家族旅行
 プロモーションビデオの撮影日にとってあった予備日だったけど、メンバー全員休みが欲しくて必死で頑張り予定通りに終了したので臨時休暇。
 聖も誘って、いつか三人で行った伊豆にある涼さん所有の別荘へ行こうかな…と言ったのだが。
「駄目。明日から学校だから。」
と、軽くかわされた。
 聖は僕より学校が好きみたいだ。


「も…う…駄目ぇっ」
 だからって聖が出掛けてからずっとセックスしているのもどうかと思うよぉ…。僕は息も絶え絶え、声もカラカラで掠れた音しか出てこない。
「もう、満足した?」
 そ、それは僕の台詞!
「じゃあシャワー浴びて出掛ける支度しよう。」
 え?出掛けるの?
「うん。そろそろ聖の学校も終わる頃だからね。合流して食事にでも行こうかなぁ…と。駄目かな?」
 駄目じゃない、賛成!!!
と、声に出さずに頷いていたら笑われてしまった。
「じゃあ先にバスルーム使うね。」
「そうだね。一緒だとまた陸がおねだりするからね。」
 …え〜、僕が?なんか違う。


 ベッドルームにあるクローゼットの扉は、内側に大きな鏡がついている。どの洋服を着て行こうか試行錯誤している間に零は白いTシャツとブルージーンズを横からひょいと取り上げてさっさと支度を終えていた。
「早くしないと聖が帰ってきちゃうよ。」
 え〜ん。
「これなんか似合うと思うけどな。ま、基本的に陸は似合わなきゃ買わないか。」
 零が手にしたのはやっぱりピンクでタートルネックのタンクトップ。
「ピンク、似合うかな?」
「絶対、聖も喜ぶ。」
 喜ぶ?ま、いいか。
 パンツは白の綿パン、ちょっと細め。零は何か言いたそうだったけど、他にあわせると面倒なのでさっさとドアを閉めた。
「どこへ行くの?」
「水族館、この間駅前に出来たじゃないか、大きいの。」
「わーい」
 …ってどこの駅前?なんかアバウトな説明だなぁ…。
「地図、持ってくる。最新のやつね。」
 この間本屋さんへ行ったときに何気なく買った地図が役に立ちそうだよ。
「大丈夫だよ、聖が知ってるから。」
 …モバイル用のパソコンも持っていこう。


「わーい、みんなでお出かけだね。北海道も良かったけど水族館も嬉しいな。」
 零の運転する車の助手席で、聖がいつになくはしゃいでいる。
「だって北海道は仕事だったからどこにも連れて行ってあげられなかったもんね。」
 すると聖がニヤリと笑った。
「まもるちゃんとね、羊ケ丘牧場に行ったの。」
「えーっ、いいなぁ〜」
 本当に羨ましい。思わず聖を恨めしそうに見てしまった、大人気ない。
「まもるちゃんってもっと怖いかと思ってたんだけど、都竹くんが大丈夫だよって。もうすぐママになるからやさしいよって。」
 …え?
「陸、知ってた?」
「知らない。」
「結婚の真相はそういうことか。」
 ふーん…。
「初もやるときはやるな。」
「…零はいつもやってるけど…」
「なに?」
「なんでもな〜い。ね、聖。」
「ん?」

「俗に言うできちゃった結婚だな。でも相手がまもるちゃんだから仕方ないか。事務所を納得させる手段が思い付かないもんな。」
 零がボトルホルダーに手を伸ばすが既にペットボトルの中のお茶は空になっていた。
「コンビニでお茶買おう。ついでにトイレ借りてくる。」
「僕も!」
 聖が手を挙げた。
「アイスクリーム買ってぇ〜」
 それが目的か。仕方ない、僕も行かなきゃ駄目か。
 暫く行くと駐車場がある広めのコンビニがあったのでそこに車を入れた。
「陸、待ってていいよ。」
「平気?」
「ああ」
 じゃあお言葉に甘えて少し休憩。
 零と聖がいなくなった車内で、ぼんやりと外を見ていて気付いた。
 僕にはいつでも誰かがそばにいてくれた。
 小さい時はじいちゃんとばあちゃん。パパだって仕事がない日は出来るだけ近くにいて本を読んでくれたり、一緒にビデオを見た。
 零もいてくれたし、ママもいた。
 今だってこうして大好きな人と一緒にいられる。
 けど聖は産まれたばかりの頃は独り遊びをする子だったんだ。だから無理矢理押し掛けて遊んでもらった。
 零は中学から高校まで一人暮らしをしていたし。
 僕は幸せなんだなぁ。
「はい」
 コンビニから帰ってきた聖がアイスクリームを差し出す。
「陸の分」
 僕は遠慮しないで一口食べる。
「んー冷たい」
「美味しいよねー」
 零はペットボトル飲料を数本仕入れたらしい、ビニール袋が重そう。中から一本取り出すと、無言で僕に手渡す。
「さて、行くぞ」
 この後、零の目指していた水族館と僕が思い描いていた水族館が違ったことを諭された。


「ここ?」
 なんだかホテルのような…

「陸、新聞読んでる?」
 とってないのに読めないよ?
「僕ね、おじいちゃんとこで読んでるよ。」
 聖がおじいちゃんと言ったらじいちゃんのことだ。
「拓ちゃんと遊んだあとに読ませてもらうの。『陸は新聞嫌いだったから似なくて良かった』って言ってたよ。」
 がーん
「新聞、面白いよ」
「零は?」
 無言で指差された先をみると開いた形跡のある新聞が置いてあった。
「新聞屋の店頭にある自販機が好きなんだよ、なんかレトロチックでさ。」
 その自販機はコインロッカーのように新聞が一部ずつ個室に入っていて、料金をそれぞれの投入口に入れると扉が開く。
「ネットで読んでるよ」
 小さく抵抗してみた。
「世の中から置いて行かれないようにな。」
 きー!悔しいな。
「ここが出来たのは知っていたけどホテルの中なんて知らなかった。」
「ホームページに書いてあったよ。検索サイトにバナー広告があったから見に行った。」
 なんか今日の僕はダメダメだな。
「コウテイペンギンがいるんだよ。」
 聖は何でも知っているんだな。
「聖は物知りだね」
 頭をポンと叩く。
 えへへと笑う目が可愛い。
「でも算数は苦手だよ」
「苦手なら今度一緒に勉強しよう」
 一緒なら、きっと楽しいからね。
 チケット売り場から零が戻ってきた。聖が待ち切れなかったかのように助手席から飛び出した。


「とりあえず、三ヶ月…と」
「ネットから申し込まないで、販売員を呼んだらいいよ。色々サービスしてくれる。」
 僕は慌ててパソコンの画面を両手で隠した。
「見ないでよ…」
「可愛いな、そんなに新聞読んでいなかったのが恥ずかしかったの?」
 零はそう言うと僕の膝の上に読み終わった新聞を置いた。
「あれ?これって…」
 スポーツ新聞…。
「陸が言うとおり、今は携帯電話からでもニュースなんて拾えるじゃないか。別にいいんじゃないかな、無理しなくても。但し、聖は読んだほうがいいって、僕も思うんだよね。これから世の中に出て行く人間が新聞も読めなかったらみっともないからね。」
 そういうことか。
「じゃあ、やっぱり新聞とることにするよ。」
「いいよ。今、自分でどうにかして読もうとする努力をしているんだから。なんでもこっちから手を差し伸べるのではなくて、自分からどうしたら手に入れることが出来るのかを考えて実行できる人間になって欲しい。僕たちがいつまでも聖のことを守ってあげられるわけじゃないんだからさ…って、早く自立して欲しい気もするんだけどね。」
 うん。そうかもしれない。
「零って聖のこと考えていないようでちゃんと考えているんだ。」
「失礼だな。…陸にだけ聖を任せていると聖が陸に懐いて甘えるからさ。」
 背中から零に抱きしめられた。
「今の、三人で暮らす現状を、受け止めて、大事にしたいんだ。今って時は今しかないんだから。明日はまた違う時間なんだから。」
 零がいいこというなぁ…って思っていたら
「と言うことで、これから陸を抱きたいんだけど…」
と、耳元で囁かれた。
「明日は6時起きだけど、それでもする?」
「する!!」
 やけに張り切っている零が、いた。


「陸、見てぇ〜」
 朝から聖が元気だ。
「夏休みの宿題。」
 聖が手に持っていたのは二枚の画用紙。一枚は羊が一杯描いてあって、もう一枚はペンギンが一杯描いてあった。
「北海道と昨日の?」
「うん」
 昨日は…夏休みなのかな?
 そう思って聖の顔を見たらなんだか目が赤い。
「聖、夕べ遅くまでこれ描いてたの?」
「うん。また陸があんあん言ってたよ…はっ!!」
 聖が俯く。
「いいよ…事実だから…」
「ねぇ、陸…僕さ、トイレ行っておちんちん触るけど…陸のみたいにならないんだよね。」
 僕の…みたい…って?
 心臓がバクバクいっている。
「零くんが後ろからぎゅっとしながら触るから?僕も陸に触ってもらったら…おっきくなっちゃうの?…なんだか怖いよ…」
「そうだね、怖いかもね。」
 僕だって初めて事実を知ったとき、自分の体が変化を遂げた時、怖かったのを覚えている。
「だけどね、そうやって人間は子孫を残すために成長していくんだよ。」
「陸も、赤ちゃんできるの?女の子じゃないのに?」
「僕には、出来ないよ。聖には、難しいよね。もう少し大きくなったら教えてあげる。それまでは一緒に算数を頑張ろうね。」
「うん。おっきくなっておりこうになったら教えてね。」
 僕は聖を抱き寄せた。
「聖…愛してる。」
 今、本当に思っている。僕は聖の子供をこの手に抱きたいと。だから聖には女の子と、恋愛して欲しい。
 そして、そっとパパにごめんと心の中で呟いた。


 聖を学校に送り出し、次は僕たちが出掛ける番。
「零、行くよ…おわっ」
 振り返ると零が立っていた。
「いるなら言って…」
 いきなり、抱き寄せられ、強引に唇を合わされる。零の唇は、僕の唇から離れると、頬、顎、首筋…と鎖骨までゆっくりと口づけて下りて行った。
「陸…愛してる。聖にあんなこと言うなよ。」
「聞いてたの?ばーか。零も愛してる。」
「一番って言って」
「一番、愛してる。」
「ちゃんと名前を言って。」
「零を一番愛してる。」
「もっと大きな声で」
「零を一番愛してる。」
「どれくらい?」
「世界一、愛してる。」
「もっと言って。」
「零…遅刻する」
 …
 零は僕を腕の中から解放すると、さっさとタタキで靴を履き始めた。
「照れてるの?」
 可愛い。
「怒ってる。これからは僕にだけ、愛の言葉を言いなさい。他の人間には例え聖でも許さない。」
 そういえば、前に言っていたね。聖にでも嫉妬しちゃうって。
「僕のこと、好き?」
「殺したいくらい、好きだ。」
 ありがと。
「まだ死にたくない。」
「当たり前だよ。陸は僕の…」
 言いかけて止める。
「何?」
「いいよ。」
「なんで?」
「だって…」
「だって?」
「男のロマンだろ?惚れた相手の腹上死」
「フクジョウシ?何?それ」
「知らなきゃ、いいよ。」
 …なんだろ?
「行くぞ」
「うん」
 とりあえず、零が運転する車で行くから、ネットで調べよう。


「零のえっち!!」