シークレット・パーティ
「何人…っていうか、その事実を知っている人間が誰だかを確認する作業が先じゃないか?」
「それって…難しいぞ?なんて聞けばいいんだ?」
「この間集まった人はみんな知っているんじゃないの?」
「そんな簡単な決め方でいいのか?」
「で、この案内状、間に合うのかな?」


 7月になってコンサートツアーが始まった。
 出来るだけ「音」を重視したいというメンバーの意向を尊重してくれたコンサートスタッフが、苦心して探してくれたコンサートホール。
 全部で25箇所を回ることとなり、聖の夏休み期間中目一杯スケジュールが詰まってしまった。
 それでも聖の宿題と僕らの必要最低限の荷物を詰め込んだスーツケースは若干の余裕があった。
 ずっと行きっぱなしではなく、所々で東京に戻ってくるということもあるけど、衣装とは別に持つ衣類が意外にも僕たちは少なかったからだ。
 いつも荷物が多いのは隆弘くん。一体何が入っているのか検討がつかないほど沢山のバックを抱えている。現地でまた荷物が増えているしね。
「陸〜、この間のデジカメがない〜」
「それは零が持っているよ。」
「色鉛筆は?」
「それは要らないって言ったじゃないか。」
「やっぱりいる〜」
 出掛けに騒いでいるのは聖。いつも置いてきぼりなのでなかなか荷物の整理が出来ない。
「じゃあ…このバックに入れておいて。あとでスーツケースに移しておくから。」
「うん」
 やっと納得したらしく、先週、一緒に買いに行った帽子を被って準備が完了したようだ。
「じゃ、行くよ。」
「うん」
 みかんは夾ちゃんに預けた。連れて行きたいのは山々だけど、期間が長いので 断念した。
パタン
 ドアを閉めたとき、聖が呟いた。
「ねぇ…表札。」
 指差す先には『加月・野原』の文字。
「これってこのまま?」
「うん。僕たちは別姓だからね。」
 ふふふ。なんかやっぱり嬉しい。
 僕たち、結婚したんだよね。なーんにも変わらないけど。
 だけど『結婚』って言葉を受け入れただけで、聖は僕の子供でもあるんだなぁ〜…って実感できるんだよね。不思議だなぁ。
 あの日。僕たちはまず、パパとじいちゃん、ばあちゃんに報告した。三人とももう諦めているようだった。
「陸がいいと思う通りに生きたらいい。」
 パパがそう言ってくれて心強かったのは事実。
「誰も陸の人生を曲げることなんて出来ないんだからな。」
 パパの人生もパパの思い描いている通りになっているのだろうか…。
 その後、零の家に行った。
 涼さんとママは
「良かったね。」
と、零に向かって言った。
「零は、ずっと陸くんのことが好きだったから。」
 涼さんからそんなこと聞いたのは初めてだった。
「あきらが、陸くんを産むって決めたのは零が嬉しそうにしていたからだよ。」
「そうね、そんなこともあったわよね。」
 ママが懐かしそうに微笑んだ。
 涼さんもママも、2人ともすっかり病気は良くなったみたいだ。
「まだ所々、思い出せないところがあるんだけどね。」
 涼さんは照れくさそうに笑う。だけど決して自分を卑下したりはしない。
 いつも、思うこと。
 パパも涼さんもママも、みんな自分の道をしっかり持っていてちゃんと前をみて歩いているんだなぁ…って。
 僕にはまだまだ自信がないことばかりだけど、自分で決めた道だから、責任を持って最後まで頑張っていきたいって思っている。
 帰り際、涼さんが僕に耳打ちしてくれたことが嬉しかった。
「今度、2人だけで飲みに行こう」
って。まだお酒あんまり得意じゃないんだけど、頑張っちゃうんだもんね。

 翌日、メンバーに報告した。
「良かったな、零。」
 やっぱり皆口々にそう言う。なんかこれじゃあ、僕が意地悪していたみたいだ。
「これで陸が誰かに取られやしないかって、下らない愚痴を聞かされなくてすむよ。」
とは初ちゃん談。零に聞こえないよう、こっそり教えてくれた。
 でも…下らないかな?僕だって浮気したいかも…嘘です。
「ちぇっ、じゃあこの先陸とえっちしたら零に殺されるってことじゃん。失敗したなぁ…。」
 そう言って零に頭をゴリゴリされていたのは隆弘くん。
 ただ一人、剛志くんだけは何も言わなかった。
 林さんと斉木くんには電話で報告。林さんの反応は特出したことはなかったけど、案の定斉木くんは泣きそうな声を出していた。
「離婚したら僕のところにきてください。」
って何?


 でも…一番、伝えなければいけない人たちに伝えられないのが、辛い。


「陸?」
 聖が不安げに僕を見上げている。
「おなか痛い?」
「ううん、何でもないよ。どうして?」
「怖い顔、してたから。」
「ん…ちょっと考え事していた。なんか緊張してきちゃったんだよね。」
「陸でも緊張するんだ。」
 零が横槍を入れる。
「そりゃあ、人間だもん。」
「MC、どうしようかって?」
「…意地悪。」
 そろそろ、コンサートで話をするのにも慣れなくてはいけない。でもいつも僕は必要最小限しか話すことが出来ない。
「MCの台本も作ればよかったな。」
 普通、進行上何を話すのかは大抵決まっている。
 でもうちの場合、零が突然なにを言い出すかわからないので時間配分だけになっている。まるでお昼のバラエティー番組のようだ、と監督に言われた。

「零。」
「ん?」
「やっぱり嬉しい。」
「僕もぉ」
 零の代わりに聖が答えた。


「陸。」
「おじちゃん!」
「いや、だから、その…おじちゃん…まぁいいか。」
 相変わらず抵抗する麻祇さんはなんか可愛い。
「初日は大阪からだからさ、見送りに来た。」
「ありがとう。…麻祇さん、僕大丈夫だから。もう、怖くない。だって…。」
「二十歳に、なったんだなぁ。小さくて、可愛くって、誰からも愛されていた陸ちゃんがしっかり大人になって自分の足で歩いている。」
「うん」
「裕二の子供だって知ったのはつい最近なんだ、ごめんな。ずっとご両親…君にとってはおじいちゃんおばあちゃんになるのか。裕二の弟だと信じていたんだからな。」
 少し、首を斜めに傾ける。
「だって、それがじいちゃんばあちゃんの希望だったから。でも家の中ではパパが僕のこと一杯愛してくれたよ。」
「あぁ。裕二が陸のこと異常に可愛がるから、ヘンだとは思ったんだけどね。俺がおじちゃんでも、仕方ないんだよな。」
 頭を掻く仕草は昔から変わらない。
「じゃあ、行ってきます。」
「よし、頑張って来い。」
 去り際、麻祇さんは僕をしっかりと抱きしめてくれた。


「で、結局分かった?」
「全然」
「もういいや、全部出しちゃえ。責任は俺がとる。」
「さすが、リーダー。」
「やっぱ、共同責任」
「えーっ」
「なにっ」


 大阪からツアーが始まり、35日間掛けて全国を回る。
 それぞれの土地ではそれぞれの色があって、本当に興味深い。僕は時々開場待ちの列の中にこっそり斉木君を派遣する。今回は新しく付き人候補としてとして斉木君が教育している鈴木君と佐藤くん(漫才コンビのようだとよく隆弘君が言っているけど…ちなみに僕がつけたあだ名です。まだ独り立ちしないからね。)を列の中に派遣した。
 ポケットにマイクを忍ばせている。
 何に使うか?勿論、今ファンの人たちはどんなことに興味があるのか、どんなことを考えているのか…の市場調査だ。
 僕たちだけの狭い空間では分からないことを色々教えてもらえる。
 ファンレターやメールにも色々好きなことを書いてきてくれるけど、一方的な思いで、伝わりきらないことが多々ある。
 それに女の子たちの言葉遣いって難しい。理解不能の部分が一杯あるんだ。
 だからこうして時々誰かを街中に派遣する。
 別に開場待ちでなくてもいいんだけど、僕たちに対してどんな要求を持っているのかが一番よく分かるからね。
 最近は斉木君ファンの女の子が増えた。っていうか、僕と一緒にいるところを見られているから、列に並ぶとばれてしまう。
 だから今回から鈴木君と佐藤君のコンビにチェンジとなってしまったわけ。
 また、新しい発見があるのかなぁ。楽しみだな。


 大阪、広島、福岡、長崎、鹿児島まで南下して、次に名古屋に戻る。神奈川を経由して東京入り。今度は北海道へ飛んで札幌、帯広、函館、青森、仙台、新潟、長野、埼玉で東京。もう一度大阪へ行って沖縄、そして今日の最終公演は東京。
 目まぐるしい35日間を過ごしてそれでも沢山の収穫を僕たちは手にした。
 鈴木君の報告。
 受付で花束をどうしても渡したいとごねている女の子がいた。その子はチケット代とその花束代を春休みにバイトして貯めたそうだ。だから彼は急いで斉木君に連絡をして、プレゼントの受付コーナーを設置してくれた。
 でも鈴木君曰く、「他のアーティストはみんなやっている」。そうなんだ。
 受け付けたプレゼントは生物以外は事務所に直送、生花は楽屋へ、食品は打ち上げで頂いた。生き物は…お断りしたらしい。(あたりまえ?)
 佐藤君の報告。
 ずっと一緒にツアーを回ってくれているグループを発見。チケット代、交通費、グッズ代をどうやって捻出しているのかと思ったら大体が親から貰っている。と言うのだ。
 一体、どんな生活をしている人達なんだろう?


 今日、聖はママ達と客席にいる。一回くらい今回のツアーを見せてあげないとね。
 隆弘君が正確にリズムを打つ。初ちゃんがビートを刻む。剛志君は綺麗な旋律をキーボードから導き出す。僕は与えられた持ち場をしっかり守っていく。
 そして…零が輝く。


「お疲れ〜っ」
 本当に、みんなすっかり消耗している。
「今日の幹事は俺らだから。」
 ふいに初ちゃんが手を上げる。
「ほいっ、ここに集合ね。」
 そう言って手渡された、打ち上げ会場の地図。
「ここって…あの…」
 そう、以前僕の誕生日パーティーを開いてくれた場所。
「完成したんだ、ここ。」
「そう。だから落成式も兼ねてね。」
 ここができあがったら、僕らの本拠地として使っていいと、パパが言ってくれた。だから定期的にライブが開けるようになるんだ。
 今回のように全国を回るのもいいけど、本当に僕たちが求める音楽を追求したいって気持ちもある。
 だから本拠地が出来るのは嬉しい。
「一時間後に集合ね。」
「分かった。」
 僕は零を探す。
 だけどステージのそではごった返していて、何処に零がいるのか見当たらない。
 とりあえず先に楽屋へ戻ろうと、振り返った時だった。
「陸…」
 目に、涙を一杯に湛えた、さえが立っていたのだ。
「ど、どうしたの?」
「悲しい…」
「何が?」
「だって…」
 それだけ言うとさえは号泣してしまって言葉にならなくなってしまった。
 仕方が無いので、楽屋まで引っ張っていって泣き止むまで待つことにした。
 打ち上げに間に合わなくなることは確実だな。
「来てくれたんだね、ありがとう。」
 あんまり嬉しくないけど、さえは忙しいからここに来る時間をやりくりするのは大変だったと思う。だから素直にありがとうと言いたかった。
「…えっく…りくぅ〜…」
 僕の顔を見ると又、泣き出した。
「えっと…その…」
 だから〜…どうしたらいいんだよぉ。僕が女の子の扱い、苦手だって分かっているくせに〜。泣きたいのはこっちだよ。
「…ひっく…打ち上げ…ひっく…行く…」
「さえも来るの?」
 ちょっとびっくりしたけど、仕方ない、連れて行くか…。
 相変わらず零の姿が見えない。
 今日は零と僕、別々の車で来たから先に行くことにした。
「待ってて、今荷物取って来るから。一緒に行こう?」
 こくん。
 さえが頷いた。
 全く…言っておくけど僕は新婚なんだから。…新婚…えへへ…やっぱりうれしいなぁ…ってにやけている場合じゃない。
「行くよ。」
 べそべそと泣いたままのさえを従えて、僕は駐車場に急いだ。
 他の荷物はスタッフが運んでくれるから、兎に角僕たちは会場を一刻も早く後にすることが先決。
 だから零がいなかったら置いて行くのは仕方ないんだ。
「窓、外から見えるから出来れば下向いてて。」
 ハンカチを手にコクコクと頷く。今夜のさえはなんか気持ち悪い。
 車のトランクに荷物を放り込んで、助手席のドアを開ける。
「言って置くけど。ここに座れるのって零と聖だけなんだからね。有難く…」
 そう言ったとたん、又ベソベソと泣き出したのだ。
「一体、何なの?僕が何したって言うの?嫌がらせなら、他でやってよ。」
「違う…違うけど…言ってもいい?」
「言わなきゃ、分からない。」
「陸、困るよ、絶対に。」
「…とりあえず、車に乗ってよ。」
 こくん。
 頷いて乗り込む。
「車出す前に、聞いて。」
「うん…」
「陸が、好きなの。」
「うん」
「うん…って知っていたの?」
「なんとなく。」
 零も言っていたし。
「だから…ショックだったの。」
「何が?」
「言えない。」
 なんか、はっきりしないなぁ…
「気持ちは、有難く受け取らせていただきます。けど、ごめん。僕は零が好きだから。前に、言ったよね?」
「うん。あの時は零が好きだと思っていた。だけど私、陸が好きだったの。」
「ごめんね、どうしてもその気持ちには答えられない。好きになった人が振り向いてくれないのはどれほど辛いか分かる。だけど、ごめんしか言えないんだ。」
「分かってる。ただ、言いたかったの。私の気持ち、知っていて欲しかったの。」
 さえってこんなに小さかったんだ。いつも威張っていて、高飛車で、慇懃で、高慢ちきで…って思っていたから、こんな風に泣き腫らした目で見つめられたら確かに可愛いと思う…けど。
「あーっ、すっきりした。じゃあ、行くわよ。」
 ほら、いつものさえにすぐ戻る。
「言ったらすっきりしちゃった。また別の男、探さなきゃ。私があんたなんかにいつまでもこだわっているわけ無いじゃないの、ばっかみたい。」
「みたい…って…」
 悔しい…。
 駐車場から車を出す瞬間が大変なんだ。ファンの人たちが出口付近に固まっていたりするから、初心者の僕には事故らないかとハラハラドキドキもんなんだよね。
 外で嬌声が聞こえる。が、直ぐにその声が途切れた。
「って、さえっ、何しているんだよ〜」
 あろうことか、泣き腫らした顔でにこやかに外に向かって手を振っているではないか。
「いい加減にしてよねぇ…」
 ため息しか、出ない…。


 会場につくと、僕はさえを早々に放り出した。
「絶交だから。」
 プンッと背を向け、さっさと歩き出した。
「駄目。陸はずっと私と付き合って行くことになるんだから。」
 振り返ると、彼女の姿は扉の向こうに消えていた。
「陸、遅いじゃん。」
 さえを追おうとして一歩踏み出したときだった、背後から肩をつかまれ、振り返ると隆弘君だった。
「じゃあ、着替えね。」
 はい?
「ちょっと、何?」
「今日は何の日?」
「ツアー最終日…と、零の誕生日!!」
 そう、いつも零の誕生日はツアーのどこかに引っかかる。
「じゃあ、着替えてね。」
 衣装ケースを手渡され、別方向の扉を指差される。
 …何か、匂う。
 でも、まぁ…いいか。乗ってあげよう。


 …と思ったのが間違いだった。


 真っ白な燕尾服が出てきた。
 これを、着るの?


「隆弘君〜、僕、変だよ?」
「大丈夫、OKOK。」
 何が〜
 今日は皆、絶対に変だ。
「うん、そっちはいいの?分かった。…陸、行くよ。」
 隆弘君は普通のスーツなのに?どうして僕だけ?
「交代です。」
 そこにいたのは…パパだった。
 そして僕は、なんでさえがあそこにいたのか、どうしてこの衣装じゃなきゃいけないのか、全てを悟ったのだった。
 皆、ありがとう。
 僕は幸せです。
 涙が溢れてきて、前が見えなくなった。
 さえ。君は僕たちのために囮になってくれるって言うんだね?だからわざとあんなことした。僕を好きだって言ってくれたのはきっと本当のことなんだね。
 ごめんね。
「パパ。」
 この間まで、僕は確かにパパを見上げていた。
 でも気付いたら視線の高さが一緒になっていた。
「いい友達に会えて良かったな。」
「うん。」


 この扉の向こうで、僕たちのシークレットパーティーが開かれる…。