君は僕らのたからもの

「絶対に反対っ。」
「どうして?」
「だって…」
「良い案だと思うけどなぁ。」
「…髪、染めるって言っていた。そんなのイヤだ。」
「綺麗だと思うけどな。」
「又苛められる原因になるんじゃないか?」
「誰に?」
「学校で…」
「どうして?零の髪を聖の色に染めるのに。」
「僕のほうなのか?」
「うん。聖だと思ったの?駄目だよ、聖の髪はあの色が絶対に可愛いんだから。」
 今回のプロモーションビデオは全編聖で埋め尽くす、というとっても素敵な提案があった。
「じゃあ…いいかな。」
 不承不承、零が首を縦に振る。
 僕はあの引っ込み思案だった性格が少しづつ治ってきているところに大勢の人間に囲まれるのはちょっぴり不安だったけど、だけど絶対に聖の為になるって信じているので、大賛成したんだ。
「じゃあ、涼ちゃんにちょっと電話してくる。」
 スッと零がソファから立ち上がる、
 その動作だけで僕はドキドキしてしまう。
 こんなにいつまでも零にドキドキさせられっぱなしで僕ヘンなのかな?
 零は僕を見てドキドキしてくれるのかな?
 零の後姿を目で追いながら、僕はぼんやり考えていた。
「なーに赤い顔してんだよ、照れるじゃないか。」
 受話器を握ったまま、声を掛けられる。
「全く…あっあきらちゃん?ん、僕、うん、元気。陸?うん、そこで僕に欲情してる。」
「れいーーーっ」
 だ・だ・誰が欲情しているんだよぉっ、もうっ。
 零は楽しそうに笑いながらママと話を続けていた。
「でさ、涼ちゃんいる?なんだいないのか…じゃあ…うーん、どうしようかな。あきらちゃんさ、聖がブラウン菅に映るのいや?」
 ママにも聞くんだ…そうだよね。
「駄目?なんで?だって、いいじゃないか、ね?大丈夫だって、絶対にそんなこと無いから、信じてよ。え?聖?ん〜涼ちゃんに許可を貰ってからって思って…ちょっ、待ってって、な?泣くなよ。あきらっ」
 ズキン
 零がママのことを呼び捨てにしたことに対して胸が痛んだ。
「あ?夾か?ごめん。あきらちゃん泣かしちゃったよ。だから、聖がテレビに出るっていったら駄々こねちゃったんだってば。」
 零が困った表情で僕を見る。
「わかった。今から行く。ちょっと待ってて。」
 受話器が電話機の指定場所に降ろされた。
「ちょっと行ってくる。」
「僕も行く。」
「すぐ帰ってくるって。」
「イヤだっ。」
「だって聖が寝ている。」
「でも。」
 つまらない嫉妬で零を困らせている。
「陸、大丈夫だって。あきらちゃんは涼ちゃんのことしか見ていないから。僕のことなんてなんとも思っていないから。」
「けど…」
「好きだよ、陸。」
 抱き寄せられ、口付けられる。
「何が不安なんだよ?僕はいつだって陸だけ見ている。それとも陸は僕が信じられないのかな?」
 フルフル
 小さく首を左右に振る。
「だって…今、ママのこと…呼び捨てにした、まるで恋人のように…」
「今って?そうだった?って、そんなことで嫉妬したの?」
「そんなことって…」
 僕には大事なことなのに…。
 解っている、さっきは途中で夾ちゃんと代わったから、言葉が途切れたんだよね、解ってるんだけど…止まらない。
「兎に角、行ってくる。話は後だからね。」
 くしゃくしゃ
 零は子供にやるように頭を撫でて出ていった。
 僕は一生こうやってママに嫉妬しつづけるの?
 イヤだよ、こんな自分。
 零は僕を愛してくれている、だけどどうしても割りきれない部分がある。
 これは大人になれば自然と解消できるのだろうか?
 だけど、涼さんは僕と同じ位の時に割りきっていたじゃないか、どうして僕には出来ないんだろう?
 器の大きさが違うのかな?
 零が帰ってきたらごめんって言おう、ちゃんと笑って迎えてあげよう。
 早く、大人になりたい。



「ん…今何時?」
 右手を伸ばして目覚し時計を、左手を伸ばして零を探す。
 しかし、どっちも見つからなかった。
「あれ?」
 ゆっくりと上体を起こす。
 零の姿が無い。
 時刻は7:13。
 夕べは30分程で零が戻ってきた。
 僕が謝罪の言葉を口にするよりも先に、押し倒された。
「そう言えば夕べは抱いてあげなかったからね、それで不安だったんだね。」
って言われてブンブン首を左右に振ったけど、零は
「我慢しなくていいんだよ。」って言って僕が根を上げるまで愛してくれた。
 お蔭で身体が痛い。
「おはよう。早いね、今朝は。
 零はなんともすっきりした表情で歯磨きしていた。
「あの…」
「ふぁ?」
 口端からよだれを垂らしながら(だらしないっ)僕に返事をしてくれた。
「夕べはごめんね。ヘンな嫉妬して。」
 ニッコリ、零が微笑んだ。
「だけど好きなんだ、零が。嫉妬で狂いそうなほど。」
 口を漱ぎ終え、その唇が僕を捉える。
 ゆっくりと耳元まで移行して囁く。
「陸が嫉妬する相手はいつもあきらちゃんだもんな。ごめん、気付かなくって。」
 僕は零の背中に両腕を回し、ギュッと掴んだ。
「好き、すっごく好き。」
「うん。僕も好きだよ。だから毎晩抱きたい、陸の可愛い顔が見たい、僕だけにしか見せない、淫らな陸。もっと乱したい…だけど…」
 ちょっと間を置いて、続けた。
「嫉妬されるのはちょっと嬉しい。」
 なんで?
「いつもは僕ばっかり嫉妬しているから。」
 少し、首を傾げる。
「だって陸は聖を抱き締めたりキスしたり、可愛いって言ったり蕩けるような笑顔で見つめるし…。隆弘だって陸のこと狙っているみたいだし、もう嫉妬でぐちゃぐちゃだ。」
「でも!」
「うん、陸は僕を好きだって言ってくれるから、大丈夫。」
「…信じていていいよ。僕には零しか…見えない。」
 そう、僕には、零だけ…。




「うん、聖くん、こっち見てくれるかな?」
 プロモーションビデオの撮影は順調に進んでいる。
 聖は家ではぶーぶー文句を言っていたけど、現場に着いたらにっこり微笑みながらそれはもう愛くるしくセットの前で立ち振る舞っている。
 電車の中吊りやホームに貼るポスターも全て聖。
 聖以外写っていない。
 綺麗にメイクしてもらっていつもよりちょっぴり大人の聖。
「カーーーーーット。お疲れさま。」
 監督の声が掛かると同時に、聖は僕の腕の中に飛びこんで来た。
「りくぅー、暑いぃっ、お腹空いたぁ。」
 突然いつもの甘えん坊に変身した。
「んー、でももう少し待っててね、僕も撮りがあるから。」
「いやだー」
「聖、我侭言わないでね?」
「やだー」
 ジタバタ暴れる聖をプロレスラー志望だった女性のメイクさんが、ひょいと抱え上げてメイクルームに連れ去る。
「安心して、ちゃんと綺麗にしておくからね。」
 がはは…と、豪快に笑って軽々と聖を担いで行った。
「あいつの我侭、どうにかしないといけないな。」
 零が真剣な顔で聖が去って行った方向を見つめていた。
「そんな事無いって、聖は良い子だよ。」
 僕には聖が我侭言っている様には思えないのだ、ただちょっと甘えん坊なだけで。
「いいや、我侭だ。」
 珍しく、頑として譲らない。
「…仕方ない、何か習い事をさせるか。あいつにはじっとしている事を学ばせなきゃいけないからな。」
「なに親父みたいな事言っているんだよ。」
 初ちゃんが零の脇腹を突ついた。
「いいんだよ、あいつは僕のもんだからさ。好きにしていいんだ。」
「なんだそりゃ?」
 不敵な笑みを口辺に浮かべて、初ちゃんに振り返った。
「聖は僕のし・も・べ。」
 下僕かいっ。
 随分な言い様だね。
「涼ちゃんは今、忘れてしまった新婚時代を過ごしているんだからさ、少しは長男である僕が協力してやろうってことだよ。」
「零だって新婚だろ?」
「なっ…」
 初ちゃんがこんなにはっきり反撃してくるとは思わなかったらしく、零は慌てて人差し指を唇に当てた。
「あれ?トップシークレットだったっけか?」
 …初ちゃん、あなたが「スキャンダル御法度令」を出したのではなかったですか?確か…。
 初ちゃんが零の耳に直接言葉を送りこんだ。
 見る間に赤面して、零は初ちゃんの背中をバシバシ叩いていた。



「ねーねー、さっき初ちゃん、何て言ったの?」
 帰りの車の中で僕は零に聞いてみた。
「言いたくない。」
 突然仏頂面になってしまった。
「そうだ、聖。お前神田橋先生の所に通ったら良い。」
「神田橋先生ってお習字の?」
「うん、聖は落ち付きが無いから丁度良い。習字を習えば漢字も覚えられて好きな本が一杯読めるぞ。」
「本当?」
 本が読めるのはよっぽど嬉しいらしい、身を乗り出して「行くぅ」と叫んでいた。
 神田橋先生は零も僕も、そしてパパもママもお世話になった先生なんだ。
 もうすっかりおじいちゃんになっちゃったけど、頑固なのは相変わらずだもんね。
 道で会ったら90度でお辞儀しないといけない、礼節を重んじる人なんだ。
 果たして聖がいつまで耐えられるのだろうか、ちょっと不安。
「いつでも、二人の世界を作ってるんだってさ…」
 ポツリ、呟くように言ったので、最初は何のことか解らなかった。
 だけどすぐにさっきの質問の答えだと解った。
「空気がピンクになる、とまで言われたよ。」
「は・は・初ちゃんだってそうだったじゃないかっ。」
 以前、僕が大反対した『女性ボーカリスト』は現在売り出し中の新人歌手で初ちゃんの恋人。
 レコーディングの日、初ちゃんってばずっとレコーディング室のガラスにへばり付いて彼女が失敗しないか、ハラハラしながら見ていたじゃないか。
 誰だって恋人のことは気になると思うよ?
 なのに…ずるい〜。
「今回の企画は初ちゃんが考えたから、ちょっとポイントアップしてあげたのに、これじゃあマイナスの方が大きいね。」
 不機嫌気味に言ってみたら零が苦笑した。
 そして思い出したように口を開く。
「聖。」
「なあに?」
「撮影に関しては誉めてあげるよ。ちゃんとスタッフの言うこと聞いて良い子にしていたし、演技の方もちゃんとできたし。だけどどうして陸に我侭を言うんだ?」
「だって…」
「だって、なんだ?」
「僕、一生懸命頑張ったもん…だからね、陸に誉めて欲しかったんだもん。」
「あのな、ご褒美を自分から要求しちゃ駄目だぞ。」
 バックミラー越しに零が聖の顔を覗く。
 聖は後部座席から運転席に身を乗り出して零に講義する。
「なんで?だって僕、零くんと陸の為に頑張ったんだよ。だから誉めて欲しかったんだもん。」
「そうだよね、聖は頑張ったよね。」
 僕は両腕で聖を思いっきり抱き締めた。
「冷たいことを言うようだけど、これは僕が聖を好きだから言うんだよ、ちゃんと聞いて欲しい。
 いいか?学校でテストがあったとするだろ?そのテストは前の日にあることが解っていた。だけど聖は忘れちゃってて全然勉強しないで行ったとする。そうしたら全部解って満点を取れたんだ。それを陸と僕が見たら絶対に誉めてあげる。反対に前の日に一生懸命勉強して行ったのに良い点数が取れなかった。」
 身を乗り出したまま聖が真面目な顔をして呟いた。
「頑張ったのに誉めてもらえないよね。」
「そうだね。結果が全て…っていう現実もあるんだ。それが仕事って思ってもらって良い。それが僕達の仕事なんだ。だから今日のことは僕達が頑張ったねって思ったら誉めてあげる。そして結果が出たとき…」
「零…それは僕にとっては辛い言葉だね…」
 そう、今回の新曲は初めて作詞・作曲・編曲全て僕が手がけたんだ。
 結構命がけ?の作品だったりする。
 結果が出なかったら…それは僕への『楽曲提供者失格』の烙印を押されるようなもの。
「プロモだけ評判になっちゃったりしてね。」
 僕が冷笑しながら言うと、零は
「それも、陸の努力だろう?」
と、言い返された。
「だけど『ACTIVE』の曲だから。これは連帯責任。勿論、聖もな。」
 …あっ、そうか。
 零はいつも一人でいる聖を僕達の仲間にしてあげたんだね。
 聖には聖の友達がいるし、世界がある。
 だけどそれでも背伸びのしたい年頃だから。
「楽しみだね、新曲の発売。」
「うん。」
「うんっ。」
 聖と僕は同時に返事をした。






 年の瀬も近づいた今日、今年最後の新曲が発売になった。
 CDショップの店頭に貼ってもらった聖のポスター。
 『ACTIVE』の文字と『New single Now on sale』しか書いていないポスター。
 しかも聖は笑っているのではなくてちょっと怒ったような顔をして映っている。
 僕は思わず立ち止まって見惚れてしまった。
 だって、このポスター貰えなかったんだよね、悔しい。
 聖の記念に…って言ったのに、「特別扱いは出来ない」って…本人も駄目なの?
 …聖がどんどん零に似てくる。
 最初は目だけだったけど最近は鼻の形もそっくりなんだ。
 それだけじゃなくて、仕草も似てきたんだよね。
 口調も真似しているのかと思うほど似ている。
 …僕が、零に恋した時の零に日に日に近づいてくる。
 それが嬉しいのか、怖いのか、僕にはわからない。
 いつの日か聖が僕達の元から去るとき、答えが見つかるのだろうか?
 ずっとずっと、家族でいられたら幸せなのに。
 僕が欲しかった家族、零がいて、聖がいて…僕がいる。
 僕のエゴだと分っていても欲しかったんだ。
 だから絶対に守ってみせる。
 その為に僕は大人になりたい。
「誰だろうね、この子?でも零にそっくりだよね。」
「零の子供の時の写真かな?」
「だってプロモにも出てるよ?」
「ほら、零って二世じゃない?だから]昔、加月 涼の仕事の時に撮影したとか?」
「金髪で?零って元々黒髪だよね?今回の新曲で金に染めたけどさ。」
「そっか…でもこのポスター嬉しいな。」
 ぼーっとポスターを見詰めていた僕の背後で、女子高生がそんな会話をしていた。
 …ん?CD買えばポスターがもらえるのか?
 僕は急いで店内に駈け込んだ。
 3分後に斉木くんが大慌てで待ちあわせ場所をウロウロすることになるのを陸はまだ知らなかった。