男の子、女の子

「ねえ聖君。」
「なぁに?」
「どうして聖君って零さん、陸さんと一緒に住んでるの?直ぐ近くにお父さんとお母さんがいるのに。」
「ママがこの間まで病気だったの。今もまだそんなに具合が良くないし、第一零君も陸も僕がいないと困っちゃうんだよね、いろいろと。」
「色々って?」
「洗濯だって僕が殆どやっているし、掃除もクリーニング屋さんの受け取りも、それから買い物だって行くんだよ。」
「すごーい、聖君って何でも出来ちゃうんだ。・・・でもどうして零さんと陸さんは一緒に暮らしているの?兄弟じゃないよね?」
「二人は幼なじみなんだよ。でも一番の理由は零君がネボスケだから一緒に陸がいないと仕事に遅刻しちゃうんだって。」
「聖君がいるのに?」
「それとこれは別なんだって。」
「この間ママが言っていたんだけど…陸さんって本当は女の子なの?」
「え?」
「だってとっても細いし、美人だし…」
「だけど力は強いよ。怒ると怖いし、声だって零君より低いよ。…ちゃんと付いてるし…」
「…え…やだ…聖君のえっち…」
「えっち…ってさくらちゃんが先に言ったんじゃないか。」
「じゃあ『とらんすじぇんだー』って本当なんだ。」
「なぁに?『とらんすじぇんだー』って?」
「『せいどういつせいしょうがい』って言うんだよ。」
「『せいどういつせいしょうがい?』」
「うーんとね、簡単に言うと陸さんはおかまってこと」
「違うもんっ、陸はおかまじゃないもんっ」
「じゃあ、なんであんなに綺麗なのよ。」
「陸のパパだって綺麗だよ。」
「パパって誰よ?」
「陸のパパは…言えない。」
「ほら、やっぱり陸さんはおかまなんだ〜」
さくらちゃんなんか大嫌いっ」


『聖君を怒らないで下さい。相手の親御さんには私から詳しく話しておきましたから。』
 煮え切らない口調で、聖の担任から携帯に電話が入った。
『相手の子もいけなかったのですから。』
「当然です、喧嘩はどちらか一方が悪いということはないです。」
『はい、そうなんです。』
「で、原因はなんですか?」
『それは…出来れば零さんのお電話番号をお教えいただけると良いのですけど。』
「僕じゃ、頼りないとか?」
『いえ、聖君の保護者代理は零さんで届けが出ていますので…』
「今、零は手が離せません、僕から話しておきます。」
『でも…』
「急いでいただけませんか?僕もこのあとスケジュールが詰まっているのですから。」
 段々、僕もイライラしてきた。
『すみません…でも…気にしないで下さいね。子供の戯言ですから。』
「…?はい。」
『陸さんがおかまだって言い始めたんです、相手の子が。それを聖君が違うって言って突き飛ばしてしまったんです。』
 は?
 僕は思わず電話機を落としそうになった。
「僕が?おかま?どうして?」
『相手の子の家で話題になっていたらしいのです、それで子供だから軽い気持ちで言ったらしいのですけど…』
 信じられない…
「相手の子、教えてください。僕が一言言います。」
『待ってください、それは…』
「分かりました、いいです。」
 僕はそのまま通話を終了し、聖に電話をした。

「聖、今日怪我をさせた子の電話番号教えなさい。」
『ごめんなさい…』
 聖は素直に謝って簡単に白状した。
 そのまま僕はその子の家に電話をした。
 後ろで初ちゃんが呼んでいたけど、無視。
「もしもし。」
『はい?』
「野原陸と申しますが。」
『は?』
「今日、うちの聖がお宅のお嬢さんに怪我を負わせたとかで…申し訳ございませんでした。」
『そ・そうよ、冗談じゃないわ、うちの子は女の子なのよ、顔に傷が残ったらどうするつもりなんですか?だからさっさとご両親のところに帰せば良いのに。』
「お言葉を返すようですが、あなたに言われる筋合いはありません。他人の家庭の事情にいちいち首を突っ込まないで下さい。」
 零が首を傾げながら側に来た。
「陸、電話は後にしろ。」
 送話口を塞ぎ、零に直ぐ行くからと言って追い返す。
「それにあなたの家族はうちの聖に大きな傷をつけたんです、少しくらいの怪我でガタガタ言わないで下さい。」
『なんですって?そんな教育しているから女の子に怪我させるのよ。…おかまのくせにっ。』
 ぶちっ
「もう一度言ってみろ…」
『何度でも言ってあげるわっ、おかまっ。』
「どこに証拠がある?どこで断定したんだ?第一僕があんたに会ったこと、あるのか?」
『去年の授業参観で…』
「そんなの会ったうちに入らないんだよ。僕はあんたの顔、覚えてないしね。」
『おかまじゃなかったらどうしてそんなにダラダラ髪を伸ばしているの?どうしていつも化粧しているのよ?』
「誰が化粧している?僕はいつだって外を歩くときは素顔だよ。それに男だから髪伸ばしたら可笑しい何て今頃言っていると世間から取り残されるよ。」
 段々話をしているのが馬鹿らしくなってきた。
「なんでも良いけど、根拠のないことを子供に吹き込まないで。そのためにどれだけ聖の心が傷ついたと思う?僕だってあなたのことなん知らないけど、聖に「かかあ天下だ」って吹き込んだらどうする?子供は信じちゃうんだよ。」
 僕がそうだったように…。
 電話の向こうでギャンギャン叫んでいるけど、時間がないので一方的に切った。



「馬鹿っ、何考えているんだ。」
「ごめんなさい。」
 帰り道、僕は頭にきていた分を零にぶつけたらとことん説教されてしまって、初めて聖の立場について気が付いた。
「明日の午前中、僕も行くから菓子折りもって謝りに行くんだ。」
「はい…」
 小さくなるしかなかった…



「うん、分かった。ありがとう。おやすみなさい。」
 電話の相手は涼さんだった。
「先生が陸との電話を切られたあとに涼ちゃんに電話したらしい、、直ぐに謝りに行ってきたってさ。」
「ごめ…ん…」
「涼ちゃんも危なく喧嘩になるところだったらしい。」
 僕は顔を上げた。
「多分僕だったらぶん殴っていた…涼ちゃんで正解だったかもしれないな。」

「零」
 やっぱりわかってくれたんだ。
「でも陸のやったことは間違っている。女性が男に対して悪口を言うときは大抵決まっている、嫉妬だよ。その親は陸があんまり綺麗だから、そして当然聖が怪我させた娘より聖の方が可愛いから負けたくない一心で下らない事を言ったんだろうね。」
「そっか。」
 いや、ここで納得したら自分が女っぽいと言われたのを肯定しているようなものだけど、僕としては理解不能な女心をかいま見た気がした。
「ま、仕方ないよな、僕が毎晩陸を色っぽくさせているんだからな。」
 零のえっち。
 絶対に赤面している。
「陸は差別されることをすごく嫌うからさ、相手の母親が言ったこと、我慢が出来なかったんだよな。だけどその自論を押し通せるかといったら必ずしもそうではない。日本人は基本的に差別が好きだ、無意識にやっている。日本人以外を外人と言うのがいい例だろ?電車に乗ったら優先席がある、これは一見良いことのようだけどお年寄りや身体の不自由な人を差別している、なければ誰もが譲らなければならないのにそんなものがあるから優先席の人だけが換わればいいように解釈していてる。スーパーに行けば『国産』と『輸入』の文字…。差別してはいけないと言う割には、みんなが差別を無意識にしているんだ。…差別がなかったら僕たちだって堂々と手をつないで歩ける。」
 零はそっと聖の部屋を覗き込んだ。
「なんだ、まだ起きていたのか?明日学校だろう?もう寝なさい。」
 がさがさ…聖が布団に潜り込む音がした。
「零君、ごめんなさい、僕分かっていたのに、さくらちゃんを押したら椅子が倒れてしまうのは分かっていたんだ。だけどどうしても黙って欲しかったんだよ。」
 零が室内に消えた。
 微かに聞こえる会話。
「うん、そう思ったら明日さくらちゃんにちゃんと謝るんだ。そして聖にとって陸がどれくらい大事な人なのかを説明してあげるんだ。さくらちゃんがお父さんとお母さんと兄弟姉妹が大事なように聖にも陸は大事な人だって、ゆっくり教えてあげなさい。明日分かってもらえなくてもいつか分かってくれるからさ。」
 ボフッという音がしてその後にちょっと湿った音が続いた、多分零が聖を抱きしめて頬にキスしたのだろう。
 暫くして零が出てきた。
「次は陸のお仕置きだね。」



「いや…外して…」
 
リビングから場所をベッドルームに移動して、僕は後ろ手に縛られた上に目隠しをされた。
 衣服は全て剥ぎ取られた。

「バルコニーとルーフ、どっちがいい?」
 
耳元で悪魔のように囁く。
「どっちも嫌っ」
「駄目、お仕置きだからね。」
 そう言うと僕は零の肩に担ぎ上げられた。
「いや〜ぁ、降ろして〜ぇ」
 バタバタと足を動かす。
「あんまり暴れると落とすぞ。」
 身体に直接風が当たった。
「零、寒いよ。」
「すぐに暖めてあげるよ。」
 エロおやじみたいな台詞を言わないで。
 目隠しを外された。
 そこはルーフバルコニーだった。
 いつも夏になると風通しのいいこの場所は三人のお気に入り。
 木製の三人掛けのベンチが置いてある。
 だけど今は真冬だから当然寒い。
 しかも今僕はそこに両足を大きく開かれて座らされている。
「お願い、零…」
「そんなに寒いのか?」
 零の暖かい掌に包まれる。縮こまっていたペニスが少し安心したようにピクリと反応した。
「よし」
 そう言うと再び零は僕を担ぎ上げて部屋に戻ったのだった。
「あそこで陸を泣かしてあげようと思ったけど気が変わった。誰かに見られたら勿体無いから…」
 言い終わらないうちにその唇に僕のペニスはすっぽりと包まれていた。



「え?」
 朝、目覚めた零に抗議した。
「だから確かに僕は差別行為は大嫌いだけどそれは僕の考えであって今回の件とは直接関係ないんだ。問題は自分の子供に確信のないことを正しいと思わせてしまうこと。僕はばあちゃんから僕の本当のママは遠くにいる、酷い人で僕を置いていなくなったって言われたんだ。確かにママは僕が子供のときは隣町に居たし僕を置いて行った。でもそれはパパが無理を言ったからで逆に感謝しなきゃいけない事だと思う。自分の主観で子供に話したら信じるんだよ。…でもいくら酷い人だと言われても会いたかった。」
 僕、センチになるはずじゃなかった。
「だから、子供に対して失礼な行いをしたらいけな…」
 言い終わる前にエントランスから呼び鈴が鳴った。
「誰だろ?」
 朝早く来るのはパパかマネージャーか宅配か…
『俺だ』
 インターホンから流れてきた声は涼さんだった。
「昨日の母親から夕べ電話があって、陸君に謝っておいてほしいそうだ」
 なんで?僕は首を傾げる。
「確かに確信の無いことを娘に話したのは軽率でした、怒られて当然です。だけどやっぱりうちの娘は女の子だから怪我をして帰ってきたら私はまず相手に抗議します…そう言っていた。だけどさ、それも間違っていないかな?女の子だから怪我をしたら抗議するのか?俺だって抗議するぞ、聖が怪我したらな。」
 『あ、パパっ』と言いながら寝ぼけ眼で飛んだ来た聖を涼さんは抱き上げた。
「あきらの調子が良いんだ、聖、うちに帰ってくるか?」
「ううん、僕のお父さんは零くんだから、帰らないの。」
 涼さんの腕の中で、聖は残酷な言葉を言う。
「…その台詞はまだ俺には辛い…俺さ、あきらと愛し合っていた記憶がまだ戻らないんだ。きっと一生戻らない気がする。だけど今、俺たちは静かに愛を育んでいるんだ。初めてあきらが俺だけを見ていてくれる気がする。もう、聖が零の子供でも、受け入れられるかもしれない…って思っていたけど、やっぱり駄目だな。陸くんが裕二さんの子供だっていうのは分かっているのにな。」
 背が高くて、スタイルが良くて、男っぽい低い声、控えめな仕草…パパとはタイプが180度違う涼さんが、愛おしげに聖を抱きしめる。
「聖、愛しているよ。」
「うん、僕も。でもね、僕は零くんも陸も愛してるの。ママも愛してるの。実紅ちゃんも夾くんも拓ちゃんも愛してるの。愛してる人かいっぱいいるの。パパはいっぱいいる?」
 涼さんは聖の頬に頬を寄せた。
「いっぱい、いるよ。」
「良かった、いっぱいいると幸せなんだよ、パパは幸せだね。」
「ああ…零、聖はいい子だ。」
 「ちょっと重くなったかな」と言いながら涼さんは腕の中から聖を解き放した。
「当たり前だよ、聖には最強の教育係がいるからね。」
「そうか、陸君、ありがとう。聖を頼んだよ。」
 零は自分の鼻に人差し指を当てながら涼さんに抗議していたがあっさり無視された。



「さくらちゃん、ごめんね、大丈夫?おでこ、平気?」
「…どうせ鼻よりおでこの方が高いわよ…」
「?」
「うん、全然大丈夫。昨日ね、ママがもっといっぱい聖君と喧嘩しなさいって言ったの。だって陸さんから電話が来るからって言うんだよ。一体私のことなんだと思っているんだろうね?」
「あれ?うちではパパが女の子に怪我させちゃいけないって言われたって…」
「そんなのうそだよぉ。私には『陸さんは聖君を愛してるんだわ』とか言っていたよ。」
「?うん、そうだよ?何か変なの?」
「えっ?そうなの?聖君も愛してるの?すきなの?」
「うん、大好き。」
「陸さんも聖君を愛してるのかな?」
「いつも言ってくれるよ、『聖、愛してる』って。」
「…キス、した?」
「…ひみつ…」
「きゃあっ、聖君ってえっちぃ」
「えっちじゃないもんっ」
「えっちだよぉ、しかも男同士で?」
「さくらちゃんはママとキスしないの?ぎゅうってしてもらわないの?ねぇねぇ?」
「みんなぁー、聖君って陸さんとキスするんだってぇ」
「だからぁ…さくらちゃん。」