ソロ・アルバム
「ソロ、アルバム?」
 心臓がバクバクいっている。
「そう、ソロ・アルバム」
 あ、やっぱりそうなんだ、林さんが断言する。
「僕は駄目だよ、歌えないよ、10曲も…」
「陸、何聞いていたんだよっ、ボケッ」
 零がするどい突っ込みを容赦なく入れてきた。
 ただ今レコード会社の会議室において、次の企画検討会議を開催中です。
「全員がそれぞれ作詞、作曲、編曲したアルバムを毎月リリースするって言っているんだよ。大体ボーカルがいるのに他の人が歌ったら僕は仕事が無くなるだろうが。」
 ご尤もです、はい…。
「それもソロ・アルバムって言うの?」
「言わせるの」
 ハハハ…。
「締め切りは?」
 流石仕事の鬼、初ちゃんがまともな質問をした。
「二ヶ月。それで詞と曲を上げて欲しい。アレンジは出来次第、やって欲しい。」
「その間のテレビとか雑誌の仕事は?」
「テレビはセーブできたのですけど、雑誌の取材とレギュラーのラジオがあります。」
 斉木くんがスケジュール表を見ながら答える。
「出来次第で、誰が一番に発表するかが決まる、それは一般に公開するので、最後になった者が一番出来が悪かった・・・と世間に公表することになる。」
 ゲゲッ
「それって…意地悪じゃないですか?」
 僕としてはみんなに代表して言ったつもりだったんだけど、
「陸、お前プロとしての自覚が無いのか?俺たちはミュージシャンとしてやっと認められたんだぞ。ヘラヘラと毎日浮かれていたんじゃ直ぐに駄目になる。」
と、剛志くんから久し振りに痛い一言。
 それに全員が頷いている、とほほ…。
「今までとは違う音を探して欲しい。」
 これはレコード会社のプロデューサー、舞賀田(まいかた)さんの暖かい(?)一言。
 こうして次回までに自分のコンセプトを決める・・・と言うことでミーティングは終了した。


「ねぇ聖、どんな歌が聞きたい?」
 今夜は零と初ちゃんがラジオ出演の日…って零がレギュラーで僕たちは準レギュラーだから、零は毎週火曜日の夜は不在になる。
 ちなみに僕が出演する日の夜、この家には聖一人になってしまうので、涼さん、ママ、夾ちゃんが順番に泊まりに来てくれるか、又は加月の家に泊まりに行く。時々斉木君が泊まって行ってくれることもある。
 2人でスパゲティ・カルボナーラをフォークでクルクル巻きながら夕食の席に着いていたのだが、ふと思いついて聞いてみた。
「どんな?うーん…皆で歌える歌。合唱コンクールとか、運動会とか、音楽の時間に歌えたら楽しいよね。」
「聖は口ずさめる歌が好きなんだね。」
 そうだ、確かにそれも貴重な意見だ。
 会議の後、それぞれが案を練るために直ぐに解散した。僕はそのまま帰宅してしばらくオーディオルームに篭って色々考えたけど、「カッコいい」っていうイメージしか考えていなかった。
「僕ね、聞いていてうれしいなぁとか、暖かいなぁって気持ちになる歌が好き。心臓がぎゅってなるの。」
「心臓がぎゅってなる歌かぁ…」
 とっても難しい注文だ。哀しい歌ではなくて切ない歌…。
「新しい曲作るの?」
「うん。今回は零も沢山作るんだよ。」
「そっかぁ…じゃあ、又忙しくなっちゃうね。」
「でも家にいる時間は今までより一杯あるよ。暫くテレビには出ないからね。」
「テレビ出ないんだ。」
 聖は器用にフォークを操って、スパゲティーを巻いていく。僕はどうしても沢山、フォークに巻きついてしまって、何度もやり直しをする。
「陸って不器用?」
 聖がフォークを斜めに持つように手を添えて教えてくれた。
「そっか…、気付かなかったよ、こうすればいいんだ。」
 ちょっと得意げに食事を続ける聖。とっても可愛い。
「考えたんだけどさぁ、ひな祭りとか子供の日の歌はあるけど、海の日とか建国記念日の歌はないよね。」
 ん?あ、仕事の話ね。
「そうだね。文化の日とかもないね。」
「記念日の歌って面白そうだね。」
 記念日?
「特別な記念日の歌だったらいいかもしれない。例えばファーストキスの記念日とか、初めて料理をした記念日とか…うん、面白いかも。」
「タイトルもそのまんま、記念日?」
「アニバーサリーってカタカナで書くのもいいかも。」
「アニバーサリーって英語?」
「うん、英語。」
「だったら僕は『記念日』のほうがいいな。」
 テーマが決まったらイメージがどんどん膨らんできて、僕はもう楽勝かな?
 聖、サンキュ。


 夕食の片づけを終え、聖と一緒にお風呂に入って、聖のベッドに潜り込んだ。ミカンはちゃんと自分のベッドで寝ている。
「聖、ちゃんとミカンのしつけ出来たんだね。」
「うん、夾ちゃんが色々教えてくれたからね。」
 僕たちが何時までも話していると、ミカンは安心して眠りにつけない。だから電気を消して、聖におやすみのキスをして、静かに眠りについた。


「たっだいま〜おっはよぉ〜」
 初ちゃんと一緒の日は、大抵飲んで帰ってくる。お酒臭い息で聖にキスしちゃ駄目だっていっつも言っているのに、聞いたためしがない。
「聖〜、朝だ…おわっ、なんで陸がいんだよっ」
 慌てて飛びのく。
「ワンッ」
 応えたのはミカン。零の足にじゃれ付く。
「聖の肝臓が駄目になったら、僕、許さないからね。」
「臭気で肝臓がイカれるのか?」
「なんでも駄目なの。」
 僕は零を引き摺って、寝室のベッドに寝かせた。三時間もすればいつもの零になるんだけどね。どうしてお酒飲むんだろう…嫌なのかな?家に帰ってくるの。嫌なことがあるのかな?家の中で。
 聖が起きてくるまでまだ時間がある。僕は部屋の掃除と朝食の支度をして、2人が起きてくるのを待った。


「覚えていない…」
 零は絶対にお酒に弱い。なのにどうして飲みに行くんだろう?
 決めた!!僕は二十歳になってもお酒も煙草もやらないぞ!!
「初の相談に乗ってやってて、最初はビールだったんだよ。で、日本酒に切り替えて…その後が…全然記憶に無い。」
「お酒の歌でも歌ってたら?」
「嫌味だな。」
 ダイニングテーブルの零の定位置に座ると、当然のように御飯茶碗を差し出す。
「でもいつもありがと。」
 お酒を飲んで帰ってきた日は、絶対に『御飯と味噌汁』と言い張るのだ。だから僕はいつも聖のハムエッグとトースト、零の御飯と味噌汁の二本立てで用意する…というか、初ちゃんと仕事が一緒の日の翌日は僕が朝食の支度をしないと聖が可哀想だから。
 聖はいい子だから、黙っていれば自分でみんなの分を準備してそっと起こさないように出掛けていく。
 でも、暫くは普通の人と同じように朝七時頃に起きて九時くらいに仕事に行き、夕方五時には既に家に居る…という生活が送れるので、聖への負担を軽減できると思うから、出来るだけ僕が朝食は準備しようと心がけている。
「次のミーティングって何時だっけ?」
 味噌汁を啜りながら、零が空に視線をさ迷わせて問う。
「金曜日」
「三日後か…。陸のテーマは決まったのか?」
「うん、大体。」
 既に零の頭の中は仕事モードになっている。
「後で部屋、使って良いか?」
「平気。僕は片付け物しているから。」
「余裕だな…」
 ちょっと肩を竦め、
「余裕なんか全然無い。決まったのはテーマだけでコンセプトがない。」
 ふーん…と唸るように言うと、
「初はもう殆ど出来上がっている。あいつずるいんだ。かなり前から知っていたらしい。で、黙って一人で進めていたんだぜ。」
「そうなの?だったら絶対に負けられないな。」
 零の手がすっ…と僕のお尻を撫でた。
「エロおやじみたいなことしないの。」
 軽く睨む様にたしなめると、
「エロおやじに触らせたのか?」
と、返された。
「例えだよ。」
「うーん…陸、片付けは後にしよう。」
 そう言うと僕の手首を握り締め、自分の方に引き寄せると深く、口付けをしてきた。
 そっと、唇が離れ、どちらともなく額と額を合わせて余韻を楽しむ。
「しよ。」
 なんとも短いフレーズで僕は子羊にされるのだった。


 ロールスクリーンを下ろし、室内をプラネタリウム様にする。朝からこんなことするのはやっぱりちょっと気が引ける。
 零の手で、僕のジーンズが下ろされ下着を剥ぎ取られた。僕は立ったままTシャツ一枚の姿にさせられた。
「陸も、待っててくれたんだ。」
 そう言って手を伸ばす。普段はファンの人達を魅了するこの唇が、今は僕のもの。
「ん…」
 本当に、僕たちは毎日こうして肌を合わせる。
 ビクンッ
身体が跳ねる。
「あぁっ…」
 小さく、叫んでいた。
ドクン、ドクン…
 欲望が溢れ出る。
 零の真っ赤な舌が、僕のペニスを舐める。
「あっ…あっ…」
 今射精したばかりの敏感なペニス。ピクピクと痙攣するように動いている。
「僕のも、して。」
 零が催促する。
「うん…」
 酔っ払って帰ってきて、しわになりそうなものだけ脱がせて寝かせたので、今身につけているものはティーシャツとパンツだけ。そのパンツを一気に引き下ろすと、いつもより大きく見える零のペニス。
「すごい、元気だね。」
「そりゃ、そうだよ。だって夕べは陸とセックスしていないから溜まっているんだよ。」
 なんとも直接的なセリフ。思わず赤面しそうだ。
 まるでバナナでも食べるようにパクッと口に含む。
「ん…暖かくて気持ちいい…」
 幸せそうに目を閉じて、少しでも感じるように集中している。
 最初はゆっくり、段々早く動かし、途中からは手も使う。
「ちょっ…待った…もう…いい…」
 ゼイゼイと喘ぎながら僕の頭を両手で掴み、強引に唇をペニスから引き剥がす。
「イクのは陸の中だ。」
 そう言うとすばやくお姫様抱っこでベッドの上に仰向けに寝かされ、サイドテーブルの鍵を開けるとオイルを取り出し、僕のアナルを丹念にほぐす。
「夕べ使ってないからすぐには駄目かな。」
 いいえ、こんなにしょっちゅう使っていたら、僕のここ、開ききっているんじゃないかな…って最近思うよ。
「ふあ…」
 せっかちに指が動く。一本、二本、三本…指が増やされ出し入れされ、僕はまた感じてきてしまっている。
「気持ち良いの?陸はエッチだな…」
 零の常套句。そして、
「入れるよ」
 待ちきれなくなって一気に挿入するのだ。最近は殆ど正常位。
「あぁ…」
 零が入ってきた瞬間、その時は異物感がある。でも十回も抽挿されるとあっと言う間に快感に変わる。
「あっあっあっ…」
 もう、声が止まらない。
「あんっ、あっ…零、れいっ…」
 僕の腕が宙をさ迷い、零の背中に辿り着く。必死でしがみついてどこにも飛んでいかないように、どこにも落ちて行かないように、しがみつく。
「いやぁ…出ちゃうっ、でちゃうぅっ」
 二度目の射精感。しかし零がぎゅっと僕のペニスを握り締めた。
「あと…ちょっと…待って…一緒に…うっ…」
 硬く握り締められていた指が力を失ったと同時に僕は精を解放した。
 零は僕の上でピクピクッと身体を震わせている。
 ばったりと僕の上に倒れこんできて言った一言。
「もう一回いい?」


 結局、零は僕の中で三回、イッた。
 既に時間は正午を過ぎており、慌ててシャワーを使ってから零は防音室で創作、僕は朝の片付け物をしてから洗濯に取り掛かった。


 二時間ほど零はオーディオルームに篭っていたが、鼻歌を歌いながら軽やかな足取りで出てきた。
「陸、陸のテーマ聞いて無かったよな、なんなの?」
「『記念日』」
「え?」
「『記念日』だよ。運動会の歌とか結婚式の歌とかあと祝日の歌とか、誰でも歌えそうな親しみのある…どうしたの?」
 零の表情が一転したかと思うと、またオーディオルームに向かっていった。


 次に出てきたのは四時間後、夕食の支度が全て終わったので呼びに行ったときだ。
「ねぇ、零のテーマは何?」
「決まらないぃっ、僕も記念日にしようと思ったのに…結婚式とか、卒業式とかに歌ってもらえるような歌があったらって思ったんだ。」
「え…で、でもさ、僕は子供向けにして零は大人向けにしたら?」
「うん、そうだよ零くん。」
 聖も慌ててフォローに入る。
「でもなぁ…」
「大丈夫、零の曲と僕の曲は全然違うから。」
 そうなんだ、同じバンドの中でも嗜好が違うから書いた人によって出来上がるものが全然違う。零の書くものは基本的に明るい感じがする。でも僕のは地味だ。
「うーん…」
 零の箸を持つ手が重い。
「ねぇ零くん、僕ね、今度の遠足委員になったんだよ。」
「遠足委員?」
「うん。一杯思い出を作れるようにっていう企画なの。行くところは学校で決めてくれるから、どうしたらみんなとの楽しい思い出が残せるかって言う委員なの。」
「ふーん…思い出作りなんだね…思い出?」
 零は急に嬉しそうな顔つきになった。
「思い出…いいかもしれないな。コンセプトは思い出。うん、聖と一緒に思い出委員になろうかな。」
「遠足委員だよぉ。」
 そっかぁ、聖は遠足委員なんだ。楽しそうだな…と思っていたのは秘密。


 金曜日、再びレコード会社の会議室。
「零が『思い出』で陸が『記念日』、なんだ。」
 ふーん…と、初ちゃんが不思議そうにしている。
「初ちゃんは?」
「バラード集」
 え?
「剛志はラップ、隆弘はハードロック。」
「コンセプトってそういうのなの?」
「本当に陸、この間の会議で全然聞いていなかったな?」
「でも、零だって同じ案を出してきたじゃない。」
「零は元々会議とか委員会とか苦手だから聞いていないんだよ…まったくお前ら似たものなんとかだな。」
 初ちゃんが呆れている。
「いいよ、その思い出と記念日。2人のコンセプトは「なんでもあり」ってことだろう?」
 ドキッ
 舞賀田さんのフォローはいつも暖かい…。
「では二週間で音を作ってきてくれ。」
 こうして僕の、いや、ACTIVEのメンバー全員は再びそれぞれの家に散らされたのでした。


どんなアルバムになるか…それは次回に。