どっちもどっち

「絶対に、反対だから。」
 そう言うとみんなが不思議そうに僕を見た。
「なにが気に入らない?」
 真っ先に口を開いたのは零。
「この曲は零じゃなきゃ、意味がない。」
「歌わない…って言っているんじゃない、ACTIVEで演るんだから当然、僕が歌う。だけどここに女の子の声が入ったら…」
「だから絶対に嫌だ。」
 クスクス…剛志くんが笑う。
 それを機に初ちゃんが口を開く。
「ライブでやるときは、陸が歌えば良い。レコーディングだけ女の子にお願い出来ればって思っているんだ。それでも嫌か?」
 僕はうーん、と唸り声を上げて俯く。
 …どうして零はこんなこと言い出したんだろう、僕の曲は零だけに歌って欲しいのに…
 モデルは聖だけど歌い手は絶対に零、ってイメージで作っているのになんでここに女の子が出てくるんだろう…。
 第一、作った僕に言わないで最初に初ちゃんに相談したのも気に入らない。
「少し、考えても良い?」
「期限は1日だ、明日の朝一番で誰にお願いできるか確認しなきゃならないしな。」
 初ちゃんは仏頂面でそう答えた。
 それでも1日、ギリギリの時間を割いてくれた。
「ありがと。」
 そのままミーティングルームの席を立つ。
「帰る。」
「陸っ」
 零の声が聞こえたけど、振り返らずに部屋を後にした。
「ったく、わがままなんだから。」
 扉の向こうから声がする。
 …どっちがわがまま言っているんだよ…今日は零のすること言うこと、全部気に入らない。


 バタン…
 ドアの閉まる音、でも声はしない。
 パタパタパタ…
 聖が出迎えに行く。
「おかえりなさい。」
 やさしい声音が遠くに聞こえる。
 僕はリビングで雑誌を見ていた。
 一体、誰が零と一緒に歌うって言うんだろう…僕は既にこの時点で諦めていた。
 だから雑誌に出てくる女の子達に視線を送っていたんだ。
「零くん、今日はね、グラタンだよ。」
「いらない。ご飯 食べてきた。」
 その言葉に僕はカチンときた。
「聖、いいよ、僕が食べる。」
「そんな陸、今ご飯終わったばっかりだし…」
「だって折角聖が作ってくれたのに残すの嫌だもの。」
 零の顔も見ずに僕は立ち上がりダイニングに向かった。
 すれ違いざま、二の腕を掴まれた。
「何が気に入らない。」
「全部。」
 手を振り解きキッチンに足を踏み入れる。
 分かっていた、自分がわがまま言っていること。
 でもそれくらい笑って受け流して欲しかった。
 ううん、いつもの零だったらそうしてくれた。
 なのに今回に限ってどうして僕に何も言わず初ちゃんに話したのだろう?
 どうして剛志くんが知っていたのだろう?
 隆弘くんも林さんも知っていた。
 …僕だけ知らなかった。
 突然、今朝のミーティングで聞かされた。
 この間のお休みの日に、聖と一緒にキッチンに立ってて思いついた曲。
 メロディーと一緒に歌詞も浮かんできて今までで一番楽しい気持ちで書けた曲だったのに…。
 思い入れが強すぎたのだろうか ?
「陸、零くんの分はまだ焼いてないから、冷凍庫に入れておくね。」
 聖の小さな頭をポンとひとつ撫でて
「うん、そうしよう。明日僕が食べちゃおうっと。」
と付け加えた。
「だめ〜これは零くんの。陸にはまた作ってあげるからね。」
って言われてしまった。
 今日のグラタンは絶品だった。
 ママに教わった通りに作ったそうだ。
 聖が日、一日と大人になっていく…嬉しいような悲しいような、こそばゆいような…そんな感じでいた僕に比べて零は何を考えているのだろう?
「そっか、聖が作ったのか…ごめんな。」
 不意に背後で声がした。
「ちゃんとご飯食べてくるって連絡すれば良かったな…」
 くしゃくしゃ…と聖の髪を撫でていた。
「誰かさんが途中でわがまま言ってミーティングを抜けちゃったからね、そのあとのレコード会社の人との打ち合わせに手間どっちゃってさ。」
 打ち合わせ?
 うわぁ、僕忘れてた。
「ごめん、零…忘れてた。」
「忘れたで済ましちゃうんだから良いよな。」
 クルリ、踵を返して零はバスルームへと消えていった。
 ――怒っている――僕がわがまま言ったこと、仕事を忘れたこと(携帯の電源切っていたのも原因)、それ以外にもなにか怒っているような気がする…。


 寝室のドアをそっと開けた。
 零はベッドの中で、僕のスペースを空けて背を向けて眠っている…ようだ。
 多分眠ってはいないだろう、いつもの規則正しい寝息が聞こえないから。
 ちょっとだけためらった、一緒に眠ることを。
 だけど僕は零が好きだから、いつも一緒でないと駄目だから。
 ここで聖の所に行ったら2度と一緒には居られなくなるような気がしたから。
「零…寝てる?」
 小さな声で、呼んでみた。
 返事は無い。
「ごめんなさい、仕事忘れちゃったことと、仕事に私情を挟んだこと…もう絶対にしません。」
「私情ってなんだ?」
 身動ぎもせず、零が聞いた。
「その…零に重なって良いのは僕だけだって…信じていたから。」
 羞恥で一杯になりながら答えた。
 カサカサ…布団が擦れる音。
「すけべ」
 言った言葉はその一言。
「だって…」
「どうせ『僕の知らない所でなんでもかんでも決めちゃってる』とか思っていたんだろ?」
 図星…
「陸、あの時居眠りしているから知らないんだってば。僕だってムッとしていたんだからな。一生懸命話している僕のこと、全然無視して気持ちよさそうに眠ってて…隣で寝られると運転しているこっちまで眠くなくても眠くなる。」
 ゴソリ、零が身体を起こす。
「一昨日の帰りだよ。」
 何時?
って顔していた僕の表情を読んで、答えてくれた。
「今回は僕の意見を通させてもらうから。いくら陸が反対しても駄目だからな。」
「それは…」
 嫌だ…とは言えなかった。
 真剣な目でそう言う零にただのわがままは通らないと思った。
「だけどね、あの曲は聖と一緒のときに出来た曲で、思い入れが強くて…」
「あのさ、陸…」
 そして零が言った言葉はこうだった。
「僕らにとっては今のままが幸せで、普通で、何もおかしい事なんか無いんだよ。だけどさ、世間一般の人はどうなんだろう?きっと陸がキッチンに立って料理している姿なんて絶対に想像できないだろうし、多分僕が洗濯物を畳んでいる姿だって想像していないと思うよ。掃除機かけていたり、聖の学校に行ったり…世の中の人から見たらピンとこないと思うんだ。恋人同士だったら、女の子がキッチンに立ってそれを男が見ているんだろうなって…そう考えたら自然と女の子がいたらな…って思ったんだ。別に陸の作った曲なのにないがしろにしようとかじゃそんな気持ちじゃない…もっと大切な気持ちで一杯だったから、だからこんなこと考えたんだよ。自己満足じゃ駄目なんだ、もっと皆から支持されて愛されないと駄目なんだ。」
 …2度も同じこと、説明させられたって零は苦笑した。
「ごめんね。」
「いいよ。」
 やっと、僕に向かって微笑んでくれた。
 ゴソゴソと零の隣に身を沈めて、その腕に抱かれた安心感で、あっという間に僕は深い眠りに落ちていった。



「おはよう。」
 目覚めると聖がキッチンに居た。
「今日はね、二人にお弁当を作ってあげたからね。」
「って、聖、学校は平気なの?」
「うん、だって今日は第二土曜日です。」
 そっか、今の小学校は第二土曜日はお休みなんだった。
 僕は兎に角すぐに初ちゃんに連絡をしようと思っていて、リビングの電話を手に取った。
 暗記してしまった初ちゃんの携帯の番号。数回のコール音のあと、聞き慣れた低い声が流れて来た。
「僕…陸です。」
 あぁ、とちょっと寝ぼけた声。
『気持ちは決まったかい?』
「はい。零の言うようにして下さい。それと…昨日はすみませんでした。」
『昨日?』
「あ…そのレコード会社との打ち合わせ…」
『あっそれね。零が一人で行った。』
「え?」
『陸が居なくてどうする…とか言っちゃって一人で行ったよ。別にいいのにな、今日だってあるんだし。それにしてもやけに今朝の陸は塩らしいじゃないか。』
「だって、迷惑かけたから…」
『迷惑じゃないよ、みんなそれぞれに意見があるんだからちゃんと言ってもらったほうがスッキリする。あとにシコリを残さないためにも自分の意見は言わなきゃ。大体今まで意見が一致していたこと自体変なんだって。』
 電話の向こうに人の気配がした。
「じゃあ、また後で。」
『あぁ、後で、な。』
 僕が気付いたことを悟ったらしい声音で返答された。
「初ちゃん、朝帰りだったのかな?」
 独り言のつもりだったのに聖に「なぁに?」と聞き返されて返答に窮した。
 顔にシーツの跡を残し、髪も寝癖だらけの零が寝ぼけ眼でキッチンにやって来た。
「ねぇねぇ零くん、『朝帰り』ってなぁに?」
「零、聞いて聞いて…」
僕らが同時に口を開いたので零は僕の口を手で塞いだ。
「いっぺんに話すな、わかんないだろうが。なに?聖、『朝帰り』がどうしたって?」
 聖は機嫌良く答える。
「うん、陸が『初ちゃんが朝帰り』って言ってたよ〜。」
「初が?なんで?あいつ…えっ?」
 僕は自分の口から零の手を外して
「だって今電話したら人の気配がしたんだもの。」
と付け足した。
「誰だよ、相手は!!問い詰めなきゃな…ってまさか…」
 零には心当たりがあるらしい。
 すっかり頭が覚醒しきった零を洗面所に送りこんで、聖と二人で朝食の食卓を作り始めた。



「やっぱりなぁ…どうも簡単に初がGoサイン出したと思ったよ…ったく上手くやったじゃないか。」
 零がここぞとばかりにバンバン初ちゃんの背中を叩いている。
「まだ黙っててくれよな、付き合い始めたばかりなんだから。しかもあいつ、売出し中だし…。」
 初ちゃんの「彼女」はただ今僕達が所属するレコード会社が一押しにしている女性ボーカリスト。
「よし、じゃあ彼女でいこう、な?陸。」
 僕は力強く頷く。
 初ちゃんの彼女なら全然OKだよ、うん。
 何故か零も上機嫌だ。
「実は昨日さ、きんちゃんが『まゆはどうも陸に気が有るらしい』なんて言いやがるからさ…」
 それを聞いて初ちゃんは激怒して僕は納得した。
 それで夕べ、零は怒っていたんだ…。
 なんか、僕達って馬鹿みたいだ、見えない相手に事実でないことに怒ったり悲しんだり嫉妬したりして…。
 僕は君だけを見ていれば良いのに、君は僕だけを見ていてくれたら良いのに…。
「何笑ってんの?」
 零が僕の瞳を覗きこんだ。
「笑ってないよ。」
「いいや、笑ってた。」
「笑ってないって。」
「瞳が笑ってた。」
 …零はこういうとき、言い出したら利かない。
 仕方ない、僕が折れるか…。
 あぁ僕ってなんて寛大なんだろう…なんてね。
「零…」
「ん?」
 初ちゃんの抗議が終ったのを確認してから囁いた。
「今回が最初で最後だからね。」
「なっ…なんでだよっ。」
 決まってんじゃん、零と重なって良いのはこの後の人生、僕だけなんだから。
 例え歌声だって許さない…僕は世界で一番、嫉妬深いんだからね。
 ふんっ。