サンタがうちにやってくる

「大人になってやりたいことを作文にしてください」
 大人になって…かぁ。
 今日は授業参観日でママが来ています。後ろから痛いほどの視線を感じるんだよねぇ。
 大人になったら僕は陸をお嫁さんにもらうの。彩ちゃんもお嫁にもらうの。二人もお嫁さんに来てくれるかなぁ。
 でもこれはまだみんなには内緒なんだ。
 だから作文には『弁護士』って書くの。
 『弁護士』がなにする仕事かよくわからないけど困っている人を助けてあげることが出来るらしいんだ。
 夾ちゃんはママの病気を治してあげたかったからお医者さんになりたいんだ。
 実紅ちゃんはお母さんになりたかったから結婚したんだ。
 …あれ?零くんと陸は何になりたかったんだろう?




「僕は…」
 何だろう?何かに憧れていただろうか?
「…零がどうしたらいつも一緒にいてくれるかを考えていたから、こんな仕事がしたいとか考えたことはなかったよ。でもばあちゃんは普通が良いって…」
 ばあちゃんは何でも普通が好きなんだ。
「僕は歌い手だけにはなりたくなかったのになぁ。あきらちゃんに涼ちゃんと比較されない仕事をしようと思っていた。」
 ママの顔が輝いた。
「比較対象がふたりだとわかり易くていいわね」
「でも友達が欲しかったんだ」
 ママの話は完全に無視した。
「仲間はいたけど友達と呼べる人はいなかった」
「そういえば零はいつも陸と遊んでたわね?」
 意外にもママが何かを思い出したようだ。
「陸の近くに引っ越ししてから私以上に陸にまとわり着いていたわよね?初めから零は陸が産まれてくるのをとっても楽しみにしていたのよ。」
 僕は零の顔を見た。照れ臭そうに頷いた。
「陸に、会いたかったんだ。」
 今度は僕が照れる番みたいだ、顔が熱い。
「僕を待っててくれてありがとう。」
 うん。僕がなりたかったのは零の隣にいても恥ずかしくない人間。職業じゃない、人間なんだ。
「僕、本当に何になりたいか、ちゃんと考えるね。弁護士ってカッコいいかなって思ったの。でも零くんや陸やパパみたいに僕には自分で何かをするって出来そうに無かったから、枠の中で出来ることがあったらその方が良いかなって思ったの。」
 零が、聖を抱き寄せる。
「大丈夫だよ、そんなに焦らなくても聖なら出来る。そのために僕たちがそばにいるんだから。ゆっくり、一杯考えようね。」
 零の腕の中で、聖が安心したように何度も頷いていた。
 それを見て、ママが寂しそうに俯いた。


「聖には二人がいれば安心ね。」
 玄関先で僕にそういうと、小さく微笑んで帰っていった。


「12月24日にクリスマスパーティー、やるわよ。」
 前日のがっかりした顔はどこへやら。翌朝ママがうちに飛び込んできて言った第一声である。
「その日は仕事だってば。」
「何時でもいいから、絶対に帰ってくること。夾の彼女が来るんだから。」
「え?」
「夾の彼女?」
「本当に?」
「うん」
 零は電話機に飛びついて夾ちゃんに電話を掛けた。
「本当、なのか?」
 何度か相槌を打つと、相好を崩した。
「恋人を、皆に紹介したいって。」
 零が本当に嬉しそうに僕に教えてくれた。
「夾には何もかも押し付けて家を飛び出してしまったから、幸せになってほしい。」
「うん。」
 夾ちゃんはとっても優しい人だから、きっととっても優しい人が隣にいてくれるんだろうって思ってしまう。
「うちの跡取りが出来るもの。」
 ママの口からなんだか古い言葉が出てきた。
「零はうちを飛び出しちゃったし、実紅は裕ちゃんのとこへお嫁に行っちゃったし、次は夾でしょ?聖は零の跡取りだし。」
「ママ、いまどき古いこと言うね。」
 ママがそんなこと言うなんてちょっと意外だった。
「あたり前よ。加月の家を涼で終わりにするわけにはいかないんだもの。嫁としての責任だわ。」
 ママにもそんな考えがあったんだ。
「良かったね。」
「良くないわよ、夾が取られちゃうんだもの。」
 え?
「零も実紅も陸も、私が知らない間に勝手に相手を決めていたでしょ?あとは夾と聖だけだもの。じっくりと吟味させてもらうつもりだから。」
 …夾ちゃん、お気の毒。
「聖、クリスマスパーティーの準備、一緒にやろうね。」
「うん!!」
 ママの魂胆はそこにあったのか。
 まだまだ、聖のことは諦めていないらしい。
「またケーキ作るの?拓ちゃんも来る?」
 あぁ、純真な聖はママの思惑など知らずに瞳をキラキラと輝かせている。なんだか僕にはママが悪魔にしか見えないよ。
 こうして聖が楽しみにしている様子を見て、出掛けていくのを阻むことが出来ず、僕はイライラしながらクリスマスまでを過ごすこととなるのだった。


 雑誌の取材が終わってスタジオのメイクルームでドウランを落としながら都竹くんとなんとなく話し込んでいたら突然質問された。
「クリスマス?仕事だよね?」
 なんだか最近この手の話題が多いなぁ…。
「嫌だな、陸さん。この間初さんが『今年は新婚が多いからクリスマスはオフにしたい』って林さんに直談判していたじゃないですか。それで隆弘さんが拗ねてしまってなだめるのに苦労して…」
 都竹くんにそう言われて思い出す。
 初ちゃんは結婚して初めてのクリスマスだから、二人っきりで過ごしたいという身勝手且つ最もな意見で林さんを納得させたんだった。
 それを聞いて剛志くんがイソイソと斉木くんをデートに誘っていて、都竹くんがなんだか羨ましそうな視線を送っていたんだった。
「都竹くんも誘いたい人がいるの?」
「陸さん、それってとっても失礼じゃないですか…僕にだって好きな人くらい、います。恋人じゃないけど。…で、クリスマス、陸さんはどうするんですか?」
「家族でクリスマスパーティー、だって。そっか…仕事なくなったのか。」
 だったらみんなにクリスマスプレゼントを買いに行く時間があるわけだな、ふむふむ。
「家族って、零さんと?それとも会長と?」
 いつも通り都竹くんは質問責めなんだよね。
「パパは新しい家族がいるじゃないか。あ、でも零のお母さんが実紅ちゃんも呼ぶって言っていたから、皆勢ぞろいかもしれない。」
「僕も言ったら駄目ですか?」
「え?」
 都竹くんが零にあこがれているのは知っている。でも…零が何て言うだろう。
「僕としては全然構わないんだけど、皆が何て言うかなぁ…」
「彩未ちゃんはいくんですよね?」
「そりゃあ、聖の友達だから、多分呼んでいると思うよ。」
「じゃあ、陸さんが僕を呼んでください。」
 なんてそんなに固執するんだろう。
「うん、わかった。じゃあ、招待してあげるよ。」
「隆弘さんも招待してください。」
 …あの…まさか…また?


 都竹くんに真相を聞き出すことが出来なくて、僕の心臓は不安定に鳴っていた。
 いや、そんなにたいしたことじゃないよ、でもそんなことになったら…。
「どうした?」
 ベッドの中で零に抱きしめられて気付かれてしまった。
「そんなに、待っていたの?」
 …違う…
「都竹くんがクリスマスパーティーに来たいって。」
「うん、いいんじゃない?」
「隆弘くんも呼んでほしいって。」
「大勢の方が楽しいし、隆弘暇だし。」
「そう…だね。」
 隆弘くんは実紅ちゃんが好きだったんだよ?
「都竹くんが隆弘に好意をもっているかもってこと?」
 ……
「そうか!!」
 そういうこともあり得るんだね。
「違ったの?」
「うん。てっきり僕は都竹くんは零にあこがれているって言っていたから、零が目当てなんだって思っていた。隆弘くんがいれば、僕の相手を買って出てくれるからさ…」
「それはないだろう、多分。」
 何だか自信がなさそう。
 だけど都竹くんが隆弘くんのこと好きかもしれないって思ったらちょっと安心した。
 何だか社内結婚みたいだけど、そんなことが続いたって楽しいじゃない、うん。


 そして。クリスマス当日。
「こんばんわ。」
 時間ぴったりに登場したのは隆弘くん。
「都竹はちょっと遅れるって。」
 言いながら笑っている。
「これ、お土産ね。」
 隆弘くんが持ってきてくれたのはローストチキンのてんこ盛り。
「聖が喜ぶよ。」
「陸もだろ?」
 はい、確かに。
「都竹くん、加月の家、分かるかな。」
「一応説明はしたんだけどさ、どうかな…陸、ここで待っててくれる?俺は零と先に行っているから。」
 聖は朝からずっと行ったきり帰ってこない。
「うん、分かった。」
 都竹くん、付き人なのにちょっと方向音痴の気があるんだよね。しっかりしているんだかいないんだかちょっと分からない不思議な子なんだ。
 あーあ、いつもだったら斉木くんがここで一緒に待っててくれるんだろうけど、剛志くんにとられちゃったからなぁ…。
 斉木くん、最近あんまり落ち込まなくなったし、怒る回数も減ってきたんだよね。
 僕が失敗すると斉木くんが落ち込んだりしていたから僕としては申し訳なくて、斉木くんはに頭が上がらない…割にはプライベートでも随分頼ってしまっていたって、最近気付いたんだ。
 お陰で都竹くんの負担が激増したと思うんだけど、彼もちょっと天然っぽいからそんなに不平は言わない。替わりにふらっといなくなったりするから怖い。
ピンポーン
 エントランスのインターホンが鳴った。
「今開けるから」
と言ってから、自分が降りればよかったことに気付く。いつも斉木くんは部屋に上がってから出掛けていたから癖になっている。
「ごめんね…」
 玄関の扉を開けた途端、目の前が真っ暗になり…。


「可愛い〜」
 ママの第一声。辰美くんとは今後一切、口を利かないと僕は心に決めた。
「ウエディングドレスも可愛かったけど、メイドさんもいいわね〜」
「都竹くん、今日は仮装パーティーじゃないよ?」
「クリスマスといったら仮装と相場はきまっているん…」
「決まってない!!」
 頭にくるっ。
「どうしていつも僕ばっかりこんな役回りなの?」
と言いつつ周囲を見回すと、僕より身長が低いのはママと実紅ちゃんと子供たち。
「適任者は他にいません。」
 一人でマンションで待たされたのは、こういう魂胆だったんだ。当然、隆弘くんも知っていた。
 玄関を開けるとサンタクロースの格好をした都竹くんとトナカイの格好をした辰美くんが立っていた。
 突然、辰美くんが僕を羽交い絞めにしてロープでがっちりと縛り上げられてしまった。
 二人は嬉々として僕の着替えをさせた――というわけ。
「テレビでこの服を見かけたとき、絶対に陸さんなら似合うと思ったんですよ。」
 シルク・サテンのムートンさんはいつもこんな服装でギター弾いてるよ〜。あの人だってすっごく綺麗だし、似合っているよ。
「一年に一回は陸さんの仮装が見たいですよね。」
 仮装じゃなくて女装じゃないかっ。
「毎年クリスマス仮装大会、しますか?」
 辰美ぃっ。
 …僕から斉木くんをとった剛志くん、恨んでやる…
「本当だったんですね…」
 ふいに背後から女の子の声がした。僕はてっきり彩未ちゃんだと思っていたから不機嫌な顔をしたまま振り返った。
「彩未ちゃん、聞いて…」
「こんばんわ」
 知らない、女の子が立っていた。


「白熊 七生(しろくま ななお)さん。」
 夾ちゃんの彼女…らしい。
「いつもテレビでは無口だったからもっと怖い人かと思っていました。零さんのお話は加月くんから色々聞いていたのですけれども、陸さんのお話はあまり教えてくれないものですから…」
 ここにきてからずっと、僕の隣に座ったまま話し込んでいる。
「本当に可愛らしい方なんですね。」
 …僕より、年上だから。我慢我慢。夾ちゃんの彼女だしね。
「嵌められたんです、皆に…。」
 知らなかったのは僕だけだったらしい。まただよ…。
「恋人、いないんですか?」
 いないことが前提かよ。
「い…」
「陸さん、一緒に写真撮りましょうよ。」
 タイミングよく彩未ちゃんが僕を助けに来てくれた。
「女の、勘。彼女は陸さんのことが好きです。」
「だって、夾ちゃんの彼女だって…」
 いやだよっ、そんな修羅場。
「夾ちゃん。」
 直談判だ。
「ごめん。」
 先制攻撃をくらった。
「陸に会いたいって言われて、断り切れなかったんだ。」
 うぅ…、夾ちゃんが本当に申し訳なさそうな顔で言うから、これ以上言えなくなってしまった。
「夾ちゃんは彼女のこと…好き?」
「ん…苦手」
「でも断れないの?」
「うん。女の子の扱い方がいまいち苦手。」
 白熊さんは夾ちゃんと大学の同級生。先に声を掛けてきたのは白熊さんで、『加月』の苗字でピンときたらしい。
 だけど僕には零がいるんだから。
 って言うか、女の子、嫌い。
「陸ぅ、拓ちゃんが寝ちゃったの。」
 そんな時、聖が足元でぐったりと寝入ってしまった拓を持て余していた。
「大丈夫?」
 僕は拓を抱き上げる。聖が安心して立ち上がった。
「お隣の部屋にソファが置いてあるからそっちに寝かしてあげてね。…陸の着替えも置いてあるからね。」
 聖ぃ〜。君だけは僕の味方だったんだね。もう少し早く言って欲しかったけど。
「あのお姉ちゃんより、陸の方が可愛いから勿体無いの。」
と、わけの分からない事を言われたけれど、これで一安心。
 拓はとっても軽い。なんだか平均より小さいらしい。でも僕だってそうだったからきっと遺伝…ってパパは背が高い。ママの家系かな?
「大きくなるといいね。」
なんて声を掛けてソファに降ろした。
 拓を見ていると時々思うことがある。
 零は聖の成長をずっと見届けたいとは思わなかったのだろうか?僕は小さな頃から聖をずっと見ていた。一緒にいたわけではないけれどもいつだって近くにいてあげたかった。
 それは聖が可愛いってこともあるけど、根底には零の子供だっていう事実があるから。
 僕が聖と一緒に暮らしたいって言わなかったら、ずっと別々に暮らしていたのだろうか…。
「ここのいたのか。」
「うん、聖が着替えを用意してくれていたんだ。零もグルだったの?」
「グルっていう言われ方されると心外だな。ただ、直接聞いたのではなくて辰美がどこかへ電話をしているときにそんなような話を小耳にははさんだけれども、それが陸だって言うのは聞いてない。」
「じゃあ二人だけが知らなかったのかな?」
「多分ね。…なぁ、陸、あの白熊さん、夾のこと好きなわけじゃないんだな。」
 ドキッ
「うん、同級生だって言っていた。」
「陸はどっちからももてるんだよな、妬けるな。」
「どっちからも?」
「男も、女も。辰美は陸のことが好きらしいよ。」
「辰美くんとは絶交したから安心して良いよ。」
「この間、別れたら奪いに行くって言われた。」
「僕がなびかないから。」
「信じていい?」
 零に抱き寄せられる。
「いいよ…」
 頭の芯がぼーっとしてなんだかふわふわと浮いている感じで気持ちいい。
「僕は、あんまり女装した陸は好きじゃないかも。陸が男の子だから…いや、女の子でもいいかな。」
 言いながら笑っていた。
「陸だったら、どっちでもいいや。」
 なんだかずっと前にも同じようなセリフを耳にした。
 クリスマスプレゼントはベッドの中で…と囁かれて、いつものことなのにいつも以上に興奮してしまったのは、周りに内緒にしているからかもしれない。
「何しているんですか〜?」
 白熊さんが乱入してきた。
 「着替えの途中だから、あっちに行っててくれる?」
「はぁ〜い」
 …酔っ払い?
「夾は、白熊さんが好きなんだろうか?」
 さっき、夾ちゃんに聞いたけど黙っていよう。たまには零に夾ちゃんのお兄ちゃんをやらせてあげる。
 夾ちゃんの選ぶ人は、小さくて、優しくて、いつも夾ちゃんと目が合うたびにドキドキしながら俯いているような、そんな人が似合っている。
 …どんな…と具体的に想像したとき、ある一人の人が浮かんだので慌てて打ち消した。
「陸ぅ〜、まだぁ〜?」
「今行くよ」
 聖に催促されて慌ててリビングに戻る。
 都竹サンタクロースは皆にプレゼントを配って歩いている。
 今年ももうすぐ、おしまい。
 来年もステキな一年だといいな。


「夕べは楽しかった?」
 二人っきりのデートを楽しんだはずの斉木くんに、浮かれている様子は無かった。
「陸さんはどうでした?さっき都竹が色々話してくれました。」
 途端に僕は斉木くんに八つ当たりしたくなった。
「そうだよっ。斉木くんが来てくれなかったから僕は辰美に羽交い絞めにされてメイド服に着替えさせられたんだから。」
 ちょっと意地悪に怒ったような声で言ってみたのに、
「本当ですか?」
と、ちょっと上ずった声が返ってきた。そして
「やっぱりそっちにすればよかった…」
とまたもや不吉なセリフを耳にする。
「嘘、嘘だってば。」
 慌てて否定してみたがなおも考え込んでいる様子。
「剛志くん、優しくなかったの?」
「それは、いいです。」
 途端に真っ赤に染まった斉木くんの顔で、全てを把握した。
「バレンタインもパーティーするけど、来る?」
「あ、その…」
 困った斉木くんも可愛い。
 …零と僕が家を空けるときは、仕方ないから聖をママに預けよう…。
「陸、白熊さんだけどさ…」
 携帯電話を片手に現れた零が、またもや白熊さんの話。
「あきらちゃんには夾と一緒に開業したいって言ったんだって。」
 開業?
「夾ちゃん、大学に残るって言っていたよね?研究職に就きたいって言っていたよ。」
「やっぱり目当ては陸かな…」
 ぶつぶつ言いながら再び電話を耳に当てた。
「聞いてないって言ってるよ。」
 電話の相手は誰なんだろう…?
 なんだか来年も慌しそうだ。