新加入メンバー、現る!?
「聖〜ただいま〜」
 今日も返事が無い…。
 約一ヶ月、聖を加月の家に預けたまま、零と僕はただ仕事に没頭する日々を送っていた。
 零とだってあんまり会う時間がなくて、やっと顔を見かける程度でキスだって…一回したかな?
 でもそんなもんなんだよ。
 それに聖のことを忘れていたわけじゃない。
 毎回マンションに戻るたびに僕は聖を迎えに行きたい気持ちをぐっと堪えて仮眠を取り、又仕事場に出かけて行ったのだ。
 零なんか殆ど帰ってきていなかったのに・・・。

 僕は聖の部屋のドアを開けた。
「全く!いつまですねて…」
 次の瞬間、僕はフリーズした。


「いいよ、別に…」
 凄く、傷ついた。
 聖は僕に、そして零にさえも黙って自分の部屋で子犬を飼っていたのだ。
「そんな風に生き物を物のように隠したりするのって変じゃないかな?それとも僕が間違っているのかな?犬は生きている、食事をするし排泄もする、不衛生な環境下で飼育したら病気になる…僕にはなんの知識も無いから分からないよ?誰か詳しい人に聞いたりしたの?」
「…夾ちゃんに…」

「いつから飼っていたの?」
 その問いに聖は答えず、黙って大粒の涙をボロボロとこぼした。
「どうした?」
 車を停めていたので一足遅れで部屋に戻った零が、リビングで対峙する二人を見てびっくりした。
「零くん…」
 先に声を発したのは聖だった。


「つまり…涼ちゃんは飼っていいと言ったんだ?」
 こくり、うなずく。
「でも僕達に何も言わずにコソコソ隠していた…それでいいのか?」
 こくり…
「でもさぁ、零…」
 僕の反論も聞かずに、
「陸、聖にまず謝れ」
と、唐突に言われた。
「え?」
「聖が理由もなく勝手な行動なんかしない、そう言ったのは陸だろう?なぜ理由を聞かなかったんだ?」
「じゃあ、理由があるんだ?」
 もじもじと聖は言い出せずにいる。
「言えない理由だから、黙ってこんなことしていたんだろう?だったら僕は聞かない。聖は自分が正しいと思ったことをすればいい。」
 零…
「僕は信じている。」
 僕は聖を見た。
 ずっと俯いたまま顔を上げない。
「そう…そうだよね、聖がこんな大事なこと、理由も無くするわけないよね、ごめん、聖、僕が悪かったよ。」
 すると聖は両手で顔を覆い、しゃくりあげながら話し始めた。
「ごめんなさい、この子…ミドリっていうんだけど…お腹に赤ちゃんがいるの…その赤ちゃんは一匹だけ僕がもらう約束をしているの。ミドリは夾ちゃんの犬なんだ…だけど僕が獣医(せんせい)のところに連れて行くから、赤ちゃん生まれるまで僕が見ていて良いって言ってくれたの…」
「じゃあ、なんで隠したの?」
「だって…生まれてくる赤ちゃん、僕が取り上げちゃうんだ…他の子は皆夾ちゃんが育てるんだけど、僕が一匹だけもらっちゃうんだ…そんなの――絶対に陸が嫌がると思って…」
 聖――
「ごめん、聖」
 僕は聖を抱き締めた。
「ごめんね、そんなことまで心配してくれたんだ…ありがとう…」
 聖は、生まれてくる子犬が僕と同じ境遇になることを言っているんだ。
「一番最初に生まれてきた子犬を僕がもらうの。ミドリが気付かないうちに僕がもらうの。」
「それは無理だよ、聖。」
 零が背後から二人いっぺんに抱き締めた。
「母親は自分が産み落とした子は例え何があっても分かる。――それにちゃんと母親の乳を飲まないと免疫力が無くなって死んじゃうからさ。」
 聖は僕の、そして零の腕の中で何度も何度もうなづいた。


「駄目だな、僕。聖の親だなんて言ったってやっぱり本当の父親には叶わない…」
「でも陸の言っていたことは正論だ、生き物をこそこそ飼うのはいけない、そこはちゃんと分かったはずだ。」
「でもなぁ…」
 自己嫌悪で一杯だ、聖を泣かせてしまうなんて。
「今夜は聖も一緒に…」
「寝ない。一体、どれくらいの時間、陸と抱き合っていないと思っているんだよ?心も下半身も疼きっぱなしだ、今夜は陸が悲鳴を上げて許しを請うまでするんだからさ。」
「ヘンタイ!」
 その言葉尻を零の唇に取られた。
「んっ…」
「きゃうん」
 何だ?
「わんっ」
「あ、ミドリっ、待て〜」
 …早速ですか、聖くん…。
 ミドリが飛び込んでくるということは…覗いていたんだよね?
「ごめんなさーい、折角ラブラブだったのに…」
 ミドリを捕まえて、腕に抱きしめながら聖が僕たちに謝る。
「いいよ、大丈夫。ミドリは平気?」
「うん」
「おい、聖。早く寝ろ。ミドリだってお腹に赤ちゃんがいるんだからあんまりバタバタさせるなよ。」
「はーい
おやすみなさい」
 パタン
 ドアは閉じられた、と同時に僕は下着を剥ぎ取られた。
「いやんっ」
 既に零の下半身は戦闘体制に入っている…


 ――何度目かの覚醒だった。
 激しく愛され続け、僕は意識を失った。
 覚醒しては意識を飛ばし、の繰り返しを何回行ったことだろうか。
 ゆっくりと覚醒しつつある耳に零の声が届いてきた。
「あきらちゃんがさ…陸を宿したとき…心配で心配で仕方なかったんだよ。僕はこの子を大事にするって決めたんだ、いや大事にしなきゃいけないって何かがそう言っていた。…僕は生まれる前から陸を愛していた…だけど同じようにあきらちゃんが聖を妊娠したって知ったとき、僕は何故だか息苦しかった。確かに自分の母親を妊娠させたんだ、後悔とか責任とか不安が色々交じっていたんだと思っていた…違ったんだ、あれは嫉妬だったんだ。…陸が、こんなに聖を大事に愛してくれるなんて思っていなかったから…僕を愛してくれるなんて有得ないと思っていたから…誰かが妊娠したらいつも思い出して切なくなってしまう…」
 零は独り言のつもりだったんだ…僕しっかり聞いちゃったよ。でもまだ気付いていない振りをしていよう。
 零にも聖にも僕にも、それぞれに囚われている心の闇がある。
 それを払拭するのは多分、無理なことだと思う。
 だったら皆が支えあっていかなければ駄目だって事、ちゃんと理解しなければいけない。
 ただでさえ、僕たちは絆だけで繋がれている家族だから、大事にしなければいけないんだよね。


「夾ちゃんに、返してきます。」
 翌日、聖は零の言葉をちゃんと理解して、夾ちゃんにミドリを返しに行った。
 ミドリはご主人様の夾ちゃんの元で出産したほうが安心するからだ。
 一番初めに産まれる子犬を聖は今から楽しみに待っている。
 それが一番自然なことなんだから。


 それから三日後、ミドリはオスを四匹、産み落とした。


「とっても可愛いんだよ。名前はね、イチゴとリンゴとミカンにモモだよ、僕がつけたんだ。…みんなとっても仲良しなんだ、だからね…僕、もらうの止めたの。夾ちゃんのところに会いに行けばいつても会えるから…。」
 産まれた翌日、聖は帰ってきて早々にそう言った。
「ササキがとっても悲しそうなの。」
「ササキ?」
 誰だ、そいつは?僕はマジで問い返した。
「子供たちのお父さんだよ。」
 あぁ、犬のね。
「ササキがね、僕が行くととっても悲しそうな目で見るの。『連れて行かないで』って目で僕を見るの。」
 多分、それは一度、ミドリを連れて行かれているからだと思うよ、聖。
「だから会いに行くの。家族はね、バラバラになったらいけないんだよ。…僕たちも家族なんだよ、だからバラバラになったら悲しいね。 誰かがいなくなったら駄目なんだよ。」
 聖…。
 僕は思わず聖を抱きしめていた。
「そうだよ、聖。僕達は家族だから離れ離れになったらいけないんだ。」
 聖、ごめんね、寂しかったんだね。
 涼さんとママに預けていたのに、夾ちゃんの犬と仲良くなっているのがおかしいって、どうして気付かなかったんだろう。
 でも君はやっぱり僕なんかよりずっと大人だね。
 もう僕は背伸びしたりしない、聖と一緒に少しずつ階段を上っていけばいいんだね。。
 愛してる、聖。可愛い僕の弟…。


「だから言ったじゃないか、無理して親にならなくてもいいって。」
「うん。だから親になるときは自分でなんとかする、パパみたいに女の子にお願いして僕の子供、産んでもらうんだ。」
「うん、それがいい…って、おいっ」
 零がクレームつけつつ、僕のお尻を触りに来る、今夜も失神…かなぁ?
「そんな風に思うのは性的欲求不満なんだな、きっと」
 ほら、理由付けしてるよ、冗談で言ったのに、わざとそういう風に解釈するんだね?
「だけど、陸にそんな風に言われると、なんか僕が責められている気がする…」
 責める?
「『零だけあんなに可愛い聖を授かって、陸には許さないなんて物凄く横暴な人間だ』ってね。」
「そうだね、横暴だね…だから聖は僕のものだよ…」
「今弟だって言ったばっかりじゃないかっ」
「それとこれとは別」
「駄目ッ、聖は僕のもの。勿論、陸も僕のもの。みーんな僕のもの、誰にも渡さない。」
 …零ってば欲張り…





 後日…。




 ピンポーン
 夜、マンションエントランスのインターホンが鳴った。
「はい?」
「ワンッ」
 わん?
「陸ちゃん?僕だよ、夾。」
「夾ちゃん?」
 慌ててロックを解除する。
「やぁ」
 夾ちゃんが俯き加減に僕を見る…零も夾ちゃんも背が高いんだよね。
 僕だって同じ遺伝子を受け継いでいて、パパも背が高いのにどうして?
「こいつさ、自分の産みの親より育ての親がいいらしいよ。」
「育ての親?」
「うん、聖がいないと寂しそうなんだ。ミドリに聞いたら、聖ならいいってさ。」
 ミドリに聞く?犬なのに?
「犬ってさ、愛情掛けてあげればちゃんと返してくれるんだ。聖もミカンがいれば一人でここに居ても寂しくないだろう?聖が言っていた。『僕はあの部屋で零くんと陸を待っていたいんだ』って。」
 夾ちゃんが僕の腕の中にそっとミカンを置いた。
「分からないことがあったら、僕に聞いてくれれば良いから…」
 腕の中で蹲っているミカンの頭を撫でながら、とっても優しい声でそう言った。
「あっ、ミカン!」
 奥から聖が飛び出してきた。
 誰も名前を告げていないのに、聖はこの子がミカンだと分かったようだ。
「こいつさ、聖がいないと泣くんだ。ミドリより聖に懐いちゃったんだよな。だからちゃんと責任もって育ててやってよ。」
「うん」
 僕の腕の中では怯えるように震えていたミカンが聖の腕に抱かれたとたん、嘘のように元気になった。
「しつけの仕方とか、教えてやるから。」
「夾ちゃん、忙しいでしょ?」
 すると何故か困ったように俯いた。
「いや、いいんだ。一年くらい遠回りしても・・・脳外科を専攻しようと思っていたけど、必要なくなったから内科医になるかな…って思っているんだ。そうしたらママが風邪引いても大丈夫だろう?」
「でも…」
「でも?」
「パパの病気はまだ治っていないのに?」
 聖が夾ちゃんに訴えるように呟いた。
「パパの記憶だろう?あれさ…大分良くなっているんだ。ただ、聖の前ではしらばっくれているだけで、色々思い出しているんだぜ。この間聞いちゃったよ。ママと二人で昔話していたしな。」
 そうなんだ…良かった。
「駄目だよ、ちゃんと夾ちゃんが治してあげなきゃ。」
 何故か聖がしつこく食い下がる。
「夾ちゃんは頭のお医者さんになるの。ミカンだってそう信じているんだから。」
「そうなのか?」
 夾ちゃんの手がミカンの上にある時はとっても優しい。
「じゃあ…仕方ないな…」
 照れくさそうに笑った。


「パパね、『キオクソウシツ』治っているの。だけど夾ちゃんがママが戻ってきたことで『モクテキ』を『ウシナッテ』いるから、パパは『キオクソウシツ』の振りをしているの。」
 夾ちゃんが帰った後、ずっとミカンを腕に抱いたまま、聖が教えてくれた。
「そっか…優しいね、涼さんも聖も。」
「僕?」
「そうだよ、だってそれを言わないで夾ちゃんを元気付けたじゃないか。」
「えへへ」
 聖、君はどんどん大人になってしまう、僕は追いつけないよ。
「聖、ミカンの家を買いに行かなきゃ。」
「家はあるんだ…ミドリの時に買ったから…餌がね、もう無いの。それとトイレシート。それだけ欲しいな。」
 可愛いっ。おねだりされると僕は無条件で買ってあげたくなってしまうんだ。
「分かった、じゃあ、買ってきてあげるよ。ゲージも必要だよね。」
 今夜は零がラジオの生放送があるので帰りは朝だ。
 深夜でも営業している店でとりあえず必要なものを買って来ようと出掛けにふと…気付いた。
「聖がミカンを抱いていると『ぎゅっ』は出来ないな…」
「恥ずかしいからもう『ぎゅっ』はいらないっ」
 ガーン…
「そんなの絶対に許さないからぁ〜」
 僕は強引にミカンごと聖を抱きしめた。
 僕たちはもう家族だからね、ミカン、よろしくね。