| 最近、初ちゃんが気持ち悪いくらい優しいんだ。 この間はテレビの歌番組収録で、衣装に使うスカーフを人数分、うっかり僕が零の車の中に忘れてきたらわざわざ初ちゃんが取りに行ってきてくれたり(しかも怒られなかった)、都竹くんが寝坊して遅刻したときも(彼は僕の付き人だけどね。)何も言わなかったからだ。
 
 
 「絶対、何かある。」
 そう言ったのは剛志くん。
 「陸、探り入れてみないか?」
 と持ちかけられ、僕は二つ返事で了承した。
 「まずは陸の親父さんにあたってくれないか?こっちはレコード会社を当たってみる」
 わぁ、まるで探偵小説みたい。
 「パパに何を聞いたらいいの?」
 「初から何か聞いてないか。」
 なにか…
 「結婚、とか?」
 剛志くんが楽しげな笑顔で頷く。
 「他かもしれないけどそっちのほうが手っとり早い。」
 初ちゃんが結婚…ありえるんだよね。
 初ちゃんの恋人はさえとは全くタイプの異なる、だけどバリバリのアイドルだ。
 あんまりテレビには出ない。…正確には出なくなった。
 CDは二か月に一度リリースする形は崩さない。夏休みはコンサートツアーで全国を回る。それ以外は雑誌もラジオも一切出ない。
 そうやって少しずつ初ちゃんとの時間を増やしていた。
 「うらやましいな」
 何気なく口をついた言葉だった。
 「俺は陸の方がうらやましいけどな。…あ!陸、零に話しただろ?あいつのこと。」
 あいつ?
 「あ?あぁっ!んんんっ、しゃべってない!」
 慌てて否定したけど、根が正直だから(笑)バレバレ…だろうな。
 「鼻がひくついてる」
 え?
 僕は本当に正直だからなぁ。
 「ごめんなさい、おまわりさんなのは言いました。」
 「ま、いいや。」
 ちょっと照れくさそうに横を向いた。
 「それより初だよ。とりあえず裕二さんは任せた。」
 思わず、顔が綻んだ。
 パパはメンバーのみんなから名前で呼んで欲しいって言ってた。最初のころは皆も躊躇していたけど今ではみんな平気で名前を呼んでいる。
 「なんだよ?」
 「なんでもない〜」
 「参ったな」
 「ん?」
 又、剛志くんが照れたように頭を掻く。
 「やっぱり陸って可愛いや。俺が負けるのは初めから解っていたんだ。」
 剛志くん。
 「そんなこと、無いと思う。たまたま、僕が剛志くんより先に出会っただけだから。」
 頭を少し傾けて、口角をちょっとだけ持ち上げて微笑んだ剛志くんは恐ろしく綺麗だった。
 「そうかもな。じゃ、頼んだな。」
 うん!頑張る!
 
 
 「知らない」
 その晩の電話で、呆気なく調査終了。
 「ね〜、パパ、本当に聞いてない?」
 「朝祇に聞いてみたらどうだ?」
 「おじちゃんかぁ〜初ちゃんが話すかな?」
 「まず、メンバーじゃないか?」
 「そーだよねー」
 うん、そうだ。
 「隼阪まもるに聞けば良い」
 「そーだよね、本人に…ってどうしてパパ、知っているの?」
 電話の向こうでふふんっと自慢げに笑われた。
 「気付かない人間がいたらお会いしたいね。麻祇に礼を言っておいたほうがいいぞ。全部、止めてるんだから。」
 「止めてるって?」
 「報道。」
 「あ、あぁ、そういうことね。うん、そうする。」
 「なんだか素気ないな。ていうか、初ってそんなにきついのか?」
 「うん。」
 あ、いけない、つい本音が…。
 「ふーん…」
 「いや、パパ、別にいじめられているわけじゃないよ。初ちゃんが僕たちをきちっと統括してくれているから、今の僕たちがあるわけで…」
 「分かってるよ、そんなこと。ただ、そんな風に見えないのに、意外だなぁと思っただけだって。第一陸はもう嫁に出したんだから、俺には関係ないって。」
 「嫁ってなにさ…僕は…これでも男の子なんだからね。」
 「だって涼のとこばっかり行っているじゃないか。それを嫁と言わずして何と言う?」
 パパ?
 「もしかして涼さんに嫉妬してる?」
 「涼は昔っから俺の大事なもん、持って行くからな。もう慣れた。」
 「パパ」
 「ん?」
 「大好き…だから機嫌直してね。」
 昔はこれで大抵、許してくれたんだけどな。
 「…いやだっ」
 ええっ。
 「その手には乗らない。」
 残念。
 「そんな重いもの、膝の上には乗らないしね。」
 あ、そっか。ちっちゃい時はパパの膝の上で言っていたんだっけ。失敗。
 「親父のとこばっかり行っていないで、たまにはお袋のとこにも顔出してやれ。あ、今度の休みに姉貴んとこの家族も来るから会ってやってくれ。一応、お前の生みの両親だ。」
 あ、そうでした。
 「今度の休みって…駄目だよ、スケジュール埋まってる。」
 「何時でもいい、結婚の報告、しろ。」
 「ええっ、していいの?」
 「しないでどうする?零と聖も連れて来いよ。ま、夜中だったら聖は無理か。」
 「行く、絶対に行く。」
 パパが、零と聖のこと、敬称をつけないで名前を呼んでくれた。
 「ありがとう、パパ。」
 「旦那と息子に宜しくな。」
 「だからぁ〜」
 パパは笑いながら電話を切った。
 
 
 「珍しく長電話だったな。」
 零がリビングでパソコンのモニターとにらめっこしていた。
 「うん、最近初ちゃんが気持ち悪いくらい優しいから、結婚決まったのかなぁ…って思って。」
 すると突然、零が大爆笑しだしたのだ。
 「なになに?なんなの?」
 「気持ち、悪い?」
 「うん、剛志くんとそう言っててね。」
 「剛志も?」
 零の笑いは止まらない。
 「まもるちゃんと喧嘩したんだろう?多分。あいつ、家族と喧嘩したりするとメンバーに優しくなるんだ。」
 「そう、なの?」
 全然気づかなかった。
 「ま、今回は確かにちょっとヘンなくらいかもしれないけど、気持ち悪いかぁ…」
 目尻の涙をぬぐいながら、まだ笑っている。
 「初、正直だからなぁ…」
 …?僕と一緒だ。
 「さてと、寝るかな。」
 「うーん、じゃあ僕はメールチェックして…」
 「今日は届いてなかったよっ」
 ええっ、ちょっと〜。
 そうして僕はベッドルームに引きずり込まれてしまったのだった。
 
 
 「陸、ちょっとお願いがあるんだけどな。いいかな?」
 「なに?」
 あれから相変わらず優しいのが続いている初ちゃんが、ミーティング終了後、皆に気づかれないようにこっそり僕の横に立っていた。
 「買い物に、付き合って欲しいんだ。」
 買い物?僕が?何で?…という質問攻めをしたかったけれど、行けば分かるのだという結論に達して黙って付いていくことにした。
 「いいよ、じゃあ零に先帰るように言っておくね。」
 「ああ、帰りは家まで送っていくって言っておいて。」
 「了解っ」
 なんだか、ワクワクするなぁ〜。
 あ、彼女と喧嘩したって零が言っていたから、仲直りに何か買ってあげるのかな?初ちゃんじゃあ、何買っていいのか分からないのかもね、うん。
 でもまてよ、マネージャー見習いの子に頼めばいいのに...。ま、いいか。
 「零、僕ね、」
 「行っておいで。」
 「何で知っているの?」
 「見てた」
 そう言いながら又、笑っている。…零、絶対に何か知っているんだ。
 「零の意地悪。」
 ぷいっ
 と、僕はソッポを向いて、そのまま初ちゃんとのデートに出掛けた。
 
 
 「え?えっ?ええっ?」
 連れて行かれた先は、銀座のジュエリーショップ。
 「この指に合う、ダイヤのリングが欲しいんですけど。」
 と、初ちゃんは僕の手を出して店員さんに言ったのだ。
 「初ちゃん、僕ね?」
 「ん?」
 …ここでは言えない。
 「…一緒なんだ、サイズが。」
 あ、そういうこと。
 「…結婚、するの?」
 耳元で囁いてみた。
 「したい、かな?あいつさ、僕より年上なんだ。」
 ええ〜、知らなかった。
 「この間まで、知らなかったんだ。だからさ、喧嘩しちゃって。だけど、だから、したいかなって思ったんだ。」
 店員さんが奥の部屋に通してくれた。
 「同じサイズなんですか?」
 動揺したのは僕だけで、店員さんは心得ていたようだ。
 「はい。この子に似合えば、彼女も多分似合うんじゃないかと。」
 「年齢は?」
 「28歳です。」
 5歳年上ね。ええっ、6歳もサバよんでたの?
 「それだとかなり雰囲気的に大人な方なのではありませんか?」
 「いいえ、見た目はこの子と同じ位です。」
 ぶんぶんっ
 僕は首を縦に振った。
 まもるちゃんが28歳だったなんて…かなりショック。
 店員さんが僕の指に嵌めてくれたのは大きな立爪ダイヤだった。
 「もっと、シンプルで、清楚で…可愛らしいほうが彼女には似合うんじゃないかな?」
 僕は、素直に思ったことを言った。
 「僕もそう思う。」
 恥じらいながら、初ちゃんも同意してくれた。
 「なんだか、逃げ出したい気分だな。」
 「うん、僕も。」
 自分が買ってもらうみたいな気分だ。
 さっきまで、僕の右手の薬指には零からもらったマリッジリングが嵌っていた。今はポケットの中だ。
 零も、初ちゃんみたいに、買いに来たのかな?
 ふと、店の壁に貼ってあったポスターに目を移すと、そこにはまもるちゃんがいた。
 「これ、可愛い。」
 去年、イメージキャラクターになったって言っていたなぁ…。
 「これは去年のモデルなので今年はもうお取り扱いしていないのですが…似たデザインならございますけれど。」
 「同じもの、作ってください。」
 初ちゃん。
 「陸が良いって言うなら、きっとこれがいいと思う。」
 「いいの?」
 黙って、頷く。
 「畏まりました。それでは…」
 初ちゃんは店員さんと打ち合わせを始めた。
 「前に、うちのメンバーがこちらでお世話になったそうですね。」
 へぇ〜。誰だろう?全然知らなかった。
 「はい。その時も私が担当させて頂きました。」
 誰?僕だけ知らないのか。ちぇっ。
 「自分でデザインしたものを発注したって言っていましたが。」
 初ちゃん、詳しい。
 「はい。一度、テレビで拝見したことがございます。」
 …その時、僕は店員さんと目が合った。
 慌ててポケットを押さえてしまった僕は、やっぱり正直者だ。
 「私たちには守秘義務がありますから。」
 にっこり、店員さんが微笑んだ。
 …発注者が誰だか、わかったよ…
 
 
 「すっごくすっごく、恥ずかしかったんだから。」
 「なにがぁ〜」
 マンションに帰り着いて玄関を開けて直ぐに発した言葉に、反応してくれたのは聖だった。
 「零は?」
 「裕二さんとこ」
 「パパ?」
 「うん、なんだかお客さんが来たからって言っていた。」
 おばちゃん、かな?
 「聖も行く?」
 「行くぅ。拓ちゃん、可愛いもんね。」
 「じゃあ行こうかな」
 一応、パパに電話しておこう。
 「あ、そっちに行く。」
 パパからは簡単にそう言われた。
 「お袋がギャーギャーうるさくて適わない。」
 パパと零は苦笑しながら帰ってきた。
 「おばちゃんは?」
 「零と話したから陸はいらないってさ。」
 ん?
 「さゆりがさ、零のファンなんだってさ。だから『陸ちゃん嫌い』ってでっかい声で言ってたぞ。」
 さゆりちゃんはおばちゃんちの一人娘。
 「なんだ、嫌われちゃったのか。」
 「…暫く、会えないみたいだけどな。」
 うん、やっぱりね。
 「何処だっけ?南米に行くって言ってたな?」
 「何処だったかな?忘れちゃった。」
 ん?
 「嫁に行くんだってさ、さゆり。」
 ええっ。
 「だったら挨拶に行くっ」
 飛び出そうとした僕をパパが引き止める。
 「もう、帰った。明日の朝、立つんだって。もっと早く来ればよかったのにな。」
 「連絡…くれれば良かったのに…」
 「『陸に会ったら行きたくなくなるから、零君に会っていく』って言ってた。」
 「なんだよ、それ。」
 聖が僕のシャツの裾を引く。
 「乙女心、だよぉ」
 え?
 「陸は乙女心に疎いからだめだよ、聖。」
 パパにまで言われた〜。
 「裕二さん、そんなの後でいいから、続き、二次会始めましょう?」
 二次会?
 「そうだそうだ、陸をからかっていてもつまらないぞ。」
 なんなの〜?
 その後、二人はひたすらビールだ日本酒だ、ウイスキーにワインだとチャンポンだらけの酒盛りをして朝までずっと楽しそうに飲んでいた。
 …僕はあんまり飲めないので、途中で寝ちゃったけどね。
 
 
 「と言うわけで、結婚します。」
 結婚指輪が出来上がって暫くしてから、初ちゃんからメンバーとスタッフに報告があった。
 「金のわらじ、見つかってよかったね。」
 僕は当然、皆も知っていると思っていたのに、視線が一気に僕に集中したのでした、とほほ。
 
 
 「陸、結局お前は俺のことはないがしろにしただろ?」
 その後、剛志くんから非難轟々浴びて、吊るし上げを食ったのは、秘密です。
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