家庭内離婚
 仕事が早く終わって久しぶりに聖と二時間ドラマを見ていた。
 あ、アクティブの新曲だ。と言うことは零が出ているCMだよ、ね?
「あ」
「あっ」
 僕らは同時に声をあげ、その後しばらく何も言えなくなってしまった。
 何とも言えない重い空気。
カチャ
 バスルームからリビングに戻ってきた零は、二人の様子がおかしいことに気付いた。
「零、今CM見た。」
「ふーん…あ」
 再び、沈黙。
「撮影があることは言った。相手役がいることも言った。」
 確かに。
「撮影秘話、聞かせて欲しいな。」
グッ
と、かえるが押し潰されたような声を発した。
「肝心なこと、聞いてない。あんな、抱き合うなんて…キスするなんて…」
 ショックだ。僕の零が、女の子とキスするなんて。
 自分はもっと寛容だと思っていた。これは仕事だとわかっている。でも…。
「僕も現場まで知らなかったし、現場出たら全く忘れていたよ。」
 信じたい気持ちと信じられない気持ちがぐちゃぐちゃに溶けている。

 ツカツカ――
と、パジャマの上だけ羽織った姿でソファに腰掛ける僕の隣に腰を下ろした。
 ゆっくりとした動作で肩に手を回すともう片方の手で僕の顎を捕らえた。
「妬いた?」
パチン
「わっ」
 聖が小さく叫んだ。
「最低――」
 すっくと立ち上がると聖の手を引いてリビングから聖の部屋へ移動した。
「今夜は聖の部屋で寝るからね!」
 後ろ手で扉を閉めながら伝えた。
 なんで、こんなに腹が立つんだろう?
 なんでこんなに悲しいのだろう?
 零は隠していたわけではないはず。
 でも
――知らなかったのが悔しい。
 頬に涙が伝った。
「陸、一緒にベッドでドラマの続き見ようね。」
「うん。」
 聖を抱き寄せてベッドに潜り込む。
「聖は温かいね。」
「えへ。」
 嬉しそうに微笑む。
「ドラマ、終わっちゃうよ?」
「うん、そうだね。」
 暫くテレビの画面を追いかけていた目は、いつの間にか閉じて深い眠りに落ちていた。僕は一晩中、聖を抱きしめたまま、眠っていた。


 なんだか、くすぐったい。
 僕の身体を生暖かい生き物が這いずり回っているようだ。
「んんっん」
 自然と腰が動く。これは馴染みのある感覚。
「あんっ」
 僕の身体は刺し貫かれた――固くて熱い塊。
「あんっあんっ」
 目を開けられない、でも喘ぎが止まらない。
「あっあっ」
 止めて、直腸の内壁をそんなに激しくこすらないで!
 僕――感じちゃう。凄く感じる。
「やあんっ、気持ちいい。」
 目を開いたのに全く見えない。
 室内が真っ暗だ。
「ふうん…」
 僕の上で激しく腰を動かしていたのは零だった。
「いやっいやあっ」
「何が…いやだ?こんなに僕のペニスを美味しそうに……はっ……飲み込んであんあん言っているのに?」
 なんなの?
「ちが…違うっ」
 僕の中の僕が、言う、「これは現実じゃない、夢だ。」って。
 そうだ、零はこんな風に事をうやむやになんかしない。
 でもこんな夢を見るのはきっと僕の身体が零を欲しているんだ。
 なんて、浅ましい僕。僕が一番零を侮辱している気がする…。


ガバッ
 渾身の力を込めて夢から覚めた。
 パジャマがじっとりするくらい汗をかいていた。
 僕の隣では規則正しい寝息を立てている聖が、安心しきって眠っている。
 朝、起きたら零にちゃんと話を聞こう。
 そして、今夜のことは謝ろう。


「零!時間…」
 え?
 ベッドはきれいに片付けられていた。
 布団に触れると冷たかった。
 夕べ、出かけた?いつ?
 ああ、やっぱりそうだ。
 零なら相手に困らない、いくらでもいる。
 わかっていたのに。 又、嫉妬で狂ってしまいそうだ。
 でも…待って。
 零が浮気するわけない。
 何かわけがあるんだ、きっと。
 ぐるぐると色んなことを考えていた。だから背後に近づく人の気配に気付かなかった。
「おはよう。」
 そっと、背後から抱き締められ、耳元に囁かれた。
「やっと気付いてくれた。」
「ごめんなさい。訳の分からないことに嫉妬して、零を一人にしてごめんなさい。」
 抱き締める腕に力がこもる。
「たまには聖に陸を貸してあげろっていうお告げだよ、きっと。」
 ありがとう。
「嫉妬されるのは愛されているからだよね?僕は陸に愛されているんだなって、実感した。一晩寂しかったけど嬉しくもあったんだ。」
トテトテ
 廊下を聖が歩いてくる音がした。
「おはようございます。」
ペコリ
 頭を下げる。
「おはよう。ちゃんと顔洗っておいで。朝ご飯の支度をしておくからね。」
「うん。あ、零くん、床、痛くなかった?」
 床?
「あ、内緒なの?ごめんね〜」
 なに?

コツン
 壁にもたれるように零が頭を預ける。
「聖の部屋の床に毛布敷いて寝た。」
 真っ赤な顔をして俯いた。
「バカ」
 零の馬鹿。風邪引いたらどうするんだよ。
 でも言わない。そんなこと承知で、それでもそうしたかった気持ちは分かるから。
 だから黙って抱き締めた。
「とりあえずご飯にするよ。」
 聖が出掛けてから続きは話そう。
「聖、先に着替えをしておいて。すぐにご飯にするからね。」
 リビングに声をかけると、弾んだ声で返事が返ってきた。
「たまには、一人で寝たっていいのに。」
 つい、そんなことを言ってしまった。
 途端に背後から抱き寄せられ、耳元ではっきりと言われた。
「自分の浮気は許せるけど、陸の浮気は黙認出来ない。相手が聖でもだめだ。」
「わかった。ごめん。」
 兎に角今は聖を送り出さなきゃ。
「聖ばっかり、見るな。あいつは…」
 零の抱き締める腕に力が込められたが、すぐにほどかれた。
「家族だからな。」
「そうだよ?僕は零と結婚したからね。」
 唇に軽く、キスをしてその場を後にした。


「零くん、ヘンだね?」
 聖がフレンチトーストを頬張りながら、寝室の方を見た。あの後、零は寝ると言って部屋に入った。
「そういうお年頃なんだよ、きっと。」
「お年頃〜♪」
 最近、さえの番組で流行っている言葉。聖はお気に入りだ。
「行ってきます。」
 椅子からストンと降りると、もう一度洗面所に向かって歯磨きをする。慌てて飛び出してきてランドセルを背負って玄関へ向かった。
 寝室の前でドアを一回だけノックすると、少しだけドアを開いて顔を覗かせる。
「零パパ、行ってきます。」
 聖は何かおねだりするときには「くん」ではなく「パパ」を使う。
「陸、ぎゅってして〜」
 朝から?
 抱き締めると零が来た。
「確信犯め。」
 ヘヘッと笑うとそのまま飛び出して行った。
 途端に抱き寄せられる。
「夕べの埋め合わせ、してくれるんだろうな?」
「なにが?埋め合わせってなに?僕は悪くない。」
 断言すると踵を返してキッチンへ戻った。
 夕べは僕が悪いんじゃない。零が、僕にCMの内容を黙っていたからだよ。なのに…。
「ごめん。」
 いつの間にか隣にいた零が片付けの手伝いをする。
 僕は暫く黙っていた。何も聞かない、何も言わない。
「本当にどうでも良かったんだ。あの日は前の晩に聖と久しぶりに一緒にお風呂に入ったし、陸とセックスもしたし、気分が良くて。」
 我慢が出来なくなったのは案の定零の方だった。
「黒埼さんから早くに話は聞かされていたらしいんだ、覚えていないんだけど。現場に入って台詞は一つだからと言われて、あとは動きだけ説明された。」
「見つめ合って、抱き寄せて、キスする?」
「うん。出来るだけ感情込めてと言われて、悪いと思ったけど、相手は陸だと思って、演った。」
 仕方ないなぁ。
「支度するよ?今日はお昼入りだからね。」
「やだっ!陸が欲しい。」
「わがままを言わない!」
 全く、エロ星人なんだから。
 言うが早いか、僕は零にさらわれそうになったが間一髪で逃げ果せた。
「夜まで我慢しなさい。白状しなかったバツ!」
 僕が少なからず受けたショックを思い知りなさい。
「いやだぁ」
 聖のようなだだのこね方…そんなところが似るんだなぁ。


「僕が聖といるのが嫌なの?」
 コクリ
 頷く。
「陸は聖に愛してるって言うじゃないか。」
「当たり前だよ。」
 今日はやたらと悲観的な零だから、運転は僕が担当した。
 一般道を走りながら、零は泣き出しそうな声で弁解を述べる。
「陸に愛されるのは僕だけだって、信じていたいんだ。陸にとって聖は家族という存在で有り続けて欲しいんだ。聖が陸を欲しても、家族として接して欲しい。」
「何が言いたいのか分からないよ。」
 実際、どうしてそんなに嫌がるのかわからない。
「…ごめん、聖」
 ここにいない聖に謝罪する。
「聖は、陸が好きなんだ。」
「うん。僕も好きだよ?」
「違う。恋愛感情の好きだよ。」
 は?
「前に、言われた。」
「ふーん…」
 聖だって夢見たい年頃だろうからね。
 って?
「聖は、ゲイなの?駄目だよ。聖には可愛い女の子のお嫁さんに来てもらって、僕が徹底的に虐め抜くんだから。『ちょっと、そんなもの聖に食べさせるの?』とか言ってさ、わざと僕が聖と仲良くするの。で、お嫁さんは零に泣きつくけど、零は僕一筋だからさ、『気のせいじゃない?』とか冷たくあしらってさ。」
「その前に同居しないだろう?」
「そうかな?」
「そうだよ。」
「つまんない…。」
 零が、笑った。
「ねぇ、僕が零に黙っていたこと、何かある?零以外の人とセックスしてみたいって、ちゃんと言ったじゃない?浮気するときはちゃんと言う。でもさ、全部浮気だから。」
 そこで言葉を切る。
 しばらく沈黙が落ちた。
「足りない…」
 まだ僻んでる。
「陸の言葉が足りない。」
「今は言わない。あとで。」
 車は東京タワーの下に来ていた。


 今日の撮影は女性誌のグラビア。
 五人一緒だったり、個人だったり、何人かでセットだったり…色んな写真を撮った。でも女性誌のグラビアで五人一緒っていうのは物凄く久し振りのような気がする。
 合間を縫って、初ちゃんが持ってきたデジカメで何枚か写していた。ホームページに使うらしい。
 途中からフレームを覗いていた斉木くんが
「零さん、元気ないですけど。」
と、心配して声を掛けてきた。斉木くんにもわかるくらい落ちこんでいるんだ。
「なんだ?相手不足か?だったら…」
「いえ、僕は浮気しません。」
 グラビアのカメラマンが言った冗談に、まじめな顔で反論した。
「この人と決めたからには、絶対に浮気はしません。つまらない男と言われようが、恥をかかせたと喚かれようが、関係ないです。」
 零?
「いいね、若いね、愛だね。」
 カメラマンはそういって零の手を握った。
「俺が必要になったら声掛けてよ。彼女と早く仲直りしなよ?今日みたいに暗い加月くんは切ないね。」
 ポンポンと手の甲を叩くと、彼は去って行った。
「林さん、終わりですよね?陸、帰るぞ!」
 皆への挨拶もそこそこに僕たちは現場を後にした。
 背後から隆弘くんが「零、無理すんなよ!」と叫び、斉木くんは「明日はテレビ局の生ですから早目に入ってください。」と、妙な現実味のあることを言った。


「あっあっ…」
 玄関のドアを開け、雪崩込むように寝室に転がり込んだ。
「聖…帰ってくる…」
 そんな言葉は通じない。
 パンツと一緒に下着を脱がされ、ベッドボードに両手をつかされ尻を突き出すような形にされた。アナルを指と舌でほぐされ、ペニスを掌で優しくしごかれた。
「駄目だ」
 そう言うと背後で衣擦れの音。
 ガタガタと忙しなく引き出しを開ける音がした。
 アナルにひんやりとしたゼリーを塗られるとズブズブと簡単に零の熱塊が突き刺さった。
「あぁ…」
 ゆっくり引き抜かれ、力強く最奥まで貫かれる。
「いい?」
「う…ん…」
 零、あのね。零が寂しいように僕も零と寝ない夜は寂しいんだよ?
 零とセックスしない夜はなんだか夜じゃない気がするんだよ?
 でも…そんなことは教えてあげない。
「零…好き…大好きだよ…」
 今朝、言わなかった一言。
「うっ」
 零の沸点まで達した熱いものが、僕の中に注ぎ込まれた。


「えーっ、あのお姉さん、零くんの彼女になりたいって言ったの?」
 テレビに流れているCM画面を見詰めながら、聖がクッションをぎゅっと抱きしめた。
「零くんの彼女っていったら…僕のママ?うーーーーーーーーーーん…」
 相当悩んでいる。
「僕はパパが二人のほうがいい。」
 僕を見てニコッと笑う。
「やっぱりママは女の人なんだよね?だったら陸はパパだよね?」
「そう…かな?」
 そうだね。
「僕ね、陸が大好き。だからママはいらない。零くん、陸を泣かしてカテイナイリコンしちゃだめだよ?」
 カテイナイリコン?また何処かから新語を仕入れてきたんだね。
「聖。離婚したらね、陸はこの家から出て行く。そうしたら他の誰かの家で僕らの知らない男の下でアンアン言うんだぞ。」
「ええーっ」
「零!!」
 なに…なんなのさ!!
「聖、今夜も僕は聖のベッドで寝るからね。もうもうもう…家庭内別居だ!!」
 ニヤニヤ…と笑ったのは聖。泣きそうに顔を歪めたのは零。
「ごめんなさい。もう言いません。」
 僕の前で土下座して謝ったって…今夜は絶対に許さない。