みんな、幸せでありますように
「あやちゃんがね、他にどんな写真があるのって言ってたよ。」
 聖が言っているのは先日発売された新曲の初回特典として付けた寝顔写真。
 どうして寝顔になったのか、斉木くんに聞いたら
「陸さんの寝顔が可愛かったから。」
という、めちゃくちゃな答えが帰ってきた。
 ツアーの移動中、寝ていた僕の顔を見たらしい。ヘンな趣味だよね。
「僕たちも持ってないよ、写真。」
 するとベッドルームに消えた零が戻ってきた。
「陸の写真なら一杯ある。」
 そう言うとCDケースから大量のCD-Rを取り出し、次々と寝顔ばかりの写真をPCに表示したのだった。
 又、やられたらしい。
 零はあれから撮影に熱心で、デジカメを買っていつも持って歩いている。
 この間は歌番組で歌っている最中にマジで撮影していた。
 そういえば前に僕も必死で聖の写真を撮ったけど、時間が合わなくなってしまったり、イベントに行けなかったりで暫くカメラを持つこともなかった。
「こっちは聖。」
 いつの間に?
「わあ、毎日寝てるぅ。」
 そっか。聖の寝顔なら毎日会えるじゃないか。
「可愛いっ!この日は泣きながら、こっちは笑ってる。何?みかんも一緒だ。」
 本当に毎日表情が違う。
「決めた!明後日、僕は休む。だからさ、遊園地に行こうよ、ね?」
 パパは遊園地がきらいだった。
 理由は簡単だったんだけどパパには辛かったんだと思う。
 涼さんとママが初めてデートしたのが遊園地だったそうだ。
 それがきっかけで、パパはママに振られることになる。
「明後日?日曜日だよ?いいの?」
「日曜日だから行くんだよ。聖、付き合ってくれるよね?」
「うん!」
 僕たちの会話を聞いていた零が悲しいことを告げる。
「明後日、夜の生放送じゃなかったっけ?」


 結局、聖(&零)との遊園地デートはスケジュールと相談してさ来週の火曜日(聖は風邪を引く予定)になった。
 なんだか前にも一度やった気がする、聖の病欠。
 でもね、聖との楽しい思い出は沢山欲しいんだよね。
 聖は大人になる前に、忘れてしまうかもしれない。
 それでも、僕がしてあげなければ気が済まないんだよね。
「零は両親との思い出、何かある?」
 その夜、珍しく気を失わずにベッドで枕を並べた僕は、零になんとなく聞いてみた。
「無いかもしれない。あきらちゃんはいつも子育てが忙しかったし涼ちゃんは地方へライブに行っていたりしたし。」
 そっか。
 ママは零が一歳で実紅ちゃん、二歳で夾ちゃん、三歳で僕を産んだからいつも忙しかったんだ。
 加月の家の三人が手の掛からなくなった頃に、僕の事を気にして越してきてくれた。
 隣のおばちゃんとして、(僕は零に聞いて皆知っていたけど)いつも優しくしてくれた。
「あ、一度だけ、皆でイギリスへ行ったよ。涼ちゃんはアイドルみたいに人気者で、結婚を隠していたしさ、皆で出かけるのは難しかったんだ。聖が羨ましいな。僕は平凡な親から産まれたかったよ。」
「聖の父親だってアイドル並みに忙しいよ。」
 たぶん。
「陸がいつでも気に掛けてくれている。だから妬けるんだけどね。」
 寂しそうな、嬉しそうな、複雑な表情で笑った。


「拓を?」
 実紅ちゃんから意外な申し出があった。
 拓を一緒に遊園地へ連れて行って欲しいという。
「裕二さんは遊園地嫌いだし、私はちびがいるから手が回らないし、だけど友達が行ったらしくてぐずるの。無理だったら断って。」
「いいよ。だけど僕の言うことを守れなかったら次はないからね。」
 拓がニッコリ笑う。
「うん、にいちゃの言うこと、きく!」
 拓は僕のことをにいちゃと呼ぶ。
「じゃ、朝迎えに行く。拓が自分で起きて支度すること。出来たら玄関の中で待っていること。時間は七時だよ。」
「うん」
 可愛い!
「いい子にしてたら又連れて行ってあげるからね。」
 僕の弟。
 聖だって本当は弟。
 だけど零と結婚したから息子になった。
「じゃ、当日ね。あ、実紅ちゃん、お弁当はいらないよ。」
 一杯、遊ぼうね。


**********

「ねぇ夾、凄いでしょ?」
 実紅が喜々として僕に報告に来た。
 零ちゃんたちが出掛けるので、一日みかんを預かってほしいと頼まれてはいたんだけれど、まさかそこに拓が一緒に参加しているとは夢にも思っていなかった。
「裕二さんの子供にしようって割り切ったつもりだけどやっぱり親子の名乗りは何時かさせてあげないとね。」
 まずい、実紅は拓が陸ちゃんの子供だと信じている。
「その件だけど。」
 ん?と、小首を傾げて問う。
「あれ、陸のじゃない。」
 ゆっくりと表情が固くなっていく。
「ただの、カタクリ粉。そんなこと出来るわけないじゃないか、零ちゃんを裏切るなんて出来ない。」
 実紅は裕二さんと結婚してすぐに、陸ちゃんの子供が産みたいと、僕に相談してきた。
 いくら医学部にいるからと言って、そんなこと簡単には出来ない。
 しかし実紅は無理だとわかれば絶対に無茶をするから、敢えて僕が罪をかぶろうと思った。
「人口受精なんか、資格の無い人間にできるわけないだろう?信じるなよ。」
「うそ…じゃ、あの子は裕二さんの子?本当に?」
「実紅が他に心当たりがなければ。」
「ないに決まってるじゃない。…良かった…私ね、裕二さんが大好きなの。」
 見ていたらわかるよ。
「ごめんね、もっと早く言えば良かったな。」
 実紅は大きく首を左右に振った。
「いけないことをしようとした、私への罰。いいの。裕二さんも私も陸が可愛いもの。見守ってあげる事が出来て嬉しいの。」
 実紅の結婚、僕は反対だった。
 何も母親の元婚約者を選ばなくてもいいと思った。
 だけど互いに価値観が一致して、愛する対象が同じなら、意見の対立が少なくて済む。
 無理をしないでやっていける。
「じゃあ、ちゃんと陸ちゃんにも伝えておいてくれる?」
 途端に、俯いた。
「陸には、きちんとは言ってないから。」
 言えなかったんだろう。
 僕は、友人に頼んで実紅に暗示を掛けてもらったんだ。
 医学部の学生がなんて非科学的なことをと思ったけれども、実紅にはそれしか方法が思いつかなかったんだ。
 そして、人口受精の手術を受けたような錯覚に陥らせた。
 妊娠しなければ失敗で通せたからだ。
 しかし、実紅は裕二さんと当時新婚だったからね。
 裕二さんはママとの思い出があり、そして陸ちゃんがいるから、新しい一歩を踏み出せたんだ。


 しかし。パパとママを納得させてまで陸ちゃんを手に入れた裕二さん…実紅と性格似ているなぁ。


**********


「おはようです。」
 そういうとニコッと笑ってペコリと頭を下げた。
「か」
 可愛い!
「にいちゃ。ボクにいちゃだいすき。」
「僕も好きだよ、拓。」
 実紅ちゃんの見立てで着せられている、ピンクのツナギ。
「おむつは?」
「これ。でもこの子ちゃんと自己申告できるの。普通の子より早いのよね。」
 はいはい。
 手渡されたバッグを肩に担ぐ。
「何でも食べるから平気。好き嫌いは言わないから。」
「偉いね、拓。」
 にゃはは、と笑う。
「車で行くから、旅の楽しさは半減かもね。」
 僕は旅というものは、電車でいくものだと思う。
 時刻表とにらめっこして、旅館を決めて、行き先を決めて。
 いいよね。
「夜になる前には送り届けるからね。」
 拓は実紅ちゃんに目一杯手を振って元気に出掛けた。


「じゃん!」
 零が得意気に取り出したのはビデオカメラ。
「今日は陸カメラマンがいるから、僕は動画で攻めてみようかと。」
 喜々として機械を手にする零は、子供のようだ。
「拓は陸から絶対に離れないこと、聖は僕、わかった?」
 一斉に元気な返事が戻ってきた。
「拓ちゃん、最初は何に乗る?」
 聖がいつもより大人びた口調で拓に話しかける。
 時々、聖は拓の所へ遊びに行っているらしい。
 きちんと報告があるわけではないので確信は無いんだけど、ばあちゃんが聖を気に入っていて連れ出しているのは僕も薄々は気づいているのだ。
「拓、聖は普段何して遊んでくれるの?」
「にいちゃのおはなし、いっぱい!」
 間髪いれずに拓が答えたので、聖は制止が出来なかった。
「僕?」
「ん!」
 ニコニコッと無邪気に微笑む。
「何か面白い話してくれるの?」
「んっとね、ぴかぴかできらきらなの。」
 ぴかぴか?きらきら?
「拓ちゃん、いつも本読んであげているでしょ?うさぎさんとか、かえるさんとか、うしさんの話。」
 聖が慌てて割って入る。
「拓に何、話しているの?」
「えっ?」
 聖が慌てるのって…可愛い。
「聖…」
 聖がぎゅっと肩に力を入れて目を瞑った。
 だから、僕は精一杯抱きしめたんだ。
「聖も、拓も大好きだよ。」
 ふたりとも、僕の可愛い弟だからね。



「一体、何枚写真撮ったんだろう?」
 家に帰ってきてデジカメのデータを整理していたら、簡単にCD-R5枚になってしまった。
「解像度が高すぎない?」
「ううん。」
 マウスを操作しながら一枚ずつ送っていく。
「あー、この聖、すっごく可愛い。あっ、こっちも。」
「陸。」
「ねぇねぇ、これなんか…」
 零の表情が硬い。
「どうしたの?」
 手を止めて、零の顔を覗き込んだ。
「夾が…」
「ん?」
「実紅さ、陸に睡眠薬を使って強姦したって言っていただろう?違ったんだ。」
 嫌、なに?なんなの?もしかして、又僕の子供だなんて…言わないよね?僕、そんなに無防備じゃないよ、多分…。
「実紅は、ずっと陸の子供だと信じていたらしい。」
 らしい?
 ――真実を知っていたのは、夾ちゃんだった。
 実紅ちゃんは睡眠薬を使うのを嫌がった。
 子供に悪影響があったら困るからだ。
 なので睡眠作用があり副作用のない薬を選んだらしい。
 …そんなのがあること事態知らなかったよ。
「やっぱり、セックスしたんだ?」
 零は首を横に振った。
「夾が後から来て、そこで実紅も眠らせた。そしたらすぐに裕二さんが飛んできて、慌てて隠れたんだそうだ。実紅は裕二さんが連れて帰った。」
 翌日、実紅ちゃんは夾ちゃんの大学の同期で産婦人科医の息子の家に出向いた。
「夾は実紅に小さな硝子ビンに入った水溶きカタクリ粉を見せたそうだ。それが、陸の精子だと偽った。」
 …そんなんで、できる?僕だって不振を抱くよ?
 病院では妊娠の診察をしただけだった。
 ただ、友達の部屋で暗示をかけ、これから人工授精をする…と思い込ませたそうだ。
「これが真相だってさ。」
 実紅ちゃんは思い込まされたんだ…。
 なんか切ない、切ないね。
「どうして、実紅ちゃんは僕なんか好きになってくれたんだろう?優しくもないし、強くもない。こんな手の混んだことして、悩んで悔やんで…いっそのこと、縛りつけて無理矢理犯してくれた方が気が楽だよ。」
 零はソファに深く腰かけ、脚を組んだ。
「僕でもそう思う。でもそれは男だからじゃないかな?女は基本的に受け身だから。その気の無い人間相手に、受け入れることは出来ない。」
 うん、そうだね。
「パパは、ママが夾ちゃんを産んで実家へ戻ってた時に強姦したって言ってた。男には出来ることだけど女には…出来ないのかもしれない。」
 自分から、身体を開くのは勇気がいることだ。
「あの二人は、なんか似ていないか?」
「パパと、実紅ちゃん?」
「うん。でも二人は陸への思いがあったから結ばれたんだって言ってたし、事実そうだからね。ただ実紅の考えと行動が少し間違っていた。」
 実紅ちゃんが間違っていたなら、僕の存在も又、否定されるものになる。
 拓と僕は、同じ運命になる所だったのかもしれない。
 だったら、夾ちゃんに感謝しなければいけない。
 拓には、不憫な想いをさせたくない。
「夾ちゃん、みんな知っていたの?」
 うん、と零が頷く。
「実紅も僕も、陸まで騙してごめんと言ってた。でもあいつは優しいから。頼まれたら断れないよ。」
「辛かったよね、きっと。僕のせいなのに…。」
 零が僕を手招きした。
 手首を掴まれ、グッと身体を引き寄せられ、そのままぎゅっと抱き締められた。
「人間って、一番最低な生き物かもしれない。愛情を独り占めしようとして、悩んで、挫折して、ばかげた行動をする。実紅は、陸に一度でも好きだって言ったの?言いもしないで、いきなり子供が欲しいなんて、エゴ以外のなにものでもないじゃないか。」
 零の胸に、頭を預けて頬を摺り寄せた。
「愛してる。零が、欲しい。」
 僕は、素直に零に言う。
 愛しているっていつだって言える。
 でもそれは、零が受け入れてくれたから言える事。もしも拒絶され、軽蔑されたら…実紅ちゃんのような行動を取らなかったとは言い切れない。
「いいよ、今夜は。」
 僕が、零を欲するのは年に数回なんだ。
 だからいつだって零は処女のように身体を強張らせる。
 ゆっくり、時間を掛けて、僕は零を愛してあげる。


 パパが、幸せでありますように。
 拓が、幸せでありますように。
 実紅ちゃんが、幸せでありますように。
 みんな、幸せでいてください。
 僕は、ずっと幸せです。