憧れのウェディング・マーチ

「おめでとう。」
 聖の誕生日に、今年はお友達を招待した。
 子供ってすごいよね、小学校に入学してたった1ヶ月でもう友達になっちゃったらしいんだよ。
 僕なんて全然駄目だったなぁ…って、自分のこと振り返ってどうするんだって。
 でも聖が学校でいじめれなくって良かった。
 これでも零と2人で心配していたんだよ、聖はどっちかって言ったら女の子みたいな顔つきだしさ、絶対男の子にいじめられるって思ったんだけど、どうやら女の子と先生を味方につけちゃったらしい。
 女の担任の先生っていうのはラッキーだったよね、うん。
 なんか零のファンだって言ってた…ちょっと不安だけど…あの先生だったら平気かな?って失言でした。




「今度の水曜だったっけ?」
「えっ?あ…うん…ごめんね、折角のお休みなのに…」
「何言ってんだよ、おめでたいことなんだから、気にしない気にしない。」
 そう言って後から思いっきり抱き締めに来たのは隆弘君だった。
「でも…本当に零だけのものになっちゃうわけ?俺にもチャンスをくれたっていいじゃん。」
「あぅ…」
 隆弘君の唇が僕の首筋にキスを落した。
「あ…あのね、隆弘君…その…うわっ、だ・だめだってばぁ」
 その手、どうにかしてよぉ、胸なんか弄らないでってばぁ…。
「あ゛ぎ゛ゃ゛っ゛」
「隆弘…お前死にたいのか?」
 振り返るとそこに零がいた。
 ふるふるふる…っと首を振る隆弘君。
「分かってるだろうな?陸は隆弘には指1本触れさせないから、とっとと諦めろ。…まぁ…命を粗末にするつもりだったら、別にいいけどね。」
 …零の場合冗談じゃない。
 前例があるから僕は笑って聞き逃す事が出来ない。
「零、遊んでただけなんだから、そんなに怒らないでよ。」
 するとキッて睨まれた。
「そんなこと言っていたら陸は2度と僕の腕の中に戻ってこられないよ…どれくらいの人間が陸の事狙っていると思っているんだよ、ったく、呑気なんだから。」
 ふぅっ…と、零がひとつ、溜息を吐く。
 大丈夫だって、誰も僕の事なんか相手にしな…ってそうか、そうだよね…。
「だから…早いと思ったけど結婚式しようと決めたんだ…裕二さんと涼ちゃんに了承を得て陸を僕の戸籍に入れてもらう。」
「…それってさぁ、陸は零の養子ってことじゃないの?」
「そうだよ」
「いいの?陸はそれで。」
 …零の養子…ってことは?聖はどうなるの?
「僕…零と一緒にいたいだけだよ…扶養家族になりたいんじゃないよ。」
「分かってる。でもそうしないと…不安なんだ…誰かに陸を取られるんじゃないかって…」
「零安心して良いよ、だーれも陸に手を出そうなんて思っちゃいない、命は惜しいからなぁ。大体手を出す暇がないじゃんかよっ、一番手を出しやすい俺が駄目なんだから。」
「でも…」
 零が言いたいのはいつかの『強姦事件』を指しているのだと思う。
「零、僕は大丈夫だよ、もう絶対油断なんかしないし、一人で仕事に行かない。必ず林さんに相談してから着いて行ってもらっているし…ね?」
 聖のことはどうするつもりなんだろう…僕はちょっと不安になった。
 でも隆弘君がいたから家に帰るまで聞けないし…気になるよ。

「…考えていない。」
 零の口からそう言われたとき、僕はショックだった。
「だって…やっと小学生になってお友達も出来てこれからって時なのに。事実を全て公表できないにしろ、世間的には零は聖の兄で…その人が…ゲイだったってことだけで聖はどんなに辛い思いをするか…。僕はいいんだよ、零。あなたが好きだからどんな事だって受け入れる。でも聖には何も罪が無い、ただでさえ外見が派手なのに苛められる原因を増やしたくない。」
 必死だったんだ、だって僕が、そして零が聖を守ってあげなかったら誰が守るの?
「零が言ったんだよ、これからは僕と聖を守ってくれるって。僕だけじゃ駄目だよ。」
 零の両腕が僕の身体をきつくきつく抱き締めた。
「じゃあ…どうしたらいいんだよ…僕は陸を縛り付けておきたいんだ…。
 親子関係は切っても切れないけど、恋人関係なんてただの心の問題だろう?
 陸に嫌われたら…僕には何も残らない。」
「約束する、零がずっと魅力的でいてくれれば僕はずっと零だけを見ている。…僕だって自信が無いよ、零に飽きられちゃうかもしれないでしょ?そんな日が…」
「ない、絶対にない。憧れて憧れて…夢にまで見た陸を僕は手に入れたんだ。なのにどうして嫌いになんかなるんだよ…そんな気持ちが少しでも湧き上がったら…死んでやる…」
 バシッ
 零の頬が音をたてて鳴った。
「零っ、そんな科白、2度と言うなっ」
 無性に腹が立った。だから僕は思いっきり零の頬を叩いた。
「馬鹿…零の馬鹿…。零がこの世の中からいなくなったら僕だって生きてはいないよ…そうしたら聖はひとりぼっちになってしまう。」
「聖には涼ちゃんが着いているじゃないか。陸…僕にとって一番大事なのは陸なんだ。陸がいてくれれば何もいらない…聖もいらない…」
「零…そんなの僕、嬉しくない…僕にとって聖は零と同じ位大事なんだよ、解かる?だって聖は零にそっくりで…やる事も言う事も顔つきも体つきも似てきたしね。僕の家族なんだ、僕が欲しくて仕方なかった家族なんだ。」
「陸?」
「僕のうちにママはいないでしょ?でもパパが何時でも頑張ってくれていた。それはパパがママを、そして僕を愛していたからなんだって。零にも頑張って欲しいんだ、聖のために…僕のために…」
 零の瞳が大きく揺れた。
「ごめん…折角零がプロポーズしてくれたけど…僕は今のままで良い…そうだな…十年たってそのときもこうして一緒にいられたら、そうしたら結婚式しようよ。そのときには聖も理解できる歳になっているだろうし、考えられるはずだから。無条件で与えられてしまうのではなくて、聖の意志で決めて欲しい。聖の父親が選んだ道を理解して欲しい。」
 僕の身体は再び拘束された。
「十年なんて待てないよ…でも…陸はいつでも聖のこと考えているんだね。分かった、ちょっとだけ延期しよう、ちょっとだけだぞ。逃がさないから…必ず陸を手に入れるから。」
「馬鹿…僕は零のことしか考えていないよ。だから聖が可愛いんだ。」
「他人の子供の心配なんてしたら…気が違っちゃうよ、僕。」
「零、僕はパパの…野原裕二の子供でいたいんだ。パパが好きなんだ。僕が零の戸籍に入るってことはパパとは縁が切れてしまうってことじゃないの?そりぁ、血の繋がりが無くなるわけじゃ無いから関係無くなるわけじゃないけど、でもやっぱり僕はパパの子供でいたい。パパは僕がこの世の中で一番尊敬している人だから。」
 零の瞳が優しく微笑んだ。
「僕も…涼ちゃんの事好きだよ…そうだね、陸に裕二さんを切り捨てさせるような事しちゃいけないね。…法律が変わりでもしない限り僕達の婚姻は有り得ないわけだ。」
 僕はゆっくり顔を上げ、零の瞳を正面から見つめた、するとちょっと照れたように視線を外す。
「僕も…零と戸籍上の婚姻関係…っていうのを結んでみたかったんだ、僕がママの子供じゃないってことになっているなら、可能性はあるんだなって…でもね、そんなものどこで必要になるの?ただの証明書だと思うんだ。僕…見たこと無いよ、戸籍なんて。」
「…もしかして陸、住民票も移してないのかな?」
「うん」
「あ…そう…」
 くっくっくっ…っと零が笑った。
「じゃあ今度こそ同居人として公表しなきゃな。」
「?」
 零は何を考えているのだろう?




 5月18日僕のバースディ。
 零から大きな箱をプレゼントされた。
「これから毎年プレゼントするから。陸がその気になったら何時でもOKだからな。」
 そう言って照れくさそうに後を向いた。
 ごそごそと包みを開くと中からとっても派手…な、タキシードが現れた。
「零の趣味って…凄い…」
「何がすごいんだよ。」
「ん…別に…ありがとう」
 僕は基本的には地味なほうが好きなんだけど…零の好意だから…。
「言っておくけど、それは僕のためだけに着るんだからな、他のところに着て行ったら駄目なんだからな。」
「…ってこれ、結婚式用だったの?」
「そう。」
「ごめんなさい、僕とんでもないことしちゃった?」
 ふるふるっと首を左右に振った。
「毎年、陸の盛装が見られるから、僕は得しちゃったかもしれない。」
 そう言って僕の肩に手を置いて額にそっとキスをしてくれた。
「着替えてきて、見せてくれるかな?」
 僕は俯きがちに、でもしっかりと頷いた。


「なになに?陸仮装大会?何をやるの?」
「そんなにヘン?」
 着替えた僕を見た聖の感想がこれだった、それで零が初めて自分の趣味が物凄い事に気付いたらしい。
「宝塚みたいだよ。」
 …やっぱりね。
「でも…陸綺麗だよ、零君」
 しょげていた零を見て聖が慰めに入った。
 そして、てけてけてけ…と僕の足元までやって来たと思ったら徐に
「いっちばーんっ」
と言って僕にしがみ付いて来た。
「あっ、ずるいぞ、聖。一番は僕なんだからな。」
 …そんな、子供みたいに何を争っているんだか、二人とも。
 もうっ、痛いってそんなにきつく抱き締めたら…。
 涙腺がとことん弱い僕は、涙を流していた。
「…零君もお着替えしてきてよ、僕もお着替えしてくる。零君と陸の結婚式ぃ。」
 零が僕を見た、僕も零を見た。
 2人で聖を、見た。
「聖?」
「なぁに?」
 楽しそうに自室で1番上等な服に着替えている。
「だってケーキもあるし、僕が神父様の役をすれば完璧。」
 胸を張って言う。
「…聖には結婚式のこと、話してなかったんだけど…零、話した?」
「ううん」
 くすっ、と2人して笑ってしまった。
「じゃあお言葉に甘えて…」
 着替えを終えた聖が
「今日は零君と陸の結婚式だけど今度は僕の結婚式もしてね?」
「聖は誰と結婚したいの?」
「んー…秘密」
 てへっ、と笑われてしまった。
「聖…好きな人がいるんだ。」
「うんっ、零君でしょ、陸でしょ、パパとママと夾ちゃんに実紅ちゃん、陸のパパさんに学校のさより先生、それから…」
 延々と聖の『好きな人』の名前が語られた。
「学校でね、大輔君がキスとエッチは大好きな人とするって教えてくれたんだ。2人はいっつもエッチしてるから大好きなんだよね?」
「…いつも…じゃ…ないと…思うけど…」
「嘘だよぉ、僕がお部屋に入るとすぐにエッチしてるくせに。」
 …聖の…意地悪。知っていたんだね。
「大好きな人とは結婚したいんでしょ?だから結婚式です。」
「聖…僕は聖の事、大好きだよ。」
「じゃあ、僕と結婚式する?零くん怒っているけど…」
 指差した先に、やっぱり宝塚のような零が立っていた。
「聖、言っておくけどな、陸は僕のものだからな。絶対、聖にはやらないからな、
手を出すなよ。…手を出したら聖だって容赦しないからな。」
「?『ようしゃ』って何?」
 ふふっ、馬鹿な零。
 僕がこの子とどうにかなるわけ無いじゃないか、11歳も歳が違うんだよ。
 それに僕は甘えん坊だからね、甘えさせてくれる人じゃなきゃ駄目なんだよ。
 …零…あなたじゃなきゃ僕は駄目なんだ。


 聖のプロデュースによりリビングに続く廊下を二人で手を繋いで歩かされた。
 かなり照れくさかったよ、観客は聖一人だったのに、これが本番だったらどうだったんだろう…不安だ…。
 誓いの言葉を言わされて、キスを交わして・・・何故かここでケーキに入刀して、結婚式は終った。
「陸、これ…」
 零の手から直接はめてもらったマリッジ・リング…やっぱり買ってあったんだね。
「うれしいよ、零。」
 その腕の中で歓喜にむせっていたら
「零くん、指輪の交換は結婚式の時にしてくれればいいのに。」
と、ふてくされた声が届いた。
「聖…これはね、ここでしかはめることが出来ないでしょ?だから秘密なの。」
「ふーん」
 そう、まだ言えない。
 聖が大人になる日まで僕達の結婚式の事は秘密。
「それでは『初夜』をお迎え下さい。僕は寝ます。おやすみなさい。」
「聖っ」
「こらっ」
 …まったく、どこで覚えてくるんだろう?今の子はおませでしょうがないよ。
 でも…
「零?」
「聖の好意に甘えようと思って…」
「んっ…」
 熱い舌に僕の口腔は犯された。
「好きだよ、陸…愛してる。」
「僕も…ダイスキ…」
 僕の『大好き』は零の行為にかき消されてしまっていた・・・。






「あぅ…」
 眠いし…腰が痛い…。
「おはよう」
 僕の身体の状態に比べて零は元気はつらつ…って感じでベッドから降りた。
「ん?だって…夕べいっぱいしちゃたっからさ。」
 顔を赤くして言う事じゃないだろうっ、たく。
「陸」
 僕はベッドの上から振り返った。
「ちゃんと誓ったから。僕は絶対に陸を裏切らない。僕の一生は全部陸にあげる。」
 にっこりと微笑んで部屋から出ていった。
 いいのに…いいんだよ、零。
 あなたに好きな人が出来たら僕は追いかけない。
 あなたの重荷にはなりたくない…でもそのときには聖を僕に頂戴。
 それが慰謝料代わりかな?
 聖がいてくれればきっとその悲しみを乗り越えられるから。
 もちろん、ずっとずっと零と一緒にいられたらって思っているけど…。
  僕の頭の中は零のことで一杯だ。いつでも、どんなときも。
 だから…離れたくないのは当然だよ。
 駄目だね、最近の僕はいつも不安ばっかりだ、幸せなはずなのに。
 幸せになればなるほど、不安が一緒に押し寄せてくる…皆そうなのかな?



「陸、おめでと。」
リハーサル室で剛志くんに声を掛けられた。
「夕べ聖ちゃんが結婚式をしてくれたって零が言ってた…幸せそうだったぞ。陸は嬉しくないのか?なんか浮かない顔をして。」
 剛志くんなら答えをくれるだろうか?
「馬鹿だなぁ、それはのろけじゃないかよ。『幸せ過ぎて不安です』なんて。俺が陸だったら喜んで零に寄っかかってぬくぬく暮らすよ。未来の事は未来に考えれば良いんだよ。今から考えたって解からないんだから。零に好きな人が出来るか出来ないか、その時にならなきゃ解からないだろう?それに今の零を見ていたらそんなこと思うだけで可哀想だぞ。」
「僕が子供なのかな?」
「人間、突然に大人になんかなれないよ、色々な経験をして大人になるんだ。大体贅沢だぜ、お前失恋ってしてないだろ?俺なんて何回経験したと思っているんだよ、零を含めて15〜6回はしてるんだからな。それだけでも経験不足だからな、当分大人になんかなれないな・・・失恋して来いっ、どっかで。」
 どっかで…ってどこで失恋するんだよぉ。
「零以外の人にも目を向けてみろって言ってんだよ。何かが違って見えるからさ。」
 何かが違って…そうか…僕は零のことばっかり見ていた。
 他にも色々な人がいて、それぞれに経験していて…恋をしていて…。
「ありがと…何か解からないけど、胸のつかえがとれたみたいだよ。」
「そっか?」
 煙草に火を点けながら剛志くんは微笑んだ。
「何時でも零と別れていいぞ、俺があいつを拾ってやっからさ。」
 ぶんぶんぶんっ…思いっきり首を振った。
「剛志くんだけは駄目だからね。」
「陸、なんだこんなとこにいたのか。次取材入ってるんだから早く着替えろよ。」
 扉を勢い良く開けて、零が呼びにきた。
「早く行けっ、この新婚ボケっ。」
「痛いよっ、剛志くん。」
 ・・…思いっきりお尻を蹴られた…今日は特に痛いのにぃ。



 自分の世界を広げよう。
 もっともっと色んなことに興味を持って色んなことにチャレンジしてみよう。
 零が僕の事を追いかけずにはいられないほど、魅力的になれば良いんだよね?剛志くん?



 僕は18歳の誕生日に零と結婚式が出来た、世界一の幸せ者です。
 …でも本当の結婚式は十年先までお預けだからね、マリッジ・リングも僕等のベッドルームのスツールに仕舞ってあります。