追いかけて、追いかけて…

「明日だね〜」
 リビングで聖が楽しそうにリュックの中身を出したり入れたりしている。
「遠足みたいだな。」
「聖には同じじゃないの?」
 明日は僕等のホールコンサート。
 なんかコンサートって久し振りのような気がするな。
「先生もとっても喜んでいたよ。」
 そうなんだ、聖のクラスメートに声を掛けたんだよね、「良かったら来て下さい」って。
 全部で32名のクラスで集まったのは…なんと93名。
 クラス全員とプラスαで、保護者と兄弟。
 そして先生数名。
「2階席貸切だからね。でもちゃんと大人しくしていなきゃ駄目だよ。」
「うん。」
 言いながら聖は再び荷物をしまっていた。



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3月29日 晴れ
明日は待ちに待ったACTIVEのライブ。
最近はACTIVEったらものすごく人気者になってて、彩未<あやみ>のことなんて全然気付いてくれないだろうな…。
でもいいの。ドンドン人気者になってみんなに知ってもらって、いっぱいいっぱいCD買ってもらうんだ。そうしたら彩未の夢が叶っちゃうかも〜、きゃーっ。



「うそっ」
 そんな、聞いてない。
「安曇せんせに聞いてご覧よ。隆弘の担任だったんだってさ。」
 信じられないですぅ〜。
 ACTIVEのメンバーがうちの学校にいたなんて。
「あんたの好きな陸は違うけどね。」
「えっ、違うの?」
 残念…。
「しかし…ファンのくせに全然知らないんだね、ACTIVEの過去。」
「私は過去に拘らない、現在と未来だけ見つめているのよ。」
 そう。
 だって過去を知っても自分とはどこにも交わらない。
 未来ならどこかで交わる可能性があるってことよね?
「あ、彩未、あんたんちセイジョウスーパーの近く?」
「なんで?そうだけど…」
 セイジョウスーパーなんて私は行ったことないけど、母親なら行っているはず。
「前に陸らしき人が買い物していて大騒ぎしていたんだって。」
「なに?何故にもっと早く言わない?」
 私は折角の情報をもたらしてくれた友人の襟首を掴む。
「だって私も昨日の夕飯のときに母親に聞いたんだもん。テレビにACTIVEが映ってて、『あ、この子だよ、前にスーパーで買い物していたら女の子達がキャーキャー騒いでいたの。芸能人だったんだね。確かに綺麗な子だったけどね。』って言うから。」
 私の両手はだらりと下に落ちる。
「うちのママ、何にも言ってなかったよ〜。」
 悔しい〜。
「よしっ、今日から張り込みだ。」
「無理だよ。一回騒ぎを起したらもう来ないよ。」
「いや、分からない。」
 私は断言したけど、自信はどこにも無かった。



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 帽子の中に全部髪の毛を入れて…これでよし。
 僕はコンビニへ買物に行こうとちょこっとだけ変装した。
 以前スーパーでパニクッたことがあるから一応用心のために。
「何処行くの?」
 寝ぼけ眼の聖が目を擦りながらやって来た。
 ゴソゴソと音を立ててしまっていたらしい。
「ごめん、起きちゃった?パンが切れていたから買ってこようと思って。」
「駄目だよぉ、陸が買物に行くとまたパニックになっちゃうんだもん。僕が行ってくるから大人しくしていなさい。」
 いままで「眠いぃ」って顔をしていた聖が急にしゃっきりとして、僕に命令する。
「でも…買い物くらいしたいな。」
「絶対に駄目。」
 ドアの前に立ちはだかって動かない。
「わかったよ…今日はご飯を炊くよ。」
「よろしい。」
 にっこり笑って聖がドアから離れる。
 僕はとぼとぼと部屋の奥に入った。
 暫く聖が自室でゴソゴソしていたが、そのうち出てきた。
「僕が行ってくるから陸は良い子でいるんだよ?」
 まるで聖のほうがお兄ちゃんみたいだね。
「うん。」
 にっこり、天使が微笑む。
 そう、聖は僕の天使…。
 気づいたとき、僕は腕の中に聖を抱き込んでいた。
 そしてその柔らかい唇に自分の唇をそっと重ねる。
 でもすぐに聖の両手が僕の胸を力強く押し返し、クルリ…と踵を返した。
「行って…くるね。」
 声が震えている。
「聖?」
「いってきますっ」
 どうしたの?
 僕何かいけないことをした?
 『ぎゅっ』も『ちゅう』も聖は大好きだったはずだよね?



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 今日はACTIVEのコンサート。
 彩未、昨日は陸に会えませんでした。
 そりぁ、そうだよね…コンサートの前日はリハーサルだよね…。
 朝のジョギングを終え、コンビニでスポーツドリンクを買おうとドアに手を掛けたその時だった。
「あ…」
 コンビニのレジにいたのはACTIVEのプロモーションビデオに出ていたあの零によく似た男の子…らしき少年。
 あの子に聞けばACTIVEのことが解る…私はそう判断して店内に飛び込んだ。
「あの…君…ACTIVEの…」
 言いかけた私に向かって彼はにっこり笑った。
 その笑顔はまるで陸の笑顔の様にその場をパッと明るくする笑顔だった。
 陸もそう。
 普段は不機嫌な表情なのに時々フッと素敵に微笑む。
 どのくらい素敵かって言ったら…うーん…例えられない…。
「お姉ちゃん、零君が好きなの?」
 ニコニコと聞く。
「あ…その…」
「初くん?隆弘くん?剛志君?…もしかして陸?」
 どきん
 私の心臓は絶対に一回止まった。
「陸は駄目だよー。だって僕のだもん。」
 ちょっと膨れっ面で身体を反転させた。
「陸は誰にもあげないからね」
 スタスタスタっと、彼はレジへ行き、さっさと買い物を済ますと外へ出て行ってしまった。
 ―見失ったら手掛かりが無くなる―
 そのことに気付いて、私は彼を追いかけた…



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「ただいま」
 セットしたコーヒーメーカーを眺めながら、聖が戻ってくるのを待っていた。
「お帰り」
 僕は再度聖を抱きしめる為に立ち上がった。
 なのに聖はそれをかわす様にしてするりと僕の横を通り抜けた。
「今ね、コンビニで陸のファンのお姉さんに会ったよ。」
 背中を向けたまま、スーパーバックから食バンやクロワッサン、バターロールを出している。
「どんなに好きになったって、陸は零くんが好きなのにね…馬鹿みたいだよね。」
 聖?
「だけどどうして好きになるんだろう?好きになってくれないのが分かっていても好きになっちゃうんだもんね。」
 …もしかして?
「聖?誰か好きな人がいるの?」
 聖の小さな肩がピクリ…と動いた。
「どんな子?ねぇ、僕の知っている子?」
 当然、僕は聖の好きな子は学校のクラスメートだと思った。
「とっても…綺麗なんだよ。睫毛が長くてね、色が白くて…優しいんだ。」
 その言葉を聞いて気付いたんだ。
 聖の好きな人は先生なんだね?
 今日のコンサート、先生が来るって喜んでいたもんね。
「そっか。聖、凄く好きなんだね。」
「うん」
 隙をついて聖の身体を抱きしめる。
 そのまま抱き上げてキスをした。
 段々重くなってくる聖の身体。
 もうすぐ抱き上げる事は不可能になるんだろうな。



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 私のカンは良く当たる。
 絶対あの子は陸とコンタクトがとれるはず。
 そう思ったら後をつけていたのよね、私。
 これってストーカーじゃないのかな…。
 だけど好きなの、陸が好きなの。
 1回で良い、話がしたい。
 でも話をしたらその身体に触れてみたくなる、そして願わくば陸の一番になりたい…そんなことを願ってしまう。
 しかし今はそんなことよりお近づきになることが先。
 でもとりあえず、今日はコンサートだから我慢しよう。
 明日、もう一度来てみよう… 
 そう思いながらもなかなか足が動かず、パラパラと自分の学校の制服を来た人が視界に入って、既に一時間以上過ぎていることに気づいた。
 慌てて家に帰ろうとしたが、最後にもう一度と、未練一杯で振り返るとさっきの少年が、掃除のおばさんらしき人と挨拶しているのが目に飛び込んできて、今度こそまずいと思って再度家路についたのだった。
 少年、感謝。



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 まだ会場内はざわついていた。
 そんな中僕は一人で走っていた。
「お疲れ様」
皆に声を掛けて僕だけ帰宅。
 荷物は全て零にお任せ。
「気を付けて帰るんだぞ」
「うん、零こそ飲み過ぎは厳禁だからね。」
 僕たちが本当は恋人同士と知っているのは、ACTIVEのメンバーと林さん斎木君だけ。本当の身内だけ。
「零君と陸君って仲いいよね。幼なじみなんだって?」
 メイクの女の子にそんな風に絡まれても時間がない。
 僕は急いで帰りたいんだ、だって聖と待ち合わせしているからさ。
「遅いっ」
 会場前のファーストフード店で聖は一人、待っていた。
 当然のようにファンの女の子達が大勢いたけど、僕は気にしないで入って行く。
「ごめんごめん。でも今日は電車で帰るんだよ。」
「えー。運転手はお酒飲みに行ったんだね?」
「うん。だから帰りは明日の昼過ぎだよ。」
 聖と話しをしながらドアを出る。
 周りにいた女の子達はあまりにも平然としていた僕を本人とは思わなかったらしい。
 背後で「えー?違うよ」「でも似てるよ?」等と囁き合っている。
「早く免許取ってドライブに行こうよ。」
「そうだね。」
 確かに。
 免許の必要性は気付いているのだけれど、いつも大抵零と一緒に行動しているからいらないんだよね。
 外に出ると聖の担任教師が車の窓から顔を出した。
「一緒に帰りませんか?」
「えっ、あ…ありがとうございます。」
 聖は先生の方を見てニコッと笑った。
 どうやら計画していたらしい。
 僕達は先生の車に乗り込んだ。



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 カッコ良かった〜。
 やっぱり陸が一番かっこいい〜…って、ん?あれは?絶対に陸だ。
 私が陸を見間違えるわけない…ってあの『少年』だ。
「ねぇねぇ、タクシーで帰ろう。」
 強引に友達をタクシーに誘って、自分の家の町名を伝える。
「どうしたのよ、急に。」
「あの車に、陸が乗ったの。」
「まさか。」
「例のプロモの少年が一緒だったのに?」
「えっ?」
 私達と同じ方向に帰るはず。
 絶対に。


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「先生ね、陸のファンなんだよ。でも零くんも好きなんだ。」
「せ・聖くんってばっ。あっ、で・でも本当にファンなんです。」
 先生はバックミラー越しでも分かるほど真っ赤な顔で運転していた。
「ありがとうございます。でも先生は聖の担任だから特別なこと出来ないですね…担任外れたら、是非…」
「えっ、そ・そんな。じゃあ来年は別のクラスを…」
「やだ〜、僕6年まで先生がいいなぁ〜。」
「でも…6年…だけど…」
 先生は心で葛藤している様だ。
「是非又、コンサートにご招待しますね。」
「はい、では担任頑張ります。」
 …これは十分買収だ…
「…先生の服のサイズ…僕と同じ位かな?女性で7号っていったら平均ですよね?」
 …あれ?返事がない。
「そんなに細くないです…」
「あ、先生グラマーだから。」
「…平均です。」
 しまったっ。
「あっ、じ・実はですね、先日買った服が似合わないんですよ。でも先生なら似合いそうな色なので良かったら…って思ったんですけど。ピンクなんですけど…サマーセーターだからサイズは大丈夫です。」
「着れなくても欲しいですっ。」
 先生の視線がこっちを見た。
「駄目ーーー前ーっ」
 僕は目をつぶってしまった。
「うぇっ、あっ、ちょっ…」
 慌ててハンドルを切る。
「ごめんなさい、大丈夫でしたか?」
「いえいえ、僕こそ配慮が足りなくて。では月曜日に聖に持たせます。」
「いいんですか?本当に…ありがとうございます。」
 などと会話をしていたらマンションの前に着いていた。
「こんな所まで送って頂いて、ありがとうございます。」
 聖と二人、頭を下げる。
「いいんです。でも皆には内緒です。」
 へへへ、と笑う彼女はとっても魅力的だ。
「では、おやすみなさい。」
「はい、おやすみなさい。」
「またね〜先生。」



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「何?アレ?」
 タクシーを降りた私達が見たものは知らない女の車から、陸が少年と降りてきて幸せそうに微笑んでいたことだった。
「年上の、女?」
 …目の前が、暗くなった…



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 僕と聖は一緒に風呂に入って、そのまま倒れるように聖のベッドで眠った。
 翌朝になっても気づかず昼過ぎに零に起こされたのだ。
「いつまで寝てんだ?」
「何時?」
 ごそごそと枕元の目覚時計を手に取る。
「嘘?」
 事実とは思えない時間だ…。
「昼と夜の間に食べる食事はなんて言うんだ?」
 完全に嫌味だな。
「だって陸は零くんがいないと元気ないから寝かしといた。」
 ずるい、聖だって一緒に寝てたくせに。

「わかったよ、僕がおやつを作ればいいんでしょ。」
「そうか、おやつか。」
 零がヘンな所で感心している。
「4時に出るから急げよ。」
 4時?
「まさか、仕事のこと忘れてるのか?」
 しごと…?
「あ、CM撮り?夜の観覧車…」
 ACTIVE全員で観覧車に乗るCM。
 なんとも不気味だ…。



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 確定。
 零はここのマンションに住んでいるんだ。
 地下駐車場から出てきた車は零の車と同じ車種。
 そして昨夜、陸もこのマンションに少年と入って行った。
 二人は一緒に住んでいる…というのはファンなら誰でも知っている情報。
 雑誌のインタビューでも幼なじみの二人は共同生活決行中…って書いてあったもの。
 だったら結論は簡単、陸もここに住んでいる。
 よし、今日から張り込みだ。
 あの女の正体も暴いてやる。



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 なんか分からないけど、いやな予感がするんだ…。
 その予感はすぐに当たった。



「観覧車に一人づつ?」
 「ちょっ、ちょっと待ってくれ、僕は高い所は苦手だよ。」なんて声は届かず、観覧車に乗りこんだのは…カメラさんと照明さんと監督さんに僕。
 一人終わると一人撮影だから時間ばっかり掛かる。
 しかも撮影するのはわずか30秒。
 ムカつく…。



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 ずっと駐車場前で待っていたら、どうやって入れるのかが分かってしまった。
 なので不法侵入がわかっているけど中で待つことにした。
 まだまだ、春とは言え寒いからね。
 午後9時を回った時だった。
 見覚えのある車種が戻ってきた。
 助手席のドアを開けたのは…。



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「なんかムカついたよぉ。零と二人で観覧車乗りたいー。」
 最近の僕はちょっと気合が足りなかったんだ、いつもは絶対しないのにな。
 車のドアを開け、外に出た。
 今日は荷物が無いので身体1つで戻れば良いという油断が僕にあった。
 運転席のドアを開けて出てきた零に思い切り飛びついた。
「零」
「なんだ?」
「大好き」
「あ?」
 こんなとこで何言ってるんだ…って顔した零の唇に自分の唇を押し付けた…と同時だった。
 ガシャーン
 大きな、物の壊れたような音。
 僕は慌てて零から身体を離し、振り返った。
 そこには…女の子が立っていた。
「…………なに?陸って?零って…ゲイだったの?」
 ゲイ…あぁ男性同性愛者に向けられる言葉だったね。だけど本当は同性愛者全てを指す言葉なんだよ―――なんて僕は今の状況に相応しくないことを考えていた。
「正確に言うと僕はバイだ。」
 背後から聞きなれた声がした。
「そっか、ゲイって言うのか。僕はただ零が好きなだけなのにな。」
 真っ青な顔をした女の子は口の中でブツブツ言っていた。
「どうする?不法侵入で訴えるか、このまま約束だけで帰すか。」
 零が非情な表情で言う。
「君…名前は?」
 とりあえず僕はこの女の子の目的が知りたかった。
 でも女の子は俯いたまま返事をしない。
「…来い。」
 零が女の子の腕を取り強引に引いた。
「ちょっと、どうするの?」
「ここじゃ人目につくだろ?部屋に連れて行く。」
 零ってば大胆…。
 地下からエレベーターに乗り込む。
「…見た…よね?さっきの。」
 僕は恐る恐る聞く。
 女の子は小さく頷いた。
「そっか…」
「そういうことだ。陸は、僕のだ。」
「零っ」
 な・なんなんだよ、さっきから。
「何驚いた顔して、どうした?
 ゲイだホモだ言われたんだ、事実を言わないでどうする。」
 いや、ゲイだホモだも事実だけど…。
「…ごめんね、僕たちどうしても事実が言えないんだ。あとで話すけど…。君、家はどこ?送ってあげるからさ。自転車だけどね。」
 やっと女の子は顔をあげた。
「現金だな。陸が好きなのか?」
 さっきから棘の有る言い方ばっかりする。
「何よ。零は陸の幼馴染だって言っていたじゃない。どうして…恋人なのよ!」
 はじめて女の子が口を開いた。
 エレベーターのドアが開く。
「降りろ」
 顎で指示する。
「零って…」
「『サイテ―』か?」
 零のクスッと笑う声がする。
 女の子は真っ赤な顔で下を向く。
 勢いよく玄関のドアを開けると奥から聖が飛び出してきた。
「おかえりなさ…あれ?昨日のお姉ちゃんだ。ほら、コンビニで会った、陸のファンだって言う人。」
「やっぱり、零の…」
「僕の、何?言っておくけど弟でも従兄弟でもないよ。」
 零は全部話す気なのだろうか?
 そのまま女の子をリビングへ連れて行った。
 女の子をソファーに座らせると零はその隣に肩を抱くように座った。
「陸の何が知りたい?陸は僕の恋人だ。どうして恋人だってことを公表しないかっていったらお前らみたいなヤツがいるからだよ。好奇の目で見るだろ?普通の職業だってそうなんだ、ましてや人目に晒される仕事だ、僕には守り切る自信が無い。だから言わない。」
 女の子のパンツを握り締める腕がプルプルと振るえた。
「違う、私はただ、陸のことが知りたかった。未来の陸のことが知りたかった。できれば同じ道に繋がっていればって思っていた。そのつながりが欲しかったの。」
 …そっか…。
「ねぇ、名前、教えてよ。」
「彩未」
「彩未ちゃんか。ねぇ、友達で、いい?僕、零が好きなんだ。っていうか…僕は女の子が好きになれないんだ。ヘンだよね、男なのに女の子が好きになれない…でも男の子だって誰だってって言うわけじゃない。零が好きなんだ、零だから好きなんだ。わかってくれる?」
 コクン
 彼女は頷いてくれた。
「わかる気がする。私も陸だから好き。」
 まっすぐに彼女は潤んだ瞳で僕を見た。
 なんか照れちゃうよ。
「ありがとう。」
「零…さん。ごめんなさい。もう二度とこんなことしません。このことも誰にも言いません。私、わかったんです。陸…さんは、零さんが好きだから零さんに守られているから輝いているんだって。零さんが後ろでしっかり支えていてくれるから私は陸さんが好きなのかもしれません。」
 零は突然、彼女を抱きしめた。
「違うよ、守られているのは僕のほう。精神的にも身体的にもいつでも陸は気遣ってくれる、支えていてくれる。今の僕があるのは陸のお陰なんだ。君にも絶対そんな人が現れる。待っていて。」
 彼女はどうしたらいいかわからなくておどおどしていた。
 でもすぐに両手で零の髪をなでるようにして「待っていて、いいのですよね。」と聞いた。
 零は腕を解いた。
「当たり前だよ。生物は必ず一対なんだ。だから必ず君の片割れは現れる。」
「はい。」
 彼女は元気に立ち上がった。



「自転車に二人乗りは違法だ。」
 と、零が言い張り、車で送ることになった。
「零だけじゃ襲われるよ。」
 僕は必死で着いて行った。
「僕もー」
 当然聖も着いて来る。
 結局三人で彼女を家に送り届けた。
「そうだ、僕のメールアドレス教えてあげる。何かあったら報告するんだよ。」
 何故か聖が後部座席で彼女と仲良くなっていた。
「ねぇ、聖くん。昨日の夜、聖くんと陸さんを車で送ってくれた人って誰?」
「ん?ああ、あれは僕の先生。先生ね、陸のファンなの。」
「ふーん、そうなんだ。」
 そんな会話を交わしていた。
「じゃあねー」
 そして別れる時には、聖は千切れるんではないかというほど手を振っていた。



 しばらくして。
「陸、彩未お姉ちゃんからメールが来てたんだけどね。」
「なになに?」
「学校の先生が零くんの担任だった田村先生なんだって。色々教えてくれるんだよー。」
「ちょっと、待て…」
 零がその声を聞いて飛んできた。
「ダメだよー、僕とお姉ちゃんの秘密だもん。」
 するとツンとそっぽを向いて「平気だ、僕は成績優秀だったからね。」と胸を張る。
 左手の人差し指を顎に当てて考え込む様な仕草をする。
「視聴覚室」
「ちょっと待った。」

「放送室」
「だーかーらー」
 零が聖のそばに飛んで行って制止する。
「分かったから、な?」
「『視聴覚室でクラスメートとキス』『放送室で愛の告白』って何?」
 居間に置いてあるデスクトップのパソコンはみんなで共用している。
 モニターに映っていたのは聖に届いた彩未ちゃんのメール。
「もっとすごいのもあるんだって。」
 零は聖を抱き上げて黙らせようとする。
「わかった、聖。僕が悪かった。」
 新しいジーンズを買ってもらうことで折り合いがついたようだ。
「零…あとでゆっくり聞かせてね。」
 しかし、僕は買収されないからね。
 どんな話だかちゃんと聞くまでキスはおあずけ…かな?