好きになるってそういうこと
「んー。どうしよう。…いや、どうもしようがないんだけどさ。…でもな…誰にも悟られるわけにはいかないな、うん。黙っていよう。自分の中にそっと、仕舞っておこう。何と言っても、まだほとぼりは冷めてないからな。」


「ねーねー隆弘くん。最近斉木くんがヘンなんだ。」
 テレビ番組の収録リハーサル中、僕たちは暇に空かして相変わらず話し込む。
「恋だろ」
 顔の向きも替えずに言う。
「え?」
「春は恋の季節じゃん?」
「そう、なの?」
 隆弘くんは僕の顔を正面からじっと見ると
「一年中春か…」
と、呟いた。
「斉木くん、かっこいいもんなぁ」
 しげしげと眺めてしまった。
 すると、彼の視線の先には僕らではない、違う人が立っていた。
「都竹…くん?」
 ドタバタ新人マネージャー候補の片割れがいた。
「あれじゃないだろうなぁ。多分あっち。この間も見ていた。」
 それは初ちゃんのマネージャー付き見習いの岡崎 央未だった。
「彼女、マネージャー見習いだけどマネージャーになったらACTIVEから外れるからね。」
 ふーん。
「哀しい男心だね。」
 哀しい?
「納得してない表情だね。」
 思い切り首を縦に振ったその時、
「陸さん!やっぱりそう思いますよね?や〜、うれしい!」
と、司会の女子アナが弾んだ声で僕の名を呼んだ。…仕方がないので笑ってごまかしたのが運の尽き。僕は『ロリコン』に認定された。(ちなみにリハなので本番ではじっとしていた。)


 バタンッ
 楽屋のドアが勢いよく開いた。幸いにも今は僕ひとりしかいない。
「陸さんっ!」
 都竹くんが息堰切って駆け寄ってきた。
「斉木チーフが!」
「斉木くん?どうしたの?」
 僕は着替えの真っ最中。
 今まさにズボンのファスナーを下ろすべく、つまみに指を掛けたところだった。シャツのボタンは全て外し、ただ体に引っかかっている状態。
「説明するより見た方が早いですっ」
 言うが早いか彼は元来た廊下を再び走り始めた。
 僕は前述の格好で楽屋を飛び出す。
「何が有ったの!」
 まさか?けんか?
「告ってます」
「へ?」
 間抜けな返事をしてしまった。
「黒埼さんに告ってるんです。」
 ピタッ
「おわっ」
 僕が走るのを止めたので都竹くんがつんのめる。
「人の恋路を邪魔すると馬になっちゃうよ?」
「それを言うなら馬に蹴られて、です。」
 あ、そうなの?
「兎に角、斉木くんが別の人を好きになれたんだからいいことだよ。」
「別の人?」
 はっ!
「あっ、陸さん」
 間が悪いというのはこういうこと。本人がやってきた。
「都竹と一緒なんて珍しいですね?」
「斉木チーフ、誰かに振られたことあるんですか?」
 あいたた。
「失礼なヤツだな。女の子に関して言えばいつだって告られるほうで振られたことはないよ。」
「…もしかして、陸さん?」
 瞳をキラキラ輝かせて好奇心いっぱいですといった表情だ。
「僕は、ゲイじゃない。」
 しかし、斉木くんはきっぱり、そう言った。
「え?だって今…女の子にはって言って…」
 おや?
「私は、零さんに憧れて、陸さんを敬愛しています。だけど、恋愛じゃ、ありません。」
 正面切って言われた。ちょっとショック。
「斉木くんの好きなタイプってどんな子?」
 動揺を見透かされないようにさりげなく聞いたつもりだったけど。
「マキコ」
 マキコ?どこの?
「陸さん、知らないんですか?」
 都竹くんは遠慮を知らない。
「うん。」
「今年デビューしたロックバンドのサイドボーカル兼バイオリニストでめちゃ美人ですよ。スタイルもボーンって肉感的です。あれ?彼女、陸さんファンじゃないかな?」
と、どうでもいい追加情報迄インプットされた。
 僕はくだらないことに巻き込まれただけみたいだ。
 あれ?でも斉木くん、黒埼さんとなにしていたんだろ?
 楽屋にもどるやいなや、携帯電話がメール着信を知らせた。
『SUBJECT:嘘です』
 何やら意味深長なタイトル。
『さっきの、嘘です。僕はずっと陸さんが好きでした。でもいつも幸せそうな笑顔が見られるから、それでいいんです。ただ…好きな人ができました。陸さんとは又違う気持ちです。今まで通りACTIVEの為にがんばります。』
「何?誰?」
 尻切れとんぼな内容に思わず声に出してしまった。
「どうした?」
 剛志くんが珍しく声を掛けてきた。
「ん、友達に好きな人が出来たんだって。」

 流石に斉木くんというのは憚られた。
「陸に相談してきたのか?」
「ううん、報告だけ。」
「だろうな。陸に相談してもきっと後先考えずに告白しろと言うだけだろう?」
 うっ
「詰まったってことは図星だな?駄目だめ、恋愛は駆け引きが大切だからな。」
 へぇ〜、駆け引きか。
「まず、自分が好意を抱いていることを相手に気付かせる。それで相手が離れなければ若干でも脈がある。だけど逃げたら終わりだ。」

「駆け引き、ね。」
 声に振り返ると初ちゃんが楽しげに不敵な笑みを口辺に浮かべ、こっちを見ていた。
「剛志の駆け引きは随分とストレートだな?」
 見る間にあの、いつもはクールな剛志くんが真っ赤な顔をして反論し始めた。
「あん時は、ちょっと勝手が解らなかっただけで、今はそんな間抜けなことはしない!」
 今、は?
「剛志くん、好きな人いるの?」
「好きな人と付き合ってる人は違う。」
 急に怒ったような口調で返された言葉だったが、
「そんなに器用か?」
という、初ちゃんの再攻撃に撃沈した。
「いるよ、付き合ってるヤツが!」
 ヤツ?
「陸にイカれて追っかけしてたのは?あれは剛志の方が結構マジっぽかったな?」
「初ちゃん、剛志くんの恋人に会った事あるの?」
「うん」
 ガーン
 知らないの、僕だけ?あ、零も知らないかも。
「あいつとは別れた。今のは警視庁に勤めてる。零も陸もファンじゃないけど、初の切り抜き集めてる」
 切り抜き?まめな人だな。
 ん?
「初ちゃんの追っかけ?」
 コクン
と、頷く。
「なぜだか皆俺以外のファンなんだ、それも筋金入り。」
 で?
「陸?」
「剛志くんの恋人って女の子?」
「教えない」
 ニコッ
と笑う。
「ずっと、陸には教えない。すぐ零に言うからな。」
「いわない」
「本当に?」
「うん」
「仕方ないな、絶対内緒だぞ」
 ふむふむ


「ねー斉木くん。僕、斉木くんがマネージャーで良かったよ。」

 荷物を車に積み込むのを手伝ってくれていた斉木くんに、普段から思っていたことを口にした。
「斉木くんは零のファンだったのにごめんね」
「だから!僕は陸さんが好きなんです!」
「ありがとう」
 僕は本当に鈍いんだ。自分だって零に好きしか言わなかったはずなんだ、なのに斉木くんの気持ちには気付けなかった。
「恋愛対象、なんですけど、分かってますか?」
「え?」
 いつも、斉木くんに言われていたけど隆弘くんと同じ冗談だと思ってた。
「零さん以外は全く眼中にないんですね。」
 深い、ため息だった。
「でももういいんです、別の人、好きになりました。」
「えっ、やっぱり黒嵜さんなの?」
「なんですか?それ?」
 鼻で笑われた。
「陸さんに負けない、素敵な人です。」

「僕なんか、ちっとも素敵じゃないって。ねぇ、どんな人?」
「悩んだんです。僕、本当に陸さんが好きで…今でも好きです。だけど人間ってツガイになりたがる生き物なんですね、また相手を探してしまったんです。だから言うべきかどうか。彼女、傷ついてて…守りたかった。振り向いてもらえないかも知れないけど…さえさんです。」
…………………………
「あの?僕さ、聞き間違えた気がするんだけど、さえさんって言った?あの、小峯さえ?」
 無言で頷いた。
「さえさんが好きです。僕は庇護欲が強いのかな?」

「彼女、何考えてるか分からないし、意地悪だし、わがままだし…良いとこないよ?」
 しまった、好きだと言っている人に悪口を言ってしまった。
「陸さんの邪魔をしないようにします。僕が…。…彼女、愛人だったんです、スポンサーの。有名になることで解消されたんですけど、それが心の傷になっているみたいです。」
 それが前に言われた年の離れた男性との結婚ってことだったのか。全部が嘘だったわけではなかったんだ。
「でもさ、彼女の恋人になったら斉木くん、取られそうだな。」
「それは平気です。僕の夢はACTIVEをもっと有名にすることですから。」
「ありがとう…で?気持ちは伝えたの?」

………………………………
 かなり長い沈黙の後、
「まだです」
という、びっくりな回答が返ってきた。
「…今度のギター教室の収録は都竹くんいらないから、二人で行こうね。」
「はい…」


 隆弘くんが言っていたけど、春は恋の季節なんだね〜。


「零、起きてよ!」
 いつもは寝ぼけていても僕が起きた後にだらだらと起き出してくるのに、なぜか全く出てこない。いくら午後からとはいえ、洗濯してから出掛けたいから何としてでも起こして手伝ってもらうんだ。
「…して…」
 何だって?
「してくれたら起きる。」
「一生寝てろ!」
 僕は寝室をあとにした。
 今度引っ越ししたら絶対に零と部屋は別にする!
 朝っぱらからフェラしてって…そこまで僕はバカなのか?
「陸?何怒ってるの?」
 零がヨロヨロと這い出てきた。
「だって…」
「朝、寝起きにセックスすると異常に気持ちいいのに。」

プチッ
「変態っ」
 僕はグーにした手を振り上げ、零の胸元に向かって勢いをつけて振り下ろした…んだけど、零の手に簡単に封じ込められて、そのまま抱きすくめられた。
「いつも…陸はいつも僕のそばにいて、我侭をきいてくれるから。」
 前に、剛志くんから聞かされた、零の話―涼さんが交通事故に遭ってから家の中がギクシャクしてしまって、一人暮らしを始めてからは誰かが家の中にいても、いるだけでずっとそばにいる人はいなかった―を思い出した。
 零は両腕を拘束したまま、俯いたままの僕を強引に顎を使って顔を上げさせると、深く、唇を重ねた。
「…して?」
コクン
 僕は、頷いていた。
 零の身体のラインに沿ってズルズルと下降し、パジャマのズボンに手を掛けると、ヨロヨロと引き摺り下ろして、下着の中からペニスを取り出した。
 朝っぱらから既に成長したモノ…大きく口を開けて、それを含む。
「んっ…気持ち…イイ」
 そう言って僕の髪を掴んだ。
 舌を使って、顎を前後させ、ゆっくりと味わう。
ジュルジュル…
 僕の唾液と、零の先走りが混ざり合って出す、隠微な音。
「あぁっ…陸…」
 一瞬の躊躇いの後、僕の口腔からそれは引き抜かれた。
 背後に回り込み、洗濯機に覆いかぶさるようにうつ伏せにされる。半分だけ下ろされたジーンズと下着。今度は躊躇わずに、僕のアナルへ舌を捻じ込んだ。
「イヤッ…あんっ」
二チュニチュ…
 いつの間に寝室から持ち出したのか、手にはゼリーが握りこまれていた。それを塗り込められ、さっきまで僕の口腔内で歓喜の声を上げていたものは、ゆっくりと直腸の中へ捻じ込まれた。

「ああんっ」
 普段と、ちょっぴりだけ違うシチュエーションに、僕は何故だか興奮していた。零の動きに合わせて、洗濯機がガタガタと揺れる。
 変態…と罵ったって、自分は零が好きで、零とのセックスも好きだ。零が僕の身体を求めるのは、僕に性的欲求を抱いてくれるからなんだし…といつも通り自分を納得させる。
 あの夜、ホンの小さな勇気を出して、零に告白したから今がある。もしもあの夜、言わなかったら…。
「警察官にもゲイがいるんだって。」
 セックスのあと、僕はうっかり口を滑らせてしまった。


 ギター教室の収録日。
「ねーねー斉木くん」
「あの…斉木くんは僕のマネージャーなんだけど」
「けちっいいじゃない、減るもんじゃないし」
「でもね…」
 なんか…僕は斉木くんの恋路を邪魔している?
 斉木くんの恋の行方は…まだまだ霧の中。