| 「どう考えてもこれは仕事始めじゃなくて仕事納めだよな?」さっきからずっとずっと、剛志くんはこの台詞を言いっ放しなんです。
 「だって23時45分なんてまだ12月31日の内だぜ。」
 「意外だね、剛志くんがそんなことにこだわるなんて。」
 「いや、いつもはこだわらないけどさ…」
 年の瀬まで仕事をしたくないらしい。
 確かに去年までは早々に仕事を切り上げていたんだよね、決して、仕事が無かったとは言いたくないっ。
 「しかも誰も知らないんだぜ。」
 「多分…」
 それは、悲しい。
 折角仕事するのにもしかしたら「帰れコール」かも…。
 とりあえず、僕達は『今年の仕事納め』のテレビ局を後にした。
 
 
 カタカタカタカタ…僕の身体は小刻みに震え出した。
 これは寒さじゃない、緊張しているんだ。
 どうしたんだろう?
 何度もステージには立っているのに。
 …多分零が横にいてくれないからだ。
 僕達ACTIVEはいま、全員バラバラの位置にスタンバイしている。
 11時45分に現地集合なのは0時丁度にステージ上に飛び出すため。
 しかもカウントダウンライブをテレビで中継しているステージ上だ。
 主催者がこの話を持ちこんだ。
 スタッフも出演者も知っているけどお客さんは知らない。
 0時丁度に零がステージ中央まで駈けて行く。
 僕は同時にイントロを演奏する。
 すると隆弘君がせり上がってくる。
 剛志くんはその隙にキーボードまで行って演奏を始める。
 最後に初ちゃんと僕が客席から歩きながらステージに上がる。
 レコード会社は一緒だけど所属は全然違う、今日の主役は大丈夫かな…。
 ちなみにその『主役』はアイドルグループの『2001』です。
 ―――トン―――
 肩を叩かれて動揺した。
 「頑張れ」
 林さんだった。
 「零はもっと緊張している。」
 そうだ、零は注目されるからね。
 「成功…させたい。」
 「あぁ。」
 林さんの瞳が遠くを見詰めた。
 「私にはACTIVEの未来が見える…大丈夫、君たちは私の全てを掛けたのだから。」
 そうだよね、林さんは前所属プロダクションの有望なマネージャーで、末は取締役、社長にだってなれる…って言われるほど優秀な人なんだ。
 林さんにかかれば誰でも売れる…って言われていた。
 その林さんは僕達を選んでくれた…。
 「よし陸、出番だ。」
 ポン、背中を押された瞬間、僕はふわり、飛んだ様に心が軽くなって安心したんだ。
 僕の今持っている全ての力と全ての技術とちょっとの運を使って前へ進む。
 
 
 「お疲れさま。」
 林さんが出迎えてくれる。
 斉木君は両手にペットボトルを抱えて僕達の他にも配って歩いている。
 「さっき山口さんから電話をもらった。」
 山口さんは有名な音楽プロデューサー。
 「是非、今年は一緒に仕事がしたいってさ。」
 「やった。交渉し続けた甲斐があったね。」
 初ちゃんが満面の笑みで林さんに答える。
 年始め、飛び入り参加ライブは大成功だった。
 2001のメンバーも歓迎してくれて彼等の曲を一緒に演奏して歌ってきた(歌ったのは零だけど)。
 …まぁ、彼等のアルバムの曲を剛志君が作っているからね、嫌とは言えないでしょう、うん。
 ファンの子達も寛大に見守ってくれていたし。
 ただ、僕等のファンの子達は知らないんだよね。
 それが申し訳無くって…。
 よし、今年の年末は自分達のライブを開くぞ。
 「やっとその気になったかな?」
 林さんがまるで読心術を心得ているかのようにグッドタイミングで声を掛けてきた。
 「今年はACTIVEのライブをやろう。」
 「その前にヒット曲を作らないと。」
 「大丈夫だよ、ACTIVEには固定ファンがいるからね。」
 ん?固定ファンがいればいいのか?
 「お疲れ。」
 何時の間にか身支度を終えた隆弘君が帰ろうとしていた。
 「隆弘君、帰っちゃうの?」
 「あぁ。だって待ってても陸はなびかないし。だったら女の子でも呼んで初詣にでも行こうかな…って思ってさ。」
 …待っている…あっ。
 「僕も帰る。だって待っている子がいるもん。」
 そう言って零の袖を引く。
 「帰ろう?」
 「あぁ。」
 静かに零が頷いた。
 
 
 ん…。
 車に乗りこみ、エンジンを掛ける前に初キス。
 「はぁ…」
 幸せ…。
 僕、絶対ピンクになってる。
 「おめでとう。」
 「うん…明けましておめでとうございます。今年も宜しく。」
 零が僕を抱き寄せる。
 「当たり前だよ。ずっと宜しくされてあげる。」
 「えへへ。」
 「早く帰ろう。陸が欲しい。」
 「えっちっ。」
 「うん。」
 そう言って零は僕の身体を胸の中に抱きこんだ。
 「やばいよ、もう…。」
 言い終える前に零は僕の身体から離れてハンドルを握った。
 「すぐに帰って陸とする。」
 …はっきりと自己主張しながら、言った。
 
 
 「陸…陸…好きだよ、愛してる。」
 耳元に息を吹き掛ける様に囁く声。
 それに素直に反応する僕の身体。
 「感じる?」
 僕はもう頷くのも苦しいくらい、張り詰める。
 身体の上に零を感じる。
 「零、の、えっち。ずっと、腰、動いてる。」
 そうなんだ、零は僕の上にのしかかった時から、ずっとずっと、腰がもぞもぞと動いていて、それが僕に当たるんだ。
 「だって、我慢出来ないけど我慢しているから…。」
 そう、だよね。
 いきなり貫かれたら僕だって耐えられないもん、ちゃんと受け入れられる態勢にならないと駄目だからね。
 その間、零はずっと我慢している。
 でも今日は、互いのものを擦り合わせる様に、動くんだ。
 「あんっ。」
 「良い声だ。」
 「いやぁ…」
 「何がいやなのかな?」
 「うくっ」
 「まだ解れていないよ。」
 「はやくっ」
 「僕も、早くしたいけどさ…」
 動きが止まり、僕はうつ伏せに態勢を変えられる。
 ――ぴしゃり――
 とってもいやらしい音を、僕の下半身から発しているのは零。
 温かくて、湿ったものが優しく僕を溶かして行く。
 そうしながら、サイドテーブルの引き出しに手を伸ばして目的の物を探り出す。
 ――ヒヤリ――
 零の掌で温められてはいるのだけれど、それでも体内に塗り込められる時は冷たくて、一瞬身体が強ばってしまう。
 零の指がそっと引きぬかれた――
 
 
 「零君〜。」
 1月1日朝。
 まだ眠いのに聖が零を起しに来た。
 「大変なんだよ〜。黒い箱がある。」
 「はぁ?」
 眠い目を擦って零がもぞもぞとスエットを引っ張り上げて身に纏う。
 「また?」
 キッチンで怒気を含んだ声が聞こえたので慌てて僕も部屋を飛び出す…当然、パジャマを着たよ。
 「ママ。」
 「あら、陸。おめでとう。ねぇ聞いてよ、零ったら折角ママがおせち料理を持ってきたのに怒るのよ。」
 「だからっ。あとで行くって言っただろう?のこのこ来るなって言っているんだよ。」
 「どうして?」
 ママは悪びれもせず、少女のような仕草で問い掛ける。
 「どうしてって…」
 流石に零も躊躇う。
 「ねぇ陸、どうして?」
 「えっ。」
 ぼ・僕に振るのかいっ?
 「つまり…」
 「ママに零くんと陸のえっちしているとこ、知られたくないんじゃない?僕にも聞かれたくないみたいだから。」
 ママの腕にぶら下がる様にして手元を覗き込んでいた聖が、平然として答えた。
 「そういうことね、ふーん…」
 「あのなぁ。」
 零が真っ赤な顔して反論した。
 「陸は…ママが嫌いなんだ。」
 「知っているわよ。だけど私は陸が好きだもの。」
 ママは小首を傾げて僕に微笑みかける。
 「別に…嫌っているわけじゃ…ないけど…」
 「ないけど?」
 最近、僕は気付いたんだ、ママは曖昧に濁す事が嫌いだ。
 「ママに会うのも話をするのも好き。だけどママと零が一緒にいるのは嫌だ。」
 今まで僕の目を見て話していたママが、手元に視線を移してから笑った。
 「なんだ、バカらしい。でも仕方ないわよ、私は零の母親だから。ねぇ零、あなたは陸と私が話しをするのは気に入らないの?」
 ブスッとしたまま、無言で縦に首を振る。
 「だけど最初に陸と会わせてくれたのは零よ?」
 「あれは…」
 零が何か反論しようとした。
 「駄目駄目。3人とも私の可愛い子供達だからね、我侭は許しません。」
 楽しそうに微笑む。
 「そうだよね〜、僕と零くんと陸のみーんなのママなんだよね?」
 そうだ、僕はずっとママが欲しくって、実際にママが目の前に現れて、嬉しくって…。
 いつからだろう、こんな気持ちに振り回されるようになったのは。
 「僕…ママに嫉妬して…るの?」
 ママは答えなかった。
 でも多分そうなんだろう。
 なんだ、そんな事だったんだ。
 「良かった、僕ママのこと嫌いじゃなかったよ。」
 零に笑顔でそう言えた。
 「ねーねー、ママ、お鍋が沸騰しているよ。」
 「えっ?やだっ、お雑煮〜。」
 ママが慌てて火を止める。
 この家ではこんな普通なことがとっても新鮮なんだ。
 僕達3人、母親は同じなのに父親は違う。
 それは愛情が続くものではなく瞬間瞬間に生まれるものだからなんだ。
 この瞬間に生まれて次の瞬間消える。
 それが何回も何回もやってくるから愛情が続いていると言う錯覚に陥る。
 ママはその感情に忠実に生きているんだね、きっと。
 僕は何時の瞬間も零だけを想っていたい。
 零が好き。
 何度も何度も、零を想う気持ちが生まれつづける…。
 
 
 「どうしてあきらちゃんはいつも台風の目なんだ?」
 疲れた、と呟いてリビングのソファーに腰掛けた。
 「僕としては大人しいままの方が良かったよ。」
 ふぅっ、と大きく溜息を付く。
 「だけどぉ、ママは僕のこと抱っこしてくれるようになったよ。」
 零の足元にじゃれつく聖。
 「あんなの、ただの所有欲だよ。なんだよ、聖は今まで陸が育ててきたのに。」
 「そんな大袈裟だよ。僕は一緒に暮らす様になってからだからそれまでは涼さんがちゃんと頑張っててくれたのに。」
 「だけど遊んでくれていたのは陸だろ?だったら陸が育てたようなもんだよ。」
 ハハハ、と軽く笑う。
 「でも…やっぱり子供には母親が必要だから。」
 そう、母親は必要だよ、僕は実感した。
 「んーっとね、僕には陸がいるから良いんだって。ママがそう言っていた。」
 「え?」
 「へ?」
 零と僕は同時に驚きの声を発する。
 「ママね、僕の様子を見に来てくれるの。ちゃんとご飯の仕度が出来るか、洗濯物が畳めるか、お掃除が出来るか…だけど僕はちゃんと陸に教わったから大丈夫だよってママに見せてあげたんだよね。そうしたらニコって笑ってた。」
 零の膝の上にちょこんと座って胸に顔を埋める。
 「僕、零くんの匂い、好き。」
 目を閉じて大きく息を吸いこむ。
 「零くんの、匂いだから。」
 聖は身体で覚えているのだろうか?
 零は聖が生まれる前に一人暮しを始めてしまって、一緒に暮らしていたわけじゃないけど、実家に戻った時には、いとおしげに抱きしめていた。こっそりと…。
 「ママの匂いも好きだけど零くんの匂いが好き。一番好き。」
 当然だよ…と思いつつも僕は?という顔を作ってしまっていたらしい。
 「陸はね、『匂い』じゃないもん。『香り』っていうのかなぁ?」
 なーに、生意気言ってるんだよぉ。
 「だって、イチゴみたいなんだよ。鼻からすぅっと入ってくるといい香りがして胸がきゅーってするの。」
 僕は果物か、なんか複雑。
 「それより、昨日のテレビね、皆見てたんだって。学校の友達からいっぱい電話が掛かってきたよ。寝ていたのに起されたって言ってた。電話の後ろでお母さんたち興奮してたよ。」
 そうなんだよ、帰って来たらファックスとメールが一杯来ていた。
 斉木くんが作っている僕等のホームページの掲示板にも溢れるほどの書き込みがあって大変だったみたいだしね。
 「ねぇ零、僕達もう少しだけ仕事を頑張ってみない?聖はもうお留守番できるようになったしね。」
 えーっ、と叫んでいるけど駄目だよ。
 男の子は強くならなくちゃ。
 そのかわり帰って来たら一杯一杯、抱きしめてあげるからね。
 
 
 その晩、僕等は3人一緒のベッドで寝た。
 「ねぇ、零くん。僕ママになっても良い?」
 「ママ?」
 「うん」
 嬉しそうにベッドの中で聖が話をした。
 「僕がね、零くんと陸のママになってあげる。そうすればもう困らないでしょ?ママはちゃんとおうちで二人の帰りを待っているからね。ご飯作ったりお掃除したり、それから…お買い物にも行くからね。」
 聖、そんなに頑張らなくてもいいのに。
 「そうだな、聖にママになってもらおうかな。僕は甘えん坊だから聖に一杯甘えようっと。『ママ、お菓子買って〜、それからゲームも欲しい。』」
 わざと鼻に掛かった声で聖に抱き付いた。
 「聖?」
 既に聖は夢の国に旅立っていた。
 「残念でした。…だけど聖にそんなに負担を掛けたくないな。やっと今年二年生なのに。」
 「大丈夫だよ。聖は陸の子だもん。」
 ドキッ、心臓が跳ねる。
 どうしてだろう、僕は『陸の子』と言われるのが怖い。
 多分この間の実紅ちゃんのせいだ。
 否定してくれたけど今でも心の何処かに引っ掛かっているらしい。
 「陸、僕さ夢があるんだ。」
 「なに?」
 「もっと仕事を頑張ってさ、家を建てたい。陸の家と、加月の家を一つに出来るようなそんな家。聖も寂しくないし、陸も寂しくない、そんな家が作りたい。それが僕達の幸せの様に思うから。」
 「駄目だよ。零の夢にしたら小さすぎる。」
 「小さくなんか無いよ。僕にとっては最大の夢だ。陸を幸せにする事が僕の夢。」
 零は満足気に瞳を閉じた。
 パパもそうだった。
 自分の仕事に欲が無く、ただ生きて行く糧だった。
 零もそうだ。
 仕事に対して欲が無い。
 仲間意識が強すぎて前に出て行こうとしない。
 僕は零がもっともっと、世の中に出ていったらと思う反面、これ以上騒がれるのはごめんだって言う相反した気持ちが入り乱れている。
 夕べのライブだって、僕等のファンじゃないのに零への声援が物凄く飛び交っていた。
 お蔭で僕は何度ミスりそうになった事か…。
 もっと大人にならなくっちゃなぁ…。
 零も何時の間にか寝息を立てている。
 あと3日間はお休み。
 だから明日も朝寝坊だね。
 おやすみなさい。
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