| 「ドラマ?」何?
 「だから、陸にドラマの出演依頼が来ているんだけど、やってみないか?」
 林さんがそんなことを言って来るなんて思いも寄らなかった。
 「それって…パパ…でしょ?パパが持ってきた話でしょ?」
 僕達ACTIVEは以前大手プロダクションに所属していたが、僕が社長やマネージャーに裏切られた事件でそこを辞め、今はパパの個人事務所に籍を置いている。
 正確にはパパの親友が社長をしていて、パパは一所属員として働いているんだけどね。
 まぁ、僕達が転がり込んできたのでもう個人事務所じゃないから、ちゃんと事務員さんもいるし今までみたいに野原の家の一室で…っていう訳にも行かなくなったので、近くに事務所を借りたんだ。だから立派な芸能プロダクションだよ。
 「そうだよ。裕二さんが是非この役は陸にって言ってきたんだ。別に贔屓目とかではなくて陸があっているって信じたからだろう?」
 「でも、僕は役者じゃない。ただのミュージシャンだから。」
 違う。
 僕にはヘンなプライドがあるんだ。
 パパとは違う道を歩んでいるということ。
 それはその道で成功した時に初めてパパと一緒の場所に立つときなんだ。
 パパは、僕が子供の時に歌を歌っていた時期がある。
 どの曲も出せば大ヒットした。
 特にヒットした曲が切ないラブソングで、僕は大好きなんだけれど、未だにその曲を越えられるヒット曲が僕達にはない。
 ACTIVEのメンバーには内緒だけれど、僕の目標はパパを越えること、そして涼さんを越えること。
 涼さんはデビューしてすぐに大ヒット曲を出したバンドのボーカルだった。
 その人気はずっと衰えず、解散する時も全国ツアーをするほどだったそうだ。
 ソロになってからもテレビに出ない日はないのではないかと言うほどいつも出ていた…交通事故に遭うまでは。
 そしてママが精神を病んでからずっと家の中で仕事をするようになりいつか伝説の様になってしまったけれど、今だって活動を再開すれば絶対に僕達より支持率は高い。
 だから。
 自分の目標を越えるまでは片手間で役者なんて出来ない。
 「主役なんだ。」
 「だからそんな…」
 ………なに?
 一瞬、息が止まった。
 「げふっ、ごほっ」
 次に呼吸困難になり、むせた。
 「だ・大丈夫か?陸。」
 
 
 バンッ
 思いきり、ドアを開けた。
 「やっと来たか…」
 リビングで寛ぐパパの胸倉を掴んだ。
 「相変わらずちっちゃくて細いな、陸は。」
 わざと僕を怒らせる台詞を言い、不敵に笑う。
 「僕はそんなことじゃ騙されない。絶対にやらない。」
 「陸…」
 びっくりしたような、戸惑っているような、そんな声がキッチンから飛んできた…実紅ちゃんだ。
 「だったらACTIVEとの契約は今期で終了だな。」
 「な…」
 なんて卑怯な…。
 「いつまでも慈善事業はやっていられない。中途半端な人気ならいらない。例え息子であってもビジネスに結び付かないのであったら切り捨てる。」
 「だけど…」
 「陸を使いたいと言ってきたから打診しただけだ。決定じゃない。ただ、俺は陸ならいけると思っている。」
 「嘘」
 パパは以前から僕をドラマで使いたがっていた。
 それはパパのいくつかあるうちの一つの夢。
 親子競演を夢見ている。
 決して公には出来ない、親子共演。
 「今回、俺はその裏で出てるけどな。」
 パパの連続ドラマの裏で単発に出ろって言うの?
 しかも主役?
 無理だって…。
 「そんなの数字取れないよ。」
 「やるまえから弱気だな。」
 僕はずっと掴んでいたパパのシャツから手を外し、正面のソファに腰を下ろした。
 このソファは僕がいた時にあったものとは違う。
 家の中が少しづつ変わっている。
 全て実紅ちゃんの影響なのだろうか?
 「やらなくたって分かってる。僕はACTIVEで一番人気ないもん。そうだよ、隆弘くんに頼んでみようよ、ね?」
 隆弘くんは零の次に女の子の支持が多いんだ。
 いつだって隆弘くんには沢山のプレゼントが届いているし、女の子から声を掛けられるのだって実は隆弘くんが一番多い。
 「駄目だよ。陸に打診があったんだから、YESかNOのどちらかだ。」
 「じゃあ、NOだよ。」
 「やけに素早い返事だな。零くんに相談しないのか?」
 「したらやれって言うもん。」
 「なのにやらないのか?」
 「うん。そんなことしていたら…一緒にいる時間が減るもん。」
 「四六時中一緒にいるのに?」
 「うん。…それにいつかみたいなことは嫌だからね。」
 その時パパの顔が一瞬曇った。
 「それは大丈夫だ。陸に専属の付き人をつける。」
 「その人に裏切られたんだよ、僕。」
 今では笑っているけど、あの時は凄く傷ついたんだからね。
 「今度は裏切られない、安心しろ。だって、麻祇(あさぎ)だからな。」
 「えっ…麻祇さんって…」
 ちょっと待ってよ…彼は、パパの大学の後輩でレスリングでオリンピックに行ったとかって言ってなかったっけ?そして今はパパの片腕として事務所の経営に携わっている。
 「麻祇の夢はな、この事務所を大手に負けないようなものにしたいそうだ。その為には現在所属している人間に頑張ってもらって、どんどん稼いでもらわないと次が続かないそうなんだ。俺なんか毎日の様にケツ叩かれて必死で働いているのに、陸たちはなんかもの凄くマイペースで活動しているじゃないか。不公平だ。」
 パパったら子供の様に唇を尖らしそうな勢いで不平を言っている。
 「でも…」
 「麻祇がな、その回からその単発枠のテーマソングをACTIVEにって狙っているんだ。林より優秀な従業員だろう?」
 再びパパの表情はいつものパパに戻っている。
 「林さんだって優秀だよ。」
 「ああ。年末のライブは凄かったな。意表を突いていて良かったよ。ACTIVEの看板ではないって所がいいな。ファン層が広がる可能性がかなり出てきた。」
 僕は自分が誉められるよりなんとなく誇らしかった。
 僕達を信じて着いてきてくれた林さん。
 そして夢を託してくれた斉木くん。
 僕達には味方がいる。
 「その林が承諾したんだ、やってみる価値はあると思うけどな。」
 …やられた…。
 
 
 「陸…」
 玄関先に実紅ちゃんが見送りに来る。
 「なんですか?お義母さん?」
 振り返らずに答える。
 きっと実紅ちゃんは俯いてエプロンの裾を握り締めているだろう。
 「裕二さん、楽しみにしているの。だからドラマのお仕事、受けて。」
 「お義母さん、今度聖をここに寄越します。拓に会わせてあげてください。あの子拓が好きみたいです。」
 ずっと顔を見ず、他人行儀な口調のまま、僕は玄関のドアを開けた。
 僕は今でも不安に思っている。
 拓が自分の子であると告げに来た時の実紅ちゃんの顔。
 あの顔は決して僕をからかっていた顔じゃない。
 でも僕は信じている、実紅ちゃんのパパへの愛、実紅ちゃんの僕への弟としての愛、そして僕のパパの奥さんになった人への感謝の気持ち。
 「りく…」
 ドアが閉まる瞬間、切なく僕の名を呼ぶ、実紅ちゃんの声がした。
 
 
 「絶対、みんなに迷惑は掛からない?本当?だったら…やってもいいよ。うん…ありがとう、林さん。」
 マンションに辿り付き、一気にエレベーターで最上階に上がる。
 そしてエレベーターホールから専用ポーチを入った所で僕は林さんに電話をしたのだ。
 そして携帯の通話を切った。
 ひとつ深呼吸をして携帯をポケットにしまってから、玄関を出来るだけ元気よく開けた。
 「ただいまっ」
 一拍置いて聖の可愛らしい声が奥から届く。
 「おかえりなさーい、零くんもう帰っているよ、遅かったね。」
 「うん、パパの所に行っていたから。」
 靴を脱いでそのままキッチンへ直行する。
 「ただいま」
 いつもは僕が使っているピンクのレースが一杯付いたエプロン(買ったのは当然零)を着けて聖がせっせと夕食の仕度をしていた。
 その聖を軽く抱きしめてキスを交わす。
 最近、僕達は挨拶の様にキスをする。
 最初は零が抵抗したけれど、元々零が聖としていたんだから僕もその仲間に加わっただけだ。
 次に零の元へ行き、キス。こっちはかなり濃い。
 「零、僕一人の仕事、決めてきた。」
 「え?」
 驚いた表情で僕を見る。
 「だって…一人の仕事はしないって…」
 そう、あの事件以来僕は一人の仕事はしていない。
 でも何時までもそういう訳には行かないってことに気付いたんだ。
 零だって、初ちゃんだって、剛志くんだって、隆弘くんだって皆それぞれ仕事をしている。
 僕だって…。
 「麻祇さんが付いてくれるって言うんだ。だったら平気だと思う。」
 「麻祇さんか…」
 流石に零も麻祇さんなら安心したらしい。
 「それに今度は人が一杯いる仕事だから、二人っきりにならなければ大丈夫だよ。」
 「そっか…」
 心配そうな目が、僕を見る。
 「あーあ、忙しくなるなぁ。」
 聖が二人の間を割って入ってくる。
 「だって陸がいないってことは僕が全部零くんの世話をするんだよね?んー、零くんって手が掛かるんだよね。」
 菜箸を手に、偉そうに腰に手を当てて菜箸をブンブンと振っている。
 「大丈夫だよ、聖には迷惑掛けない様にちゃんと零のことは僕がやっていくからね?時間も出来るだけ遅くならない様にがんばるから。」
 「陸…」
 ソファに足を組んで座る姿が妙に似合ってしまう、そんな零が僕のことを優しく睨み付ける。
 わかっている、本心で怒っているんじゃない、ポーズなんだよね?
 「僕はそんなに皆に面倒かけているのか?そりぁ、朝着て行く物を全部用意してもらっているし、荷物も全部チェックしてもらっているけどそれ以外は自分でやっているつもりだけどな。」
 するとすかさず聖が、
 「玄関の鍵、閉め忘れない?」
 と、突っ込む。
 「…多分」
 「じゃあ、部屋の電気は?ちゃんと消して行ける?」
 「きっと…」
 「留守電のセットは?」
 「そんなの聖か陸がやって行ってくれれば良いじゃないか。」
 「ほら、頼っているじゃない。」
 くすっ、と僕は思わず笑ってしまった。
 「大丈夫だよ、零。零にやってもらわなくちゃいけないことはちゃんと玄関のドアと車のハンドルに貼っておくから。それ以外は僕がやっておくからね。」
 「…やっぱり僕はみんなに世話を掛けているみたいだな…ごめん。」
 ちょっぴり恥ずかしそうに俯く。
 「だって僕が好きで始めたことだよ?どうして零が謝るの?零の身の回りのことは全部僕がするって決めたんだもん。零は座ってていいんだよ?でもちゃんと食事当番とゴミ出し当番は忘れないでね?」
 朝食作りとゴミ出しと風呂掃除は当番で零と僕がする。
 聖の仕事は共有部分と自室の掃除、それと夕飯作り。
 洗濯は手の空いている人間がする、と言っても洗濯機が全部やってくれるから僕達はスイッチを入れる事と出来上がった物を出す事。
 「あっ、陸。夕方クリーニング屋さんが来たから言われていたスーツ、預けたよ。」
 「さんきゅっ」
 こんな風に僕達の毎日は回っている。
 だけど僕が仕事を入れた事でリズムがくるってしまうかも…。
 「陸…」
 聖が僕のことを見上げている。
 「陸がしたいことをしていいよ?僕もしたいことをするんだ。今はね、ご飯作るのがとっても楽しいの。だけどそのうちもっと楽しい事を見付けたらそれもやりたいんだ。ね?陸もやってみたいって思ったんだから、やってよ。僕も陸のドラマ、見たいし。」
 聖〜っ。
 僕は思わず聖を抱きしめ、そのぶくぶくとした頬に唇を寄せる。
 聖は両手を突っ張って抵抗するけど、まだまだ僕のほうが力が強い、聖は抵抗を諦めて僕のするがまま。
 「ありがとう、聖。僕頑張るよ。」
 そう言って頬ずりをする。
 すごく照れた声が返ってきた。
 「うん…」
 
 
 OKしたものの、やっぱり緊張してきて、林さんにいつからクランクインなのかを聞いた。
 そうしたら六月の中旬…ってまだまだ先じゃないか。
 「台本がまだ出来てないからね。それに曲作りもしてもらわないと。そうそう、今回は詞も陸だからね、頼んだよ。」
 って、簡単に言うなー。
 その前にホールコンサートもあるのに。大丈夫かな?僕…
 かなり重いプレッシャーと不安を抱える結果になってしまった…。
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