HEART
「やっぱりうちのメロディーメーカーは陸だな」
 移動用ワゴン車に同乗した僕らはソロアルバムの話で盛り上がっていた。
「デビュー当時は売れないワケだよ、陸書いてないもんな。」
 デビュー当時、もう四年前のことになる。
 僕はただ零の側に居たいだけで、ギターを担いで歩いていた。あの頃、ギタリストになろうなんて思っていなかったと言ったら、皆はどんな反応するだろう?
「あんときは書けないよ、陸はプロになろうという意識がなかったじゃん。」
 隆弘くんに突然言われた。
「そうだな、いつかふらりといなくなりそうだった。」
 は、初ちゃんまで?
「俺もそう思った。でも陸以上に弾ける人間が他にいないから探しようがないんだ。」
 剛志くん〜。
「毎日譜面通りに弦を弾いてただけだったんだよな。」
 零まで!?
「それでもいつのまにかすっかり僕らの音になっていたよ。」
 いつからだろう、ボクが仕事を一生懸命やろうと思ったのは。
「高校中退するって言った頃からだよな、陸の目つきが変ったのは。」
 そう、だ。
 零に好きだって言って、受け入れてもらえた。だったらパパや聖にも僕という人間を認めてもらいたい。そう思って仕事に目を向けた。それが凄く面白かったんだ。もう学校なんてどうでも良くなった。
 これでも昔は学校の勉強に一生懸命だった。数式を解いたり、英語の文法を覚えたり、古文を読んだりするのが楽しかった。自分の存在意義を見つけられなかったから、その時に出来ることを精一杯頑張っていたんだ。
 だけどもっと楽しいことを見つけた。学校に行っているなんて遠回りは出来なかった。皆んなが必死で走っているときに、僕だけスキップしていることは出来なかった。だから学校は辞めたんだ。
「でも陸、高校生活って大事だと思う。」
 初ちゃんが真面目な顔で僕を見る。
「私も説得したんだけどね。」
 今まで僕らの話を黙って聞いていた林さんが、ため息と共に漏らした。
「最初から陸の家庭のことは聞いていたから、こっそり相談に行ったことがあるんだ。」
「林さんだったんだ、パパに告げ口したの。あの時、パパが乗り込んできたんだよね。」
 ちょっと、睨んでみる。
「ごめん。」
 林さんは本当にすまなそうな顔で僕に頭を下げた。
「嘘うそ、林さん、僕気にしていないよ。それに学校を辞めたのは本当に自分のためだったんだ。初ちゃんと剛志くんと零は同じ学校で同じクラスで、一緒に校内活動みたいに音楽をやってきた。隆弘くんだって最初は違ったけれども仲間と一緒に音楽を頑張ってきた。そういうのが僕は羨ましかったんだよね。それに学校の先生、何か色々五月蝿くってさ、髪が長いとか、休みが多いとか。試験のとき十番以内にいればいいって思っていたけど、駄目だったよ。」
「十番以内?」
 今まで黙って聞いていた、斉木くんが突然素っ頓狂な声を上げた。
「うん、大抵三番だったけど、時々七番くらいになっちゃうんだ。僕体育が苦手だったからね。」
 体育は本当に苦手だ。特にバレーボールやバスケットなんかのチームワークを必要とする競技は駄目だった。マラソンとか跳び箱とか自分ひとりで出来るものはそれなりだったけどね。
 皆が顔を見合わせた。
「陸、大検受けて音大に行け。」
 剛志くんが真面目な顔で言った。
「言っておくけど、こんな生活そんなに長く続かない。精々十年がやっとだ。だからその間に別のことを考えなきゃって、俺はいつも思っているんだ。ACTIVEの人気がいつまでも続くなんて思っていない。」
「ううん、僕は大丈夫だと思う。どこにも根拠は無いけど、僕らのファンは裏切らない。」
 そのためには僕らが努力しなければいけないんだけどね。
「そのためにはやらなければいけないことがあるんだ。」
 なに?という表情で、皆が一斉に僕の方を見た。
「変える部分は変えて変らない部分は変らない。」
「…そうか…自分達の理想ばかり追うのではなくて時代の流れに乗るんだって事か。」
 林さんと初めちゃんが頷いていた。
「これがACTIVEの音楽だっていう基本スタンスは変えてはいけないのは判るけど、何を変えるんだ?」
「つよちゃん、それ逆。音を時代に合わせていくんだよ。変えてはいけないのはハート。」
「隆弘、そのハートって何だよ…」
 隆弘くんが照れくさそうに頭を掻いた。
「例えば・・・だよ。」
 僕は素敵だと思うけどなぁ・・・ハート。
「ねぇ、僕はこのままでいてもいい?僕、好きなんだACTIVEが。だから変に変えたいと思わないんだよね。」
「陸がいいなら、それでいいと思う。」
 初ちゃんが、微笑んだ。
 きっと、皆は僕が何を考えているのか知りたかったんだと思う。
 いつだって僕の頭の中は零でいっぱい。そんな僕に不安を抱いても仕方が無い。だけど僕にとってACTIVEはふるさとのようなもの。僕を大人にしてくれる、大事な場所なんだ。


「斉木くんは、高卒だっけ?」
 僕の中では、まだ移動中の会話が頭に残っていて、取材の待ち時間、何気なく聞いたつもりがかなり真剣になってしまった。
「実は大学中退なんです。三か月しか行きませんでした。だから今、親に出させた金を必死で返しています。」
 返す?
「だって、教育は親が受けさせる義務があるんだよ?」
「そりゃあ、そうですけど勝手に辞めたんだから責任を持ちたいんです。『自分達の息子はちゃんと夢だけを見ていたんじゃない、自立したんだ』って思って欲しいんです。」
 そう、なの?
「馬鹿なのに大学受けたから入学金がえらく高かったんです。親に無理させたから…」
 パパも、無理した?僕を大きくするのに、無理をしたの?
 そんなこと、考えたこともなかった。
「斉木くんってえらいなぁ…」
 僕にはそれしか言えなかった。


 マンションに戻っても、モヤモヤした感じは消えなかった。
 でも…聖にそんなこと考えて欲しくない。聖にはやりたいことをやらせてあげたい。
「それでいいんじゃない?斉木くんは自分の仕事に自信が出てきたんだね。だから親のことを考えられるようになってきたんじゃないかな?」
とは零の意見。なるほど。
「ねぇ、昼間の話だけど、僕たちみたいな仕事していてちゃんと音楽の基礎を勉強している人っているのかな?」
「涼ちゃん」
 なるほど。
「その涼ちゃんから習ったんだから陸だって勉強したんじゃないの?」
 うーん…それには納得できない。
「陸は知らないと思うけど、今涼ちゃんたちが住んでいる、あきらちゃんのおじいちゃんとおばあちゃんの家の敷地に家を建てる前は、涼ちゃんのおじいちゃんとおばあちゃんが住んでいたマンションに居たんだよ、うちは。その時にさ、当然の様に僕はピアノを習わされたんだ。まぁ、実際にはソルフェージュを習っていたんだけどね。」
 ソルフェージュとは耳で聴いて音を覚える――絶対音感を学ぶんだ。
「その時の先生が、辞めるときに『音楽の勉強は何処にいたって出来る。一日怠ると、十日の苦労が水の泡になる。』って教えてくれたんだ。僕は三年分くらい泡にしたけど、陸は十年分くらい努力していたじゃないか。僕が見ていなかったと思っている?遠くにいたって、知っていた。」
 零の腕が僕を抱き寄せた。
「皆が気にしているのは自分達は呑気に高校生活を楽しんで、呑気にデビューして、のほほんと陸に作らせといてヒットしたからありがとう…って状態になっているからなんだ。陸はデビューしたての頃は学校へ行って、ギター弾いて、レコーディングして、曲作って…本当に忙しい想いをさせておいて中退させてしまったから、後悔しているんだよ。」
「もう〜、二人ともご飯いらないの?」
 帰ってきてからずっと玄関で話し込んでいて、まだ聖にただいまも言っていなかったし、零は僕を抱き寄せているし、聖は怒っているようだった。
「今日はカツ丼とサラダだよ。早く手を洗ってきて、着替えてきなさい。」
 大人用の真っ赤なエプロン(子供用は女の子のフリフリしかないからと嫌がられた。残念。)を着けて、菜箸を振り回す姿が可愛い。
「零。僕は別に何も後悔なんてしていない。全ては聖のために…。」
 零が「年寄りみたいだ」と言ったけど、もう迷いは無い。
 そう、斉木くんはこれから、だけど僕にはもう聖がいる。だから守るものがあるんだ。
 僕は決めた。
 もうすぐ、二十歳になる自分に誓う。
 僕の人生は零と、聖と、ACTIVEのために捧げちゃうんだ。
 そのために必要なことならどんなことでも頑張っちゃう。
 二十歳の、僕。一体どんな世界が待っているのだろう…とつても楽しみだ。
「ところで、さっきみんなに言っていたけどさ。成績が三番って…」
「あ、聖には内緒ね、いじけたらいけないから」
 この間、零が十番以内って言うから慌てて三十にしたんだ、聖が萎縮しないようにね。
 僕にとって、聖がいてくれることが、大事なんだよね。

 そして、あと、一ヶ月。