馬に蹴られて!?
「それでね、みかんがミドリに甘えるんだよ〜。まだ子供だもんね〜。だけど連れて帰らないと鳴くんだよ〜。すっごく可愛いんだぁ。」
 クリスマス。
 予定通り昼間は三人でパーティーして夜はママのお呼ばれで加月宅でパーティー。ママは終始はしゃいでいた。
 夜は聖とみかんを預けて二人で帰宅。
 久しぶりに二人っきりで新婚を満喫しました。
 今朝は零、腰が抜けたみたいになっちゃって、ヨロヨロでした。
 で、今聖が帰ってきて延々と夕べの話を語っています。
 幸せなクリスマスです。
 その時。僕の携帯電話がメール着信を告げるメロディを奏でた。
「又、伊那田くん?」
 零はソファでふんぞり返りながら不満そうに唇を尖らせる。
「うん。」
《玉砕。結婚するってマサから告げられた。》
「なんで?」
 思わず声に出してしまった。
「あのさ。好きな人が結婚するって聞いたら、告白するの止めちゃう?」
 零には、カズくんの恋愛に関して話していない。
「僕は言えないな。」
「なんで?言わないの?零くんが好きって言ったら、きっと大丈夫だよ。」
 聖が意外なことを言う。
「僕ね、お友達になりたいなぁって思ったら、みんなに言うの。みんな友達になれると楽しいよ。」
「そうだよね」
 零を見る。
「僕は、言わない。相手を窮地に陥れたくない。」
 零、カズくんの好きな人、わかってるんだ。
「僕は言って欲しい。」
 零は俯く。
「相手は、男だろ?」
「えー!そうなのぉ?」
 聖が好奇心一杯の瞳で僕を見たけど、黙って首を左右に揺らした。
「他人の秘密は例え家族にでも言えない。」
「相手が陸ではないとわかったから、それでいい。」
 え?
「まさか、疑ってた?」
 相変わらず、顔を上げない。
「疑いではなくて不安かな?言い寄られて襲われたら陸は抵抗出来ないかなって。」
 ようやく、顔を上げた零は心なしか照れたように目元が赤かった。
「抵抗はする。だけど、」
 少しだけ続けるのをためらう。
「だけど?」
 促されて諦める。
「カズくんは、嫌だ。」
 すると
「良かった。」
 零の目が笑った。
「伊那田くんに抱かれてもいいって言われたら、部屋に閉じ込めて二度と外には出さない所だった。」
 まじ?零ならやりそうだから、怖い。
「じゃあ、陸が心配するからお節介な情報を提供する。」
 そういうとポケットから携帯電話を取り出した。
「これが、伊那田くんの意中の男。」
 聖も一緒にのぞき込む。
「マサ…本名は木頭正義(きとうまさよし)の双子の弟で正恭(まさゆき)がそいつの名前。マサとネーミングしたのは正義本人だ。マサは、カズに惚れてる。だから正恭は身を引いたんだ。」
「彼、知ってるの?」
 携帯電話を畳んでポケットに戻し、僕と聖を抱き寄せる。
「知らない。伊那田くんの気持ちを正恭は知らない。」
 そうか。知らないのか。
「って、どうして零がそんなに色々知ってるの?」
 零の視線が泳ぐ。
「そんなこと、知らない方がいいよ。」
 チュッ
と、音を立てて僕の唇にキスをした。
 又、零の魔法にかかったみたいだ。

「アイドルでも暇な奴はいるんだ。」
 僕をみて、そう言ったのは正恭くん。
「暇ではないし、アイドルでもないと、思う。」
 グラビアじゃないよねACTIVEは?
「じゃあどうして毎日うちの前に立っているんだよ。あんたといい、伊那田といい。なんかの嫌がらせか?」
「そんなつもりじゃないよ。ただ。」
 駄目、気持ちは自分で…あれ?
「伊那田くんも来るの?」
「ああ。たまにね。」
 少し怒っているみたいだった。
 あれから、僕は正恭くんの住所を調べて仕事が終わると通ってきた。
 今夜、初めて会うことが出来たのだが。
「有馬記念はどうだった?」
 すると突然満面の笑みで
「テンポイントメモリアルが大当たりだったんだよ。凄かったぜ〜。鳥肌もんだったよ。三連単が当たったんだよ、いやあ。」
 有馬記念自体はたいしたことなかったらしい。その前に大きな当たりが出たらしい。
「あいつに、いい加減止めろって言ってくれよ。俺の言うことなんか聞いちゃいないからさ。」
 正恭くん?
「お前。この間一緒に中山にいたじゃないか。できてんだろ?カズと。」
 は?
「できて?」
「あいつ、ゲイだからさ。相手は奇麗な男なんだろうとは思ってた。」
 ちょっ…、
「待て。違う。カズくんは…クリスマスプレゼントを渡しそびれた人がいるんだ。」
「あの日はクリスマス前だった気がするけどな。」
 …どうして、零といい、正恭くんといい、そんなに色々細かいことを知っているのだろう?
「あの日、俺もいたんだよ、中山競馬場。カズに競馬を教えたのは俺だからさ、後ろめたくてさ。アイドルが競馬なんて似合わなさ過ぎる。だから止めてくれないか?」
 そう言うと僕に背を向け歩き出した。
「明日、明日の夜、伊那田くんを連れてくる。本人に言ってよ?ね?」
 すると彼は僕を振り返り、言った。
「馬鹿だなぁ。明日は大晦日。あいつは国民的大行事で大忙しだよ。」
「知らないの?Dis、辞退してライブやるんだ、うちと。」
「ライブ?カウントダウンライブってやつ?」
「うん。テレビ局のスタジオだけど応募者50人限定でお客さんも入る。そこで23時30分から放送は始まる。24時30分までやるから。ライブも終了と同時に終わる。その前の20時から30分だけ、時間を作る。お願いだよ。」
「俺が…」
 振り返らず俯いて小さく応えた。
「俺が行った方が楽だろ?場所を教えてくれ。」
「本当に?」
「ああ。兄貴の家族として行ったことがある。…俺は芸能界に興味がないんだ。普通に世間一般通常通りがいい。」
 声がかすかに震えていた。
「誰かを深く強く激しく愛することを拒否している。傷つくのが怖いんだ。だから言わない。」
 なんのこと?
「君、恋人はいるの?って、芸能人に聞く質問じゃないか。」
「いるよ。大好きな人がいる。」
 顔を僕の方に向け、少し驚いた表情で見た。
「あいつは何だか知らないけど、愛されることを拒否する。」
 それは…。
「あいつの願いはなんだろう?」


「なんで…ここにいる?」
 12月31日。テレビ局のスタジオで行われる『Dis&ACTIVE カウントダウンスタジオライブ』のリハーサルが終わって束の間の休憩タイム。正恭くんはDisの楽屋にいた。
「愚問だと思わないか?兄貴がそこにいるんだから。」
 顎で示された当人は知らん振りというか、我関せず。
 カズくんは画面の中で見る弾けた感じが一切無く、ただただおどおどと俯くだけだった。
 正恭くんはカズくんの腕を取ると、廊下の隅に連れ出した。僕はなんとなく着いていってしまった。
「競馬、あれ程止めろって言ったのに、やってるだろ?」
「関係無いだろ?自分で稼いだ金を何に使ったって、文句は言われたくない。ちゃんとお祝いくらい出せるさ。おめでとう。」
「なんだよ、おめでとうって。」
 二人の会話はいまいちかみ合っていない気がする。
「正恭、結婚するって聞いた。」
 正恭くんはそれに関しては返答をしなかった。
「伊那田、いい加減、気付いてやってくれないか?あいつがどうしてお前のそばにいたがるのか…俺は関係ないだろう?」
 カズくん。プレゼント、渡さなきゃ。
「陸!」
ドキッ
 突然呼ばれて心臓が口から飛び出すかと思うほどびっくりした。
「何やってるんだ?時間がない。」
 零だった。
「人の恋路を邪魔するな。」
「でも…」
「恋なんて、所詮自分一人で抱えている哀れな感情だよ。愛に変えることが出来なければ永遠に一対にはならない。」
 言うだけ言うとさっさと消えた、僕を置いて。
「好きだ、お前が好きなんだ。」
 カズくんは小さく、本当に小さく告白した。
「わざわざ来てくれて、こんな聞き飽きたような詰まらないことしか言えなくてごめん。」
 聞き、飽きた?
 え?
「うん。何度駄目だと言ってもお前は諦めてくれない。俺はお前にそういう感情は持てない。いつまでもこのまま平行線を辿るのなら、会うことさえ出来なくなる。会う度告白され続けたら嫌になる。今日ここへ来たのはお前と俺の関係をはっきりさせるためだ。俺はお前と親友でいたい。だけどお前は俺に好意を持ってくれている。双子の兄じゃ、だめなのか?」
「ちょっと、待って、正恭くん、それはマサくんにもカズくんにも失礼だよ。」
「部外者は黙っててくれ。」
「違う、いくら双子だって人格はある。マサくんと正恭くんだってこうやって違う想いを抱いているじゃないか。」
 ガシッ
ふいに、肩を掴まれた。
「違うんだ。正恭は身を引いた。そう言っただろう?陸は人のことに首を突っ込みすぎだ。」
 さっき楽屋に引っ込んだ零が、いた。
「正恭、正義にそんなに義理立てしなきゃならないことがあるのか?」
 あのぉ…。
「スケベ親父に言われたくない。」
 えっ?何々?
「零…」
「高校時代にちょっと、ね。」
 知り合いなの?
「そっか。お前の相手がこいつか。どうりでしつこい筈だ。」
 ごめんなさい、しつこくて。
「ユキ、俺さ、今日でDisを抜けたいんだ。明日からお前が変わってくれないか?いつもみたいに。」
 その時、マサくんが現れたかと思うと、正恭くんの手を引いて、楽屋に連れ戻した。
「誰かさ、俺とこいつが入れ替わっていた日、気付いた?」
「それは…」
 正恭くんは今までの強気な姿勢が一転、借りてきた猫のようにおどおどしていた。
「飽きちゃったんだ、この仕事。だからさ、ユキと入れ替わっちゃおうかと思ってさ。こいつもマサユキだからマサだろう?誰も分らないよ。こいつも俺になりきれるしさ。」
 どういうこと?
「初めから、正恭がDisのメンバーだったのに、正義の我侭で入れ替わったのが正しいんだろう?」
「うるさいなぁ、どうでもいいだろう?」
「良くない。何度も言っただろう?正恭と伊那田くんは互いに好意をもっているんだから、邪魔するなって。」
「なんで零がぐちゃぐちゃ言うんだよ。これは俺たちの問題…」
「お前も関係ない。」
 零はマサくんと僕を強制連行した。
「二人にしてやればいいだろう?それで解決するんだから。」
「駄目だね。あいつは犯罪者だから。それを俺に知られてからずっとあんな感じ。人生を投げちゃっている。」
 零が呆れたように大袈裟にため息をついた。
「あれのどこが犯罪だ。あれが犯罪になるなら、僕は今頃死刑になっている。」
「そりぁ、そうだ。」
 …どんなことをしたんだろう?
「最後の嫌がらせ。今夜のライブからユキと交代だ。」
 そういうとマサくんは廊下を駆け出していなくなってしまった。
「零、どうしよう…」
「はじめっからそのつもりだったんだろう、あの二人。だからここに正恭がいるんだろう。」
 …零、僕には全然ワケが分らないです。


 年が明けて1月1日の午前2時。ACTIVEの楽屋にはカズくんと正恭くんと零と僕の四人が残った。
「つまり。正義は実家の団子屋を継ぐ気になった。そういうことなんだ?それで正恭は代わりに出てきたってこと?」
「俺の夢は平凡であること。目立たないこと。でもそれは…」
「万引きだろ?中学時代連日のように万引き犯が書店、文房具店、スポーツ洋品店なんかを狙っていたやつ。でもお前あのあと全店に代金を払ったじゃないか。」
「それは…兄貴のせいにしたんだ。兄貴がやったから俺が払うって言い訳したんだ。それが兄貴にばれちゃってさ。いつまでも引き摺ることでもないと思うんだけどさ、兄弟って面倒なんだよ、なにかと。」
 僕はずっと一人っ子だったからわからないなぁ。
「競馬の騎手になりたかったって言っていたじゃないか。」
「ただの競馬好きの意見だよ。大体体重制限のストレスに耐えられない。」
 アイドルも大変なのでは?
「で?二人のことはどうなった?」
 零が一番気になっていたのはそのことみたいだ。
「やっぱり振られた。」
 てへへっ、とカズくんが笑った。
「俺と恋人になるのは考えられないってさ。でも…これからは毎日のように会えるから。」
「もう耳にタコが出来たよ。」
 この二人が恋人同士になるのは時間の問題かもしれない。


 とりあえず。今夜のライブ中マサくんと正恭くんが入れ替わっていたのは気付かれなかったようだけど、このままファンを騙し続けることは出来ないだろうなぁ…。Disも大変だなぁ…。
「零。」
「なに?」
「明けましておめでとう。」
「うん。今年も宜しく。」
「ずっと、宜しく。」
 二人のいなくなった楽屋で、僕たちはそっと唇を重ねた。
 明日も仕事です。そろそろ帰ります。