕は、この人に弱い。
「うん。」
 出来れば、遠く離れていたい。
 そうしないと、心がみだされるから。
 でも、側にいたい。
 だって、目が離せないから。
 今度は、どんな騒ぎを起こすのだろう。
「陸…りっくん」
 僕は、小さな頃のように陸を呼んだ。
「なに?」
 陸は、当たり前のように返事をした。
 僕は、陸を抱き寄せた。
「りっくん、大好き。」
「うん。僕も大好きだよ。…聖に背を抜かされちゃったな。」
 …本当だ。いつの間にか、陸の背を越えていた。


「零くん。僕たちは陸のお願いで戻ってくることにしたから。いいね?」
「わかった。」
 不承不承がありありとわかるふて腐れ方をした零くんを前に、僕は宣言をした。
「零くんと陸がイチャイチャするように、隼くんと僕も当然だけどイチャイチャするからね?邪魔しないでよ?」
 邪魔なんかさせるものか!
「しないよ。聖が邪魔しなければ。聖は隼がいれば邪魔しないんだな?なら、なんでもいい。」
 なんだよ、零くんは僕がそばにいなくても気にならないのかな?
「僕が一人の夜は陸と二人で晩御飯を食べるのはいいのかな?」
「いいよ。手を出さなきゃ。兎に角、聖が下心を出さなきゃ、何してもいい。僕は陸だけいればいいんだ。」
 …確かに零くんが、変だ。
 今までだったらもっと自信たっぷりにしていたのに。
「聖が、大人になったから。夾みたいなこと、もう嫌なんだ。」
「そうだよね。」
 大事な人が手折られるのは切ない。
「それは、平気。」
 僕は、もう、平気。
「零くん。思うほど、陸はモテない。安心して。」
 嘘だ、陸はモテる。メチャクチャ男にモテる。
 その時、ふと脳裏に浮かんだのは、僕にまだチャンスがあるのかもしれないということだった。