街はクリスマス色で彩られ、道行く人々はなんとなく落ち着かない様子で過ごす年末。
僕は…そんな景色や氾濫する音を耳にする余裕が一切無かった。
なぜなら…『例』のソロアルバムの進行がただ一人遅れていたからだ。
第一段として11月に初ちゃんの『カーニバル』が発売された。これはアップテンポの曲ばかりなんだけど、ロックありロカビリーあり歌謡曲ありのまさにお祭りで、第一段にふさわしい華やかなスタートだった。
今月は『Kiss』というタイトルで剛志君の作品だ。春夏秋冬の恋人達のKissシーンをイメージ。零のラップは想像以上にカッコいいんだ。
1月は零の『君の思い出が雪に』とイメージしにくいタイトルだけどスキー場で流して欲しいと言う、零の願望バラード集。
隆弘君は2月で『愛の訪れる窓』。ドラマーらしく(本人談)アップテンポな曲ばかり、得意のハードロックだ。
で、皆は完成していて後は発売するだけなんだけど、僕だけまだ完成していない曲がある。提出したのは一番だったけど『記念日』だから、卒業シーズンに合わせて、ということで3月になった…けど、遠足用の「NoN-NoNバスストップ」がなかなかOKが出なくて四苦八苦中なのだ。
「もう少しだけ可愛らしさが欲しい」と言われても抽象的すぎてわからない。
すっかりテレビ出演や取材も元通りになっていて、CM出演と音楽も担当になり本当に頭の中がパニックしている。パニクリ過ぎて、仕事以外頭の中に何も入っていなかった。
「陸、お土産」
夜、へとへとになってマンションに戻るとパジャマ姿の聖が眠そうに目を擦りながら部屋から出てきた。 「今日社会見学でガラス工場に行ったの。お土産に貰ったの。」
聖の手のひらにはガラスで出来た小さなハイヒールが片方乗っていた。 「可愛いね、大事にするんだよ…」
ポンポンと頭を撫でて、気づいた。 「あ、お弁当!ごめん!」 「大丈夫だよ、ちゃんと卵焼き焼けたもん。あのね、おにぎり、零君が作ってくれて、海老フライも作ってくれたんだよ。」
僕はすごくショックだった。
朝、聖は目覚めて、僕がお弁当を作っていないことに気付いたとき、どんなに切なかっただろう。 「陸ぅ、そんな顔しないでよ、本当に大丈夫だったんだから。」
けなげな聖に胸が痛む。 「いやだよ、僕ここにいるからね。加月の家には帰らない。」
聖の方が泣きそうな顔になってしまった。 「絶対に埋め合わせはするからね。」
僕には小さな体を抱き締めることしか出来なかった。
しかし。何故に加月の家?僕は何かのキーワードに使っているのかもしれない、自重しなければ。 「聖」 「ん?」
僕は思い切り小さな身体を抱き締めた。 「何?どうしたの?」 「大好きだよ」
聖は物凄く抵抗したがそれでも暫くしたら僕の胸に身体を預けた。 「僕ね、背が伸びたの。もうすぐ零くんを追い越せるかな?」 「うん、もうすぐだね。すぐに追い越して零よりカッコ良くなっちゃうかもしれないなぁ、そうしたら僕、考えちゃうなぁ。」 「ほんとに?」 「うん。―でも零は勉強も得意だったよ。」 「僕、頑張る」
可愛い唇にキスをひとつ、照れながら受ける聖。
あぁ、僕は幸せだなぁ、と思う瞬間。
すると零が部屋から出てきた。 「お帰り」 「あれ?オフだっけ?」
今日はスケジュールが別だったので僕は斎木くんと一緒だった。
「ん、寝てたよ。あ、聖、」
「なあに?」 「お前お茶持って行くの忘れただろ?」
その時、聖の表情が変わった。
「うん、でも途中で思い出してコンビニで買って行ったよ」 「そっか」
零は安心したようにキッチンへ行ったけれど、僕は気付いてしまった。 「嘘だね?わざと?」
とっても困った顔で俯いた。
「お茶は陸が煎れてくれた紅茶じゃないと嫌なんだ。」
観念して口を開いた。 「ごめん」
もう一度だけ、僕は聖に謝った。
「ううん、それにね、零くんの紅茶…美味しくないの。だから置いてっちゃった、ヒミツだよ。」
ぺロッと舌を出して、いたずらっ子のよう表情を作る。
「零くん、今日は筍の炊き込みご飯だからね。」
零の後を追ってキッチンへと向かった。確かに2人が並んでいるとよく似ている。動きもよく似ている。
「陸ぅ、見とれてなくて良いから、早く着替えて手を洗ってきなさい。」
う、聖に叱られてしまいました。
「うー…」
僕はオセロが苦手だ。しかもこのアナログ式のは大の苦手だ。
「絶対に陸はこの情勢だと勝てないな。」
「うるさいな」
零が横から口を挟む。
「勝てる方法が一つだけある。」
食後、オーバーヒート状態の頭をリラックスさせようと聖と一緒にゲームでも…と思ったら、出てきたゲームがこれだった。僕としてはプレステ【※プレイステーション】で格ゲー【※格闘技ゲーム】でもしたら気分がスッキリすると思っていたのに逆効果だよ、とほほ。
「で?どうすれば良いのさ」
半ば自棄になった僕は零とバトンタッチ。
「あーっ、ずるーい」
聖が悲鳴を上げる。
零は負けたことが無い。案の定あっという間に聖の手持ち駒をクルクルとひっくり返して勝利してしまった。
「なんで零くんは強いの?」
聖が諦めきった声で聞く。
「ここの違い?」
左手の人差し指は頭を指している。
「うへぇ〜、零くんって学校の成績よかったの?」
…
「よかったの?」
僕も聞いてみる。
「良かったよ。学年10位以下になったことが無いから。」
じゅっ、10位?
「僕は数学が駄目だったから30位がやっとだった。」
「さんじゅう?うへぇ〜僕、塾に行こうかなぁ」
さっきから聖は悲鳴を上げっぱなしだ。
「塾に行かなきゃ出来ない勉強なんてしなくて良い。」
零がさらりと言った。
「聖は何のために勉強しているんだ?」
「ん〜わかんない。」
「学校というものは小さな社会なんだ。大人になるための準備機関。勉強はその社会で必要不可欠な最低限のことをやっているんだ。確かに良い成績を取りたいだろうけど、それはあくまでも結果論であって、僕は通過点が大切だと思う…って聖にはわかんないかな?つまり、良い点数を取るためではなくて、良い聖を作るために勉強するんだよ。」
小さな頭が少し斜めに傾いて、サラサラの髪がサラリと揺れた。
「良い、僕?」
「そう、良い聖。悪い聖になったら許さない。」
聖の背中がビクッと跳ねた。
「お仕置き?」
「そう、お仕置き。何がいいかな。」
本気で怯えている。
「考えて置くから、聖はもう寝る。」
「はい、おやすみなさい。」
ホッとした顔でピョコン、と立ち上がる。
「うん。あっ、聖。」
背中に声を掛けた。
「なぁに?」
振り返るとサラリ、髪が頬に掛かる。
「一杯、お友達を作るのも良い聖の素だからね。」
にっこり、微笑む。
「はい。」
ピョコピョコっと部屋のドアまで小走りで行くと、
「おやすみなさい」
と、挨拶をして、部屋の中に消えた。
零は本能で父親なんだ。僕のように常に頭の片隅に置いていないと聖のことを忘れてしまう薄情なこと、絶対にしない。
「何落ち込んでんだ?」
又見抜かれてしまった。
「そんな沈んだ表情していたら、誰だってわかるよ。」
「うん」
「陸は聖に好かれているじゃないか。何か不満があるのか?」
………
「そっか、そうだよね。」
うん、確かにそうだ。僕は今、聖と仲良く暮らしている、それでいいんじゃないかな。僕のパパだって僕のこと忘れる日があったはずだから、そんなことがあってもいちいち落ち込んでいたら駄目。
さて、僕は今自分がやるべき仕事をしなければ!!
そんなことを考えていたら背後から零の腕が、僕を慰めに(?)来た。
お陰でその晩は仕事が出来なかった…。
翌日は年末の『カウントダウンライブ』の打ち合わせ。
去年は飛び入り参加だったけど、今年は皆の夢がかなって単独で行うことが決定していた。
実は林さんが去年のうちから会場を手配していたのだ。僕らは本当に踊りだしていた。だって『カウントダウンライブ』といったらファンの皆が忙しい時間を割いて来てくれる、本当に憧れだったんだ。
カウントダウンライブだから『お祭り』ということで、NEWアルバムの『カーニバル』を中心に曲が構成されている。
「カウントダウンだけどさ、歌いながらやりたい。」
「そんな曲、あったっけ?」
「ここをきっかけに毎年恒例になるよう、カウントダウン用の曲を作る。」
「5、4、3、2、1、0とか言うの?変だよ。」
「楽しくっていいじゃん。」
「陸はなんか意見ないの?」
スタッフとメンバーの意見のやり取りを僕はずっと黙って聞いていた。だって…僕の意見は決まっていたから。
「今まで決めてきたこと全部、駄目になるけどいい?」
林さんが怪訝な顔をした。
「どんな?」
「セットには大きな時計を置くんだ。で、カウントダウンのときは静かにその時計を見てて、静かに時間を過ごす。十二時になったと同時に曲が始まる。特におめでとうとか言いたくないんだ、わざとらしいから。」
いつも他人のライブ中継とか見ていて思っていた。多分彼らはやらされているのだろう、番組の都合もあるから。
だけど元々日本の年明けって除夜の鐘を静かに聞きながら、家族で祝うものだ…ってばあちゃんがよく言っていた。それをライブにしたらこんな感じになる気がする。
「曲も十二時前後はバラードにしたい。」
これが僕の意見。
「それもいいかな…」
僕の話を真剣な表情で聞いてくれていた林さんが頷いた。
「じゃあ、上と話し合ってみよう。」
上…上司、だよね?
「パパに、聞く…の?」
それってすっごく、嫌。
「いや、裕二さんはACTIVEに関してだけは首も突っ込まないし、口も挟まない。…陸ちゃんのこと以外は…」
最後の方は小声になっていた。
「それってもしかして、まだドラマの話とか持ってきているの?」
コクン、
林さんが頷いた。
「競演したいらしいんだ。出来れば直接、言っといてくれるかな?」
「はい…ご迷惑をお掛けします…」
くーっ、恥ずかしいーーーーーーっ。
と、僕が照れている間に話はカウントダウン用の曲と僕の案とでまとまったらしい、どっちに決まるかはそれぞれもう少し、予算やその他色々考えてかららしいけど…間に合うのか?
「あ、陸ちゃん。」
解散後、林さんが僕を追いかけてきた。
「例の遠足の歌だけどさ、あれ、カットになった。『入学』『卒業』『誕生日』『結婚』『海の日』『晴天』『クリスマス』『出会い』『記念日』とあとは『ありがとう』の全10曲で決まった。」
僕は絶句した。それは全部録り終っていて、あとはジャケット撮影だけで…。
反論を口にしようとして瞬間、
「その代わり、陸の声を入れる。ま、三行だからさ、たいしことないからさ。明日、レコーディングスタジオに来てよ、簡単に終わるから。」
は、林さん、そんな簡単に言わないで欲しい…。
どうやら、この計画はずーっと前から決まっていたらしい、僕は馬鹿みたいにはめられただけみたいだ。
「こんな恥ずかしいセリフ、言えません。」
「まあまあ、そう言わずに、簡単に、でも誰かに語りかけるように。」
ブースの向こうから、プロデューサーが勝手なことを言う。
零と斉木くんが心配そうに覗いている。
「でもぉ…」
「つべこべ言わない。陸のアルバムが一番売れなかったら、ソロデビューだからね。」
え?
「あれ?言わなかった?一番売れなかった人には罰ゲームがあるんだよ。」
罰ゲーム…って。
「僕も聞いてない。」
零からもクレーム。
「初、だな?」
斉木くんがびっくりしたように零を見た。
「兎に角、レコーディングをさっさと終わらせよう。今日は一時間しか使えないから。このあとさえちゃんが来るからね。」
げっ。それは急がなくては。
手渡された原稿は、確かに三行だった。しかし
君にあえて、良かったよ
大好き
ありがとう
これだけなんだけど…恥ずかしいよぉ。
大きく深呼吸して、瞼を閉じる。瞳の奥に浮かんだ人は…。
「OK、OK。やれば出来るじゃないか。」
さっきまでブツブツ言っていたプロデューサーがにこやかに合図を送ってくれて、僕はひとまずほっとした。
レコーディングルームから出ると、案の定、零には気付いたらしい。
「又、お仕置きだな。」
うえ〜ん…
「ちょっと、なんでいつもいつもベタベタしてんのよっ」
傲慢なお姫様のように(いや、事実傲慢なのだが)、観音開きのドアを両手で開いて小峯さえの登場。
「ゲゲッ、嫌な奴が来た」
「何よっ、それが私に向かって言う言葉?」
「嫌な奴に嫌な奴って言って何が悪いのさ」
どうしてこの子には憎まれ口を叩いてしまうんだろう。
「この間…」
突然、話題が転じられた。
「零のレコーディングの時に偶然ここ、通ったのよ。そうしたら陸のアルバムだって言うから、聞いてあげたわよ…すっごく良かった。」
え?
「何びっくりしているのよ。私はね、陸の才能は買っているのよ。だからこの間言ったじゃない、今度は陸の歌でシングル出すって。」
おいおい、勝手に何言っている。でも。
「ありがとう。」
褒めてもらったのだから、お礼は言わなければ。
「何よっ」
は?
さえは耳まで赤くして僕を睨んだ。
「終わったんだったら早く空けてよ、私が使うんだから。」
また、いつもの憎まれ口。
「さえ。」
零が、すれ違いざまにさえの腕を掴んだ。そして耳元でなにか囁くと、
「零の馬鹿」
そう言って奥の扉に消えて行った。
さえと入れ違いにプロデューサーがやって来た。ACTIVEとさえのプロデューサーは同じ人なんだ。
「は?」
「事後承諾で悪いけど、小峯さえの新曲になったから。」
ちょっと、待ってよ。どうして『NonNonBUsStop』をさえが歌うわけ?しかも表記が変っている…。
「零が歌うとなんだかしっくり来なくてさ、ふと思ったんだ。女の子が歌ったらかわいいだろうって。」
だからって…なんでさえ…。
「どうぞ。その方がいいと言うなら僕は構いません。」
言い争いでは絶対に負ける。だから僕はとっとと手を引いた。
「よっしゃ。良いモンに仕上げるからな。」
プロデューサーも扉の奥に消えた。
その晩。
家に戻って聖は部屋で静かに寝息をたて、僕たちもすっかり寝る準備が出来上がった時
「さっきさ、さえに聞いたんだ、『お前陸の曲取ったんだろう?』って。」 と、ベッドの中から僕を手招きする零が言った。 「え?零、前から知っていたの?」 僕は素直に零の横に滑り込む。 「いや、丁度さえが来る前に初がメールで連絡してきた。」 うう…さえのやつ… 「そんなに陸の曲をテレビで歌いたかったのかな?」 え? 「そんなに、陸の特別になりたいのかな?やだな…」 零? 「陸は…聖のことばっかり考えているし…」 げっ、やっばり来た。 「だから、あの時は…」
「わかってるって。僕だってそうだもん。皆の手前、直接顔を見るわけにはいかないしなぁ。あんなときに陸のこと考えたら絶対にしたくなる、えっちな表情、想像しちゃうもん。」 ちょっと肩を竦めてみせる。 「やっぱ、欲求不満かなぁ…」
「ちょっと待って。零が欲求不満だったら世の中の人間も動物も全員無欲になっちゃうよ。」
「聞き捨てならないな。僕がそんなに陸のこといじめている?」
「苛められては…いないけど…でも絶対に零の性欲は尋常じゃない。」 零の右手がすっ、と伸びてきて僕の身体を抱き寄せた。 「だってかわいいんだもん…困った顔の陸。」 やっぱ、苛めだ…
とりあえず、僕の『ソロ・アルバム』は「+小峯さえ」(これは僕の不本意なところだが…)で収束した。しかし、さえの考えていることはちっとも僕にはわからない。
零は笑ってばっかりいて、全然教えてくれないしなぁ…。 |