Life is full of worries

「行ってきまーす」
バタン
 勢いよく玄関ドアが閉まる。
 聖は今日から三泊四日のお泊まり学習。有志の参加だから行かなくてもいいんだけれども、聖がどうしても行きたがったのと、引率でママと涼さんが行ってくれることになったから、零が許可したんだ。
 あーあ、本当は僕が行きたかったなぁ。
 でも今日は12月30日で明日は大晦日。カウントダウンライブがあるんだよね。
 聖に会えるのは元旦の夜だな。
「陸、カウントダウンライブのあとだけど、」
しょんぼりしょげている僕を慰めてくれている口調だ。
「新しく出来た海岸のホテル、予約したから。食事は聖が帰ってきてからだな。」
 カウントダウンライブのあと、居酒屋以外に食事が出来るところは限られているもんね。
 でも…なんでホテル?


「あっ零、もう…許して…死んじゃうぅっ…」
 喉がカラカラだ。こんな風に何時間叫んでいるのだろう…。
 これじゃあ家にいたって同じじゃないか。
「また…」
 なに?何か言ってるけど聞き取れない。
「あ…んんっ」
 でも口を開くと淫らにあえいでしまう。
「相変わらずこんなに嫉妬深いけど呆れないで欲しい。」
 セックスの最中に言うセリフじゃないね。
「今度は…誰に嫉妬したの?」
 最近はなんだか慣れてしまってそんな零が可愛く思えるようになった。
「陸のファン」
 危なく吹き出すところだった。だって零は真面目に言っている。
 僕だって斉木くんとあんなことがなければ今でも剛志くんに嫉妬していた。
「零、愛してるよ。」
 耳元で囁いて体を抱き締める。それだけで安心してくれる。
 ずっと、零は僕より大人だと、頼っていい存在なんだと信じていた。
 でも形式だけでも『結婚』してわかったことは、相手を甘やかしてあげることもたまには必要だということ。たまには僕が頼りにされるときがないと零が息切れしてしまうんだ。
 そんな、当たり前のことに気付くのが遅くなってごめんね。



「零は、男の人に抱かれるとき、抵抗はなかったの?その…セックスするのに躊躇なく脚を広げられるのかな…と。」
 零が少し、考える。
「開かない。大体バックからだから。」
 あ、そう。なんかむかつくな。
「僕との時は脚開いてくれたよ。」
 視線をそらす。
「抵抗、ないかな?」
 僕とセックスするのは羞恥心がないらしい。
「僕は今でも抵抗がある…抱かれてしまえば気持ち良くてそんなこと考えないけど、パンツ脱ぐ時は屈辱感がある。それは多分、僕は男だって自覚しているからだと思うんだよね。零が男で身体を繋ぐにはどうしてもどちらかが身体を開かなくては駄目なんだけど、たとえ零の前だとしても、ううん、零の前だからこそ素っ裸で服従の形になるのは悔しい。」
 瞳をくるん…と一回転させて視線を戻す。
「服従の形…そうだな。犬も飼い主に服従するポーズは腹を出すもんな。」
「うん…だから、わかってよ。僕が零に抱かれるのは服従に等しい行為なんだよ?零に服従するくらい…無防備に好きだってこと。」
 二人とも素っ裸でベッドに横たわっていたにも関わらず、零は僕の体を抱き寄せ、強く抱き締めた。
 肩に熱い息がかかる。
「無防備に好きって…なに?」


「機嫌直してよ」
 悔しくてうんと言えない。
 鏡の前で服装のチェックをしながら、零の様子を窺う。叱られた子犬みたいにベッドの上に正座していじけている。
「僕は…陸になら殺されたっていい。」
 突然、俯いたまま零がそんなことを言った。
「聖が一人前になるのを見届けてからって思っていたけれども陸にならいいや。きっとすぐに後を追ってきてくれるはずだから。」
「殺すくらいだったら追わないと思うけど。」
 しまった、口を利いてしまった。
「憎くて殺すならそうだろう?だけど、愛していて殺すなら僕だったら追う。」
「どうして好きで殺すの?」
 あーっ、罠に嵌ってしまった。
「僕みたいに嫉妬深過ぎると誰にも取られたくないと思ってブスリといってしまうこともある…らしい。」
「死んで一緒にいても嬉しくない。時代劇じゃないんだからそんなの嫌だな。僕は生きていて零と一緒にいたい。そりゃ、いつかは僕だって死ぬんだろうけどその時は…」
 零の肩が小刻みに震えている。
「生きたまま零をお墓に引き摺り込んでやる。」
 肩の動きがピタリと止まった。
「それ、良いな…」
 ん?
「僕は一緒に火葬してもらいたいな。どっちの骨だか判らなくって、聖が泣きながら一つの骨壷に入れている姿を想像したよ。」
 …なんで泣くんだろう?
「『僕だけ一人ぼっち』とか言っているんじゃないかな。」
 ふーん…ってそんなに近い将来なのかな?
「零の…することなら、僕はなんでも受け入れられるって…そういう意味だったのに。」
「うん、わかってる。だから言って欲しかっただけ。」
 さっきまでいじけていたのは、演技だったの?という位身体全部で嬉しそうに笑っていたから、許してあげることにした。第一、自分自身何に対して怒っていたのかわからなくなってきたからね。
「そろそろ聖が帰ってくる時間だから。」
「今夜は帰らない。」
「え?」
「涼ちゃんがね、2日の午後に帰すって言ってきた。やっと、聖のことを受け入れられるようになったみたいなんだ。…その…僕の息子だってことに。」
「本当に?」
 今までも聖のことは何だかんだと言ってはどこかで受け入れきれなかったみたいなんだけど、やっと、父親が零だって認めたんだね。…僕としてはちょっと複雑な気持ちだけど。
「で?どうして聖が帰ってこないと僕たちも帰らないの?」
「家にいると夾が来る。」
「どうして?」
「どうしても。」
 そう言うと折角着た服を又脱がされた。
「もう一回してからシャワー浴びてご飯食べに行こうか。」
 僕はさっきシャワー浴びたってぇ…言っても聞かないだろうな。


「あんっ、いやぁ…あぁぁぁぁぁっ…」
 結局、イッてもイッても零は開放してくれなくて、僕は全く腰が立たなくなってしまったのだった。
 でも…そんな中で僕は零が僕じゃなくて良かったって思ったんだ。だって、こんなにベッドで叫んだら又声帯を痛めてしまって今度はボーカルでいられなくなってしまうだろうから。そう考えたら零が剛志くんじゃなくて僕と一緒にいるのは正しいのかな…って。それにこんなに好きなのに抱き合うことが出来なかったら寂しくておかしくなっちゃうだろうな。
 零に揺すぶられながら僕の頭はぐるぐるとそんなことを考えていた。
「…眠い…」
 仕事が終わってここへ来て、それからずっとこうしているから、30時間くらい眠っていない。
「もう…駄目…」
 眠いって自覚してしまったら快感もなにも無かった。ただ、眠気だけがひたすらに襲ってきて、性欲はぶっ飛んでしまった。…性欲は満たされすぎていた…というのが正解だろうけど。


「ん…」
 目が覚めたときには窓の外は真っ暗だった。
「あれ?」
 零も僕もパンツとティーシャツ姿でベッドの中にもぐっていた。
 眠ってしまった僕を、きっと零が奇麗にタオルで拭いてくれて着替えさせてくれたんだ。零だって眠かっただろうに…。
きゅるるるるる…
 性欲と休息が満たされたら、食欲が顔を出してきた。
「お腹空いたな…」
 僕に背を向けて眠っている零は穏やかな寝息を立てている。
 こんな時にルームサービスを頼んだら起きちゃうだろうな…ってこんなえっちな臭いがプンプンしている部屋に、人が入ってくるのは絶対に避けたい。帰る前に空気の入れ替えしなきゃ。
 とりあえず起き上がれることを確認して歯を磨いて顔を洗ったら、セーターを上に羽織って、ジーンズを履くと部屋の鍵と財布を手にして部屋を出た。このままだと又食事にありつけないような気がする。
 零は目覚めたら又求めてくるのだろうか?期待している自分が怖い。
 近くのコンビニでサンドイッチかおにぎりでも買ってこよう、そうすれば万が一零がまだ続きをしたいと思っていたら…そう考えている自分が一番えっちな気もするが…飢え死にすることは避けられるはずだからね。
 手早く買い物を済ませて部屋に戻ったつもりだった。携帯電話を持って出なかったから時間が解らなかった。
「零…?」
 部屋の中に荷物が散らばっていた。
「どこ、行ってた…」
「どこって、コンビニ」
 僕は袋を掲げた。
「何で声掛けなかった?携帯も持たずに…」
 ちょっと、なに?
「僕は零の許可がないと外出も出来ないの?」
「違う。何かあったら…」
「大丈夫だから。」
 異常なほどの心配症になってしまったのは僕の不注意が招いた強姦事件のせいなのはわかっているからこれ以上は言えない。
「お腹が空いて仕方なかったんだ。その…さっきの続きを…」
 おーい、僕の口は何をほざいている?
「無理をさせたから。逃げられたかと…」
「その話はさっきした!」
 歯車が微妙な狂いを生じてきたようだ。
「言っておくけど、例え体は裏切っても心は永遠に裏切らない。それだけは信じて。」
 前にさえから聞いた話を覚えていた。
『芸能界では好きじゃなくても好きなふりをしたりからだを投げ出すこともあるんだよ』って泣きながら言っていた言葉。
 僕のこともそれがあてはまるのかもしれない。
「零にもそんな日がくるかもしれないから。」
 するとみるみる表情が変わっていった。
「何度かそんな誘いがあった。けど僕はゲイだからと言って断ってきた。僕も、心は裏切らない、けど不安なんだ。陸を他の男に抱かせるなんて死んだっていやだ!わかっているけどそんな考えを持ったらだめなんだ。」
「体も裏切らない…今度もしも貞操を守れなかったら」
 守れなかったらどうするのだろう?
「…零…僕もずっと剛志くんにとられてしまう日がくるんじゃないかって不安だったんだ。でもね、わかったんだ。一度手に入れて手放したら二度とは戻っては来ないんだ…パパがそうだったようにね。だから僕は何があっても放さないから。不安なことは必ず零に聞くから。」
 手に持っていたコンビニの袋がポトリと床に落ちた。
「ごめん。不安になるのは陸を信じていないってことだもんな。信じる、陸はずっといままで僕を見ていてくれたから、これからは信じる。」
 力強く抱き締められる。
 零は寝ていた姿そのままで僕を心配してウロウロしていたらしい。
 奮発してホテル最上階のスペシャルスイートルームになんか泊まるから…部屋は5LDKで広すぎる…
「ゲストルームに涼さんとママと夾ちゃんと聖を呼ばない?」
「呼ばない、だってまだ足りない。僕の中で陸が飢えていて全然足りないんだ。もっと欲しい、もっと聴きたい、もっと見たい。」
 首を縦に振った。
 零の腕が僕の腰を抱いたと思ったらすぐに服を脱がせに来た。
「ちょっと待って…」
 僕は空腹のまままた零と抱き合うのは不可能だと訴えた。
「仕方ないなぁ…」
 零は飲み物とサラダをルームサービスで頼んだ。あまりにも満腹になると眠くなってしまってまた途中で僕が眠ってしまったら、強姦しているようでなんだか複雑な心境になるんだそうだ。
 空腹が満たされると今回、何回目になるんだろう、それでも尽きることの無い欲望を求めて零の胸に顔を埋めた。


「ただいま〜」
「おかえりっ。どうだった?お泊り学習。」
「うん、パパがね…」
 翌日、午前中のうちに家に戻って聖を待っていた。
 案の定、聖の話の中心はお泊り学習の内容ではなく涼さんのことだった。
「でもね、やっぱりパパは僕のおとうさんじゃないなぁって思ったの。だっておとうさんは心配してても僕には言わないんだよ。夾ちゃんには何にも言わないけど僕には色々言うの。零くんも僕には何にも言わないもんね。」
 言っていることはなんだか分からないけど、言いたいことはなんとなく分かる。
「聖、それは違うと思う。涼さんは聖が可愛いから教えておかなければいけない事を伝えてくれているんだ。零には出来ないことをやってくれているんだから感謝しないとね。」
「ふーん」
 なんだか腑に落ちないという表情だ。
「夾ちゃんもみかんには何にも言わないよ。」
 あぁ、そういうことね。
「そりゃあ、みかんはもう聖の子だからね。」
「そっか。僕が色々教えてあげなきゃいけないんだもんね。」
「そうだよ。」
「陸…」
「何?」
 急に聖が真面目な顔で僕を見た。
「今年から僕、一人でお留守番してもいい?」
 突然、どうしたんだろう。
「零くんはね、一年生でもう実紅ちゃんと夾ちゃんと三人でお留守番していたんだって。ちゃんと弟と妹の面倒を見ながらお留守番が出来たんだって。陸も三年生から一人でお留守番していたんでしょ?裕二さんが言っていたよ。だから僕もお留守番するんだ。早く大人になりたいんだもん。」
 どうしてそんなに急いで大人になりたがるんだろう。
「零くんにだけは負けたくないんだ。」
 そう言った聖の横顔はちょっぴり男らしかった。
「そっか、わかった。だったら零にそう言っておくね。ちゃんと戸締りと火の元には注意するんだよ。」
「わかってるよ。」
 聖がまた少し、僕の腕の中からすり抜けて遠くへ行ってしまった。
 零に話したら喜ぶだろうか?まだ早いと言うだろうか?
 でも聖の意思は尊重してあげたい。
「聖…あけましておめでとう。これお年玉ね。」
「わーい、ありがとう。」
 受け取ると嬉しそうに部屋へ入っていった。
 人間っていつでも新しい悩みを抱いて生きている。
 聖は大人になること、涼さんと零の間でどう接していいか悩んでいる。
 零は僕との関係をいかにして長く続けるかという今のところ無駄な悩みを抱いている。
 僕は零と聖の三人で穏やかな日々を過ごしたいってことで悩んでいる。
 林さんは子供の進学、初ちゃんはまもるちゃんがお母さんとなんだか上手く行っていないらしいといって悩んでいたし、剛志くんは斉木くんが一緒に暮らしてくれないってぼやいている。
 その斉木くんはこのまま剛志くんとやっていけるのかって悩んでいて、隆弘くんは恋人が出来ないって不貞腐れている。
 悩むから、心が痛くなる。だけど悩むからそれが晴れたときに幸せになる。
 いっぱい、いっぱい悩んだ人が幸せをいっぱい掴むことが出来るんだね。だったら聖、いっぱい悩んでいっぱい幸せを掴んでね。
 僕もいっぱい悩んでいるからさ。