Flying Beans

「で?聖は赤なのか?白なのか?」
 聖が小学校に入学して初めての運動会。
 最近の小学校は平日に行うところが増えている。
 父親参観日が無くなったのと同じ理由で、共稼ぎや片親の子供が多くなったせいらしい。
 親が参加しなくてもいい、子供たちだけで運動会をするなんて…ちょっと寂しいなあ。
 僕の時は、パパが来てくれたんだよ。
 仕事が重ならない限りパパは僕の学校行事には参加してくれた。
 よく父兄や先生に追っかけまわされて、むっとしていたけどね。
 …まぁ、今の零よりは良いと思うけど…本当に行くのかな?
「だって、入学式も授業参観も行けなかったし、僕も聖の学校生活っていうのが見てみたいんだよな。」
 子供っぽい言い方をしているけど、零だって聖のこと、いっぱい心配しているんだよ。
 それまで一生懸命、親子丼と闘っていた聖が、空になったどんぶりを名残惜しそうに眺めるのを止めて、会話に参加してきた。
「僕ねぇ、緑組」
「みどり?」
 零が怪訝な顔で聖を見る。
「緑組なんて聞いたこと無いぞ。」
 両手で麦茶の入ったコップを握り締めて、一口飲み下した後、
「だって〜」
と、反論した。
「あのね零、聖の学校は4チームに分かれて運動会をするんだよ。そして順位はつけないんだ。」
 僕は聖の援護射撃。
「どうして?つまんないじゃないか…」
「しょうがないよ、学校の方針だから。」
「そんなこと言って成績の順位はつけるくせして。」
「つけないんだな、これが。零ってばぜんぜん知らないんだね。」
「どうして陸は知っているんだよ。」
 ドキッ、ま・まずい…
「どうしてって…その…先生に…聞いた…んだ…。」
 最後のほうは殆ど声になっていない。それにしてもどうして僕は正直に答えちゃうんだろう…。
「…いつ?」
 ドキドキ…
「毎週…金曜日の夜。…電話で…」
「なんでだよっ」
 怒ってる…そりゃあ、そうだよね。
「…だって、聖の担任の先生、零のファンだって聞いたから、『零さん、いらっしゃいますか?』なんて、ピンク色の声で言われちゃったりしたから…悔しくって…つい、いないって言い続けていて…。結局毎週先生ったら同じ口調で電話してきていろいろ学校のことを説明していくんだ。」
「どうしてそれを僕に言わなかったんだよ。」
 ちょっとため息をつきながら零が僕を見た。
 怒ってはいないようだ。
「だって…」
 ちらっと、聖を見る。
「零ってバイじゃないか…」
「?」
 分からない…という表情で僕を見る。
「僕は…ゲイだけど零は違うから…」
 パシッ
 零の右手が僕の左頬を打った。
 でも全然痛くない…。
「何回言ったら分かる?僕は陸が好きだ、…愛してる。」
 照れくさそうに俯く。
「今までこんなに誰かを思ったことなんて無いんだ…陸だけなんだ。だから心配しないで良い。
 もしも…もしも他の人を好きになったらすぐに陸に言うから。信じて良い。」
 僕は両手で顔を覆った。
「ごめんなさい、信じていないわけじゃない、愛されているのだって分かっている…だけど不安なんだ。どうして不安なんだろう?零に近づこうとする人間はすべて排除したい。」
 するとさっき僕を打った手がくしゃくしゃ…と髪を撫でた。
「僕だって…同じだよ。」
 そういって抱き寄せられる。
「僕…お風呂入ってくるぅ〜」
 聖が下のほうから僕等を見上げてそう、告げた。
 そのとき、やっと聖の存在に気づいて慌てて僕等は身体を離した。
「今日は一緒に入るって約束したから待っててね。」
 聖は一瞬ためらっていたが、すぐににっこり微笑んで「うん」と、元気に答えた。
 僕は零に食事の片づけを頼んで、聖と一緒にバスルームに消えた。



「聖の担任ってどんな人なんだ?」
 聖が自室で寝息をたてたのを見計らって、質問してきた零に僕はしぶしぶ答える。
「ちょっとママに似た感じの人。」
 そう答えて、リビングの絨毯の上に腰を下ろした。
「ふーん…って女か?」
「うん」
「…もう、女に興味無いから」
 ポツリ、呟いた。
「かなり前から、興味無いんだ…っていうか、陸が好きだって自覚してから、陸以外目に入らないって言うのが正確かな?」
 ギシッ…
 ソファの軋む音がする。
「そんなこと、心配しないで良い。僕は陸一筋だから…」
 零の綺麗な顔を見上げる…真顔でそんなこと言うの?僕、どんな顔したら良いんだろう。
「もっと嬉しそうにしろよ。なんか迷惑みたいだ。

 僕は、目を閉じた。
「好き…」
 そう言うのが精一杯だった。
 だってすぐに唇が塞がれてしまったから…。
 分かっている、零はいつだって僕を見ていてくれる…
「ところで陸…陸はどうなんだよ?」
「どうって?」
「その先生のこと、好きなんじゃないだろうな?」
「じょ…」
 冗談じゃないっ、僕がどうして…あっ…
「だろ?腹立つだろ?悲しいだろ?すっごく情けないだろ?陸にそう思われたってだけで切ないよ。」
 両腕でしっかりと抱きしめられた。
「解ってる。陸の気持ちは解るけど、でもね切ない…」
「ごめんね本当にごめんなさい…」
 僕解ったよ。
 この気持ちは零のことが心配なんかじゃない、ただ醜く嫉妬しただけだってこと。
「僕が思うには…」
 零が僕の目をじっと見詰めて言った言葉。
「その先生、絶対に今は陸が目当てで電話している。大体どうして教師が生徒の家に個人的に電話するんだ?」
 …そっか…
「今度電話が来たら絶対僕に代わって。もう二度と電話来なくなるようにしてあげる。」
 何…するんだろう?




 結局零は聖の学校の運動会には行けなかった、仕事が入ってしまったから。
 そして校庭の片隅でママが涼さんと一緒に聖のことを見つめていたって、後で先生に聞いた。…そう、先生の電話は、結局続いている。
 零ったら先生に『陸にちょっかい出さないで下さい』なんて言ったんだ。
 そうしたら先生は『違うんです、学校側から言われているのです。芸能人の家の子供だから出来るだけ目立たない様にさせろ・・・って』と言われた。
 どうやら、聖がクラスのガキ大将らしい…信じられないけど。その報告も兼ねていたらしいんだ、全然気づかなかったよ、僕。
 男の子だからね、一杯悪戯したり元気に飛び回るくらい良いと思うよ。
 いつも家の中では大人しいからその分外で爆発しちゃうのかな?
 もっと表に出してあげなきゃ駄目なのかな?
 試行錯誤で手探りで僕たちは一緒に大人になれたらいいね、聖。
 …って僕は思っているけど、だけど先生にとっては死活問題だから…ってことで電話はまだまだ続くらしい…。



「それでね、踊り踊ったんだよ『Active』の曲で。」
「えっ?」
「なに?」
 僕たちは声を揃えて聖に聞き返していた。
「なにって、『お豆のうた』だよ。」
「そうじゃなくて…」
 僕が聞きたかったのはどうして僕等の曲だったかってこと…なんだけど。
「みんな大喜びだったよ、『Active』ってすごい人気なんだね、全然知らなかったよ。」
「それはそれは…」
 『お豆のうた』っていうのは『Flying Beans』ってデビュー曲のカップリングで、知っている人少ないと思っていたのに…。
「僕、『お豆のうた』好きなんだけどね、みんな笑うの。」
 そりゃあ…
「お豆が飛んだら、楽しいよね。僕も一緒に飛ぶんだもん。」
 どうして『Flying Beans』ってタイトルになったかというと、『Bee』じゃありきたりだから。
 それだけ。
 蜂が飛ぶより豆が飛んだほうが面白いから。
「お豆のお面作って踊ったんだよ。」
 聖、楽しかったんだね?
「でね、先生が『来年は絶対陸さんを口説き落とす』って言っていたよ。」
 ドキッ
「陸?」
「あ…その…」
「なにかな?口説くって?」
「その…はははっ」
「笑って誤魔化す気かな?」
 零の目が笑っていない…
「…違うんだ、運動会用の曲を作ってくれって言われて…それもノーギャラで。」
「…う…」
「困っちゃうだろ?」
「確かに…」
 零も腕を組んで悩んでいる。
「すげなく断ることは…難しいな。」
 今後の聖の学校生活が掛かっているからね。
「ま、来年まで執行猶予がついたから、それまでに考えれば良いや。」
 零はそう言った。
 じゃあ、そういうことにしちゃおう。
「そういえば最近僕等も運動不足じゃない?」
「そうか?」
「うん。今度スポーツジムにでも通おうかな?」
「ふーん…」
 その時は零ったら何も言わなかったのに、聖が寝てから寝室に連れて行かれて…思いっきり運動させられました…。
「これで運動不足なんて言わせないからな」
って科白付き…。



 翌日、僕は聖の為に2曲、曲を書き上げた。
 仮タイトルは『お米の歌』と『にんじんのうた』。
 聖の好きそうな曲調で、聖の好きな歌詞。
 採用になると良いな。
 …個人的過ぎる内容かも?

 『Flying Beans』
作詞/加月 零 作曲/三澄 初 編曲/Active
今朝目覚めた時 何故か涙流していた
悲しい夢でもみたのだろうか? そんな記憶無いのに

時々自分の知らないところで
自分に関わる重大事件が起きていたりするのと同じ・・・なわけないか


もしも 僕が宝物取られても 高いところは苦手だから
絶対豆の木には登れないだろうから…
だったらどうしようかって散々悩んだ僕は
空飛ぶ豆の木を育てれば良いことに気が付いた


Flying Beans 夢は叶えるためにみるんだから
Flying Beans あの蒼い空目指して 飛び出そう
Flying Beans 悲しい夢を見た朝は
Flying Beans 楽しいことだけ考えようよ
Flying Beans 何時の日か必ず
Flying Beans 君に出会えるから
Flying Beans 両手広げて待ってて


宝物は大人になった今 自分の力で取り戻せるから
空飛ぶ豆の木は もう僕にはいらない・・・




 聖の部屋のドアノブに、ソラマメのお面が掛かっていた。
 次の学校のイベントは何だろう・・・僕は真剣に考えていた。
 だって・・・零にもやっぱり見せてあげたい、聖の可愛い今だけの姿を・・・。
 きっと聖は持っているよね、空飛ぶ豆の木。