戦う、男
「パパ、今朝ACTIVEアイドル計画っていうのを聞かされたんだけど、誰?そんなこと言ったのは?」
 判っている、犯人は…
「俺」
 ビンゴ。
「これは社命だ!」
 う〜。自宅のリビングで赤ん坊を抱えながら言われても、説得力がない。
 ACTIVEを人気アイドルグループ『Dis』みたいにしたい…と、突然言われた。今の事務所に移ってからは無理な仕事は殆どなかったから皆戸惑っている。
 まず…『バラエティ番組に出る』これは前に出たことがあるからまぁいい。
 『写真集を出す』ってさぁ、グラビアアイドルじゃないんだからさぁ。
 『ミュージカル出演』『レギュラーテレビ番組』『連続ドラマ出演』『クイズ番組出演』『アイドルコンテストの審査員』…まだ色々書いてあったけど…腹がたって忘れた。
「音楽以外はやらない。」
 パパに断言する、のだが…。
「俺が若い頃、歌に手だしたの知ってるよな?」
 うん。
「別に涼と同じ土俵に立とうとか、鼻をあかそうとか、そんな理由じゃない。…社長がさ…」
 パパの言う社長は、前にいた事務所の先代社長。もう引退してしまって、僕らの時は違う人だった。
「同じことばかりしていても、芸域は広がらないし視野がどんどん狭くなると言われた。確かに変化がなければ同じことしか書けないし、歌えなくなる。」
 …一理、ある。
「俺はさ、ACTIVEって駄目だと思ってた。みんなそれぞれ上手いんだ。だけどそれだけで満足している感じがしてさ。でもこの間の誕生日パーティーで結構前向きにやっているんだなって、気づいたんだ。バックアップしてやる。俺がACTIVEを一流にしてやる。」
 真剣な顔で真剣に話をされたのって…ママがいないと泣いたとき以来かな?あ、零と同棲するときもあったか。
「なんだ?」
「ん、ありがとう」
 僕は何年振りかでパパの頬にキスをした。
「こんなことでパパの方が良かったなんて思うなよ。出戻りはいらないからな。」
 パパは僕を抱き締める。
「あ、大丈夫。零の方が全然好き。」
「はいはい。」
 もう、目を閉じてもパパからキスされることはない。寂しい気もするなぁ。


「聖?出掛けたの?」
 そのままマンションに戻ったけど、聖がいない。
 とっても不安になる。聖がここにいてくれないだけで僕は不安になる。
「あ、陸帰ってたんだ。おかえり〜」
 玄関から聖の声がする。
 僕は急いで聖を出迎えに飛んでいった。
「重い〜」
 聖の両手には大きなバックが二つ、下げられていた。
「今夜は一緒にご飯が食べられる?」
「うん。お買い物ご苦労様。一緒に作ろうね。」
「わーいっ」
 聖の手から荷物を受け取る。
「いつもこんなに重いものもって帰ってきているの?配達してくれるってスーパーの店長さんが言ってくれたのに。」
「うん。いつもは持ってきてくれるけど、今日は自分で選びたかったの。」
 聖はニコニコしながら台所へ向かう。
「聖、料理がとっても上手になったもんね。」
 聖は本当に良い子だから、僕は何もすることもないし何も教えることがない。
「今夜はお好み焼きだよ。夕べDisの番組で作っているの見たら食べたくなっちゃった。」
 あ、またDisだ。
「聖、Dis好き?」
「うん。だって歌も上手いし踊りもカッコいいし、番組も面白いんだよ。かず君はギターも弾けるんだよ。」
 あ、それは知っている。一度歌番組で一緒になったとき、楽屋から聴こえてきた事がある。

「そういえば昨日、かず君は陸のギターが好きだって言っていたよ。」
 え?
「カッコいいよね〜。」
 うん。
「陸がね。」
「え?」
「女の子達にすっごい人気があるかず君が陸を好きって言うんだから凄いよね。」
 伊那田 和海(いなだかずみ)、いつかちゃんと話がしてみたいな。



 ポスト室にじいちゃんを訪ねて行ったら、じいちゃんはいなくてパパと林さんがいた。
「で、これはどこで決まったんですか?レコード会社とも打ち合わせしないといけないので正式な通達をいただきたいのですが。」
 珍しく林さんの語気が荒い。
「や、だから役員会…と、お前も役員になったんだっけ…」
 林さんは今年の役員会で取締役に推薦された。したのはパパだ。
「…そーだよ、俺の個人的な意見だよ。」
 遂にパパが折れた。
「だってさ、芸能界一人気のアイドルDisって悔しくないか?」
「なぜです?ACTIVEはあくまでも音楽がメインです。他の芸能活動はプロモーションとして行う…と、初めに決めたではないですか!」
「わかった、わかったから怒らないでくれよ。」
 パパは林さんが苦手。昔からの知り合いらしいけど詳しくは教えてくれないんだ。
「では、この個人活動だけは検討してみます。本人達に確認を取りましょう。」
 本人、約一名ここにいます。
「ということで、陸、」
 ピクッ、
と、パパの右眉が動いた。それを見ていた林さんがすかさず、
「なんですか?」
と、言葉を挟む。
「なんでも、ない。」
 んー、林さんとパパは二歳違い、同級生じゃないよなぁ…なんて考えながらメンバーにメールを打つ。
「…もう連絡したようですね。」
 こくん、頷く。
「陸はバラエティ、さえちゃんの番組でギター教室。」
 ………
「え〜っ、なんでさえ?」
 なんか嫌がらせだ、絶対。
「どうせトークは駄目でしょう?」
「うん…でも、」
「彼女、陸に惚れてるから。だから利用してやろうかと思っているんです。」
 林さん、それって…
「俺は反対だな。恋する気持ちをいい加減に考えるととんでもないしっぺがえしが来る。」
 僕はひたすら首を縦に振る。
「けど、さえ…さんは、零のことが好きだったんじゃ?」
「本人に、聞いたらいいですよ。それで利用するのに忍びないと思ったら、今後は一切関わらなければいいと思うのですが。」
 うん…。
「じゃあこの企画は決定ですね。あとはメンバーが揃った時点で話をしてみましょう。それより零は詞、書けているのでしょうか?」
「あ、それ、夕べやっていました。」
と、大きな声では言いづらいのだが…。


 話は昨夜に遡る。
「だからぁ、聖が寝たからってどうして一緒にお風呂はいる?」
「だってもう11時だからさぁ、さくさくと入って寝ようかと思ってね。」
 最近、毎晩のように零は僕がお風呂に入っていると後から入ってくる。聖が起きているときはそれでも我慢しているみたいなんだけど、寝ちゃうと箍が外れたみたいに無節制になってしまう。
「陸の可愛い顔、見せてね。」
 そう言うと当然のようにエッチなことをしてくる。
「いやぁん…」
 口では拒絶するけど、僕だって零に触れて欲しいって思っているから強くは言えない。だからずるずると…。
 一番、敏感な部分をやわやわと刺激され、僕は快楽の淵へ追いやられた。
「バスルームは響くからね。」
 そう言うと唇を塞がれた。
「ん…んん〜っ」
 僕は無意識のうちに零に、触れていた。僕の手の中でビクビクッと震えると大きく脈打ち始める。
「んふっ…ん…」
 あん…僕もう駄目…呆気なく果ててしまった。
「あ〜あ…。じゃあこっちは責任、とってね。」
 零はそう言うと、僕に口で奉仕させる。
 零の前に跪いていると不意に『くたり』と力を失った。
 見上げると零は違う世界に言っていた。視線は僕の上にあるのに、違う世界に行っている。
「零?」
 何かをブツブツ、呟いている。多分何か良い詞が浮かんだんだ。零はいつもそう。突然仕事モードになってしまう。
 僕は一人、取り残されてしまうんだ。
 …ということ。


「何、赤い顔してんだよ。」
 パパのご機嫌が斜めになった。
「どーせ、いやらしいこと考えていたんだろう?」
「…パパじゃないもんっ」
 僕は、パパほどエッチじゃないもんっ。
「…裕二さん、友人として、言わせていただいていいですか。」
「なんだよ。」
「今の発言はセクハラです。注意したほうがいいです。」
 林さん、友人でなくてもいいのでは?
「お前って昔っからそうだよな。」
 …林さんなら、教えてくれるかな?
『ねぇ、林さん、パパとはどういう知り合いなの?』
 携帯のディスプレイに表示させて林さんに見せる。林さんは僕から携帯電話を受け取ると
『ナンパ』
と、書き込んだ。
『就職したその日にナンパされました』
 パパってば林さんまで口説いたの?
「なにコソコソしてんだよ。」
 パパが再び不機嫌。
「…パパの…エッチ…」
 僕はパパに背を向けた。
「なんでだよ?おいっ、お前陸に何吹き込んだ?」
 そうだよね、パパは林さんのこと絶対に名前で呼ばない。いつだって『お前』だよね。
「裕二さんのアイドル時代の話です。」
 林さんは僕の肩を抱くと、
「打ち合わせに行きますよ。」
と、さっさとポスト室を後にした。
「おいっ、ちょっと待てってばっ。」
 パパの声が空しく響いていた。


「林さん、パパのこと好き?」
 移動中に車の中で聞いた。
「ええ、大好きですよ。だからACTIVEが移籍したとき、悩みました。また裕二さんと一緒に仕事をしたいのか、どうか。裕二さんが独立するときに私は誘われていたのですが断りましたからね。」
「パパは…林さんに優しい?」
 僕は林さんの顏が見られなかった。
「優しいですよ。でも裕二さんが世界で一番優しく接しているのはやっぱり陸ちゃんかな?」
 パパが色んな女優さんと一緒に夜を過ごしたことは知ってる。けどパパがバイだったなんて知らなかった。僕にだけだって言っていたから。
「陸ちゃん、もしかしてナンパって勘違い…するなぁ…、君なら有り得る。」
 なんで『僕なら』なの?
「私は涼さんの付き人をしていたんです。まだ初日だから見習いだったし、当然芸能界に興味があってこの仕事を選んだ。会う人みんな珍しくてキョロキョロしていた。そうしたら突然背後から抱き寄せられて耳もとに囁くんです、『お前が見るのは涼だけだ。それと先輩の仕事をしっかり覚えておけ、三年でトップになれる。そうしたら俺が使ってやる。』ってね。カッコ良かっただけでなく、あの人は人の上にも立てる人だと思いました。私の一番尊敬する人になったんです。」
「なのに一緒に独立しなかったんだ?」
 林さんはふと優しい表情になった。
「あの人のいいなりにはなりたくなかった。同じステージに立ちたかった。」
 本当に、林さんはパパを認めてくれているんだ。
「ありがとう…」
「裕二さんは幸せにならなければいけない人です。」
 うん。パパには幸せになってほしい。
「愛する人に愛されて欲しい。だけど自己満足では駄目です。ACTIVEアイドル計画は断固反対です。君達が望んでも私がマネージャーをしている間は絶対に許しません。君たちはいずれ…ま、これは私の自己満足ですから。」
 それっきり林さんは黙ってしまった。
「斉木くんについてる人たち、彼らはいずれ僕らの付き人になるの?」
 二〜三日前から斉木くんが二人の男の子を連れている。
「二人とも同じ夢を抱いて来てくれたから、頑張って欲しいんですが…まだフリーター感覚ですからね。いずれ紹介しましょう。」
 僕たちのように夢を抱いてやってきたんだ。
「それより陸ちゃん、さっきは裕二さんに用事があったんじゃなかったんですか?」
 ん?
「あ、じいちゃんに会いに行っただけだから。たまには顏を出してあげないと泣くからね。最近すぐに愚痴って泣くから。」
 うそだよ、じいちゃんに会いたいのは僕。
「裕二さんのお父さんは素敵な方ですね。」
「芸能界は嫌いだけどね。」
「そうでもないですよ、色々勉強しているみたいです。」
 そうだったんだ。
「今年の誕生日には温泉でもプレゼントしてあげようかと思っているんだ。いつだっていいんだけど、僕が一緒じゃなきゃ、じいちゃんもばあちゃんも旅行に行かないんだよね。」
 そう、子供のときから、僕が一緒に行こうと言わないと二人は腰を上げないんだ。
「実紅さん達と一緒にって言ったら行かれるんではないですか?」
 ………
「そうかも…」
 ちょっと、ショックかも。
「裕二さんの提案…ACTIVEアイドル化計画ですが…陸ちゃんだったら私は反対しません。君は絶対にアイドルになれる。けど零くんには無理です。愛想はないし、直ぐに嫉妬する。だからACTIVEは今までどおりです。」
 僕は首を左右に振る。
「僕も、無理だよ。ステージで笑えないもん。」
「それが陸ちゃんの売りだからいいんです。」
「そんなの変だって。」
「…そうかもしれない。私は涼さんより裕二さんが好きだった。涼さんも優しくて男らしい人だけど、裕二さんは気配りの出来る人だった。けど決して表にはそんなことそぶりも見せずに仕事していたでしょう?プロだなぁって思いました。」
 僕の知らないパパを知っていた、林さん。
「二人の、マネージャーが出来て私は幸せです。もっともっと、ACTIVEを大きくしてみせます。だから立ち止まらずに走ってください。」
 僕達はいろんな人に支えられ、色んな期待を背負って走っている。五人だけで走っているんじゃない。
 簡単に物事を決めてはいけない、そう思うんだ。
「メンバーに会ったら、さっきの仕事、僕やるって言う。」
「はい、宜しくお願いします。絶対にあの企画は陸ちゃんを一回り、大きくしてくれます。」
「うん。」
「あ、そうそう。バックの中に企画書があるので出してください。」
 林さんがいつも持っているバックは重い。
「どれ…?あ、これ?ん?…」
 出演は他に伊那田 和海…。
「Disの伊那田くんが一緒に陸ちゃんからギターを習うそうです。」
 うーん、どうもこのところ、伊那田 和海づいてるな・・・。まぁ、これも何かの縁だろう、頑張ろう。
「そっか・・・。じゃあトークは彼に頼もうかな。」
 林さんが小さく、微笑んだ。
「陸ちゃん、気付いていないようなので教えますけど、そのコーナー、半年の帯ですよ。」
 何?
「実は…さえちゃんに頼まれまして…」
「林さん…僕降りてもいい?」
「大人になったからには有言実行ですからね。」
 知らなかった、うちのマネージャーは買収に応じるらしい・・・。
「でも、その仕事は絶対に陸ちゃんの人生観を変えてくれます。世の中には零くん以外にも人間がいるってことに気付けるはずです。」
「別に、僕は零にこだわってなんかいないけどさぁ。」
「いいえっ」
 断固とした口調で宣言された。
「陸ちゃんはまだまだ箱入り息子です。それは裕二さんと零くんのせいです。」
 箱入り息子って…何?
「ま、焦らないで行きましょう。もうみなさん待っていますね。」
 レコード会社の駐車場、既にみんなの車が停まっていた。
 車から降りた林さんは、自分で自分の顔をパンパンッと音がするほど叩いた。
 …みんなの個人企画、確かに説得は大変そうだもんね。
 頑張れっ、林さん。