特典
 それはまだ、夏のコンサートツアー、真っ只中のことだった。


「納得できる理由を話してくれたら協力しよう。」
 斉木くん相手に珍しく僕は強気な態度に出た。
「ツアー中、零と別の部屋ってことは当然聖も別ってこと?納得いかない。僕たちは一緒でもいいって林さんが言ってくれたのに。」
 斉木くんは困って頭を掻いていた。
「零さんの、寝顔を写真に撮りたいんです。テレビ番組で使うんですよ。」
「そんなの、僕に任せて!」
 大船に乗ったつもりで…とか言って、渡されたデジカメで何十枚という写真を撮った。
 でも惜しくなってその中から厳選に厳選を重ね、3枚だけ残して全て消去してから渡した。



「りぃぃくぅっ」
 零が甘えた声で僕の名を呼ぶ。
「早く。」
 今夜はやけに急かされる。
「自分でパジャマ、脱いで。」
 言われるままに、足を抜き取った。
「いいだろ?」
 耳元で囁かれた。
 良いも何も、既に準備完了…って顔で僕を呼んだくせに。
 今夜も複数回、求められるのだろうか?気を失わずに、最後までできるだろうか?
 頬に、鼻に、額に、瞼に…そして唇に零の唇が押し当てられる。
 それだけで僕の敏感な部分が期待で膨らむ。
 そこにそっと、零の指が絡む。
「ああんっ」
 思わず、声が漏れる。
 時々不安になる。
 僕は零にふさわしいのかと。
 零は毎晩、求めてくれる。
 好きだと、愛していると、囁いてくれる。
 聖の、もう一人の親として認めてくれた。
 結婚の誓いもした。
 あまりにも幸せで不安になる。
「何、考えてる?」
 零の指が、僕のアナルを捉える。
「いや…んんっ」
 スルリ…指が抜ける。
「嫌なら、止める。」
「嫌じゃ…ない。」
 即答してしまう自分が嫌い。毎晩のことで、当然のように思い込んでいるこの身体が、嫌い。
「んあっ…」
 いきなり2本突き入れられ、ピリリッと痛みが走った。零は平然とした顔で抽挿を繰り返す。
「痛…い」
「それも、ウソだろ?」
 コクリ、
頷く。
 痛いのは最初だけ。直ぐに快感に変わる。
「あっ…あんっ」
 零の口腔に僕のペニスがスッポリ入ってしまっている。
 凄く、イヤラシイ図だ。
 でも…
「気持ち…いい」
 満足げに、微笑む。
 いつの間にか、指は3本に増えていて、零のペニスもパンパンに膨れ上がっていた。
「挿れて、いい?」
 僕の返事なんか待ったためしがない。
 言うが早いか、両脚を大きく広げられ、僕は零に深く、深く貫かれる。
「んっ…んんっ…ん…あぅっ…」
 挿いった瞬間は、ビリビリと電流が身体を通り抜けていったように、痛い。
 けど、抽挿が始まると、一気に快感に襲われ、駆け抜ける。
「あぁ、あぁ、あぁ…」
 声が、止まらない。
 だらしなく脚を広げ、零にしがみ付く腕。二人の間で揺れる、僕のペニス。
 それがなんだか誇らしげに見えるから、不思議だ。
 ―僕は今、零とセックスしているんだぞ。零なんだぞ。大好きな、ずっとずっと恋い慕ってきた零とセックスしているんだぞ―って。
「うぅっ」
 零の身体がびくびくっと痙攣した。
 僕の中に熱い迸りが注ぎ込まれた。
 肩で息をしながら僕の上に倒れこむ。
「…何、笑ってた?」
 さっきまで誇らしげに揺れていた僕のペニスは、すっかり萎縮している。零とほぼ同時に射精して果てた。
「何も…」
 言いながら、僕は笑っていた。
「幸せすぎて、不安になっちゃう…って考えていた。」
 けどね。
「馬鹿。」
 そう言うと零は僕の身体を抱き寄せた。
「溶けて、一つになれたらどんなにか幸せだろう、そう思う。だけどそうなったら陸の姿を見ることもできない。だから今が一番いいんだ、陸が大切だって気付いたんだ。ずっとそばに置きたくて拘束するために結婚なんて言葉を使った。」
「ちょっと待って」
 慌てて制止に入る。
「違う、僕はこんなに幸せでいたら天罰が下らないかと思ったんだよ。」
 ま、確かに今でも零以外の人に声を掛けてもらえるならセックスしてみたいとは思うけど、それとは別。
「愛してる」
 顔を寄せ、唇を触れ合わせた。
「いつも、僕ばっかりしてもらってて、零は不満じゃない?」
「全然。だって僕は陸の色んな顔が見たくて、毎晩セックスしているんだから。」
 色んな顔・・・ね。
「一緒に暮らして、毎晩セックスして…強引に聖の親扱いして。そんな愛し方しか出来なくてごめん。」
「え?」
「裕二さんみたいに、心の大きな男になれたら、どんなにか素敵だろうって思うけど、なかなか出来ない。」
 いや、心の広い男って言ったら、パパより涼さんだよね、絶対に。
「えっちしたら眠くなっちゃった。」
 僕はベッドから降りようと片足を動かしたと同時に、まだ僕の中にあった(気付かなかったんだ、萎んでて。)零のペニスが硬度を増した。
「また、する?」
 当たり前、という顔で再び活動再開…なのだった。
「あぁっ、あっあっ」
 零の放ったもので僕の中は滑りが良くなっているので滑らかに動かれ、僕は気が狂いそうになるほど善がった。
「いやっ、いいっ、駄目、あんっ、気持ち良いっっ」
 再び僕のペニスが誇らしげに揺れる。
 ―日本中の女の子が憧れる零が毎晩抱いているのは僕の身体なんだ、僕は零に突き上げられてこんなに善がっているんだ―
 ふるるん、ふるるん
得意気だ。
「零っ、イクッ」
 ズサッ
いつもとは又、違うエクスタシーに襲われた。
 高いビルから落とされ地上に思い切り叩き付けられたのに意外にも着地点が柔らかかった感じ。
 零は二度目の射精をした。

「陸、可愛いなぁ…」

 目覚めると、僕は再び零に組み敷かれていた。
「やぁん…零…うふん…」
 やけに僕の声が艶っぽく聞こえる。
「あん…っ」
 何でだろう?今朝はヘンな感じ…嫌じゃないけど違和感がある。
 零の掌が、僕の胸の上で動いた。
 むにゅ――
音がしたわけではない、したような気がするほど、柔らかい感触…
「陸。これをもう一個の穴に入れるね。」
 もう一個?穴?
「アナルパール。これ入れてすると気持ちいいんだって。」
 どこかで聞いた台詞。
「いや、入らないよ。」
 入らないよ、零のペニスが入っている――あれ?穴…
「あぁんっ」
 オイルをたっぷり塗られたアナルパールが明らかに僕のアナルに埋め込まれている。
 じゃあ、零のは?どこに?
 恐る恐る、右手を股間に伸ばした。
 ペニスは、あった。でもその奥にヴァギナもあった。
 左手で胸を触る。丸くて柔らかい乳房があった。
 両性具有?
 でも…
「一杯、陸の中に注ぎ込むからね、二人目の子供、頑張ろう?」
 身体中、性器になったかのような快感、たまらない。だから零の言ったことが理解できなかった。
「最近、聖は陸に似てきたよな、やっぱり親子だからかな?」
 僕は時計を見た、時間がわからなかった。
 壁のカレンダーを見た、文字が判読出来なかった。



 今度こそ、本当に目が覚めた。汗をぐっしょりかいていた。
 夢で、良かった。
と、思ったのに。
「ん、りくぅ」
 零の腕が僕を捕らえて身動きが出来なくなってしまった。



「隆弘くんっ、斉木くんっ」
 その日。
 打ち合わせで集まったレコード会社の会議室。僕は主犯の二人を呼びつけた。
「昨日、変なもの見せてくれたから怪しい夢見たよ」
 隆弘くんは心外とばかりに唇を尖らせて
「だってさ、老舗のゲイ雑誌が廃刊になったから最後くらい陸に見せてやろうと思って買ってきたのにさ。」
と、得意気に言う。
 そんな。僕は悪いけどそういう、何というか他はどうでもいいんだよね。
「何に感動したのかな?」
「全然っ、感動なんてしていないよぉ〜。僕はね、」
「駄目だね、そう言う後ろ向きな姿勢だと零に飽きられて捨てられる。」
 飽きられる?
 捨てられる?
「隆弘さん。」
「大丈夫だって。な?陸、後学のためだと思ってさ。斉木はさぁ、彼女とのセックスがマンネリになってきたらどうする?」
「えっ?」
 真剣にびっくりした斉木くんが、隆弘くんのシャツの裾を引いた。
「…本当に好きだったら、毎回同じことしていたって全然平気だと思います。」
 少し唇を尖らせて抗議する口調だ。
「大体ですね、隆弘さんは陸さんのことからかい過ぎです。」
 今度は隆弘くんが抗議口調。
「そんなことないって。だってさ、知識は多いほうがいいんだ。大体陸はいつ、ゲイのセックスって情報を仕入れたんだ?」
 ドキッ
 これは、聞かれたくなかった。だって零にだって言っていない。
「…秘密…」
 これだけ言うのが精一杯。
「何が秘密?」
 っう!!又何時ものように絶妙のタイミングで零は現れる。
「何でもないっ。」
 僕は慌てて俯いた。
「あ、斉木くん。これ、例のヤツね。多分誰よりもサイコーだと思う。」
 何?
「うわっ〜。あ、ありがとうございます。じゃっ、早速林さんに渡してきますね。」
 斉木くんはそそくさと部屋から出て行った。
 その後も執拗に隆弘くんと零に問いただされたけれど、僕は決して口を割らなかった。



 数週間後。
「えー、今回のCD特典ですが。」
 レコード会社の会議室に召集された僕たちは、テーブルの中央に並べられた写真を見て、愕然とした。
「何?なんなのさ、これ?」
 だって…。テレビ番組で…って。ウソだったの?
「皆さんの寝顔を撮影しました。」
 自慢気に斉木くんが説明している。
 初ちゃんは絶対にお酒を呑まされたんだな…って表情で幸せそうに床に転がって眠っている写真。着ている物は黒のツアーTシャツだから、夏のツアー中に誰かが…って斉木くんなんだろうな…撮影したらしい。同じ日に撮影したらしいけれど、表情とポーズが若干違う。
 剛志くんは室内が明るいから、明け方に部屋へ忍び込んで撮ったのかな?本当にテレビの企画みたい。すっごい寝相が悪い。毛布が辛うじて脚に引っかかっている程度。でもファンの女の子にはとってもセクシーに見えちゃうんだろうな。実際、奇麗な寝顔だもんなぁ。
 隆弘くんは会議室の机に突っ伏して居眠りしている。なんだかとってもつらそうな表情。
 零は。僕が撮ったやつだ。本当は聖を抱き締めて寝ていたのとか(聖が暑がって直ぐに逃げ出したけど)、枕を抱えてうつぶせ寝していたものとか色々撮ったけど、最終的にはボードゲームしながら居眠りしていた時のものと、まだ寝ついたばかりの一糸乱れない完璧な寝姿。この寝顔は彫刻のように美しい。
 あとの一枚は朝、僕が目覚めたときに撮った一枚。
 少しパジャマが乱れててもったいないかな?なんて思ったけどファンサービスと割り切って出したのに!
「これ、零だよね?」
 僕は残った写真を指さした。
「物凄く可愛いから、見せびらかそうと思ってさ。」
 悪びれることなく、言い放った。
 パジャマは胸まではだけ、少しピンク色に染まった頬。そんな姿でいるなんて、確実に気を失っているときだ。
 もう一枚はリビングのソファで、前に聖にあげたウサギの大きなぬいぐるみを抱きかかえてて…でも何も着ていない。(実際写っているのは上半身だけなんだけど。)…これって先日、聖がいなかった夜…だよね?
「また、零の惚気が始まった…」
 剛志くんが大きくため息をついた。
「この写真、ランダムに各一枚ずつを封入します。異議は受け付けません。」
 最近の斉木くんは強気だ。
「あっ、そうだ。」
 今まで黙って聞いていた林さんが、何かを思い出したらしく口を開いた。
「忘れていたんだけど、来月から斉木くんはACTIVEのサブ・プロデュースを兼任することになったから。それからマネージメント業務は陸専任。他の四人には裕二さんに就いていたマネージャーがそれぞれ着任、見習いの二人はサブ・マネージャーに昇格、私の下に就いてもらう。」
 斉木くんが?僕の専属?
「新しい付き人も入りますからね。」
と、微笑んだ。



「全然。隆弘の完璧はあてにならないな。」
 バスルームから出てくると、零のそんな会話が耳に入った。
「で?どんな雑誌なの?え?ゲイの性生活?うん…」
 げっ、この間の雑誌のこと?あの雑誌、帰ってきたら僕のバッグの中に入っていたんだ。困った挙句に…ベッドのマット下に隠してある。
「でもさ、愛してるから。」
 とっても、甘い声でそう答えた。
「ばーか。じゃな。え?違うよ、そろそろ出てくるから。ん?まぁね。切るぞ。」
 ピッ
電子音が聞こえた。
「陸はさ…僕たちのセックス、マンネリしてると思う?」
 なんだ、気付いていたのか。隠れていたのに。ベッドルームのドアを開けて中に入ると、零の手にはあの雑誌があった。
 その雑誌には色んなカップルの性生活についてが書かれていた。
「僕はさ、ここに書かれていること、同感なんだ。でもさ、若いんだもん、無理だよ。」
 零がいうところの"ここ"には、身体を繋ぐことだけがセックスじゃない。というタイトルがあった。
「僕、その雑誌全然読んでないんだ。ただ隆弘くんに色んな道具が出ているページを見させられて、『零にこういうの使ってもらったら?』って言われて…ヘンな夢見たから…。」
 そう、もともとはヘンな夢を見てしまった僕がいけなかったんだ。
「じゃあ、ヘンな夢見ている暇がないくらい、愛し合おうか?」
 ドキッ。零のエロ親父モードにスイッチが入ってしまった。
ひょいっ
と、お姫様抱っこで抱え上げられると、僕がいくら抵抗してももうアウト。そのままベッドへ直行、気を失うまで喘がされてしまう。
「いやっ、ちょっ、待って…」
ボスッ
ベッドに落とされると、折角着たパジャマを簡単に剥がされてしまった。
「あ…んん…っ」



「斉木くん、もっと良いのが撮れたから差し替えてくれる?」
 翌日、夢うつつの中で、そんな声が聞こえた。…覚えてろっ。いつか仕返ししてやるぅっ。(泣)