愛のメッセージを君へ届けよう

 君へメッセージを贈ります

「いいんじゃない?」
 零が微笑で頷くなんて珍しいんだ。
「ホワイトディの方が良かったんじゃない?」
「バカ、当日だからいいんじゃないか。だからモテないんじゃ、ボケッ」
「なんだって!」
「いい加減にしろよ。」
 もめていたのはまだまだ新人マネージャーの二人、止めたのは斉木くん。
 今日はレコード会社の会議室でバレンタインディに発売になるミニアルバムのパッケージデザインの最終チェック…と言ってもレコード会社のプロデューサーさん、デザイナーさんと、斉木くん、新人二人と、メンバーは暇人の零と僕だけ。初ちゃんはモデルの仕事(最近増えているのはなぜ?)、剛志くんは新ドラマの会見、隆弘くんはバラエティー番組の収録が押してて当分終わらないらしい。
「陸さん、さえさんとマニアックスの新曲、締め切り明日です。」
 は!忘れていた。
「それから都竹(つづき)は明日から俺に、辰美(たつみ)は黒埼(くろさき)さんに着くよう林さんから指示があったから。」
 黒埼さんは零のマネージャー。
 いよいよ都竹、辰美コンビも消滅か。
「都竹くん、よろしくね?」
「林さん、図った…」
 辰美くんのつぶやきはとりあえず無視した。
「辰美は陸のファンだったんだろ?」
 聞こえない振りしたのに、零がほじくり返す。
「仕事に私情は厳禁です!」
「じゃあ斉木くんも替えなきゃ」
「私はいいんです!零さんのファンでしたから。」
 零の攻撃に反論する斉木くん。でも訳分からない理屈だ。
「あ。」
 そーだ、ジャケットのメッセージでいいこと思いついた。
「それぞれの自筆でかいたら?ま、ありきたりだけどメッセージっぽいよね。」
「締め切りに間に合いません。」
「じゃあ今回はうちの要、零で行こう。決まり。」
 斉木くんをからかうことに全勢力を傾けていた零は、突然水を向けられて戸惑う。
「これ、書いて。」
 意味も分からずにサインペンで色紙に文字を書く。
「スキャナーで取り込んでデジタル化すれば簡単でしょ?ナイスアイディアだね〜陸くん。」
 自画自賛して帰ろうとしたときだった。目の端に物凄く嫌悪感を感じる何かが映った。
 なんだろう?

 あ。
「待て!黒埼さん、止めて!」
 僕が彼に気付く前に斉木くんが動いていた。それに反応したのは零。
「斉木!手を出すな!」
 寸でのところで黒埼さんが止めに入った。
「何で?どうしてなんすか?」
「馬鹿。そいつには僕が病院に連れて行ってやった経緯がある。」
 彼はゆっくり口を開いた。
「相変わらず騒々しいですね。」
 前の事務所で僕を出版社のゲイの社長に売った、僕専属のマネージャーだった片平さん。
「まだこちらにいらしたのですね?とっくに引退したのかと思っていました。」
 僕は黙って唇を噛んだ。
 コツコツと靴音を響かせ、ゆっくりと近づいてくる。
 僕は悪夢が蘇って動けなかった。
「触るな。」
 零の背中が目の前にあった。
「言っただろう?二度と目の前にその顔をさらすなと。今度はしばらく出られなくしてやる。」
「折角人気が出たのに、いいんですか?」
「僕がいなくてもACTIVEは存続できる。」
 すると辰美くんが突然、片平さんの前に立つと、
「邑城シゲルくん、順調ですね。」
と囁いた。
「僕、あなたの噂色々知ってます。どうします?まだこんなこと、引き摺り続けます?いい加減零さんを追い回すのも止めてもらえます?仕事の邪魔です。」
 何?

 辰美くんは何を知っているのだろう?
「ACTIVEは五人じゃないことくらい、あなただって解っているでしょう?だったら自分がどうなるかそろそろ気付いてもいいのではないですか?」
「辰美」
 遅れてやってきた林さんが間に入った。
「片平くん。顔を貸してくれ。」
 有無を言わさぬ貫禄で片平さんを引き摺るように廊下へ出て行った。
 でも。
 …僕が志田氏に強姦されたことって、もしかしてみんな知ってる?知ってるか…ちょっと辛いというか…みっともないな。
「片平さんを黙らせたのは何か社会的秩序を乱すことだったの?」
 零に言ったつもりだった。
「あの人は借金ですよ。ギャンブルにはまって多額の借金をしているので金になる仕事ならなんでもやるそうです。」
 片平さん、幾らぐらい困っているんだろう?僕は気になって廊下を見た。
「陸は被害者なんだからな。」
 零に釘をさされた。
 しかし。
 辰美くんは色々知っているんだなぁ。
「零を追いかけ回すってなに?」
 肝心なことを聞きそびれた。
「陸さん、気付かなかったんですね。あの人現場で一緒になるとずっと零さんのこと付けまわしているんです。ただ黙って、じっと見ている。」
 ――三年間もしつこく零を恨んでいる?――

 なんだかピンとこない。
「辰美くん。本当のことを教えて。」
 彼の表情が曇った。
「今のは単なる口裏合わせだね?」
 林さんが僕を気遣ってくれているんだ、きっと。
 慌てて僕は外へ飛び出した。
 案の定、林さんは片平さんの肩を抱くようにして何か話していた。僕は思わず林さんの隣に駆け寄って片平さんに声を掛けていた。
「片平さん、何か僕で力になれる?」
 はっ
と、息を飲む声がした。
「片平さんの家族?友達?」
「馬鹿にしないで欲しい。私は君なんかに力になってもらうほど落ちぶれてはいない。」
 そっか…。
「で?林さんに何を頼んだの?」
 ぷいと横を向いたまま、答えようとはしなかった。
「人にはそれぞれ得意分野がある。」
 林さんが口を開いた。
「陸はずっと、片平くんを恨んでいなさい。それで彼は安心する。陸が心配などしたら片平くんのメンツは丸つぶれだ。」
 林さん、その言葉だけで十分メンツもプライドも地に落ちていると思うけどな。
 それでも敢えて追求せずに僕はその場を離れた。
 零が隣に歩み寄る。
「知らない方がいいこともある。あいつのことは記憶から消し去れば良い。」
 僕はあなたを恨み続ければいいのですか?
 あなたの事情が解れば、解決の道もあるはずなのに。
「都竹くん。ちょっとお願いがあるんだけど。」
 耳もとで囁くと瞳をキラキラ輝かせて飛んで行った。

「陸、昔から言うだろう?敵に情けをかけるって。あれはかなり屈辱的なことなんだぞ。」
「わかってる。」
 情けなんて掛けないよ。
「なんだい、急に?」
 都竹くんが連れてきたのは僕らACTIVEで音楽関係の総合プロデューサー草柳さん。
 忙しいから手短にと言われ簡単に説明をした。
「わかった。やってみる。」
 間に合うといいのだけれど。


「うふ…んっ」
 零のキスがあまりにも深くて甘いから思わず声が漏れてしまった。
「あんっ、いやぁ」
 耳の穴を舐められ、くすぐったいやら、気持ち良いやらで変な感じ。
「こっちも?」
 囁きながら下着に手を差し込まれる。
「ああんっ」
 零に触れてもらうのは気持ち良い。

「初に何にも言わないであんなことすると、絶対に文句言うぞ。」
 やだ、えっちなことしながら、仕事の話はしたくない。
 僕はされるがままに身体をくねらせ、しかし首は左右に振った。
「どうせ草柳さんが全部やったことにするんだろ?」
 今度は首を縦に振る。
「陸の蜜、一杯溢れてる。」
 首を振ることも出来ないくらい快感が身体中を走り抜けた。
「あぁっ、零っ」
 頭の中は真っ白になっていた。
「自分で腰を落としてご覧。」
 自らジェルをたっぷりと塗り込め、ご馳走を見せびらかすようにたまにこうして意地悪をする。
 羞恥で一杯なのに、性欲に勝てない。
「はあん」
 くぷっ、と音を立てて零のペニスを飲み込む僕のアナル。
くちゅん
 いやらしい、凄くいやらしい音がする。
「んふんっ」
 ゆっくり腰を上下させ零が気持ち良くなる角度に調節する。
「可愛いな、陸は。どんなに意地悪してもちゃんと応えてくれる。んんっ、ごめん、イキそう…」
 零の表情が辛そうに歪む。そんな顔も綺麗。
「いやあ、待って、イかないで…」
 僕は更に腰を使いなんとか一緒にイこうと努力するけどこういうことは努力ではどうにもならない。
ビクンッ
 零の身体が跳ねる。
 僕の中のペニスが勢いよく動き回る。
「あっあっあぁ」
 その動きに僕も反応して零の腹に大量に射精した。


ザー
「初に今のう…けよ」
 シャワーの音にかき消されて何を言ったのか聞き取れなかった。
「何?」
「初にメールしときなよ。」
「うん。」
 やだなあ。折角の作戦なのになぁ。
「だけど初は陸に甘いからなぁ」
 そうかな?
くぷっ
「いやだ、零、入れないでよ。」
 石鹸まみれのアナルに零の復活(何回目かは覚えていない)したペニスが深々と突き刺さっていた。
「んっんんっ」
 性懲りもなく僕は喘いでいた。


「間に合うかな?」
 初ちゃんからの返信メールはプロデューサーと同じだった。
「良い案だと思う。時間がないからサクサクと進めていいよ」
「ほら、見てよ!」
 得意満面で零に携帯電話の液晶を目の前にかざす。
 ん?これが甘いということかな?ま、いいや。


「チョコはいらないです。その100円を僕たちに託してください。災害などで困っている人たちに寄付したいです。」
 そんな呼びかけをした。
 今年のバレンタインディはチョコレートを買うお金を義援金として募金してもらえると嬉しいです。
 僕たちも心ばかりですがスタッフもあわせて寄付します。


 翌日、レコード会社の会議室で、僕が提案した議題は義援金。日本国内で数々の自然災害で苦しんでいる人、世界各国で災害や戦争による被害で困っている人の役に立てればと思ったんだ。
 毎年沢山のチョコレートをもらうけれど実際食べるのは2〜3個。あとは聖の学校や近所の保育園、老人ホームなどに差し上げている。
 チョコでは義援金になり難いけど現金なら何にでもなる。
 僕たちの歌にメッセージ性を持たせて一緒に寄付を募ってみたら―と思ったんだ。
 しかしそれでは本当の寄付にはならない気がするんだ。
 年末になると街頭に立つ寄付を呼び掛ける人たち。でも本当に寄付したかったら自分たちでその時間バイトでもして寄付すればいい。
 寄付というのは善意のものであって、無理じいではない。出したくても出せない人は気持ちだけでいいと思う。芸能人でも自分の私財ではなく番組の商品を寄付するパターンが多い。
 反面、国民の為に活動している政治家からは寄付してもらっていいと思う。それこそ国会議事堂の前で待っていたらいい。羽が付いてくるときだけいかにもという人が多い。
 かくいう僕は、カズくんと一緒になった競馬場で稼いだものを全て寄付する予定。
「チョコもさ、コンビニで売ってる安いやつだったらいいんだけどさ、高級店の包装紙みちゃうとさ、親に負担かけさせているんじゃないかと思っちゃうじゃん?ただでさえライブに来てもらって高い入場料もらっているのに。」
 隆弘くんの意見に斉木くんが反応した。
「バレンタインライブ、しませんか?入場無料、但し入り口で寄付金をお願いします、って。」
 あ。
「出来るかどうか、調べてくれる?」
「disの事務所ではやってる。」
「会場はSEcanDs(セカンド)で。」
 SEcanDsはパパが僕たちのために建てたライブハウス。やっと先日名前が決まった。
「僕の意見、聞いてくれるかな?」
 今まで黙っていた零がなんだか暗い雰囲気で手を挙げた。
「寄付もチョコもライブも反対。偽善みたいじゃないか。寄付は寄付、チョコはチョコ、ライブはライブにしたい。」
 すると珍しく斉木くんが反論した。
「disがチャリティーライブをやるとドームでもアリーナでも一杯です。人気俳優が被災地に寄付をしたらファンもそれではと大挙して寄付したそうです。僕は偽善ではない、僕たちなりの協力が出来たらと思います。街頭に立っていたって本当に届いているかわかりません。善意の気持ちがあるのにどうしたらいいかわからない人は多いはずです。」
「コンビニの募金箱にいれればいいよ。」
 何故か零は頑なに拒否する。
「とりあえず調べてみて。話し合いは続行しよう。」
 初ちゃんが促す。
 都竹・辰美コンビが会議室を飛び出して行った。
「何が気に入らないんだ?」
 剛志くんが頬杖をついて聞く。
「無料ライブって不公平だ。」
「何が不公平なんだ?」
「人によっては一円も出さずに会場に来るかもしれない。金のない人ならいい、でも大抵そういうのは金持ちに決まっている。もっと違う方法を考えよう。」
「だったら…」
 小声で言ったつもりだったのに、皆が一斉に僕を振り返った。
「施設に慰問に行かない?普段は絶対に来られないような人達の所で、そんなに大きな音を出さなければ許可が下りると思うんだ。」
「それを、ACTIVEのライフワークにしたらいいんじゃないかな?」
 林さんが僕の言葉尻を捕らえて、補足をしてくれた。
 いつでもここに来てくれる…そんな考え方ではいけない。
 自分達が足を運んで行って喜んでもらえるなら、やってみたい。
「寄付は寄付。それも検討してみよう。二人がどんな結果を持って帰ってくるか楽しみだな。」
 都竹・辰美コンビはこれからドンドン活躍してもらわないとね。
コンコン――
 会議室のドアにノック音が響く。
「あっ」
 息を呑んだのは斉木くん。
「…ACTIVEの宣伝担当、片平です。」
 片平さんは僕の事件の後、事務所を辞めてこのレコード会社で通信販売業務を担当していた。ずっと、ずっと…。
 通信販売って雑用が多くて結構大変な仕事らしい。前にバイトの女の子達が愚痴っているのを廊下で聞いたことがある。
 辰美くんが言っていた借金のことは林さんから僕にそう言えと言われていたらしい。僕を傷つけないようにしてくれた嘘。
 彼が僕に対してやったことは当時の事務所社長に指示されていたことだった。サラリーマンの悲哀。それをおかしいと思わないのがサラリーマンなんだ…――というのは林さん談。
 皆が僕をそっと守っていてくれた。
 片平さんが宣伝部に異動になったのは林さんの口利きがあったそうだ。邑城シゲルくんは片平さんが宣伝部に異動になってグンとレコードセールスが上がったデビュー5年目の演歌歌手。最近は時々歌番組で一緒になる。
「側にいて、監視していないとね。」
 僕は照れ笑いで隠すしか、仕方なかった。
 過去のことに区切りはつけられないけど、許すことは出来る。
 相変わらずな片平さんで僕は苦手だけれど、斉木くんもいる、都竹くんもいてくれる、だから大丈夫、ヘンに怖がったりなんかしないよ。
 大人に、なるんだ。


 さて。
 僕らの新たなメッセージは君に届くだろうか?片平さんの腕次第。