ACTIVEのホームページへようこそ
「暑い…」
 ここ数年、馬鹿になりそうな位夏が暑い。
 なんでも原因はアスファルトで地面を覆ってしまったから地球が呼吸出来ないからなんだそうだ。特に東京の夏は暑い。
「聖、ちゃんとご飯食べないと夏バテするぞ。」
 零が言っても聖は利かない、気づいたらジュースか麦茶を飲んでいて、アイスを食べている。
「太るぞ。」
 あんなに嫌っていた太る――という言葉も今は何の効果もない。
「涼ちゃんにやっちゃうぞ。」
 今、一番利くのはこの台詞。
「やだぁー」
 何故か聖は零の実家に預けられるのはいいけど、ずっと行くのは嫌らしい。
「ハンバーグ作ろうかな?」
 僕がぽつり、呟いただけだったのに、
「わーい、じゃあ僕手伝うよ」
と言って冷蔵庫から玉葱を取り出し、器用にみじん切りにした。
「聖、上手いね。」
「だって僕、お嫁さんになるんだもん。」
 ……………
「何か言った?」
 包丁を持ったままにっこり微笑む。
「どうしてお嫁さんなの?誰のお嫁さんになるの?」
 僕は大人気も無く真剣に聞いてしまった。
「…陸ぅ、男はお嫁さんにはなれないんだよ、冗談に決まってるじゃないか。今の時代、男だって料理くらい出来ないと将来困るのよ――ってママがいつも言うんだよ、パパにね。」
 あ、冗談―なんだ、ははは。でも真面目にドキドキしてしまった。
 なんとなく思った―聖は僕たちの元から案外早い時期にいなくなるような――取り越し苦労ならいいんだけどね。
「僕だって聖よりは遅かったけど…いや、同じ位かな?もう小学3年の時にはあきらちゃんの代わりにキッチンに立つ日があったからさ。」
「ママは料理が嫌いなの?」
 僕には好きに見えたんだけどな。
「作るのは好きらしい、ただ腕がなぁ…」
 そういうことか。
「ママが病気の間は?誰が作っていたの?」
「実紅と夾が交代で。涼ちゃんは出来合いのもの買うか出前だったよ、確か。」
「そっかぁ、涼さんは料理しないのか…」
「裕二さんは器用だよな。」
 あれ?どうして知っているんだろう?
 零はニッコリ笑って僕の鼻を摘まんだ。
「ハンバーグにレタス入れるの?」
 言われて手元を見たら、見事に千切りになっていた。
「サラダにするんだよ。」
 悔しいから言い返してやる。
「まだ挽き肉の解凍が完了していない。」
 あーっ、もうっ、悔しいー!
「パン粉、あったっけ?」
 のんびり聖が食料庫を探している。
 のどかな、一日が過ぎて行った。


「はじめ〜っ」
「剛志君、怒っちゃやだぁ〜ん」
「きゃーっ、りーくぅー」
「こっち向いてぇぇぇぇぇっ」
「かっこいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ」
「たかひろぉっ」
「いやぁー、零ぅ、ちょーかっこいい〜素敵〜」

「当たり前じゃん、零だもん」
 隆弘くんの口調になってしまった。しかし、女の子たちはお構いなしで騒いでいる。
 ここはテレビ局の前、『おっかけ』の子達がたむろしている。
「…あのさ…皆で順番決めてくれないかな?それで入り待ちは毎回その人だけ…だと危ないから5人限定で。そうしたら毎回、『イイコト』してあげるよ。今のままならずっと無視。危ないだろ?毎回。」
 初ちゃんが恐ろしい提案をファンの女の子達に言う。
「僕らのスケジュールはホームページで確認して。それで来てもいい日と悪い日を分けておく。サイトに抽選フォームを設定するよ、そこから申し込んで。外れたら来ない。来たら二度と口利かない、わかった?」
 全員渋々頷いた。
「じゃあ今日から作業に取りかかるから待っててよね。」
 言うだけ言うと、『バイバイ』と手を振ってテレビ局に消えて行った。
 後に残された僕たちに女の子たちが一斉に質問攻め。
「だからっ!僕だって今初めて聞いたんだから、詳しくはサイトで確認して。」
と言いおいて慌てて建物の中に逃げ込んだ。
「良い考えだろ?」
 控え室で初ちゃんが得意気に胸を張っている。
「前から気になっていたんだ、彼女たち。何時も同じメンバーだろ?だったら規制かけられるかな?って思ってさ…」
「でもあれだと出待ち入り待ちを容認したことになる。」
「だから来ていいときと悪いときがあるんじゃないか。」
「そういうことか」
 零は納得したようだ。
 初ちゃんは真面目だけど悪戯が大好きなんだ。今回は何を考えているのだろう…


「トップページに…ですか?」
「そう、でも必ず6日後にアップしてねん」
 語尾にハートマークを付けて、事務所のホームページ担当者にCD-Rを渡した。
 彼女は普段、経理をやっているのだけれど、PCに詳しく、自分のサイトを持っているので初ちゃんが頼んで時々更新作業を手伝ってもらっている。実はACTIVEのサイトは初ちゃんが作って運営しているんだ。
 メールは彼女が受信して転送してくれる。(最近やっと転送してくれるようになった。それまではプリントアウトして渡された。)
 画像や素材は初ちゃんが好きで作っている。ライブ写真とかは斉木くんが撮影したものを使っているんだ。
「何、企んでたくらんでいるの?」
「秘密。6日後に見てごらん。」
 とっても楽しそうに初ちゃんは鼻歌を歌いながら会議室へ移動した。
 もうすぐ事務所はお引越し。なので事務所内はなんとなくバタバタしている。あまり長居しないほうがよさそうだ。
「次は引越しが終わってから来るかな。」
と、初ちゃんは小さく呟いていた。
 僕がプライベートで初ちゃんに会うことはない…初ちゃんは今ラブラブ同棲中だから僕の相手なんてしている暇はないだろう…と思っていたが、パソコンをいじるのが好きなんだ、息抜きらしい。
「ねぇ初ちゃん、初ちゃんの家ってどんな?」
「どんなって普通だよ、2LDKの賃貸マンション、一室は楽器部屋、あとは寝室。」
「彼女とは週に何回セックスする?」
「ノーコメント…陸はどうなんだよ。」
「僕?17回くらいかな?」
「…それって一週間の日数より多いんだけど…もしかして陸がイク回数?」
 あ…、墓穴…。
「17かよ、相変わらず張り切って意欲的に回数こなしているな…って回数合わないな。」
「僕が眠いって言った日は拒絶するから…」
「…週六日?」
「週五日くらい…」
「それにしては半端」
「週五日で各3回、あとは1回ずつ…」
「結局毎日じゃないか。」
「うん…僕が眠いって言うと零が一人で勝手にするから。」
「で、イッちゃう?」
「うん…すっごく、気持ち良くなっちゃうんだもん…でもやっぱり多いんだ…」
「いいんじゃないかな、若いんだし…俺としては仕事に支障をきたさなければ構わないよ、何回でも」
「で、初ちゃんは?」
「食い下がるな…5回くらいかな」
 週休二日か…。
「欲望だけじゃないから、俺たち。」
「僕たちだって欲望だけじゃないもん…でもしちゃうんだもん…」
 自分でふっておいて、かなりやばい状況に陥った。
「そうなの?」
「うん…」
「好きな人がさ、自分にだけ、とっても恥ずかしい姿とか声とか表情とか見せてくれるのって嬉しくない?俺は凄く嬉しいんだ。だけど俺たちの場合は常に一緒に居るわけじゃないから、いつベストの状態かが分からないじゃないか。だから加減しちゃうんだ、『今日は顔色がよくないから、我慢しよう』って感じでさ。」
「ふーん…」
「けど、零はいつだって陸のこと気にしているだろ?陸のベストな状態を確認しているんだな、無意識に。これが愛ってもんじゃないかな、わかんないけど。」
「愛がなくなったら出来なくなるのかな?」
「んー、まだあるからわかんないや」
 そうだよね、そんなことは先になってから考えればいいんだよね。
「零はもともと暗かったけど、陸は心配性が度を越してるな」
「悪かったな、暗い上に毎日セックスして。」
 いつの間にか初ちゃんの背後に立っていた零だ。
 すると初ちゃんはいきなり笑い出した。
「お前等、分かりすぎだよ、陸は零の顔見ただけで物凄く嬉しそうだし、零は陸が誰かといるだけですっ飛んで来る。何を二人とも不安に思っているんだか馬鹿らしい…」
 バイバイ、と手を振って初ちゃんはスタジオへ向かった。
「おら、行くぞ、陸」
「うん」
 なんか、嬉しい。
 なんにも無いことが幸せなんだ、そうか…。
 仕事が急に忙しくなって、家で話をする時間があまりなくなってしまった為のコミュニケーション不足、僕にはそうだったんだけど零には違ったらしい。
「愛してる…って言わないと、わかんないんだな、陸は。」
「うん、一杯言葉にしてくれないと、僕には伝わらないみたい。」
 つん、と人指し指でおでこをつつかれた。
「じゃあ、飽きるほど言ってやるよ。」
「うん」
 ―初ちゃんに惚気と言われても確かに仕方ないな―


 さて、問題の6日後。
「なんだ?これ?」
 聖が朝からパソコンを開いてブツブツ呟いている。
「どうしたの?」
「『ACTIVEのホームページは閉鎖しました』だって。」
 あれ?
「くだらない」
 歯ブラシを咥えたまま、フェイスタオルを取りに来た零が、後ろからモニターを覗き込んで直ぐに洗面所に戻って行った。
「更新作業が大変だからねぇ」
 ため息混じりにモニターへ目を落とす。
「ん?」
 黒い壁紙に赤文字。でも『T』の文字が何故か不自然…
「聖、ちょっとそこ、クリックしてみて」
 カチッ、マウスが音をたてる。
「あ、行った」
 リンクが貼ってあったのだ。
「隠しページか」
 今度はやはり黒い壁紙に白字で『パスワードを入力』とある。
「パスワード…」
 聖がキーボードの上に指を滑らせる。
「一番簡単なのは『ACTIVE』だよねぇ…」
 確かに、次のページに飛んだ。
「又何かある」
 今度は青い壁紙に黒文字で
『メンバー全員の誕生日を4桁で入力』だった。
「誕生日?」
 聖が『知らない』―と言う表情で僕を見た。
「えっと…零が8月25日、僕が5月17日あと…」
「それは僕も知ってるよ」
「初が7月30日、剛史が2月15日、隆弘が11月20日だよ」
 洗面所から戻ってきた零も参加。
「あ、出た。」
 次のページに飛んだ。
「『零の高校時代のあだ名は?』って、ないよ、そんなの。」
 零がモニターを見て文句を言う。
「『れい』でいいのかな?」
 聖が冷静な判断で入力。
「ありゃ、残念だって。じゃあ『零』かな?…あ、行ったよ。『あなたは000003』番目のACTIVE親衛隊員です』だって。」
 初ちゃん、親衛隊って…古い…。
 このページから『グループ登録方法』『抽選方法』『収録参加方法』などの決まりがある。
「あいつ、責任感が強すぎるんだよ。こっちにも少し振ればいいのにな。」
「…でもこんなの振られても作れないよ・・・馬鹿馬鹿しくて・・・」
「たしかに・・・」
「ねぇねぇ、僕000003番目のACTIVE親衛隊だってぇ、メンバー揃えなくっちゃ。」
 モニターを見ながら聖が言った。
「聖、ここ見てご覧、『但し18歳以上に限る。小学生は不可、中学生は居住地近辺の大都市昼間のみ、高校生は居住地近辺の大都市のみ。』って書いてあるよ。」
 そうか、初ちゃんは入り待ち出待ちしている女の子達を排除しようとしているんじゃなくて、きちんとルールを作らない僕たちに責任がある…と、言いたいんだね。
「友達が同じことを言ったら聖は家でテレビを見ながら応援してねって言うんだよ。子供が遅くまで外をウロウロしていると、車からは小さくて見えないから事故にあったり、悪い人にさらわれたりするかもしれない。人には『持ち分』があるんだよ?分かる?」
 子供がルールからはみ出したらどうしていけないのかを納得させることが大人の役割。
「……陸、初の奴、そんなに深い意味はないと思うぞ…」
そう、かな?
「絶対、断言して良い。後で聞いてみるといい。」
 …初ちゃんって…。


「ん?あぁ、そうだね、そんな風にも解釈できるね。」
 あーん、零の言うとおりだぁ。
「ほらみろ、初がそんなにふかーく、物事を考えて行動なんてしないぜ。」
「言ったな、このスケベ野郎が。」
「お前なんか週休二日じゃないかよ。」
 …くだらないことで延々と2人の会話が続きそうなので、僕は斉木くんに声を掛けた。
「ねぇねぇ、今日の僕の衣装ってどれ?」
 今日は雑誌の取材。音楽雑誌ではなくてアイドル雑誌なんだけどね、仕事は大事にしないと。…でも最近は週刊誌とかアイドル誌とかファッション誌が多いな…林さんの趣味かな?
「今日のコンセプトは『一番似合う服』だそうです。なんでもファン投票したらしいので、絶対にお願いしますって、念を押されました。」
 …嫌な予感…
「陸さんの服、似合うと思いますよ、僕も。」
 そう言いながら、斉木くんの腕に掛かっていた服は中世ヨーロッパの騎士の様な衣装だった。
「…それは…誰の?」
「零さんです、陸さんはあっち。」
 そう言って指差された先には…。
「ヤダ、絶対にヤダ。」
「そんな、可愛いですって。」
「何で僕だけピンクでハート柄のパジャマなわけ?」
「俺の着流しよりはいいんじゃん?」
 隆弘くんが腕を組んで眺めていた。
「俺は燕尾服だぜ。」
と言ったのは剛志君。
「剛志君はお婿さんのイメージなのかな?」
 僕がぽつりと言ったら、耳元で「零のお婿さんにだったら今すぐにでもなってやるけどな。」と、囁かれた。
「駄目っ、そんなの僕が許さないから。」
「零が俺の方向かなきゃ、そんなことしないよ。」
「そしたら、俺が陸、もらってやるからさ。」
 隆弘くんが僕の身体を抱きしめる。
「僕は聖と2人で逞しく生きていくから平気だもん。」
 大人気なく、反論してしまった…。僕はACTIVEのメンバーと一緒にいるとき、一番自分らしく居られる気がする。飾らない、素のままの自分が出せている気がする。
「ほらほら、皆何しているんだ。小学生じゃないんだから、さっさとメイク室行って、サクサクと仕事をする。」
 林さんに追い立てられてしまった。
 ……
「聖君は白馬の王子様だな。」
 隆弘くんが囁いた。
「多分、陸が今考えたことは聖君のコスプレだろ?」
 思わず、びっくりして声にならないまま頷いていた。
「白いタイツに赤いスカートでも履かせてみたら、可愛い王子様じゃん。」
 うんうん。
「でも本当にそんなことしたら…」
 生きていられない…がっくりと肩を落とした。
 聖は今、何をしているだろう?晩御飯を作って食べているのだろうか?今夜は帰りが遅くなりそうだ、ごめん。
 明日は絶対に早く帰るから、一緒に晩御飯を食べようね。一体、何を作ってくれるんだろう?いつもとっても楽しみになっている。
 ミカンと一緒にいい子でお留守番していてね。
「凄くいい顔してる。聖君は幸せだな。」
 …今度の休みにはどこか近くの乗馬クラブに、白馬を探しに行こう…と思ったことは内緒。


「林さん、良かったです、次点にして。」
「だろう?意外と陸ちゃんは拘るんだ。ファン投票第一位なんて絶対に教えられない。」
「プライドが高いですよね、男としての。」
「あぁ。あんなに可愛いのにな。」
「林さんもそう思います?」
「うん、零君の気持ち、なんとなく分かる。」
「一度、自分で啼かしてみたい…って欲望に駆られませんか?」
「無い…と言ったら嘘になる。けど、俺は妻帯者だからな、理性がある。」
「うぅ…」
「それ、早く衣裳部屋に返しに行って来い。」
「はい。あ、林さん、あのパジャマ、買取にしたそうですね。」
「そうなのか?」
「あれ?じゃあ零さんかな?」


 …気のせいかな、今衣裳部屋に斉木くんが真っ白なウエディングドレスを持って走っていったような…。
 そうそう、『ACTIVE親衛隊』はその日のうちに10,000人を突破したそうです。そういえば僕たち、ファンクラブが無いんだよね。パパに事務所の引越ししたら考えてもらおう。