愛されたいし愛したい、マジで
 ・・・最近、女の子に追いかけられることが増えた気がする。
 以前から僕のファンです、って言ってくれていたのは聖の担任の先生と綾未ちゃんなんだけど、なんかなぁ・・・、絶対に増えているよなぁ・・・なぜかなぁ・・・。


「これ全部陸のだから。」
 正月三が日だけお休みをもらって、四日から仕事が始まった。じいちゃんのところ(旧事務所のあった現ポスト室)に挨拶に行ったらいきなり指さされた段ボール箱一杯の年賀状。
「零君と変らないな。」
 じいちゃんは嬉しそうに笑っていた。
「返事、書ききれないなぁ・・・」
「陸は全部返事を書いていたのか?」
「うん?前は全部書いていたけど、最近暇が無くて、パソコンでメールの返事は書くけど郵便に関しては葉書にサインを書いて送り返しているけど・・・なかなか減らなくてね・・・」
「零君も・・・?」
「うん。何か変かな?」
「いや・・・裕二はそんなに几帳面だったかなと思ってな。」
 パパ?
「そういえば、パパは書いていなかったよね、書かなくていいのかな?」
 手紙ってもらったら返事を書くものだと思っていた。
「自分で自分の住所と名前を書いてある人はコピーして、それを住所欄に貼ったらどうだろう?」
 あ。
「じいちゃんがそうやってずっとパパのファンレターの返事を書いていたんだね。」
「じいちゃんは書けないよ。ただ、裕二の写真を送ってあげていただけだ。」
 僕のうちで一番のファン想いはじいちゃんだったみたいだ。


 それから暫くして、雑誌の取材で今人気の店に行った時のこと。
「陸〜」
 窓にくっつくようにして女の子が手を振っている。
 僕は基本的に仕事中は集中しているので、回りに目が行かない。しかしその時は僕の直ぐ目の前、つまりカメラマンの後ろで手を振り続けていた。
「すいません、彼女に声掛けていいですか?」
 僕は今日のプロデューサーに断りを入れた。
「いや、キリがないから無視してください。」
 無視・・・いやな表現だな。でも仕方ないから僕は無視することにした。すると、プロデューサーはアシスタントの女の子になにやら耳打ちすると、そのまま駆け出して行って、手を振っていた女の子を強引に窓から引き剥がした。
 彼女は泣きそうな表情で僕を見ていたけど、その目は『哀』ではなく『怒』だったように見えた。
「彼女に、何を言ったんですか?」
 気になったから聞いただけだ。
「ん?陸が気が散るって言っているから出てっていってくれって。一番効果的なんだ。」
 ひどい・・・確かに気が散るけど、僕、そんなこと言っていない。
 後悔の念が起こった。今度、こんなことがあったら、絶対に何も言わないでいよう。
 確かに、僕は今仕事をしていて、そっちに集中しなければいけない。で、彼女はプライベートで僕を見つけてくれたんだから特に気を遣うことは無いのだろうけど、彼女を邪険にする必要はないんだ。だって彼女は僕のこと、好きでいてくれているかもしれない。
 僕は偽りの仮面を被って、仕事をしている。皆に、愛を振りまいているようなそぶりをして、その実、零と聖のことしか愛していない。
 でもこれは現実であって、仕方の無いこと。僕達はこういう仕事をしているだけだから。
 以前、僕のマネージャーだった片平さんは僕が嫌いだった。それでも一生懸命仕事を取ってきていた。それは仕事だから。
 好きなことばかりしていたら仕事にならない。音楽を作って演奏して、それだけでは僕らは成り立たない。聴いてくれる人がいて、買ってくれる人がいないと、駄目なんだ。
 だから嘘だと分かっていても僕達は愛しているフリをする。それを分かっていて愛されているフリをする。
 本当に皆を愛せたら・・・素敵なのにな。


「ん・・・っ」
 身体をガクガクと揺すぶられ、互いに吐精すると一気に疲労感に襲われる。零は今夜3度目にしてやっと、満足感を得られたらしく、ばったりと僕の横に倒れこんだ。
「シャワー、浴びてくる。」
 3回分を身体で受け、外も中もぐっしょり濡れていた。
「もしかして、嫌だった?」
 僕の後から浴室に来た零が背後から抱き込みながら言うセリフには説得力がない。
「なんか惰性でしてたみたいだから」
「そんなことないよ」
 ただ、毎晩するのが当たり前になってて、幸せだけど不安もある―僕の努力(って、どうやって勉強するかが問題だが…)が足りなくて、零が物足りなくなるかもなんて考えていたら、終わってた―ってだけなんだけど、言えないよなぁ。
 徐ろにアナルに指を突っ込まれた。
「やあん、なにす…っあ…」
 中をかき回されて不覚にも異常に感じる身体が恨めしい…。
「あ、あ、あぁっ、」
「やーらしい、陸、身体も声も顏も、すっごくやらしー。」
 そんなぁ。
「洗ってただけなのに、こんなになってる。」
 僕のペニスはぴくぴく震えながら、蜜をもらしている。
 今、欲望は放ったばかりなのに。
「…欲しい?」
「…欲しい」
「陸のスケベ」
「零は、『ど』が付く…」
「言ってろ」
 零のペニスだって十分堅く、大きくなってるのに。
 一息に挿入されると、僕は浴槽に必死で掴まりながら、バックからの行為に身体を前後に揺らす。
「あんっ、んうん、はあぁ…零…の…あっ…」
「僕がどうしたの?」
「底無しぃ」


「ストーカーかな?」
「だとやばいな。」
 僕の車の免許は近所に買い物行くとき限定マークを付けられてしまったので、通常仕事に行くときは相変わらず零の運転。だからストーカーに着けられたら分かると思う。
「過激なファンもたまにはいるからなぁ。」
 ため息もんだ。
「兎に角、あまりひとりにならないこと、いいね?」
「零のファンかもしれないね、いつも一緒にいる陸が嫌いぃとか言っててさ、人知れず僕を始末しようと目論んでいる…」
「それ、夕べ聖と見ていた探偵物のアニメだろ?」
 どきっ
 図星。
「でも真面目に用心した方がいい。」
「はーい」
 軽い気持ちで、返事した。


 更に何日か過ぎて。
 いつもより少しだけ遠くの町へ、聖と二人でドライブがてら買い物へ。今日は仕事は夕方から。ちなみに零だけラジオ番組の打ち合わせが入っていて朝から不在。
「野菜室に長ネギはあったよね。」
「じゃがいも、タマネギ、ピーマンが欲しい。」
 聖はメモを片手に、僕は後ろから買い物カートを押す。
 聖が狭い通路で何やら物色していたので、僕は魚売り場をぼんやりと見ていた。
「騒がないで。」
 背中に、硬いものが当たり、逃げ場が無いことを悟る。何処かへ連れ去られるとしても聖が今、気付かないことを祈るばかりだ。
「騒がないから、他の人には迷惑を掛けるなよ。」
 硬いものは案外太さがある。ナイフではなく棒状・・・拳銃?
 少しずつわき腹の方に移動する。拉致するのではなく、殺す気なのか?
 それは、ふっと身体から離れた。そして脅迫者が、僕の前に現れた。
「今、筆記用具持ってくるので、待っててください〜」
 ・・・女の子が満面の笑みで、僕の前に立ちはだかった。彼女は学校の指定バックを肩から提げ、ファスナーから少しだけリコーダーが顔を出していた・・・
 僕はポケットからマジックペンを取り出す。
「何処?」
 ステージ上の不機嫌な陸が、素のままでできてしまう・・・。
「下敷きに、お願いしますぅ」
「小さな声で、いい?」
「はぁい」
 駄目だ・・・。
 結局、その周辺にいた数名に気付かれ、急いでサインをして逃げた。またこのスーパーも使えなくなってしまったか・・・。
 慌ててサングラスを掛け(不自然なんだけど)、聖に会計を急がせ、駐車場の車に逃げるように乗り込んだ。
「最近は駄目だね。」
「うん」
 聖と買い物に来るのを楽しみにしていただけに、僕はがっかりだ。
 零の忠告を聞き流していた罰だろうな・・・。


「だから『芸能人出没スポット』っていうのがあるんじゃないの、馬鹿ね、陸って。」
 ・・・たまたま番組で一緒になった小峯さえが、別に話したわけではないのに僕達の会話に割り込んできた。ただ今番組収録中。一緒に出演している人が歌っている真っ最中にだ。ま、僕が隆弘くんに話していた、というのが原因なんだけど。
「今度、いい店教えてあげるよ。」
と、言ってくれたのは河田 良和(かわだ よしかず)さん。司会のベテランだ。
「スーパーとかもありますか?」
「あるある。俺の行きつけの店があるから教えてあげるよ。」
「・・・高くないですか?河田さんが行かれる店だったら、高級な食材ばっかりのような気がするので。」
「そんなわけないない。俺だって普通に買い物位するよ。」
 手首で手を左右に振る仕草が可愛いおじさんだ。
「じゃあ、今度連れてってください。」
「いいよぉ。」
 コホン
 小さく、咳払いをする人がいたが、気付かなかった振り・・・。


『だから、僕は決めたんだ。仕事中は声を掛けてもらったら返事をする。だけどプライベートで駄目なときは拒否するから。でないと僕はパンツが無くなっちゃうんだよね。』
 零のラジオで、僕は宣言した。
『デートの時は絶対に返事しないから。それで察してほしいなぁ。』
 零は呆れた声で、
『ずうずうしい宣言をしているなぁ。』
と言いつつも、嬉しそうな顔だ。
『だってパパとママがデートしてくれないって泣くから。』
 僕の公のパパとママはじいちゃんとばあちゃん。パパは兄ちゃんなんだ。
 でも本当に僕はじいちゃんをドライブに連れて行きたいんだ。
「僕が言うことが正しいか間違っているかはこの際どうでもいいんだ。ただ、僕も昔ドラマの撮影に連れて行ってもらった時に紹介してもらった女優さんに街で会っても絶対に声を掛けるなと言われたんだ。公と私ははっきりと分けていたんだよね。」
 ブース(ラジオ収録、放送をする場所)の外でADさんが急いでくれと合図を送っている。
「んなわけで、野原陸は、プライベートでも嫌な奴です。」
 CMが入った。


「いいじゃん、別に。」
「そうかな?」
 深夜、うちに帰り着きシャワーだけ浴びて寝ようとベッドに潜り込んだときだ。
「僕が尊敬しているギタリストがいるんだけどさ、その人もプライベート、特に家族と一緒の時は放っておいてくれって言ってたよ。」
 ふーん。
「で?その人誰?」
 零はまだ白状しない。
 あれから二か月経つのに。