気持ちいいことしたい
「ごめんね」
 聖が申し訳なさそうに色紙を出す、最近毎日だ。
「出来るだけ断っているんだけどね。」
 上目遣いで僕を見る。
「いいよ、気にしなくても。」
 聖に気を遣わせたくない。
 この間の僕が出たドラマがことのほか評判良くて、歌も好調に滑り出したお陰で、聖のクラスメートが親戚や友達に先日招待したコンサートの話をして回っているらしく、日に日に色紙の数が増えていく。
 でも僕は全然嬉しいのに、聖はいつでも謝るんだ。
 最近は帰りが不規則で、益々聖が一人で留守番している時間が増え、どんどんしっかりしてきてしまって、零より聖の言う事の方が大人だったりする。
「明日はレコーディングだったっけ?」
「そう。あ、でもレコーディングは打ち合わせだけだから、終わったらすぐ帰れるよ。」
 聖の頬にキスを一つ。
「いい子で待っててね。」
 僕には天使がついている、だから頑張れる。
 あんなに怖かった強姦のことも、今は麻祇さんや斉木君が励ましてくれたこともあるけど、聖が喜ぶ顔が見られるという楽しみがあるから乗り越えられた。
 もう、恐れない。
 例えまた強姦されても、僕は前進していく。
 ・・・そりゃあ、ない方がいいに決まっているけどね。
 パパは自慢気に僕に対して勝利宣言をした。
 でもそんな挑発には乗らないんだからね、僕はもう暫くはドラマには出ない。
 それより本業が大変なんだ。
 毎週少しずつランクが上がっていって、発売当初オリジナルCDランキング調査52位だったのに気づいたら28位になっててこのままだと初の1桁も夢じゃないかもしれない。
 新曲は予定通り僕が出た単発ドラマ枠のテーマソングになって毎週流れている。
 今年はCMソングでも使ってもらったので零の仕事が増えている、帰りは多分遅い。
 零は僕等とは違う。
 天性のオーラを放つ天才だ。
 だけどその力を発揮させていないのは多分僕。
 心配かけたり邪魔をしたりするから零が零らしく仕事出来ない。
 今日の零はラジオの仕事で剛史君と一緒。
 あ、又僕の嫉妬が始まってしまう前に何かしよう。


「いやぁ、陸ぅ…」
「駄目だよ、可愛い声だしても許してあげない、ちゃんと見せてご覧。」
 ぷるん、聖がパンツから可愛い双丘を取り出した。
「あーぁ、痛かっただろう?真っ赤だよ」
 夕食のとき、椅子に腰掛けるのがどうも不自然だと思ったら、道で大きな犬に会って吠えられてびっくりして尻もちついたそうだ。
「薬塗るよ、ちょっと痛いかも。」
 間が悪い時はとことん悪い。
「痛いよー」
「ただいま」
と、ほぼ同時に声がした。
「陸…いくらなんでも…」

 僕が聖のお尻を見ている姿を見ながら、そう言ってしかめっ面をした。
 ねぇ零、どうやったらこの場面で誤解するの?
 僕は零を無視して聖に薬を塗ってやり、今度動物園へ行くデートの約束をしたのだった。
 零は慌てて自分も一緒に着いて行きたいと自己主張したが判決は保留中。
 いつでも零の思い通りにはならないのさ。


「あのね、零」
 僕は思い切って話すことにした。
「さっきみたいにヘンな勘ぐりはしないで欲しいんだ。分かってるよね?僕がどれくらい零のこと好きかってこと。それに聖の前でああいう事は言わないで。教育上良くないと思う。・・・そりゃ、性教育してるとはいえ、ましてや聖が僕たちの部屋を覗き見しているといったって、堂々といったりするのはやっぱり良くないよ。」
 零は小さく頷いた。
「分かっているつもりだけど嫌なんだ。陸に誰が触れるのも嫌だ。いらいらしてむかむかする。出来ることなら仕事なんか辞めさせて家に閉じ込めておきたい。だけどそれじゃあ、陸が陸でなくなるんだ、それがわかっているのに心が嫉妬するんだ。」
 俯いてだだっこのようにイヤイヤをする。
「零。おまじない。」
 掌に『陸』と書く。
「これでいつも一緒だよ。」

「陸…なんでそんなに可愛いんだ」
 零の腕がいつものように僕の身体を抱き寄せる。
「ねぇ零、剛史くんってセックス上手なの?」

 
零の腕の中でもぞもぞと気になることを聞いてみた。
「なんで?」
「だって前に言っていたじゃないか『零がセックス上手いのは俺が仕込んだからだ』って」
「それは間違ってる、僕が仕込んだんだ。」
 ちょっとふくれっ面を作って、ポーズをとる。
「僕も零以外の人としてみたい…かな?」

 ピシッ
 頬が音を立てた。
「冗談でも二度というな。陸は僕だけ知っていれば良いんだ、他の人とセックスなんてお願いだから考えないで。」
 再び抱き締められる。
「嫌だ、陸のあんなイヤラシイ顔、僕以外に見せないで。」
 涙声だった。
「でもさ、僕だってもっといろんな人と関わらなきゃならなくなるし、そうしたら必要になるかもしれない――」
 物凄い力で頬を張られ、言葉が遮られた。
「又強姦されたいのか?どうせ……」
 言いかけて止めた。
 零が言いたいことは分かっている、『強姦されて感じた』ってことだ。
 僕は口の中が切れていてしゃべれない。
「ごめん、やりすぎたし、言い過ぎた。」
 そう言って冷凍庫から常備の保冷剤を取り出しタオルに包んで僕に手渡すと黙ってベッドルームに消えた。
 でもね、零、僕はもっと零に気持ち良くなって欲しいし、それに知らない人とはしないよ…なんて、無理なのかな?
 深夜まで部屋に入るのがためらわれ、零が寝た頃を見計らってドアをそっと開けた。
「遅かったな」
 ベッドに潜り込んだとたん、羽交い締めにされ、いきなり貫かれた。
「そんなにしたいなら僕が毎日してあげるから。」
 毎日しているくせに、何を今更・・・。
 僕は突然の痛みで悲鳴を上げたが朝まで零は解放してくれなかった。


「うん、ごめんなさい。…あの、零とも喧嘩したからわけわかんないこというかもしれないけど気にしないで欲しいんだ。お願い。」
 初ちゃんに電話を入れ今日のレコーディングをキャンセルした。
 一晩中喘がされて身体はギシギシいうし、喉はカラカラ。
 以前レイプされたときにも診てもらった医師に診察してもらい、なんとか痛みは押さえてある。
 でもこれでは今日一日、椅子にも座れない。
 昨夜、途中で気を失った僕を零は抱き続けた、正確には犯し続けた――だろう。
 それでも零は知らん振りして出て行った。
 僕は腹が立ったので今日一日ストライキだ。
 どんな風に零が言い訳するのか見物だね、ふんっ。


 夕方近くに手荒くエントランスのインターホンが鳴らされた。
「はい」
「俺、隆弘だけど」
「あ…待ってすぐ開ける」
 オートロックを解除して玄関ドアを開けて待つ。
 暫くしてエレベーターが止まり隆弘君が現れた。
「来い!」
「何?やだ、体調悪くて…」
「零が全部話した。その上で陸を脱退させると言っているぜ。それでいいのかよ?男のくせに家の中で零が帰ってくるのを待ち続けて、そんなんで生きているっていうのか?違うだろ?俺は陸の才能に惚れてる。陸にだったらどこまでも着いていく。零とは別れろ、それが陸のためだ。」
 ACTIVEを辞める?
 そんなこと一言も言っていないし聞いてない。
「僕が野原陸っていう一個人でいられるのはギターがあるからなんだ。零が好きだから一緒にいたくて始めたギターだけど、今ではかけがえのないものなんだ。僕からギターを・・・ううん、音楽を取ってしまったらやっぱり僕じゃなくなるんだ。」
 隆弘くんはぼんやり僕を見ていた。
「ねぇ、セックスって愛が無くても出来るよね?」
「え?」
「零が怒っているのは僕が零以外の人とセックスしてみたいって言ったからなんだ。だって世の中の人間誰もが愛し合っているってことはないよね?愛のないままセックスして、快感を得ることだってあるよね?」
 その瞬間、隆弘くんは僕を抱き締めたのだ。
「俺の夢、叶えさせてくれないか?」
 隆弘くんの夢?
「陸とセックスしたい。」
 あぁ、そのことか。
「そういう意味で言ったんじゃないよ。」
 隆弘くんは分かっているはずなのに僕の唇に隆弘くんの唇を重ねた。
 僕は当然のように手足をばたつかせて抵抗した。
「嫌…だろ?」
 小さく首を縦に振る。
「俺には愛があっても陸にはないだろ?だから俺とは出来ないってことだろ?ちゃんと分かっているんじゃないか。だったら零を困らせるな。そんな話を聞いたら俺だって怒る。」
 そんな話、って。
「待って、零はなんて言ったの?」
「陸をACTIVEに入れたのは近くに置きたかったから。地方に行ってもいつでもそばにいられるから。でももう他人の目に晒すのは嫌だから脱退させる。――そう言ったぞ。」
そういうことか・・・。


 その晩、零は剛史くんの家に泊まると連絡が入った。
 これは絶対に嫌がらせだ。
 僕はベッドの中で隆弘くんとすることを考えた。
 出来る――そう思ったのに、夢でバーチャル体験したときは凄く嫌だった。


 暫く零は帰ってこなかった。
 仕事場で顔を合わせても視線すら交わさなかった。
 僕は傷が癒えた頃、隆弘くんのマンションに行った。
「もう一度だけ、試してみてくれる?」
 そう言って彼の胸の中に顔を埋めた。
 隆弘くんの指が僕の胸に辿り着いたとき、全身に鳥肌が立った。
「いや…止めて…やっぱ…だめ…いやぁ…」
 ポロポロ涙がこぼれる。
 ひとつ、大きなため息。
「零が自信たっぷりに言ったんだ『陸は僕としか抱き合えない』ってね。何故かって聞いたら自分がそうだからだってさ。
零がそんなに熱くなる相手がいたなんて今までみたことないんだぜ、いつだって切なげに誰かを求めてふらふらしていた。必死に手を握るのも見たことなかった。だから俺は陸に興味があったんだ。女みたいな顔して、いつも零に守られて仲間にだって素性がよくわからない、だから興味があった。零に飼い慣らされて満足か?」
 飼い慣らされる?
「違う、そんなんじゃない。」
「どう違うんだ?」
 どう、違う?
「僕は…零にしか興味がないんだ。僕の世界は全て零なんだ。」
「分かっているんなら、俺とセックスなんてできっこないじゃん、馬鹿らしい。」
 そうだよね、そうだ、僕はなんて馬鹿なんだ。
「隆弘くん、もう少し待ってて。僕大人になるから。」
「えっ?」
 零が全て…そうじゃない、僕には音楽がある、仲間がいる、スタッフがいて、ファンがいる、家族がある。
 いつの日か、僕が零を守れる男になりたい。
 抱きしめられるのではなくて、抱き合える人間になるんだ。
 そのとき、初めて色々な世界を見付けに行こう。


「どこに行ってた?」
 家に帰ると零がいた。
 平然とリビングのソファーに腰掛けている。
「一週間も帰らなかった人に言われたくない。」
「…傷…に、なったみたいだな、ごめん」
 気づいていなかなかったの?
 そんなに僕の言ったことに怒っていたの?
 本当に感情のままにそんなことしたの?
 だったらどうしてもっと早くに帰ってきてくれなかったの?
 ・・・言いたいことは山ほどあるのに唇が動かない。
「陸、ごめん。陸がいないと僕は駄目らしい。」
 そっと、抱き寄せられた。
 このまま黙って身を委ねてしまおうか?そうしたら楽になれる。でもそれではだめなんだ、僕は大人になりたいんだ。
 そっと腕からすり抜ける。

「隆弘…と、寝たのか?」
 何で、隆弘くんのところにいたことが分かったのだろう。
「ううん、出来なかった。」
 それだけいうのが精一杯だった。
「別に、いいよ、セックスしたって。それで陸が満足なら。」
 くるり、きびすを返し背を向けた。
「僕が隆弘を炊きつけたから。あいつならいいから。でもそれがぎりぎりだからな。」
 ……なに?
 何なの?
「僕って何?零のおもちゃみたいだね。大事に使ってるけど貸してあげるっていうこと?馬鹿にしないでよ、僕には意思を主張することも出来ないの?…浮気がしたいんじゃない、だって僕にはこれ以上他の人は立ち入る隙間がないから。快楽が欲しいのではない、それは毎日零が嫌と言ってもくれるから。心も身体も他はいらないんだ、ただ色々なことが知りたいんだ。」
 そうだ、僕はきっと零を困らせたかっただけなんだ。
 笑って済ませてくれれば僕だって冗談だよって流せたのに…。
「違う…僕には、陸を縛り付ける権利がないのではないかって、そう思ったんだ。だから、唯一隆弘なら陸のこと考えてくれるから、あいつなら陸のこと解ってくれるだろうから。何言ってるんだ、なんか解んなくなっちゃったよ…」

 ポロポロ…
 零の瞳から涙が溢れて、零れた。
「この期に及んで僕はまだ陸に未練がある・・・陸に振られても知らない人に取られるのは嫌なんだ・・・」

「零、違うよ、間違ってる。僕は過去も未来も現在もどこを取り出したって零を愛してる、それは何があっても、例え今この場で脅されても死ぬことがあっても変わらない、誓うよ。ただ…僕にとってセックスの意味するもの…価値かな?それが解らなくなってきているんだ。零とのセックスが日常生活で当たり前になってて、その意味するものを曲解していると思う。でも解ったんだ、隆弘くんは大好きだけど愛していない、身体を繋ぐことは出来るけど心は、愛は繋がらないんだ。」
 実際は身体を繋ぐことも出来なかったんだけどね。
「剛史も同じこと言ったな。『今の零は抱く価値もないし、抜け殻はいらない。付き合ってた時だって陸に恋してたけど、一応俺のこと受け入れてた。今日はただそこにいるだけだ。』…ってスタジオで言うか?」

 零は僕を抱き締めた腕に力を込めた。
「いい、誰か他の人と寝てもいい。だけど必ず戻ってくるって誓ってくれ、でないと僕は本気で気が狂う。この一週間、何も出来なかった。僕はこの腕に陸をこうして抱き締められればそれでいい。」
「僕は嫌だよ。」
 両腕を突っ張って、零の腕から逃れた。
「そんな弱気な零は嫌だ。どうしてそんなんで満足するの?」
 零から少し離れた場所から零の顔を見つめながら僕は言った。
「僕分かったんだ。どうして僕たちが同じ性を持って生まれてきたのかが。」
 少しでも離れていたくないとでもいうように零は僕の腰に腕を回した。
「零と僕はもともと一つだったんだ、でも神様のいたずらで二人になってしまったから、だから…身体を繋げたくなるんだ、元に戻りたくて一つになるんだ。それが分かったからもういい、ごめんね。」
「それは違うよ。例え陸が女の子で生まれてきても僕は陸に恋をした。だから一つだったとは思わない。」
「そっか・・・確かに僕も零が女の子でも恋すると思う。零は輝いているから。」
 零の胸に顔を埋める、力強い腕で抱きしめられる。
 今でも好奇心はある、他の人はどんなセックスをするのか。
 でも今はいいんだ、零が僕を抱き締めてくれるから。
「殴って、ごめん」
 えっ?そっちにごめんなの?

「無理矢理入れたことは謝らない。あれは僕の本心だから。」
 本心?
「無理矢理入れられるのって身体が左右に裂けそうな位痛くないか?僕の心はそれくらい傷ついたし、それに本気であの時はむかついててなんとしても陸に謝らせたかった――気を失う方が早かったけどさ。…もう一度言っておく。僕は心の浮気も身体の浮気も許さない、陸は僕だけの恋人だからな。」
「そう、だよね。僕たち結婚するんだもんね、浮気はいけないんだよね。」
 零がこんなに深く僕を愛してくれるなら僕も頑張る。

 
・・・でも「他の人とセックスして良い」って言ったばかりなのに、なんか矛盾してない?


 約1ヶ月振りの休日。
 約束通り聖と動物園にデートへ行く。
 白いTシャツにブルージーンズ、大きな縄編み模様のニットパーカーは零の趣味でピンク。
 髪を後ろで束ねていつもよりは多少スポーティーな感じに見えるはず。
 今日のお弁当リクエストはサンドイッチ、バスケットに沢山詰まっている。
「聖っ、早くしないと置いて行くぞ。」
 玄関で怒鳴っている主…零を一緒に連れて行くと言った覚えは全然ないのに、勝手に運転手を気取って立っている。
 …仕方ない、連れて行ってあげるか。
「零くんまた邪魔するのぉ〜?」
 あからさまに聖が嫌な顔をする。
「何か文句あんのかよ?あんまりぐだぐだ言っているとあきらちゃんとこにやるぞ。」
「やだっ」
 何故か最近、聖はママの所に行きたがらない。
 ま、その内理由を聞き出すからね。



 
その頃。
「零くんは陸を泣かしたからね、許さないよ。」
「泣かしてなんかいない、僕が泣かされたんだから。」
「でも陸は一週間、毎晩零の名前呼びながらひとりえっちしていたよ。」
「なんでわかんだよ、そんなこと。大体聖は子供の癖にませ過ぎなんだっ。」
「だって〜、陸ってば毎晩『零・・・んっ・・・くぅ・・・』って色っぽい声出していたよ。」
「まじかよ?」
「まじまじ」
「じゃあ泣いてないじゃん。」
「そっか・・・」
 本当は枕抱きしめ泣いていたのに・・・。
「もうっ、二人とも行く気ないんならやめるからなっ」