愛はもやもや

「あ…あ…ううっ…ふあっ」
 声が出ないように必死に我慢すればするほど、変な音となって喉の奥からほとばしる。
「ふうっん…」
 思いっきり声が出せたらもう少し楽しめるのに。
「ごめっ…出るっ」
びくん
 零の身体が震えて僕の直腸に射精する。
ずるっ
 零のペニスがアナルから引き抜かれた。
「もうっ」
 抗議の声も控え目。
 だって…ライブ会場のお客さん用トイレでしちゃったんだもん。
 発端はリハーサル終了後。剛志くんが廊下の隅に斉木くんを呼び出したことだ。
 なんか耳元で囁くとキスをした。
 それを見ていた零がいきなり僕の手をとるとトイレへ連れ込み挿入を試みたんだ。
「ごめん。リハの最中ずっと我慢してたからさ、剛志が大胆に人前でキスしていいなら…って…」
 言い訳にならないよなぁ。
「場所をわきまえてよね」
「うん」
 まぁ、スリルがあって別の快感があったけどね。
「早く戻ろう」
 おい、零の言うセリフじゃないだろう!


「なにしてたんですか?探したんですよ」
 斉木くんに会うなり言われた。
「バレンタインライブだけあってカップルが多いですよ」
「カップル…かぁ」
 僕の表情から気付いたらしい。
「すみません、単純に男女を指しています」
「なんで謝るの?普通はそういう表現するでしょう?」
 同性が二人でいても大抵はカップルという表現はしないよね。
「でもこの会場はは新宿二丁目が近いからもしかしたらゲイのカップルもいるかもしれませんね。」
 僕は曖昧に笑うことしかできなかった。
 そうかもしれないし違うかもしれない。
「斉木くんは多い方がいいの?」
 戸惑いが素直に表情に出る。
「自分が…同性を恋人にするなんて信じられないんです。」
 まだ…駄目なんだ。
「僕なんか大声で言いふらしたいのになぁ。」
 そろそろ時間だと都竹くんが告げに来た。
「又二人でうちに遊びに来てよ、聖が待ってるからね。」
 僕は振り返らずにステージへ急いだ。
 剛志くんが何か言いたそうにしていたけどとりあえず見なかった振り。
 二人の問題は二人で解決しないと先へは進めない…。


「次は観客席かな」
 なにが?
「陸とするとこ。」
 え?
「僕は露出狂じゃないからもう外でエッチはしたくない」
 零が笑う。
「良かった、癖にならなくて。陸のあんな声、他の人に聞かせたくないからね。」
 そう言いながら表情は残念そう。
 でも零は僕の嫌がることはしない。だから諦めてくれたんだね。
「だからもう、剛志と斉木くんのことに首は突っ込まないように。二人でなるようにしかならないから。」
 うん…
 わかっているけど気になっちゃうんだ。
「陸は!」
どすんっ
と、肩に手を置く。
「よそ見しないで僕だけみてればいい。」
 そのまま僕は体を零に預けた。
「好きな気持ちは変わらない。だけど僕だって誰かの役にたちたいんだ。」
 零は僕の体を左腕で抱き締める。
「陸は充分にみんなの役に立ってる、立ちすぎるくらいだ…」
 耳元で「ここと同じ位にね」とエロ親父ネタは忘れなかった。
「早く帰ろう」
 そして僕達は楽屋を後にした。


「流石に今夜は疲れたよな」
 最近は夜のお勤めは断る日もある。そんな日は家に帰るとパジャマに着替える。してもいいかな…という日は普段着に着替える…つまりパジャマ以外ということ。
「うん。さっきキッチンを覗いたら聖がおにぎりを置いといてくれてたから食べたらお風呂入って寝よう。」
 零も疲れているらしく同意した。
「明日もあるしな…」
 明日は新曲用のプロモーションビデオの撮影。朝が早い。
「久しぶりに聖を連れて行きたいな。」

 零が少し考える。
「聖って僕等の関係者なのかな?そうだよな、ポスターにも出たし、家族とは違った意味での関係者だよな?」
 なにをいきなり?
「明日は関係者のみしか入れないんだよ。家族も駄目。よし、聖も出すか!」
 何を勝手に。監督はプロモではかなり有名な藍原シノブさんだよ?
「いいよ、無理しなくても。僕が我慢してママに頼めばいいんだから。」
 聖は一人でも平気と言うけれどママが心配するから置いていけないんだ。
「大丈夫、連れて行こう。」
そう言うと僕の手を捕りキッチンへと向かった。
「今日はわさび、ないといいな。」
 この間はわさび入りまぐろの赤身おにぎりがあったんだ。聖曰く「生魚はわさびで殺菌」らしいけどご飯で包んだら意味ない気がする。もちろん聖には内緒。
「よし、食べたら風呂だ!」
 片付けは明朝と言ってまたもやバスルームに連行された。腹ごなしも済んでいないのに。


「やっ…零、いやだよぉ…あぁんっ」
 食後の運動と言って張り切り始めた。断ったのになぁ…。
「パジャマは脱いだじゃないか。」
と、無茶苦茶な言い訳をされたよ。
 もう…前言撤回!零はわがままで自分勝手で自己チューで僕の嫌がることでも自分が良ければいいと思ってる、超傲慢ヤローなんだ!
 …でも好きだから許してしまうんだよね…。


「いやぁ〜ああんっ…やめてぇ〜」
 そんなに可愛い声で泣いても駄目だからね。
「陸ぅ…」
 やるって決めたから連れてきたんだ。
「そういうことか。」
 零も納得。
「先生から電話があったんだ、髪を切って下さいってね。」

「僕ね、陸が髪を短くしたから僕が長くしようと思ったの」
「あ、それなら平気、今僕が又伸ばしてるからね」
 なーんて嘘。まだ決めてない。
「約束してくれる?」
 うっ…。
「聖くん、陸さんは一度言ったことは絶対守る人だから安心していいよ。」
と言ったのはヘアメイクさん。
「聖くんにぴったりの髪型にしてあげたからね。」
 少し短目で毛先は無造作にあちこち向いている。これなら朝も安心だね。
 聖の出番は後ろ姿だけ。横断歩道で僕に走り寄りプレゼントを渡して去る。『実は女の子の役』とこっそり教えてくれたのは監督だった。
 ちなみに…
 なぜ関係者以外入れなかったのかと言うと、その日同じ撮影所の別スタジオで『永遠のアイドル』として二十年もポップスをひたすら歌い続けてきたのりこさんがいたからなんだ。彼女はずっと第一線で活躍するアイドル界のカリスマ的存在なんだ。そののりこさんはやっぱり二十年もトップを走っているから、それなりの年齢になっている。
 つまり、必要以上に業界関係以外に素顔を見られたくない…ということらしい。
 女心も判らないではないけれど、それを言えてしまうことの方が凄いと思う…。
「加月 聖くんって言うのね?」
「うんっ。今日はね、僕お仕事しに来たの。のりこさんもお仕事?」
「そうよ、これからメイクして撮影をするの。」
 うわぁ〜、どこから抜け出したんだろう、聖ったらぁ…。ってのりこさん、今スッピンなのぉ〜?ヤバイなぁ。
「これからメイクするの?いつものお顔になるの?今の方が可愛いのに。いつものお顔ちょっと怖いよ?目の上が青くて口紅が真っ赤なの、怖いんだよね…っていつも学校の友達が言っているの。」
 ナ、ナイス…。
「聖、のりこさんのお邪魔をしたら駄目だろう?」
 零も気付いたらしく、聖を連れに来た。
「あぁ、零くんの…」
「息子です」
「そうなの。うちの息子よりちょっと大きいのかしら。」
 ええっ、のりこさんに息子さんがいるなんて、僕は知らなかった…けどあの話し振りだと零は知っていて、知っていることをのりこさんも知っている…?
「徳彦(のりひこ)君より一つ上です。」
「そう…聖くんに言われちゃった、化粧が怖いって。徳彦にも言われたのよ、テレビのママはママじゃない、妖怪みたいだって。」
 ふふふっと笑った。
「それはね、のりこさんがのりひこくんにチョコレートをあげないからだよ。のりひこくんはきっと一番大好きな人からバレンタインデーにチョコレートを欲しいって思っていると思うんだけどなぁ…違うかなぁ…」
 のりこさんの視線が聖に注がれる。
「そうかも、知れないわね。私徳彦にバレンタインデーのチョコレートなんてあげたことないわ。チョコレートは体に悪いといってあげたことが無いもの・・・」
「それって可愛そうだよ。のりひこくん、絶対にママからチョコが欲しいはずだもん。」
「そうね…ありがとう。今日の帰り、買って帰るわ。そして明日の朝は一緒に朝ごはんを食べましょう。」
 のりこさんがにっこり笑った。
「零くん、あそこで陸ちゃんが心配そうに見ているわよ。」
 わぁっ。
「ど・ど・ど・どうも…その…」
 僕は慌ててのりこさんの前まで走った。
「安心して、零くんとは何もないから。…昔、あなたのお父さんとは仲良くしていただいたけれどもね。」
 パパと?
「裕二さんはずっと一人の女性を心の中に抱いていて、他の女性は絶対に受け付けなかったの。だから裕二さんは男性だけれど女友達みたいだったわ。今は結婚されて全然付き合いが悪いったらないのよ、今度付き合ってって言っといてね?」
「はいっ」
 のりこさんはひらりと手を振ると、メイク室に消えていった。
「涼ちゃんが前にプロデュースしたことがあるんだ。それで何度か会ったことがある。徳彦君のことはその時聞いた。」
 僕は途端に自己嫌悪に陥った。そんなに心配そうな顔をしていたのだろうか…信じている、なんていつも言っているのに。
「少しは、嫉妬してくれた?」
「一杯…」
「良かった」
 零がニッコリ微笑む。
「メイク室の奥に衣裳部屋がある、そこなら出来る…痛いっ」
 僕は零の足を思いっきり踏んだ。全く、聖の前なのに。
「零くん、ちゅーだったら今しても平気だよ、誰もいないし、僕後ろ見ているから。」
 聖の反応が可愛くて僕は聖の頬にキスをした。当然、零は不貞腐れてしまったけれどもね。


 翌日はバレンタインデー。
「陸!」
 朝、学校へ出掛ける前の聖に叩き起こされた。普段は黙って寝かしてくれるのに、何事だろうとリビングまで行ったらテーブルの上にチョコレートケーキがあった。
「昨日帰って来て陸と零くんは防音室でお仕事していたから作ったの。僕ね、大きくなったらママとケーキ屋さんをやるの、約束したんだ。」
「ママと?」
「あとね、拓ちゃんは味見係。」
 そっか、聖にもやりたいことが生まれたんだね。
「食べてね」
 そう言うと慌てて出掛けていった。
 聖のケーキ屋さんか…悪くないな…。
 ふと、ケーキを見ると白いクリームで「えっちのしすぎに注意」って書いてあった。いつのまにか「えっち」「せっくす」になってる…。困ったな…。
「やっぱり聖が家にいない時にスルか…」
 かなり遅れてベッドから這い出て来た零が意外にも真面目な顔で、でも内容はそっちか…と思っていると、
「って、ちょっ…」
なんでそこで強引になだれ込むかなぁという勢いで引きずられたから慌てて足蹴にして洗面所へ駆け込んだ。
 零が聖くらい可愛いげがあったらいいのになぁ…と思いつつそんな零は気持ち悪いかなとも思う。
「なんで逃げるのかな?」
 ぼんやりしていた隙を突かれてあっという間に下着を下ろされ…。
「零の悪魔!」
 僕には下半身の休息というものはないみたいだ。
 ま、実は嫌がるのはポーズだけだったりするんだけどね。
 これも愛の駆け引き…だよ、零。
 最近、零が執拗に僕を求めてくるのは、零にもきっと形にならない不安なものがもやもやと心の中にあるのかもしれない。
 斉木くんだってもやもやしてて、剛志くんだってもやもやしてて、のりこさんだって…それが「愛情」なんだろうなぁ…。


 聖のケーキは二人で一切れずつ食べて後は仕事から帰ってきたら三人で食べようと思って食器戸棚にしまって置いた。
 しかし…帰ってきたときにはなんということか…ママが…全部食べてしまっていた。
 恨んでやる…。