|  斉木くんと剛志くんが付き合い始めたと聞いてから一ヶ月が過ぎた。二人とも何も言わないから多分上手くやっているのだろうと信じて疑っていない。
 「…つよ…あ、畑田さんが零さんと付き合ってたって本当ですか?」
 零は僕とは別の雑誌の取材で、都竹くんは免許を取ったばかりなのでまだ僕の送迎は斉木くんの仕事。
 その車の中で斉木くんがやっと言えたという表情(バックミラー越しだけど)だった。
 「高校三年から一年くらいかな?僕も付き合い始めるまで知らなかったんだよね。」
 「そうですか…」
 そして明らかにわかる大きな溜め息とともに出た落胆の色。
 「セックス中に零の名前でも呼ばれた?」
 「だったらまだましかも…」
 冗談が通用しない。
 「やっぱり、流されたのはいけなかったかもしれないなぁ」
 聞き捨てならないセリフだな。
 「斉木くん、まだ彩未ちゃんが好き?」
 へ?という間抜けな声が返ってきた。
 「いや、その、さえさんも彩ちゃんも今は全く迷いはないんです。」
 もしかして、ノロケ…というものかな?
 「剛志くんさぁ、明日雑誌の仕事だよね?」
 「多分…」
 ん〜判断できない。
 「ごめん、僕じゃ的確なアドバイスできないや。うちに来ない?零ならきっと相談に乗ってくれるよ。斉木くんが知りたいことを聞いたら良い。」
 最初は渋っていたけど、マンションの来客スペースに車を停めて強引に部屋へ連れていった。
 「ただいま〜聖、まーくんも一緒…」
 廊下で僕、正しくは後ろにいた斉木くんを見つめていたのは剛志くんだった。
 
 
 
 「初めから、話すよ」
 零は二人のなれそめを聞きたかったらしい。それで夕食を餌にして連れてきた。
 聖はお客さんが一杯で大喜びだ。
 「目が…いつも寂しそうに何かを見つめている目が凄く気になったんだ。それからいつも見ていた。」
 
 
 * * * * * * * * * *
 
 
 なんでだろう?
 「斉木くん…?確か歌手になりたかったけど零くんの歌聞いて勝てないと思ったからバンドを辞めて来たんだと思うよ。どうしたんだい?急に。」
 林さんもよく覚えていないのか。
 「なんか忘れちゃって。ずっといるから。」
 気付いたらいたよな。で、いつも陸の横にいる。
 
 
 「斉木って男が好きなの?」
 面倒くさいから直接聞いた。
 「え?」
 見る間に真っ赤になった。
 「よくわからないです。憧れかもしれないし、擬似恋愛かもしれません。でも女の子も好きです。」
 そう言った斉木の恋愛相談を何故か陸がもってきた。
 「斉木くんがさえに恋してるみたいなんだ…」
 斉木も陸に恋する人間に好意を抱くらしい。俺も何故か好きになる相手は大抵陸を好きな人間だった。
 「斉木くんが好きなら仕方ないけどさえはなぁ〜大変だよねぇ〜」
 彼女が類希なるじゃじゃ馬なのは誰もが周知の事実なので援護の余地はない。
 「問題は互いの気持ちだろ?」
 「そうだよねぇ」
 陸は近所のおばさん並にお節介だ。
 その後、暫くしたら今度は近所に住んでる女の子と仲良くなって困っていた。
 なんだか陸は斉木の身内みたいなそんな心配の仕方をしていてイライラしてきた。
 「人の心配ばかりしてると、零を口説いちゃうからな。今度は負けないから。」
 すると急に真面目な顔をして俺の目をじっと見た。
 「あのとき、剛志くんが零に恋してたなんて知らなかったんだ…ごめん…だけどね、本当に僕、零に告白したライブの前の日まで言うつもりはなかったんだ。」
 陸?
 「零のそばにいられるだけで良かった。近くで声が聞けたり、たまに…その…どこか身体に手が触れただけで嬉しかったからそれで良かったんだ。だけどね…」
 一度、言葉を区切る。
 「それで?」
 先を促す。
 「見たんだ、その…零の裸。ドキドキした。他の誰にも感じなかった妙な気持ちだった。その晩、裸の零に抱き締められる夢を見て欲情した。学校に行っても頭から零が消えない、ヘンだ、こんなのおかしい…顔を見たら最悪な事態になったよ。」
 「イッた?」
 こくん、
 とうなずいた。
 「それで解ったんだ。そばにいられるのが嬉しいんじゃなくてそばにいたかったんだ、声が聞ければいいんじゃなくて声が聞きたかった、身体に触れたかった…」
 「わかる、それ。」
 「何もしないで誰かにとられたくなかったんだ。だから斉木くんもそうなんじゃないかなって。出来るなら助けてあげたいんだ。」
 急に斉木の名が出て動揺した。
 「どうして、陸は俺に恋愛相談するんだよ。」
 「どうしてって…剛志くんが一番恋愛の達人…ってイメージだから。遊びの恋も、本気の恋も知っているんだもん。」
 「それだったら俺よりも絶対に零の方が詳しいって。」
 「それは…やだな。」
 そうか。そうだよな。
 「ごめん」
 「ううん」
 「今度、斉木に聞いてやるよ。」
 俯いた顔がパッと輝く。確かに陸はこんな顔をするとなんだかとっても子供っぽくて父性愛に目覚めてしまう。
 「お願いね?」
 そんな風に、零にも笑いかけていたんだろうな、ずっと。負けるわけだ。
 
 
 「斉木はさぁ、恋人いるの?」
 知っているのにわざと聞いた。
 あれから陸に言われた言葉がずっと引っ掛かっていた。
 『誰にもとられたくない』
 俺は今、目の前にいるこの男に興味がある、それは認める。
 それが何なのかを見極めたい。
 「剛志さんに言わないと仕事に支障があるでしょうか?」
 いくら事務所の会議室だからってそんな返事はないだろう…。
 「仕事じゃなかったら答えるのか?」
 「だから!」
 断固言わない気らしい。
 頭にきた。
 腕を掴むと無理矢理立たせて、空いている手で斉木の荷物を全て拾い上げた。
 「なにすんですか!」
 「口を割らせる」
 「嫌です」
 力任せに振りほどこうとする腕を更に力を込めて握る。
 「痛い!離して下さい」
 泣き出しそうな濡れた声音だ。
 黙って会議室から引きずり出し、駐車場へ向かった。
 「離せ、嫌だ…」
 抵抗は続いていた。車の前にたどり着き始めて腕を解放した。
 「うちに行く。俺が嫌いだったら自分の車に行け。嫌いじゃないなら着いて来い」
 「どういう、意味ですか?」
 顔色が悪い。
 「そういう、意味だよ」
 「わかりません」
 「じゃあ、意味が知りたかったら着いてくるか?」
 音にならない唇の形は否定を意味していたが、頭は縦に動いた。
 「行くぞ」
 斉木の鞄やら書類をばらばらのまま後部座席に放り込んだ。
 「うちに来たらこれも返してやるよ」
 「ずるいです…いらない、そんなもの。」
 言うと踵を返しスタスタと自分の車へ向かって歩き出した。
 「待てよ!…俺が興味があるんだよ!」
 ピタリと歩みが止まる。
 「なぜ?」
 「着いてきたら教えてやる。」
 背中が困惑を意味している。
 確実に1分は待った。
 「…ずっと、男性に好意を…恋愛感情をもっていると思っていました。けどこうして現実に直面したら…怖いです」
 ズキッ
 という痛みが、左胸の奥に感じた。
 「男に口説かれたくないか?」
 「いえ…ただ、信じられないだけです。」
 斉木は体ごと振り返ると今度は少し小走りにやってきてさっさと車に乗り込んだ。
 「僕はACTIVEのマネージャーですから剛志さんの私生活を覗かせてもらいます。」
 そういうと腕を組んで目を閉じた。
 俺としてはキスしていいのかと勘違いした。
 だから優しく触れるだけのキスをした。
 「なに…」
 「違ったのか?」
 
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 「剛志…さん、その先はプライバシーの侵害です」
 「あれ?マネージャー業務じゃなかったの?」
 斉木くんはかなり前から居心地が悪そうに椅子からお尻が何度も浮いていた。
 「まあ、その後はこんな感じ?」
 剛志くんが斉木くんを見て嬉しそうに微笑む。今まで恋人の話を聞いたってこんなにやわらかくて溶けそうな笑顔は見せなかった。
 「お試し期間ですから」
 「大丈夫、返品不可のお試し期間だから。」
 「なんですか?それ。」
 斉木くんは不満げに横を向く。
 「時々、とっても寂しそうに俯くんだ。それが気になったんだよ。そうしたらいてもたってもいられなくなった。」
 「陸さん」
 横を向いたまま、斉木くんが僕の名前を呼ぶ。
 「僕が見ていたのは紛れもなくあなたです。それだけは本音ですから。でも陸さんが零さんを大好きなのはよくわかりましたから。聖くんが零さんと陸さんを大好きなのもよく、わかりました。僕には見ていることしか出来ないんです。」
 零の右手人差し指が斉木くんの唇に触れた。
 「わかったから。斉木くんが言い訳しなきゃいけないのは陸じゃないだろ?」
 しかし剛志くんは零のその行為にさえ、ちょっぴり嫉妬の色が混じっている。あんなに恋い慕っています…って瞳の色をして零を見詰めていたのに。
 パタン
 かなり前にすっかり眠くなって自分の部屋へ引っ込んだ聖が、眠そうな目を擦りながら戸口に立っていた。
 「よかったぁ、また起きたら皆帰っちゃってたらやだなぁって、頑張って起きたんだぁ。ねぇねぇ、まーくん、剛志くん、今日はお泊りしていくよね?」
 剛志くんは困惑の表情。
 「泊まっていっていいの?」
 斉木くんが微笑む。
 「うん。…ねぇまーくん。また零くんと陸がお仕事の日はお泊りに来てくれるんだよね?」
 「聖、斉木くんはね…」
 「いいんです。僕を今まで通りに扱ってくれませんか?」
 剛志くんがちょっぴり寂しげに首を左右に振った。
 「一緒に暮らすのは嫌なんだってさ。」
 するとトテトテトテ…と聖がやってきて剛志くんの隣に座った。
 「まーくんはね、好きになるのが好きなの。僕も好きになるほうが好きなんだ。」
 「そういうことらしいよ、剛志。」
 零が頬杖をついてニカッと笑った。
 「うちでデートしてもいいよ。」
 聖はそういうとすっくと立ち上がり、トイレへ消えていった。
 「聖がああ言っているから泊まって行ってね。お風呂も二人で入れるだけの広さがあるから大丈夫だよ。」
 僕も椅子から立ち上がって二人のベッドメイクとパジャマを取りに客間へ向かった。
 斉木くんは身体から始まった恋がなんだか気恥ずかしかったんだろうな。
 でも、始まりはどんなんでも幸せにしてくれる人が現れて…お互いに気付くことが出来て良かったね。
 幸せに、なろうね。
 
 
 翌朝、全員6時に叩き起こされて、聖が学校へ行く前に一緒に朝食を摂った。
 その時、斉木くんはとっても楽しそうに聖と話していたから、もしかしたら斉木くんの中で剛志くんとのことがわだかまっているのだとしたら、それは子供のことじゃないか…って勝手に想像したんだけど。
 いつか機会があったら聞いてみよう。
 今は、剛志くんが幸せそうだから、斉木くんが優しいから。それでいいんだよね。
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