零の体調不良は嘘のように回復し、現在は前のように何事もなかったかのごとく暮らしている。
僕もアコギライブツアーを再開している。
勿論、零のスケジュールと調整して、二人でのツアーになっている。
「あのさ、本当に大丈夫だからさ、」
心配ばかりしている僕に、零はそう言ってくれるけど、不安な気持ちは拭えない。
「だってさ、やっぱり僕は無力なんだよ。」
病院へは夾ちゃんのお陰で付き添うことが出来るけど、公的なことに関しては全て正式な養子となっている、聖じゃないと何も出来ない。
「常に側に居てもいいでしょ?」
それに対して零は苦笑するばかりだ。
「陸、心配してくれてありがとう。…ごめんな。」
そう言って抱き締められた。
「でも、信じて。本当にもう大丈夫だから。僕は親より先に逝くことはしないから…でも…陸よりは先でもいい?君が居ない世の中は耐えられない。でも自ら命を手放すことはしたくない。」
僕は零を見上げた。
「零の望む通りにしたい。」
無理だとしても努力しよう。
「なら、もう泣かないで?」
「泣いてなんか…」
いないことはない。毎夜頬を涙が伝うから。
でもそれは、通常の暮らしが戻ってきたからだ。
我儘を言って聖にも戻ってきてもらった。
僕の個人的な仕事にも着いてきてもらっている。
他に何がある?他に何を求める?
それでも、不安は心の奥底に残っている。
「配偶者を喪った人?」
僕に心当たりがない。
それだけ、僕は恵まれている。
「商店街の肉屋のおじさんは、三年前におばさんが亡くなってる。」
聖は僕より行動範囲が広いから、知り合いも多い。
「病気だったらしいけど、お医者さんに言われた余命より早く亡くなったらしくて、お葬式が終わっても1ヶ月くらいお店が再開出来なかったんだよ。」
最愛の人を喪う哀しさは僕には想像も出来ないくらいの喪失感だろう。
「なに?零くん?治ってないの?」
「聖は、もしも零が明日突然居なくなったら、どうする?」
「どうするって…一番大事なのは陸を支えることだろうな。」
え?
「零くんが元気なうちからこんなこと聞いてくるくらい不安になっているんだから、そのときが来たら何をするか分からない。だから、僕は陸の家族として陸を支えていく。」
僕はそんなに弱い人間に映っているんだね。
「ありがとう」
でも、聖が近くにいてくれるなら、心強い。
「陸。僕には隼が居るって、ちゃんと理解しててよ?」
途端に現実を突きつけられた。
「分かってるよ。」
そう言ったものの、心の中はぽっかりと穴が空いたような感覚だ。
「聖が…欲しい」
僕は、思わず口走っていた。
「陸?」
「欲しいって言うのは、聖の存在が僕の当たり前ってことで、別に、」
聖が、僕の手首を握りしめた。
「分かってる、分かってるよ。」
言い終える前に、唇を重ねられた。
僕は抵抗して見せたものの、本気ではなかった。
だから、流されてしまった。
「言ったのに。僕を選んだ方が良いって。」
頬を涙が伝う。
「ううん、零を選ぶのが、いや、違う。零しか僕はいらない。聖の存在は家族なんだ。可愛い息子なんだよ。」
すると、突然聖が僕を突き放した。
「僕には分からないよ。どうして最愛の人が他の人と成した子を、子として愛するなんてこと。大体、零くんがママとセックスしたなんて、汚らわしいと思わなかったの?いくらママがショックを受けて人形みたいになっちゃったって言っても、それで実母を抱く?零くんは変態だよ!その後陸にまで手を出すなんて、正気の沙汰じゃない。そんな零くんを愛してるなんて言う陸も、正気じゃない…そして、僕もその一人だ。子供の時からずっとずっと、陸ばかり見てきた。陸だけ見てきた。僕を救ってくれたのは、隼くんなんだ。」
聖の告白に僕の指先は小さく震える。
「隼くんが、僕をどんな風に抱くか、教えてあげようか?大事に、大事に優しく扱うんだ。僕は…狂声をあげて何もかも忘れるような、そんなセックスがしてみたい。零くんと陸みたいな。」
「止めて!」
僕は耳を塞ぐ。
「聞きたくない、聖のそんな乱れた姿なんて。僕に何を求めてるの?」
「ごめんなさい。僕は…隼くんも陸も手に入れようとしていた。おかしいんだ、頭がおかしいんだ。」
胸が張り裂けそうだ。
今にも叫びそうになる。
僕も、同じことをずっと抱えていると。
僕もずっと、二人を求めていると。
聖と体を重ねたら、分かるのだろうか?
でもそれだけは零のためにしたくない。
僕は無類の淫乱なのかもしれない。
加月の家の男たちを、全て僕のものにしたいのかもしれない。
零も夾ちゃんも聖も。
なら、いっそのこと、全てを手放したらどうだろう。
零の前からも聖の前からも消えてしまったらどうだろう。
馬鹿だ、そんなことできやしない。
「聖。零は初めから僕だけ選んでくれていた。僕のために聖がこの世に生を受けた。零といつの日か死という別れを迎えるとき、一人ぼっちにならないために・・・そう言ったら信じてくれる?」
「わからないよ。僕は陸がどうして零くんが好きなのかが理解できないんだから。」
聖。
番っていうのは互いに手を伸ばして手が触れ合って初めて繋がるんだ。
一方通行では成り立たない。
でも、それを聖に言っても説得力は全くないんだ。
僕が身をもって君に証明できていないから。
聖の、手本になるような生き方をしてきたかった。
いまになって後悔するなんて自分に嫌気が差す。
「陸は、優しいから。僕を突き放せないんだよね。ごめん」
言うと、聖は玄関から飛び出して行ってしまった。 |